{トラウマ~グレン心境の変化}
眠れない。
大部屋で子供たちと一緒に眠っていたルゼは、天井をぼんやりと見つめながら心の中だけでぼやいた。ここしばらく、満足な睡眠がとれていない。横になっても眠気はやってこず、目を閉じて朝が来るのをただただ待つという生活をかれこれ一週間ほど送っていた。
昼間に戦ったミノケンタウロス。グレンには油断だと言ったが、本当は寝不足からくる集中力の欠如が原因だった。人は一週間眠らなければ発狂して死ぬというが、ルゼの肉体と精神が強靭なおかげか、体調が芳しくないことをまだ誰にも気づかれてはいない。
眠れない原因は、わかっている。わかっているが、現状どうしようもない。時間が解決するのを待つ。それしかないのだ。
ルゼは子供たちを起こさないようにゆっくりと起き上がると、静かに大部屋を出て行った。向かうのは拠点の外の大きな木の上だ。あちこちに散らばるトレント達が「なんかあったのー?」と不思議そうにゆらゆらするのを、気にするなと手を振って、トレントではない木の枝に腰掛ける。
空を見上げると、夜空に大きな月が浮かんでいた。月の大きさこそ前世よりももっとずっと大きいものの、その景色はほとんど変わらない。太陽の光の反射を受けてキラキラと輝く月とその回りに散らばる星々を、何も考えずにぼーっと見つめる。
このまま眠気が襲ってくればいいなあなんて都合の良いことを考えるが、一向にその気配はない。子供たちが心配しないように、適当なところで切り上げて帰らないとななんて思っていると、
「なにしてる」
「うわっ!?」
横合いからグレンの顔がぬっと差し込んできた。びくっと身体を震わせた瞬間に体勢を崩し、後ろ向きに落ちていきそうになるのを、間一髪グレンがルゼの右足を掴んだ。ぷらんぷらんと宙ぶらりんになるルゼ。
「……もうちょっと、マシな方法で助けられない?」
「助けなくてもいいところをわざわざ助けてやったんだ。ありがたがれ」
「あー、うん。そうねー…ありがとうありがとう」
例え落ちたとしてもルゼは飛べるし重力操作もできるのでグレンの言うことは間違っていないのだが、そういうことではない。ただそれをグレンに言っても仕方ないと思ったルゼは、投げやり感満載にお礼を言った。
「で、なんか用? 訓練はしないぞ?」
元の位置に戻されたルゼは、疲れた様子で尋ねた。それ以外に、グレンがこんな時間に自分を訪ねてくる理由が思いつかない。グレンはルゼの隣にどかりと座りこんで、片膝に肘を立てて頬杖をつきながら言う。
「今のお前にそれを言う気はねえ」
「じゃあなんの用?」
「眠れない原因はなんだ?」
ルゼは目を丸くした。グレンは戦闘以外のことにあまり興味がないので、そんなことをわざわざ聞きにくるとは思っていなかった。
(いや、訓練に支障をきたしているから聞きにきたのか)
昼間のことを思い返す。油断と伝えたが、そうでないことがバレたのだろう。ルゼはため息を吐きそうになるのを飲み込んで言う。
「寝つきが悪いんだ。たぶん、そのうち直る」
正直に伝えると、グレンは眉根を寄せた。
「その寝つきが悪い原因を聞いてんだ」
「そんなの」
「わかってんだろうが、最初から。わかってんのにいつまでたっても直らねえから聞いてんだ」
ルゼは口を噤んで視線を落とす。言う気はないらしいと察したグレンはため息を吐いた。
「…大方、あの犬獣人たちの村のことだろう。助けたいなら助けたいって言やいいだろう。小人どもも、誰もことわ」
「だめだ」
ルゼは、グレンの言葉を遮った。眠れない原因は、ずっとわかっていた。シルヴィアたちの村がどうしても気になる。だが、それを口にするわけにはいかなかった。
「……供給場所を断てば、そのしわ寄せが別の獣人族の村に行く。もし本当に助けたいと望むなら、周辺の獣人族全員を避難させる必要がある。今の状態やるのは無謀すぎる」
こちらの戦力はルゼと初期からいるドワーフたち百人ちょっとのみ。グレンをカウントするつもりはない。そういった戦いには興味がないだろうし、言っても参加することはないだろう。
人間がどの程度の人数、どの程度の強さを有しているかわからない状態で戦争などになったら、たとえ勝てたとしても多くの同胞が命を落とすだろう。そんな勝てるかわからない賭けをするわけにはいかない。
ルゼは最初からわかっている。
「見捨てる罪悪感でも感じてんのか」
グレンの言葉に、ルゼはフッと自嘲気味に笑った。
「そのほうが、ずっとマシだった」
情に絆されたと思っていたグレンは、その言葉に片眉をあげた。続きの言葉を紡ごうとルゼのほうに視線を向けて、――――固まった。
肩が、小刻みに震えていた。表情も青を通り越して白く、冷や汗もかいている。ルゼの尋常ではない様子に、グレンは目を瞬かせる。ルゼは両手で自分の手を握り締めると、唇を震わせながら言った。
「理解るんだ。売るためだけに生かされるのが、どういう気持ちか……私も、そうだったから」
「……まさか」
「…三年間くらい人間に捕まってた。私の、竜玉が育ち切ったら殺されることになってたんだ」
グレンの目が、大きく見開かれた。少し考えればわかることだ。ドワーフたちに会うまで、ずっと一人のようなものだったとルゼは言っていた。この世界で子供がひとりで生きていけるわけがない。だがグレンは、ルゼが力を使えない時期があったと知っていたものの、それはもっとずっと小さい頃の話だと思っていた。
幼い頃になんらかのきっかけで魔力を知覚し、そのおかげで一人で生きることが可能だったのだと勝手に解釈していたのだ。グレンはハッとした。では、力を取り戻したのは、いつの話だ?
「おまえ、その力はいつ取り戻した?」
ルゼは下に向けていた顔を、グレンのほうに向けた。少しの間、目を彷徨わせてなにかを悩んでいるような素振りを見せたものの、気持ちを固めたのか、まっすぐにグレンを見つめた。
「……荒唐無稽な話をするけど、私には前世の記憶がある」
「…前世?」
予想だにしない方向の話に、グレンの反応が少し遅れる。ルゼの言葉を反芻すると、ルゼは月を見上げながら続けた。
「そう。モンスターもいなければ魔法も存在しない世界。あちこちで事件が起きたり余所の国で戦争が起きてたりしたけど、私の住んでた国は比較的に平和で、戦う力なんてなくても生きていける世界だった。…国民のほとんどが火がなかったらトレントにも勝てないと言ったら驚くか?」
グレンが渋面を浮かべる。この世界とのあまりの違いに、想像するのが難しいのかもしれない。ルゼは、構わず続けた。
「私はもともと体があまり強くなかった。十七歳の時に流行り病で死んで…気づいたら檻の中にいた。この体が十二歳の時だ。”ルゼ”の記憶で次の年に竜玉をとられることがわかったから、”ルゼ”の記憶からこの体の母親が言ってたこととか、前世の知識……魔法は存在しないけど、物語の中にはあったから、そこから色々考えて魔力を知覚できるようになった。…そうでもしないと、他に生き残る術がなかった」
握り締めた手が震える。
「ここは、本当に厳しい世界だ。ただ生きる。それだけのことが難しい。だから生き残るために、シルヴィアたちの村のように人間と取引している獣人の村は他にもあるだろう。わかってる。身近に感じなければどうとでもできた。今までのように。……けど、身近に感じたらもうだめだ」
ぽとりと、血がしたたり落ちた。
「私はそいつらを助けたいんじゃない。あの時の、惨めな気持ちを思い出すのが耐えられないだけだ」
血を吐き出すかのような声音で気持ちを吐露したルゼは、大きく息を吸うと気持ちを落ち着けるかのようにゆっくりと吐きだした。
「これは、ただのトラウマだ。しばらく、しばらく耐えていれば収まるだろう。それまで放っておいてくれ」
グレンは、ルゼの力には興味があるが、ルゼ自身には興味がない。興味がないからこそ話した。誰かに話せば少しは楽になる気がした。話す相手はドゥルグたちではいけない。
彼らに話せば、優しいドワーフたちはルゼの苦しみを取り除こうと奮闘するだろう。自分たちの身も顧みずに。それではだめだ。惨めな気持ちになるのが耐えられないから助けたいなんて、ルゼの我儘でしかない。こんな我儘に、優しい彼らを付きあわせてはいけない。グレンは訓練に支障をきたしている今の状況が気になるだけだ。少し待てば直るなら、それ以上関わってくることもないだろう。
このトラウマは、いつかは乗り越えなければならない。似た不幸を目にするたびに、取り乱しているようじゃだめだ。世界には、こんなありふれた不幸などそこら中にあるのだから。震えは収まらないが、心は少しだけ落ち着いた。
「…もう寝る」
寝れる気はしないが、横になって目を閉じるだけでも休息になる。たとえ効果があまりなくてもやらないよりはずっとマシだろう。そんなことを考えながら、立ち上がろうとしたルゼの腕をグレンが掴んだ。
「なに? 他になんのよ」
「寝れるのか?」
「は?」
「本当に寝れるのか?」
「…これ以上、おまえに関係あるか」
連日の寝不足も重なって、徐々に苛立ち始めるルゼ。戦闘にしか興味がないからと、色々話したことを少し後悔した。今はグレンの手を振り払うのすら億劫だと言うのに。
「あの犬獣人に、次の供給日を確認したな。知らなきゃ何も感じなくて済んだってのに、見捨てるつもりならなんで確認する必要もねえことを確認した。その日が近づくたびに、今みてえに死にそうな面を晒すためか」
「――――はぁ?」
ぷつんと頭の中で何かがキレる感覚がした。
連日の寝不足なり疲労なり要素はいろいろあった。だが一番何よりも腹が立ったのは、他人に一切の興味がない、自分のことしか興味がない男が、わざわざ人の心の中に土足で靴跡をつけていったことだ。
ルゼから魔力が迸る。常にない刺すように鋭く膨張していく魔力は、ルゼの体を包み込むとみるみるうちに大きくなっていった。座っていた木が、その質量に耐えられずなぎ倒される。ドンドン膨張していく魔力はその周囲の木すらもなぎ倒し、慌てた様子でトレント達が周囲に散っていった。
十メートルほどまで広がった魔力が、突如弾けるように霧散した。現れたのは、全長十メートルほどの竜だ。額から魔力を纏った竜の角が伸び、月の光を反射して緑がかった黒の竜鱗が輝く。縦に割れた黄金の双眸を剣呑に眇めた。――――完全覚醒。
ここにきて、ルゼは成体の竜に変身できるようになった。ルゼは右前足で踏みつけたグレンを睨みつける。グレンは一切動じた様子も抵抗する様子もなく、ただまっすぐルゼの竜眼を見つめている。
「もう一度言うぞ。おまえになんの関係があるッ!?」
「関係はねえ」
竜眼が細く収縮する。関係がないなら口出ししてくるなと言おうとした言葉を、グレンの言葉が遮る。
「が、気に入らねえ。耐える必要がどこにある?」
「は?」
「尊厳を踏みつけられて、なんでそれに耐える必要がある。怒り狂うのが当然だ。怒りのままに敵を滅ぼせ」
あまりにも戦闘狂らしい意見に、ルゼは柳眉を寄せた(竜なので眉はない)。
「…戦闘狂が。事がそんな単純なら、ここまで悩んだりしな」
「単純だ。気に障る奴は好きに殴り掛かれ。おまえじゃどうしようもできねえ奴がいたら、俺が斬ってやる」
「――――……は?」
ぽふんっとコミカルな音を立てて、ルゼの竜化が解けた。信じられないという表情でグレンを見下ろすルゼ。
倒せない敵が現れたら自分が倒すから好きに動けと言っているのか、この男が。ルゼが倒せない強敵に興味があるのか。それとも戦争に身を置きたいのか。なんてことを考えるが、グレンなら素直にそう言う。誰かを助けてやろうなんて、口が裂けても言わないだろう。
基本、自分の力でどうにかしろ。どうにかならないなら強くなれというスタンスの男だ。その男が、ルゼが勝てないなら代わりに倒すと言っている。手を貸すと、そう言ったのだ。――――信じられない。
ルゼはハッと何かに気づいた表情になると、グレンの顔をペタペタと触った。
「うそ、本物っぽい」
偽物だと思ったらしい。グレンが心外そうに眉を寄せる。
「当たり前だろ」
「肉体変質か…?」
「偽物って前提から離れろ」
「優しいグレンなんて存在するはずがない」
「どういう意味だテメェ」
「私、寝不足すぎてついに幻覚と幻聴まで」
「発症してねえわ」
「これは夢か。フッ、夢らしい荒唐無稽さだ」
「どんだけ信じられねえんだ。いい加減にしろ」
ルゼは悪夢から目を覚ますためか、草の上に寝っ転がって寝始めた。夢の中で眠れば目覚めると思ったようだ。グレンの額に青筋が浮かぶ。現実を見ろパンチが飛ぶ前に、間一髪ルゼは起き上がった。
「夢の中なのに眠れない」
「現実だっつってんだろうが」
グレンのいい加減にしろという言葉に、ルゼは思いっきり噛みついた。
「これが現実なわけがあるか。だっておかしいだろう? 常在戦場バサハラ常習犯の倫理と常識が蒸発してて『”気遣い”配慮”優しさ”? 知らない言葉ですね。』を地で行く人の情緒の一切を気にしない男が、人並みの優しさを見せたんだぞ? これが現実なんだとしたら、明日世界が滅ぶかもしれない」
「…そこまで言われるほどか、俺は」
出会って初めて、グレンが本気の困惑を見せた。
「うん」
ルゼさん、真顔の食い気味肯定。目にハイライトがない。と思ったら、瞬時にハイライトが戻った。
「待った。夢なんだとしたら、私はそんな残念な怪物に救いを求めたってことになるのか? 夢は願望の現れって言うし……やっぱ幻覚幻聴でいいや」
ルゼは耳を塞ぎながら再度横になった。目をきゅっと固く瞑って眉間に皺が寄っている。グレンは何とも言えない表情で殻に籠った状態のルゼを見つめ、息を吐きだすと転がっているルゼを抱え上げた。突然の浮遊感にルゼは薄目を開け、またきゅぅっとさっきよりも強く目を閉じた。目線の先にグレンの顔があったので、幻覚と判断したようだ。
「今はもう寝ろ。面倒事は明日以降考えろ」
「幻聴が酷くなってる…もうダメかもしれない……」
「うるせえ。寝ろ」
「ぁうっ」
バチコンと額に指弾を受けたルゼは、そのまま意識を手放した。
***
目を覚ますと、ベッドの中にいた。視線だけで辺りを見渡すと、子供たちに宛がった大部屋のようだった。
「よかった、夢か……いや、夢? 夢はいや…幻覚と幻聴がいい…」
「あの…ルゼ様?」
夢(?)の内容を思い出し、ベッドの中でイヤイヤと頭を振っていると、心配そうな表情をしたシルヴィアが、横でルゼを見下ろしていた。ルゼはイヤイヤをやめ、目をぱちくりとさせて首を傾げた。
「なんでここにシルヴィアが?」
子供たちの大部屋にシルヴィアがいることを不思議に思って尋ねると、シルヴィアは口を開いた。
「えっと、グレン殿がいらっしゃって、ルゼ様が外で寝てしまわれたので、こっちの部屋で一緒に寝てくれと仰って」
「……グレンが? ………っていうことは」
昨晩のあれらこれらは夢でも幻覚でも幻聴でもなく、まぎれもなく現実ということで――――。
ルゼは布団をかぶって、
「それで、私はなんでここにいるんだっけ?」
そんな現実知りませんとばかりに、今までの会話をなかったことにした。
「あれっ? で、ですからグレン殿が…」
「ごめん、ちょっとよくわかんない」
「ルゼ様、もしや記憶に異常が!? すぐに誰か呼んできます!!」
「ごめん、大丈夫! 現実逃避してただけだから!!」
今にも走っていきそうなシルヴィアの腰に抱き着いて、なんとか引き留める。
「一体、どうされたのですか…?」
ルゼの不可解な行動に、本気でどこか悪いのではないかと疑い始めるシルヴィアから目をそらしつつ、ルゼはぼそりと呟いた。
「ちょっと直視できない現実が…いや、本当に現実かな? だって、グレンがわざわざ自分で気絶させたとはいえ、寝てる相手を部屋まで連れてくとかありえる? しかも勝手に自室に入らないって配慮して、大人に見守るように伝えて…え、怖い。現実が怖い。私、夢に帰る」
ルゼは再び布団をかぶると小山になって寝始めた。本気で困惑した様子のシルヴィアが、眉を八の字にしながらおろおろし、少しして部屋から出ていった。しばらくして、
「おい、いい加減にしろ」
シルヴィアに呼ばれたグレンがやってきた。ルゼはそろりと布団の隙間からグレンを見ると、きゅぅっと目を瞑って小山に戻った。直後、グレンに布団をぺいっされる。
「いつまで現実逃避してんだ、テメェ。つーか、トラウマ云々の時は一切逃避しなかった奴が、なんで俺の態度が変わっただかなんだかで逃避し始めてんだ! 普通逆だろうが!」
「うぅ…普通じゃない奴に普通を説かれた…もうむりぃ…ねるぅ…」
「十分寝ただろうが! あれから二日経ってんだよ!」
「え、そうなの!?」
がばっと起きて壁にかけてある手作りカレンダーを見ると、確かにグレンと話した時から二日経過していた。
「え、わたし寝すぎ」
「だからそう言ってんだろうが」
「…グレンに気絶させられたような気がするんだけど」
「あの程度で二日間も起きないわけあるか」
つまりグレンの指弾に加え、ここのところの睡眠不足により二日間も目を覚まさなかったということだ。ルゼはみんなに心配させたかもと思い、頬を掻く。大きく伸びをして、ふぅっと息を吐き出す。
「とりあえず、顔見せに行くか」
「おい」
「なに? 訓練なら後でな」
「違う」
「…え?」
ようやく完全覚醒できるようになったので、てっきりそのことだと思ったルゼは虚を突かれた顔で固まった。訓練以外の用事なんて自分にあったっけ? と言いたげな顔だ。
「おまえ、俺が二日前に言ったこと全部幻聴で処理してねえだろうな?」
「言ったこと? …なんだっけ?」
「ふんっ」
「だっ!?」
瞬間、ルゼの額に指弾が飛んだ。ぼふんっと背後のベッドに倒れこむルゼ。額を押さえて呻きながらごろごろする。
「暴力男ー! すぐ腕力に訴える! モラ男! パワハラ! 自己中!」
「何言ってるかわかんねえが、罵倒されてるのはよくわかった」
「そもそも! 手を貸してグレンになんのメリットがある!?」
頭を掴もうと伸びてきた手をごろごろで回避して、ルゼは声を張り上げた。やっぱり優しさは信じられない。可能性があるとしたら何らかのメリットがあるということだが、考えてもそのメリットはさっぱりわからない。
グレンの動きがぴたりと止まる。その隙に距離を取って立ち上がる。臨戦態勢だ。何が飛んできてもいいように備える。
「メリット……? ない」
「うーん……?」
生粋のエゴイストが動くときは自分に利があるときだけ、と考えるのは偏見かもしれないが、ことグレンに限って言えば誇張表現でもないと感じてしまう。無自覚に闘争の気配でも感じているのだろうか? そうなると、グレンの「手を貸してやる」を額面通りに受け取るのは危険だ。
「………とりあえず、保留で」
「なんでだ?」
「色んな意味で危険だから」
「…なんでだ?」
「…正直、メリットがあるって言われるほうが信用できるんだよね」
ぼそっと本音をぶちまけると、グレンは衝撃を受けたような顔をした。衝撃があまりに強かったのか、固まって動かない。
「おーい、グレン?」
目の前で手をひらひらさせても反応なし。ルゼは少し悩んで、グレンを置いて大部屋を出た。何が衝撃だったのかよくわからないが、そのうち起動するだろう。肩を回しながら、とりあえずドゥルグたちに顔を見せるため、工房区画を目指して歩き出した。




