{人間擬態~小人救出作戦}
「おお…! できた…!!」
とある日の鍛錬場にて、相変わらず覚醒することはできていないルゼだったが、生物魔法の練度が上がったことによって、翼と尻尾、角を消すことに成功していた。自分の頭や背中などを触って、いつもあるはずの感触がないことに感動を覚える。不要だと思っていたわけではないが、服の選択肢が限られてしまうため、もう少しどうにかならないだろうかと必死に鍛錬した成果が表れたことがとても嬉しい。
「私もできるようになったぞ!」
つい嬉しさのあまり近くにいたグレンに嬉々として報告をするルゼ。
「覚醒もできるようになれ」
グレンは興味なさげにそう言った。
「さっそくマイヤたちに新しい服作ってもらお!」
グレンの言葉の一切を無視し、ペンデュラムを使ってエントランスに飛ぶ。翼を消しても力魔法の重力操作によって浮くことができるので、問題なく第四階層の工房区画に降り立つときょろきょろと周りを見渡してマイヤを探す。
「なあ、マイヤどこにいるか知ってる?」
「ん? おお、嬢ちゃんどうしたんだ? 角も翼もないじゃないか」
「魔法で消せるようになってさ。マイヤに新しい服を作ってもらおうと思って」
「なるほどな。マイヤなら第三会議室にいるはずだぞ」
「ありがとう」
近くにいた小人に小人にマイヤの場所を聞き、第三会議室を目指す。会議室の前までやってくると、ちょうど中から数人の小人たちが出てきたところだった。会議は終わったものとみて、扉を開けるとマイヤとドゥルグがなにやら話をしているところだった。マイヤとドゥルグはルゼが入ってきたのを見ると、会話を中断して笑顔を浮かべた。
「おや、ついに消せるようになったんだね」
「今しがた。服を作ってほしいんだけど」
「いいよ。そういう約束だったからね。あんたが言ってた面ファスナーと線ファスナーも作れるようになったことだし、楽しみにしてな」
ルゼはあらかじめ翼と尻尾を消せるようになったら、新しい服を作ってくれるようマイヤにお願いをしていた。デザインはマイヤたちにお任せだ。小人たちは、多少時間はかかったものの面ファスナーと線ファスナーの開発に成功していた。デザインの幅が広がったことで小人女性たちが服や小物などに凝り始めていている。嬉々として様々なデザインの服を作りまくっているので、ルゼも小人たちにお任せすることにしたのだ。
「なあルゼ、悪ぃんだが追加で竜玉を出してくれねえか?」
「いいけど、なにか作るのか?」
マイヤとの会話が終わるのを待っていたドゥルグが、申し訳なさそうな表情で依頼をしてきた。転移結晶作りのために結構な量の竜玉を供給していたので、まさか足りなくなったとは思わず目を丸くしながら問い返す。
「親機側を作りてえんだ」
「親機?」
「シェルンフト大峡谷に引っ越してきたとはいえ、旧住処付近の森に用ができるときもあるかもしんねえだろう? このまま転移水晶を置いておくわけにはいかねえし、代替品を用意してぇんだ」
「そういうことならいいけど」
理屈としては理解できるのだが、それにしても少し態度がおかしいなと思いつつ、ルゼは頼まれた量の竜玉を渡すと、ドゥルグたちと別れた。
***
「おかしくないか?」
「なにが?」
一か月後、鍛錬場にて。力魔法の重力操作によってふよふよしながら、ルゼは口を開いた。服装はマイヤたちが新しく作ったおニューのものだ。膝上くらいまでのロングパーカーに、Tシャツにハイウエストタイプのパンツと薄手のタイツを着用している。靴は布とゴムを使ったスニーカーのようなものを履いている。
「ドゥルグたち、最近挙動不審というか、なにか隠してそうな気がするというか」
「気のせいだろう」
グレンからの返答はそっけない。周りにあまり興味がないので、気にしていないのだろう。ルゼはそういう反応が返ってくるとわかっていたので、気にせず続ける。
「いや、おかしい。最近、会議室に籠ることが多くなったし、なのに何か新しいものを作ってる感じもない。私が工房区画に行くとなんか焦ったような態度をするし、極めつけは転移結晶だ」
以前、ドゥルグが言っていた通り、旧住処と新拠点を繋ぐ転移結晶が作られたが、なぜかルゼたちにはその転移結晶が渡されなかったのだ。不思議に思って確認すると、まだ全員分を作れるだけの余裕がないという。嘘ではないだろうが、護衛のために付いて行く可能性が高いルゼには最初に渡されてもおかしくないはずである。今までもそういった場合は、必ず最初のほうで魔道具などを渡されていた。なのに、今回はそれがない。怪しい。
「直接聞いてこい」
「そうしよ」
面倒くさそうなグレンの投げやりな言葉に頷き、ペンデュラムでエントランスに飛ぶ。いつもならエントランスに数人の小人たちがいるものだが、今日は誰もいない。第二階層、第三階層と順番に上昇しながら見ていくが、誰もいない。
第四階層の工房区画には、出歩いている小人たちが何人かいた。彼らはルゼを見つけるとみんな笑顔で近づいてきた。
「ルゼ、ちょうどいいところに。今から新しい魔道具の試遊をするんだが、一緒に来てくれないか?」
「新しい魔道具? 何の魔道具?」
「”水弾”だ。威力を確かめたくてな」
ルゼは小人たちが持つ魔道具をじっと見つめた。不自然ではない誘いだ。だが、攻撃系魔道具の試遊となると少しおかしい。いつもなら、攻撃系魔道具の試遊をする際は結界の魔道具を用いて威力を確認する。たとえ効かないとわかっていても、ルゼに直接魔道具を向けることはない。
「…やっぱり、なにか隠しているな」
「なんのことだ?」
小人たちはきょとんとした顔で首を傾げた。だが、うっすらと額に汗が滴っているのをルゼは見た。
「…ドゥルグ達は、第一会議室だな」
「い、いや別の場所に…」
焦った様子の小人たちを置いて、ルゼは第一会議室に向かって飛んだ。彼らは万が一ルゼが来たときのための足止め係。第二階層にも第三階層にも誰もおらず、彼が第五階層に行くことを進めたということは、第四階層の工房区画にいることは間違いない。加えて、百人近い人数を収容できる会議室は第一会議室しかない。
第一会議室の前に立つと、なかから話し声が聞こえてきた。断片的に「救出」「街」「決行」などという言葉が聞こえてくる。ルゼは、会議室の扉をバアンッと思いっきり開け放った。椅子に座って黒板を注視していた小人たちが、一斉にびくぅっと飛び上がって、バッと突然やってきた闖入者ことルゼを振り返る。そして、顔色を悪くする。
「る、ルゼ」
「私に隠れて、どこの街に誰を救出しに行こうとしてるんだ」
「いや、これはだな」
「言い訳無用。なんで私だけ除け者にするんだ?」
家族だと言っていたのに、と頬を膨らませてむくれて見せると、ドゥルグたちはハッとして互いに顔を見合わせた。次いで、非常に罰が悪そうな顔で頬を掻いた。
「…あー、なんというか、悪かった。除け者にするつもりはなくてだな」
「およしよ、ドゥルグ。何を言っても言い訳にしか聞こえないよ」
「……それもそうだな。申し訳なかった。今更だがワシらの話を聞いてくれ。そんで、どうするか考えてくれねえか?」
「…わかった」
ルゼは近くの椅子に腰かけた。
「ワシらは人間の街に捕まっているらしい同胞の救出作成を立てている」
「らしい?」
「五年ほど前に、そういう噂を耳にした。とある見世物小屋で生きた人形の劇が行われてるってな」
そう話すドゥルグたち小人の表情は、耐え難い怒りを抑え込んでいるようだった。
「当時のワシらは同胞の可能性が高いと思いつつも、力がなく確認しに行くことさえできなかった。だが、今は違う。ルゼ、嬢ちゃんのおかげでワシらも多少なりとも力をつけることができた。今なら、捕まっているかもしれない同胞たちを助けに行けるだろう」
ルゼはなるほど、と頷いた。そして小人たちがなぜルゼに話さなかったのか、その理由も察した。ルゼはもともと人間に捕まっていた。同胞たちが捕まっているというなら、おそらく同じような状況だろう。今、ルゼが平気そうに暮らしているといっても、心に深い傷を負っていることは間違いない。優しい小人たちは、ルゼがこれ以上傷を広げることがないように、あえて自分たちだけで事を遂行しようとしたのだ。
「街の場所は?」
「…旧住処から北にいったところにある街だ」
「だから転移水晶を作ったんだな」
「そういうことだ」
「街の偵察とかはもう終わってるのか?」
「その前にルゼ、この作戦に加わるつもりか? おまえさんも人間に…」
「問題ない」
ルゼは心配そうなドゥルグたちがこれ以上心配することがないよう、力強く頷いた。これまでずっと優しく接してくれた小人たちが、ずっと愁いを感じながら過ごしていたと知って、手伝わないなんて選択肢はルゼの中にはない。ルゼの一切折れる気はないという態度を見て、小人たちは泣きそうな表情で頷いた。
「…そういうことなら話を進めるぞ。偵察はこれからだ。なにせ約六日かかる距離だからな。今、そのために必要な物なり、侵入方法なりを考えていたところだ」
「そこがどういう街かはわかっているのか?」
「でかい街だ。王都って場所ではねぇみてぇだが、人間の街の中でも上のほうの街らしい。昔、軽く見た程度の情報しかねえが、人の出入りが多い。周囲は外壁に囲まれていて、入るには門番の検閲をクリアせにゃならん」
「検閲? 結構、厳しいのか?」
「ワシらは当然ながら通れねえが、人間はそうでもねえ。明らかに田舎もんっぽい風体の奴らも、問題なく中に入っていたな」
「馬車の出入りも多かったから、地方の出稼ぎとか、素材の売買なんかでの人の出入りが珍しくないのかもしれないねえ」
当時の様子を見ていたらしいマイヤがそう付け加える。ふむふむと話を聞いていたルゼの頭にぴこんと電球が灯る。
「私なら普通に入れるってこと?」
「「「え?」」」
小人たちはルゼを上から下にと観察する。生物魔法によって角と翼と尻尾を消したルゼは、傍からは普通の人族にしか見えない。
「私が正面から入って、見世物小屋に本当に小人たちが捕まってるか確認してきたほうが安全じゃないか?」
「でも、ルゼちゃんは結晶竜よ? 私たち以上に、見つかったら危ないわ」
心配そうに言うペルシェに、同意するように隣のロンプが首を縦に振る。
「もし見つかった時は、一切合切吹っ飛ばしてくるから大丈夫」
屋敷にいた人間たち以外にまともに人間と戦ったことはないが、あの人間たちが特別劣っていたとは思えない。裏組織の人間であった彼らが、腕っぷしが特別弱いなんてことがあるはずがないからだ。油断は禁物だし、陸亀のように息吹を無効化するスキルなり魔道具なりを使ってくる人間もいるかもしれない。だが、地竜たちとの戦いで苦手な敵に対する戦い方も学んだし、なにより変身を解かなければバレる心配もない。
グレンとの戦闘訓練で、気配察知も無駄に敏感になってしまった自覚もあるので、圧倒的強者がいれば察知することくらいはできる。その時は、無理はせずに撤退しよう。そんな感じのことを語ると、小人たちは心配そうな表情をしながらも、一番確率が高い方法だと納得してくれた。ルゼが潜入する方向で話が進みかけたとき、マイヤがストップをかけた。
「ちょいと待ちな。もしかして、ルゼひとりで潜入する気じゃないだろうね?」
「そのつもりだけど」
他に誰か行ける人でもいる? と首を傾げると、マイヤは渋面を浮かべた。
「あんたみたいな年頃の女の子が、ひとりでああいう場所に行くのは別の意味で危険だよ」
「…確かに、子供を犯罪に巻き込もうとする大人もいるしな」
「あー…それもそうなんだが、それだけじゃないと思うんだが」
「?」
ルゼは現在十四歳。この世界では十六歳で成人となるため、まだ一応子供という年齢だ。大きな街であるならば、子供を狙った犯罪もあるだろうと思っていると、歯切れ悪くロンプが呟く。
「女を狙った犯罪もあるということだぞ」
「!! ロリコンか!」
屋敷から逃げ出した日のことを思い出す。酒に酔っていたとはいえ、当時十二歳のルゼを襲おうとした不届きものがいた。最終的に、その男は死んで瓦礫の下敷きとなった。自業自得である。
「えー…でも、だったらどうする? グレン、たぶん来ないぞ?」
手っ取り早いのはグレンに一緒についてきてもらうことだと思うが、正直、グレンの性格から考えてついてきてくれる気はしない。ここ数か月の付き合いで、ルゼはグレンという人物がどういう男なのか理解していた。
グレンは戦闘狂。それ以外の事柄には一切興味がない。なんなら、雌雄どころか年齢の区別もほとんどつけない。人類平等パンチをタイムラグなく誰にでも放てる。それがルゼが数か月で理解したグレンという男だ。
「あー……そのあたりは、ワシがなんとか説得してみよう」
「本当に大丈夫? 情とか倫理に訴えかけるとか、たぶん無駄だぞ?」
「……大丈夫だ、たぶん……たぶん」
自信なさげなドゥルグを、全員で大丈夫だろうか? と心配しつつも、話し合いはルゼ&グレン潜入の方向で進んでいった。決行は、一か月後に決められた。必要なもの、当日の立ち回りなどを確認し、一同は準備を進めていった。
そして一か月後、決行の日がやってきた。




