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{北の街~冒険者ギルドまで}

 エントランスに、ルゼとグレン、そして小人たち全員が集まっていた。


「おまえさんら、気を付けていってこいよ」


 今日はいよいよ人間の街に旅立つ日。ドゥルグは小人たちを代表して、ルゼとそしてグレンに激励を送る。そう、なんとドゥルグはグレンの説得に成功していた。どのように説得したかについては単純で、ドゥルグが知る強力なモンスターの出現場所と転移結晶の作成で手を打ったとのこと。この旅が終わったら、さっそく遊びに行くだろう。


「いってくる」


 ルゼはドゥルグたちの言葉に力強く首肯した。小人たちに見送られ、新しいペンデュラムに魔力を通す。一瞬のうちに、旧住処である森に転移した。久しぶりの森に懐かしさを覚えていると、一足先に穴から出て元の姿に戻ったグレン(十九歳の姿)が口を開く。


「北だったな。だらだら行ってもしょうがねえ。走るぞ」

「え、走るの!?」


 遅れて穴から出たルゼはグレンの言葉にぎょっとする。グレンはとっとと先に走り出してしまった。

ルゼも慌ててそのあとを追う。走りながら、まさか約一週間ずっと走り続けるつもりじゃないだろうな? と内心戦々恐々とする。そのまさかで、体力の続く限りずっと走り続けることになった。重力操作使えば走らなくていいじゃんと気づいたのは、共鳴石を採った岩場に到着した時だ。


 ドゥルグとトレントたちと移動したときは約一日かかったが、尋常ではないスピードで走り続けた結果、半日もせず岩場に到着した。その頃には、ルゼの体力が尽きて青息吐息状態だったが。一人涼しい表情のグレンは、岩場を見上げ、徐に崖を走り始めた。重力操作による壁走りだ。


 壁を垂直に上っていくグレンの後を、ぜーはーと荒い息を吐き出しながら追従する。ルゼは持ち前の豊富な魔力を使って、重力操作で浮くことによって壁を上った。天辺に着くと、すでにグレンの姿はなく、北東のほうにその気配を感じた。ルゼは、「待つという選択肢はないのか!?」と悪態を吐きながら、人の気配に注意しつつ、重力操作で浮くことで付いて行った。


 ルゼが走るよりも重力操作で浮くほうが移動スピードが速い。魔力さえあれば速度はどうとでもなるので、すぐに先行するグレンに追いつくことができた。


「今日でどこまで進むつもりだ?」

「行けるところまでだ」

「…ちなみに、日が暮れたら止まるか?」

「いや?」

「『いや?』!? 飲まず食わず寝ず休憩せずで一週間の距離を走り切るつもりか!?」

「行けるだろ?」

「行ける行けない関係なくやりたくはないわ! というか、それ行けるところまでじゃなくて、目的地に着くまでっていうんだよ! 着いてからが重要なのに、なんで今体力と精神の限界に挑戦しないといけないんだ!? 夕食時になったら止まるからな! マイヤたちがご飯用意してくれてるし!」


 ルゼたちは進めるところまで進んだら、その場所に転移水晶を置き、一時的に拠点に帰宅して、翌日転移水晶を置いた地点から再出発するという形をとるつもりだ。ひとり、すべてを走り切るつもりでいたものもいるが、なんとか夜になったら止まらせることに成功し、疲れ切った表情で拠点に一時帰還した。話を聞いたドゥルグたちが気遣うようにルゼを励まし、翌日、嫌々ながら止まった地点から再出発した。


 そんなこんなで三日後、目的の街に到着した。


 街は高さ二十メートルほどの外壁に囲まれていた。周囲は見晴らしのいい草原となっており、敵やモンスターが攻めてきても、外壁よりも高い櫓から一発で見つけることができるだろう。東側の外壁に、大きな門と数人の門番らしき人間、街への入場待ちをする人や馬車があふれていた。


「あれだな」

「行くぞ」


 ルゼは簡単に身なりにおかしなところがないか確認すると、グレンの後ろをついて列の一番後ろに並んだ。ルゼたちの姿に気づいた人間たちが、一瞬ざわっと騒めくと近くにいる知人や仲間たちとこそこそと話を始めた。視線もちらちらと飛んでくる。おかしなところでもあっただろうかと少し心配をするが、グレンが一切気にした様子がないので、自分も気にしていない風を装ってできる限り反応しないようにした。


 列は長く、しばらく順番が回ってきそうもない。情報収集もかねて周囲に並んでいる人間たちを観察していると、どうやらグレンの容姿が目立つために注目を集めているようだと気づいた。商家の娘っぽい女の子や末端貴族っぽい女性など、頬を染めてグレンをチラ見している。また女性だけではなく、商人風の男たちなどもグレンの顔と着ている服装などをジロジロと見ている。


(女の子たちは目を覚ませ。顔と強さだけだぞ。思いやりや気遣いとは無縁だぞ…地獄を見るぞ。誰も話しかけてこないでくれ…グレンが暴れたら、たぶんフォローは無理)


 半ば見ないようにするためか、祈るように目を閉じるルゼにも視線が集まっているのだが、それにはまったく気づいた様子はない。


 周囲に小人と他人の容姿に一切興味がない鬼しかいないため気づけていないが、ルゼの容姿も大概良い。癖のない濃い緑の髪に、月を切り取ったかのような金の瞳。目を閉じると、長いまつ毛が頬に影を落とす。長い引きこもり生活のせいで肌の色も透き通るかのように白く、ついに先日身長が百七十センチを超えてしまったというのに、各パーツが細いせいか全体的に華奢な印象を与える。身長の成長とともに主張を始めた胸は、こちらもルゼの意思に関係なく成長を続けるせいで下着が瞬時に合わなくなる始末。


 拠点には鏡の代わりになるものがないがゆえに、客観的に自分の容姿を確認することもできず、また前世は平凡な容姿だったのもあり、自分も注目されているとは毛ほどにも思っていないルゼ。しいて言うなら、ルゼの服装が珍しいと思われている程度という認識だ。


 ルゼとグレンは、田舎から街に素材を売りに来た田舎者という設定で街を訪れたことになっている。この設定にはひとつ問題があり、人間の田舎者がどういう格好をしているのか、ルゼも小人たちもまったくわからなかった。考えた末に、グレンとよく似た和服と漢服が混ざったような服を着ることにした。グレンは黒とえんじ色だが、ルゼは髪に合わせて若草色の服を着ている。


 グレンが着ているのは、鬼人族特有の服。いわば民族衣装である。田舎服がわからなかったので、民族衣装風のもので誤魔化すことにしたのだ。


「次の者」


 幸いにも誰に話しかけられることもなく、ルゼたちの番が回ってきた。前に進み出ると、門番の三十台くらいに見える男は一瞬目を瞬かせ、ルゼとグレンを見やると、ルゼの方を向いた。


「見ない格好だ。ここには何の用で来た?」

「素材を売りに来ました」


 なるべくにこやかに、手に持っていた袋を広げた。なかにはドゥルグたちが用意した、多種多様な鉱石が入っている。門番はルゼの顔を見つめ、袋の中身を確認すると手元の紙に何やら文字を書きつけた。


「そっちの男は?」

「兄妹です。血の繋がりはありませんが」


 なるほど、と納得して門番がさらに紙に何かを記入する。正直、容姿が似ていないので恋人等の設定のほうが信ぴょう性があるのかもと思いもしたが、グレンに恋愛関係の演技をしてくれというのは無理が過ぎると思ったがゆえの兄弟設定だ。


 なお、ルゼは門番がルゼの説明に納得したと思い込んでいるが、実はルゼたち二人を辺境の暮らしに飽きて街にやってきた若者で、素材の売買は口実だろうと思っていたり、いずれ金に困って美貌を使って適当な店にでも勤めるだろうと思っているなどとは、欠片も考えていなかった。


「よし、通っていいぞ」

「ありがとうございます」

「ああ、待て。困ったことがあったらここに来なさい」


 笑顔で通り抜けようとすると、門番が小さな紙を渡してきた。軽く目を通すと、門番の名前と兵舎の場所が書かれていた。親切な門番だなと思いつつ、お礼を言って門をくぐる。入ってすぐは大通りになっていた。両脇には出店などが並んでおり、さらに奥に行くと宿屋や料理屋などが立ち並んでいる。


「何を渡された?」

「さっきの門番の名前と兵舎の場所が書かれた紙。困ったら訪ねて来いって。田舎者に親切な門番だな」

「…おまえは兵舎がどういうもんかわかってるか?」

「? 兵士が住んでる場所」

「詰所は?」

「兵士が勤めてる場所?」

「一般人が何かあった時に行く場所だな」

「ふーん……ん? っていうことは……」


 自分の住んでいる家の住所を教えたということになる。しかも困ったときは個人の名前を指定して訪ねて来いと。それってつまり……。


 ルゼは無言で紙を破いて捨てた。


「この世界にはロリコンしかいないのか!」


 つまりはそういうことである。


 肩を怒らせて眦を釣り上げるルゼを呆れた様子で横目に見つつ、グレンは口を開いた。


「おまえがたびたび言う、そのロリコンってのはなんだ?」

「大人が子供に下心を向けること」


 グレンは納得した様子で黙った。ルゼは結晶竜の血のせいか身長も高く、顔立ちも大人びている。あまり子供には見えないので、子供と思って粉をかけられているわけではないだろうと思ったが、面倒なので言わなかった。


 入り口付近にあった街の案内図を確認する。この街は大まかに四つの区画に分かれている。まず、街の中心には大きな噴水がある噴水広場。そこから北西、北東、南西、南東にエリアが分かれ、南西は商業区画、南東は観光区画、北西は冒険者区画、北東は居住区画だ。


 ルゼたちは人間の貨幣を持っていないので、まずは冒険者区画に向かい素材を換金して現金を手に入れ、そこから商業区画か観光区画にあるであろう見世物小屋を目指す。確認が終わったら、怪しまれないように一日だけ宿をとり、明日になったら街を出ていく予定だ。


 二人は噴水広場にやってきた。想像していたよりも立派な噴水があり、周囲には露店と休憩用のベンチが複数並んでいる。観光客だけでなくここに住む住人たちの憩いの場的な場所なのだろう。人通りも多いせいか、グレンに向く女性たちの視線の数が多い。刺すようなと表現するに相応しい熱い視線がグレンに向かっているが、本人は気づいているだろうが興味がないので一切を無視している。


 ひとり、二十代くらいであろう金髪の綺麗な女性が熱のこもった眼差しでグレンを見つめ、意を決したかのように歩み寄ってきた。


「ごめんなさい、ちょっとよろしいかしら?」


 鈴の鳴るような綺麗であり、それでいて色気も感じる美しい声だ。ルゼは目を細めた。遠い目だ。彼方を見つめ、どうかこの目の前の美しい女性が傷つくことがありませんようにと祈りを捧げる。グレンは無反応だ。一瞥することすらしない。


 女性があら? と少し焦ったような様子でグレンを見つめる。おそらく、声をかけて無視された経験がないのだろう。どうすればいいのだろうかという困惑が伝わってくる。女性は、ようやく隣にいたルゼの存在に気づいた。まっすぐと高い位置にあるグレンの顔しか見ていなかったのだろうが、困惑した拍子に視線を下げたことで遠い目をするルゼに気づいたようだった。


「ご、ごめんなさい!」


 女性は気まずげな顔で謝罪すると、一目散に逃げていった。周囲の女性たちが同情するような、複雑そうな表情で走り去る女性を見送っているのが、なんだか滑稽に映る。ルゼはそうとは思わず、感心した様子で呟いた。


「子供を連れているのを見て自重するなんて、倫理観はしっかりしているな」

「…おまえ、まともに自分の顔見たことねえのか。子供に見えねえぞ」

「うそぉ!? 身長のせいか!?」

「顔だっつってんだろ」

「老けてるってこと…!?」


 まだ十四歳なのに!? と愕然とするルゼ。素材を換金したお金は、見世物小屋への入場料と宿代を除きとっておこうということになっているが、こっそり鏡を買ってしまおうかと本気で悩み始める。考え事に夢中のルゼの腕を引っ張って、冒険者区画へと移動する。


 冒険者区画は、利用する者が荒くれ者が多いせいか、他の区画と比べても粗雑な印象だ。建物はレンガのような頑丈な素材で作られているものが多く、商業区画にあるようなこじゃれた料理屋のようなものはなく酒場が多い。武器や防具、魔道具を売っている店なんかもあり、特に魔道具はどのようなものがあるか気になったので、店の中に入ってみたが性能・威力共に小人たちが作るもののほうが優れていたため、すぐに飽きて外に出てしまった。


 冒険者ギルドの支店は、一階と二階に分かれていた。一階は依頼の受付窓口、二階は素材の買い取り窓口があるフロアだ。素材の買い取りは、なんの問題もなく終わった。大きな街の支店ゆえか、買い取り窓口が十個もあり、ほとんど待ち時間もなくやり取りを終えた。ドゥルグたちから渡された鉱石は、少しだけ珍しい純度の高い鉱石類で構成されており、価格は十万ギル(この世界の通貨単位)となった。高いのか安いのか判断つかなかったが、冒険者ギルドの支店がまさかぼったくることもないだろうと何も言わずに受け取った。


 一階まで下りると、奥に張り出された依頼ボードが目に入った。どういった内容が書かれているか気になったルゼは、価格の基準を知る瞑目でボードに書かれた依頼に目を通した。冒険者のランクによって依頼が分けられており、低ランクのほうが数は多いが報酬が少なく、高ランクになるにつれて依頼は少ないがその分、難易度に合った報酬が提示されている。


 驚いたのは、Bランクのボードにサーベルボアの討伐依頼が張り出されていたことだ。報酬は五万ギル。サーベルボアといえば、ルゼが小人と契約を結んだ日に遭遇した牙が発達した大型猪みたいなモンスターだ。ほとんど突進くらいしかできないあのモンスターがこんなに高いの!? と声に出さずに驚愕する。


 SSランクのボードにひとつだけルゼも聞いたことがないモンスターの討伐依頼が張られていた。グレンがまるで興味がなさそうなので、おそらく然程強くないのだろうと予想した。同時に、やっぱり人間の強さの質も落ちているんでは? と思い始める。そんなことを考えていたから、うっかり背後にいた人物にぶつかってしまった。


「あ、すみません」


 咄嗟に謝って振り返ると、大斧を背負った筋骨隆々の男が立っていた。スキンヘッドで頭にモンスターにやられたらしき傷がついている。世紀末な世界でヒャッハーしていても不思議ではないいかつい容姿の男は、ルゼを見下ろすと凶悪な表情を歪めて言った。


「おいおい、気をつけろよ姉ちゃん」

(嬢ちゃんです!)

「あんたがぶつかってきたせいで、オレの一張羅が汚れちまった。どう責任とってくれるんだ? あ?」

「汚れ?」


 ルゼは心の中でまだ若いと主張しながら、ヒャッハー男の言う汚れとやらを見てみた。もともとヒャッハー男の服はあまり洗濯しているようにも見えず薄汚れているため、ルゼがつけた汚れと言われてもどれがどれだか判別はつかない。


 おそらく態度から見てもいちゃもんをつけているだけだろうが、さてどうしようかと無表情で考える。さっきからヒャッハーが自分はAランクだの強いだのなんだの言っているが、グレンが一切興味を示していないので、強くはないだろうことはすぐにわかった。だが、今は騒ぎを起こして目立つ事態は避けたい。


 周囲の親切な誰かが止めてくれるのが一番楽だななんて考えるが、周囲ははらはらしながら様子を見ているか、逆ににやにやと嫌な笑みを浮かべているかしかいないため、心の中で嘆息する。街の治安悪すぎない? と思いながら、ルゼの無反応に痺れを切らしたヒャッハーが腕を掴んできたので、精一杯にっこり笑いながら本当は触りたくないが仕方なくヒャッハーの手に手を重ねる。


「ボードに気をとられてぶつかってしまってすみません。許していただけますか?」


 ヒャッハーがおそらく「許すわけねえだろ!」みたいな言葉を吐こうとするが、驚いた表情で自分の手を見つめて押し黙る。ヒャッハーは女の腕を掴む自分の手が、同じく女が重ねた手によって力づくで引っぺがされたことに驚いた。ましてやまるで力を入れている風でもないのに、重ねられた自分の手はまったく動かせないのだ。それどころか、手の骨がミシミシと音を立てている。華奢な女のどこにそんな力があるのか。


「いッ!」


 一瞬、本当に骨が砕かれるのではないかという力が込められた。思わず痛みの声をあげる自分を、周囲が訝しげな顔で見ていることに気づき、申し訳なさそうな顔を作る女を見て、顔をしかめた。再度力が込められそうな気配を感じたヒャッハーは、咄嗟に手を振り払うと、目を丸くする周囲に精一杯の虚勢を張って見せた。


「こ、これくらいで許してやらあ! 次は気をつけろよ!」


 捨て台詞を吐いたヒャッハーは、足早にギルド内から出ていった。周囲はなんだったんだと拍子抜けした様子で、思ったよりも優しいとか、美人の笑顔にくらっときたとか見当違いなことを言い合いながら散って行く。


「騒ぎを起こすなと言ってなかったか?」


 あきれ顔で近づいてくるグレンに、同じくあきれ顔でギルドの入り口を見やったルゼは口を開いた。


「ちょっと人にぶつかっただけで騒ぎになるほうがどうかしてる。治安が悪すぎるわ」


 早くも小人たちとの平和な日常に戻りたいななんて思いつつ、二人は冒険者ギルドを後にした。

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