{鬼畜特訓}
小人たちはグレンがいた洞穴を転居先に決めた。洞穴はグレンが目覚めたことで半ば役割を終えたようなものなので、遠慮なく改造していくつもりである。
グレンが渡した転移水晶は問題なくその効力を発揮した。水晶に魔力を通し転移したい部屋をイメージすると、魔力を通した者とその者に触れている者を洞穴の最初の転移部屋か、闘技場手前の転移部屋に転移させることができる。検証を終えたドゥルグは、この転移水晶を新しく拡張した部屋に置いた。ちなみにグレンの部屋は入り口から入って右側に作られた。
ドゥルグは洞穴最初の転移部屋を玄関ホール(エントランス)と名付け、嬉々としてリフォームを行っている。移動による時間的問題が一気に解決され、転移水晶なんて破格のアイテムまで手に入ったのでもううっきうっきである。
時間が短縮されたことによって、拠点の完成予想図は修正が入れられた。時間がかかるからと妥協していた部分の、一切の妥協をやめたのだ。修正された完成予想図を見たルゼは、あまりの様変わりっぷりに思わず「原型とどめてないじゃん」と突っ込みを入れほどだ。さて、そんなルゼさんだが、ぶすくれ顔を隠そうともせず、グレンと闘技場手前の転移部屋にいた。
なぜここにいるのか、答えは簡単だ。グレンに引っ張ってこられたから。
地竜他モンスターたちと激闘を演じ、別種類の化け物から精神的なダメージを負わされたルゼは、十日間の旅を終えた後は住処で一年くらい療養する予定であった。一年は言い過ぎだが、とにかくしばらくはベッドでぬくぬくしながらごろごろ生活を堪能するつもりだったのだ。
今朝さっそく新調されたふっかふかベッドで二度寝を決め込んでいたところ、扉がノックされた。ルゼセンサーが危険生物の到来を告げていたので、寝ているので気づいていませんよ? とばかりに布団を頭まで被ったところ、バアンッ! と強引に扉が開かれた。
びっくりして飛び起きると、扉の前にグレンが仁王立っていた。グレンはノックをしたとはいえ、女性の部屋に無許可で侵入したことへの罪悪感ゼロのふてぶてしい顔で言った。
「いつまでぐうたら寝てるつもりだ」
「いや、正気か? それで勝手に女の部屋に入ってくるやつがあるか? というか、こっちは居留守使ってるんだ。察しろ。そして帰れ」
「女?」
「おまえが雌雄の区別がつけられないのか、それとも単に私を女ではないと言っているのか、どっちだ? 返答次第では死んでも殺す」
「そんなことより」
「そんなことより!?」
「闘技場行くぞ」
「嫌に決まってんだろ! …って、あ、ちょ、尻尾を掴むなぁ! 引きずるな! ふざけんなよ、おまええええぇ!!」
このようにして、ルゼは闘技場手前の転移部屋まで強制的に連れて来られたわけである。経緯が経緯だけに、ルゼがぶすくれるのも仕方ないことだ。
「おい、不細工だぞ」
「生まれた時からこの顔だわ、くそが」
「? なんでもいいが、おまえ、ちょっと息吹を撃て」
「は? どこに?」
「俺に向かって」
そう言って、グレンはルゼから五十メートルほど距離を取った。まったく意味が分からないが、渋々言われた通りに両手を掲げる。耐久力が低ければ触れるだけで最悪消滅する攻撃だが、なんとなくグレンは大丈夫そうだと感じたので、全力で放つ。部屋に勝手に入ってきたとか、無理やり連れて来られたとか、数々の暴言への恨みなどまったくない。ああ、ないとも。
絶大な威力の息吹が空気を焦がしながらグレンに迫る。グレンは大太刀を召喚すると(一体どこから取り出しているのか)、事も無げに息吹を真っ二つに斬った。目が点になるルゼ。自分より強いだろうとは思ったものの、あんなにあっさり斬られるなんてと驚きを隠せない。
「覚醒してないからか、中途半端だな」
聞きなれない単語が飛び出した。
「覚醒?」
「種族ごとに異なる強さの上限突破地点みたいなものか。獣人族は覚醒するとその種に変身できるようになる。全身か一部かは種族によるが、竜族なら全身だ」
竜になると言っていたのはそういうことかと、一応納得するルゼ。
「おまえは進化が中途半端だ。人型状態での息吹は覚醒してからじゃねえと撃てないはずだが、なぜか撃ててる。竜眼もおそらくだいぶ前からその状態だったんだろうが、一向に覚醒する気配もねえ。どういうことだ?」
「私に聞かれても…そもそも、おまえはさも常識を語るかのようにあれこれ言っているが、私はその手の話は聞いたことがないから、さっぱりわからん」
「聞いたことがない?」
「半年前にドゥルグ達に会うまでずっとひとりみたいなもんだったから」
グレンの目が僅かに見開いた。ルゼの見た目は、十代前半からいいとこ半ば。その年までずっとひとりだったということに驚いたようだ。
「…小人の住処を見ても思ったが、俺が寝てる間に亜人族の扱いでも変わったのか?」
「変わったかどうかは知らないけど、人間種よりも立場が弱いことは間違いない」
ルゼは簡単にこの世界での亜人族の扱いを説明した。グレンは終始、渋面を浮かべて話を聞いていた。
「俺の時代とだいぶ違うな。亜人族は人間から迫害されてなかったし、人間に虐げられるほど弱くなかった。スキル以外で魔法が使えねえってことも当然ねえ。俺がいた時代から大分年月が経ってるみてえだが、それにしても弱体化しすぎだ。どうなってる?」
「どのくらい弱体化してるんだ?」
「地竜が地を這う虫になったレベル」
「そこまで!?」
「種族の大半が最低でも覚醒までは到達していた。覚醒してりゃ、地竜一体くらい倒せる」
「それは……確かに、地面の虫レベルかも……あれ? でもそう考えると人間も弱いような…?」
ルゼは忌々しい記憶ではあるものの、屋敷の人間のことを思い出す。グレン曰く、ルゼは覚醒には至ってないらしいが、奴らはそんなルゼの防御を抜くことも、攻撃を防ぐこともできなかった。彼らが特別弱いのでなければ、この世界に存在するすべての種が弱体化していることにならないだろうか。
人は環境に適応する生物だ。グレンのいた時代には脅威が多く、現代に至るに連れて脅威が排除されたことで強く在る必要がなくなり、全体的に弱体化したのであろうか。
「歴史書みたいなのがあればわかりやすかったかもしれないけど、そんなものはないしなあ」
小人たちの住処にあるのは、彼らが作ったモンスター図鑑や植物図鑑、各種レシピ本、図面に企画書等のみである。
「考えてもわからん問題は棚上げだ。とにかく、おまえは自分の種族のことはおろか魔法についても何も知らねえってことでいいな?」
「まったく」
「俺も細かいことは知らんが、知ってる範囲で説明する。まず、これを持て」
グレンが差し出したのは、十センチほどの半透明の水晶のような板だ。
「それに魔力を通してみろ」
言われた通りに魔力を通すと、水晶に文字が浮かび上がった。そこにはこのように記載されていた。
===================
【名前】ルゼ=フェンドル=リンドアルヴ
【年齢】13歳
【性別】女
【種族】結晶竜(混血)
【固有スキル】息吹、竜晶化〔攻撃・防御〕、竜晶生成・操作・分解
【特殊スキル】竜玉作成〔中品質〕
【進化状態】無能力
*
【魔力】50000
【火魔法】Lv1(上限Lv5)
【水魔法】Lv1(上限Lv3)
【土魔法】Lv1(上限Lv3)
【風魔法】Lv1(上限Lv5)
【光魔法】Lv1(上限Lv3)
【闇魔法】Lv1(上限Lv3)
【力魔法】Lv1(上限Lv5)
【時空魔法】Lv1(上限Lv3)
【生物魔法】Lv3(上限Lv5)
【創造魔法】Lv3(上限Lv3)
===================
「ステータス…!?」
そこに表示されたのは、まぎれもなくルゼのステータスであった。
「【生物魔法】”鑑定”が付与された水晶だ。魔力を流した者のステータスを表示する」
ルゼははえ~と目をぱちくりさせながら自身のステータスを凝視した。内心で「ゲームか?」と突っ込みを入れる。
「ちょっと待って。竜玉作成〔中品質〕が【特殊スキル】ってことは、私しかできないってこと……!?」
「当然だろ。こんなもん、際限なく作れてたまるか」
グレンが腕輪の各種竜玉を指さしながら言う。
「力さえあればみんなできるもんだとばかり」
驚きの事実である。
「そもそも、おまえがやってることは魔力の実体化だ。一時的に作るのとはわけが違う。そんなもん簡単にできてたまるか。それができてんのは、この魔力50000だかっていうぶっ壊れた魔力量のせいだ」
「ちなんどくとまだ魔力量増えてる」
「化け物か」
「化け物に化け物って言われたくない! 絶対どっかぶっ壊れたステータスしてるくせに! おまえのステータスも見せろ!」
水晶を押し付けると、グレンは面倒くさそうな顔をした。だがルゼが引かないとみると、渋々水晶に魔力を通した。水晶にはこのように表示された。
===================
【名前】グレン・ヤギョウ
【年齢】19歳
【性別】男
【種族】鬼人族
【固有スキル】鬼化〔攻撃・防御〕、武器創造、激情変換、自己修復、気配察知、毒無効、麻痺無効
【特殊スキル】狂化、物質・精神選定
【進化状態】逸脱
*
【魔力】5000
【火魔法】Lv5(上限Lv7) → 〈封印〉Lv3
【水魔法】Lv5(上限Lv7) → 〈封印〉Lv3
【土魔法】Lv3(上限Lv7) → 〈封印〉Lv1
【風魔法】Lv5(上限Lv7) → 〈封印〉Lv3
【光魔法】Lv3(上限Lv7) → 〈封印〉Lv1
【闇魔法】Lv3(上限Lv7) → 〈封印〉Lv1
【力魔法】Lv7(上限Lv10)→ 〈封印〉Lv5
【時空魔法】Lv7(上限Lv7)→ 〈封印〉Lv5
【生物魔法】Lv7(上限Lv10)→〈封印〉Lv5
【創造魔法】Lv5(上限Lv7)→ 〈封印〉Lv3
===================
想像していた通り、とんでもないスペックの高さである。だが、それ以上に目に付く箇所が…。
「…………【特殊スキル】に狂化ってあるんだけど、なにかご存じ?」
「まったく」
「記憶と力封じられたの、絶対これのせいじゃん……」
なにやらかしたんだこいつと遠い目になるルゼ。台座の人の文章から、よっぽどのっぴきならない事情なのかと思っていたが、単に問題児を未来に飛ばしただけではなかろうか? という疑念が拭えない。取説にキレさせるなと書いてあったが、具体的な内容も一緒に書いておけと心の中で台座の人をタコ殴りにする。最近、グレンのことで何かあるたび、イマジナリー台座の人をタコ殴りにするのが癖になりつつある。現実逃避である。
「そんなことより」
「これ、そんなことで済ませていい内容…?」
「おまえが覚醒に至れない原因だが」
グレンはルゼのツッコミを無視して続けた。
「おそらく【火魔法】と【力魔法】と【生物魔法】のレベルが低いせいだ」
「なるほど? というか、一度個々の魔法についての説明を頼む。火から闇まではなんとなくイメージできるんだけど、それ以降がよくわからない」
「それもそうか。」
グレンは収納箱から紙とペンを取り出し、大まかな魔法の説明を書きこんでいった。内容は以下となる。
【火魔法】火・熱
【水魔法】水・氷
【土魔法】土・岩
【風魔法】風・音・雷
【光魔法】光・バフ
【闇魔法】闇・デバフ
【力魔法】重力・引力
【時空魔法】時間・空間
【生物魔法】肉体変質、魂
【創造魔法】創造・融合・変質・分解
「各魔法でできることだ。例えば【時空魔法】だが、結界や治癒なんかがここにあたる。【生物魔法】は生物の肉体や魂を変質させたり操作したりする魔法だ」
「もしかして、グレンが小さくなったのってその魔法?」
「そうだ」
「……私もレベルがあがれば、翼とか尻尾とか消せるようになる?」
「なるが、消したいのか?」
「時折、消したいと思う時が……」
服の問題だったり、夜寝るときの体勢だったり、その他諸々である。グレンはよくわからないという表情で首をひねったが、あまり興味がないのかさらに続けた。
「【創造魔法】は生物以外のものを作る魔法だ。この魔法が一番特殊で、適性がないとほぼレベルはあがらねえ。結晶竜は本来あまりあがらねえはずだが、おまえは固有と特殊スキルの影響であがってるんだろう」
「グレンがあがってるのは? 固有スキルの武器作成の影響?」
頷くと、グレンは徐に自分の角を掴み、折った。
「ええっ!?」
ぎょっと目を剥くルゼの目の前で、折られた角がみるみるうちに形を変え、グレンがよく持っている大太刀に変化した。どこから出しているのかと思っていたが、そうやって作っていたらしい。グレンの頭を見ると、今しがた折られた角が元通りになっていた。
「小人族は種族柄の偏りが一番顕著な種族だ。火から闇までのレベルがほぼ上がらない代わりに、【創造魔法】と【時空魔法】の上限値が最初から七と高い」
「すごく納得できたんだけど、小人たちって火とか水とかの魔道具作ってるけど、そこは関係ないの?」
「あれは魔法陣を道具に刻んでるだけだ。使用してるのとはまた違う」
「なるほど」
「話を戻すが、結晶竜が覚醒すると竜に成れるようになる。そのための下地として【火魔法】と【力魔法】と【生物魔法】のレベルがいる。【火魔法】は最低Lv3。【力魔法】と【生物魔法】はLv5まで必要だ」
「…思ったんだけど、グレン結晶竜に詳しくないか? もしかして交流があった?」
ふと感じた疑問を尋ねる。自種族の覚醒条件ならまだしも、他種族の覚醒条件だ。きっかけでもない限り知ることはないだろう。
「交流があったかどうかは憶えてねえが、戦うかもしれない種族の情報を頭に入れておくのは常識だろ?」
「常識かなぁ? いや、この世界だったら常識なのか…? でも戦士の心意気っていうより、戦闘狂が長く戦闘を楽しむための嗜みみたいに感じるのはなんでだろう…?」
たぶん、覚醒以降から倒せるようになるはずの地竜その他のモンスターを倒したルゼを、ほとんど何も憶えてないのに強くなりそうって理由だけで無理やりついてきたからそう感じているのだろう。
「敵の戦闘時の状態でどの程度の技を使ってくるか予想することで生存率はあがる。常識だ」
「戦いの心得か。確かにそ」
「死んだら戦えねえからな」
「戦闘狂の常識のほうだな、それ」
「【時空魔法】と【生物魔法】を極限まで極め、尚且つ時間と魂の魔法に高い適性があれば使えるようになる”反魂”という魔法がある。これが使えれば死んでも生き返られるようになるが、俺は適性がなく習得できない。魔法陣さえあれば魔道具に刻めるようになるんだが」
「死んでも戦う気か。恐ろしいな、戦闘狂……というか、まさかとは思うけど、私に習得させようとしてる? 私の【時空魔法】Lv1だぞ。無理だろ」
「覚醒すれば〈自己修復〉を覚える」
「……なんか、恐ろしいことを言われてる気がする。大怪我負ってスキルで回復を繰り返せって言ってないよな?」
「戦ってれば怪我くらい負う」
「人類みんな戦闘が好きだと勘違いしてない? 戦闘狂マインドをこっちに押し付けてくるな。私は仕方なく戦ってるだけで好きで戦ってるわけじゃないんだからな!」
「…?」
「何言ってんだこいつみたいな顔をやめろ。おまえの言う常識は戦闘狂にのみ伝わる常識だと知れ。これはあれだ、戦闘狂ハラスメントだ。とにかく迷惑です」
「それで、火・力・生物・時空魔法のレベル上げだが」
「話を戻すな。勝手に【時空魔法】を増やすな。無視するな!」
ルゼの抗議を柳に風と受け流し、グレンは続けた。
「一番早く上がりそうなのは【生物魔法】だな。竜晶化して戦ってればそのうち上がるだろう。ただし、おまえがよく出す杭みたいなのはなしだ。体に纏って戦え」
「体術経験が一切ないんだけど…」
「覚えろ」
「鬼か」
「なんだいきなり」
「鬼人族だったわ。なんでもない」
前世では厳しい人や無慈悲な行いをすることを鬼を使って表すことが多かったが、鬼が実在するこの世界だとややこしい表現だ。だが、きっと前世の例えとなった鬼も、グレンのような鬼なのだろうとルゼは勝手に確信していた。
「火と力魔法は、実際に魔法を使ってあげるしかない」
「そういえば、普通の魔法の使い方も知らないな」
屋敷からの脱出方法を模索していた時に、母の真似をして使ってみようとしたが、結局発動しなかったことを思い出す。その時以降、竜晶化できるようになったのもあって、魔法を使えるようになろうと模索することはなかった。
「魔法の使い方は二種類だな。ひとつは詠唱と魔法名を覚える。もうひとつは魔力を直接練る」
「…詠唱と魔法名って、もしかして維持や操作を楽にするためのもの?」
「そうだ。よくわかったな」
「じゃあ、魔力を直接練るって維持や操作や魔法のイメージが大変な分威力があがるとか?」
「そのあたりは知ってたのか? 確かにそうだ」
もちろん、ルゼに魔法の知識はない。あるのは前世の常識(オタク知識)だけだ。異世界でも通用する常識(オタク知識)、最強である。
「俺が知ってる魔法は教えるが、正直、魔力を直接練った方がいい」
「維持と操作とイメージが大変なのに?」
「威力が高い」
「そんな気はしてたけど、こちとら初心者やぞ。配慮しろ」
「散々竜晶化したり竜玉作ったりしてんだから、魔力操作に関しては問題ないか。やっぱり魔力を練ろ」
「無視するな? 話を聞け?」
グレンはルゼの言葉の悉くを無視。そして、鬼畜な特訓が始まった――――




