{白狼~陸亀}※加筆修正
激闘。そう言って差支えのない戦いだった。
白狼は、速度に特化したモンスターだった。自身は闘技場内を縦横無尽に駆け回って敵を翻弄。氷の魔法で地面ごと標的を凍らせ、動きが鈍った瞬間に仕留めるという立ち回りをしてきた。氷の魔法も厄介だが、なによりもその速度のほうが脅威だった。杭で狙っても息吹で狙っても当たらず、先読みして少し前を狙えば白狼のほうが速くひょいと避けられてしまう。
考えた末、力技に出た。白狼が上か下、どちらかにいるときに竜晶で無理やり壁を作り、閉じ込めるという作戦だ。重要なのは、白狼が上ならルゼたちは下に、下なら上にと絶対に同じ空間にいないようにすること。
速度特化の白狼と、狭い空間で対峙するなど愚の骨頂である。端的に言って死ぬ。なので神経をすり減らしながら、杭やロッドの樹木操作で牽制しつつ、白狼の速度でもギリギリ間に合わないくらいの距離になった瞬間に即座に壁を展開。
僅差で白狼を下方に閉じ込めることに成功した。速度さえ封じればこっちのもの。白狼の防御力は地竜ほど高くはない。壁を壊されないように常時修復しながら、空間全体に出現させた杭でめった刺しにして終了である。
続いて現れたのは、大人ほどの大きさの蝶とそれよりも二回りほど大きな蜘蛛。どちらも毒々しい模様ではあったものの、これまでが超大型のモンスターばかりだったため少々拍子抜けする。だが、虫たちの恐ろしいところは見た目ではなく、その能力だ。
蝶が羽ばたくと、あたりに鱗粉が舞う。この鱗粉、浴びた対象に幻覚を見せる効果のあるものだ。咄嗟に嫌な予感がして避けたルゼは問題なかったのだが、ロッドがもろに浴びてしまい、ふらふらした足取りで蝶に近づこうとした。
直接触るのはまずいと思ったルゼは、”小波”でロッドについた鱗粉を洗い流して幻覚を解くことに成功するが、その時には眼前に炎の波が迫っていた。蝶のくせに、火の魔法を使うことができるのだ。
「虫が火を使ってんじゃない! むしろ飛び込む方だろ!!」
なんて場違いな突っ込みをいれつつ、息吹によって波に穴をあけ、火だるまになるのを回避した。蝶が使えるのはそれだけではない。なんと風魔法まで使えるのだ。風の魔法で鱗粉の流れを巧みに操作しつつ、対象が浴びた瞬間に炎の波を放ってくる。悪質である。
蜘蛛はというと、自身よりも一回り小さな蜘蛛を大量に召喚した。広い空間を埋め尽くすかのように召喚される蜘蛛は、見ていて大変気持ち悪い。しかもそれだけではない。蜘蛛は口から粘着性の高い糸を吐き出して、あちこちに蜘蛛の巣を作り、こちらの行動範囲を狭めてくる。
不思議なことにその蜘蛛の巣は、蝶の火や風の魔法にさらされてもすり抜けているかのように壊れることがない。小蜘蛛たちも同様、蝶の攻撃では死なない。
小蜘蛛の大群と蝶の鱗粉と火魔法の波状攻撃。特に小蜘蛛の大群が気持ち悪すぎて、ルゼは半泣きになりながら横殴りに息吹を放った。横殴りの息吹は斜線上のことごとくを消滅させ、蝶と蜘蛛に迫った。蜘蛛が背中の模様を輝かせると、周囲の小蜘蛛たちが蜘蛛と蝶の前にまるで盾になるかのように集まった。
本来小蜘蛛ごときが盾の代わりになどなるはずもないのだが、息吹が小蜘蛛の壁にあたると、驚くべきことに小蜘蛛たちは息吹を凌いで見せた。小蜘蛛たちの背中の模様が極光に対抗するかのように輝きを増していく。
強度を持って凌いでいるわけではなく、あたる直前に息吹が若干霧散しているように見えるので、分解効果を持っているのかもしれない。小蜘蛛たちは手前からどんどん消滅していくが、そのたびに奥の蜘蛛が背中の模様を輝かせて新しい小蜘蛛を召喚する。
この戦い、勝利条件はとても単純である。ルゼの息吹が蜘蛛の召喚スピードを上回ることができれば、実質勝利だ。今一番厄介なのは壁役の蜘蛛ではなく、絶えず鱗粉を飛ばしてくる蝶のほう。触れればアウトなため、対処しないわけにはいかない。ルゼの息吹の隙間を縫うように風魔法を駆使して鱗粉を飛ばしてくるため、対応するには息吹の水平撃ちを続けるほかない。だが水平撃ちでは、小蜘蛛の壁を突破するだけの突破力が足りない。最低でも五秒間は同じ場所に当て続けなければならないだろう。
ルゼは一計を案じた。宝物庫から”大波”を出し、ロッドに上の階で発動するよう指示を出した。樹木操作によって天井付近にあがったロッドが、”大波”を発動する。滝のように降り注ぐ波が、蝶の鱗粉のみならず火魔法の波をもかき消して押し流す。小蜘蛛の壁はびくともしないが、ルゼにはそれで十分。息吹を一点集中。蜘蛛の召喚スピードを上回り、壁は消失。同時に、蝶と蜘蛛も極光に飲まれて跡形もなく消滅した。
最後に出てきた敵がある種、最も厄介だった。見た目は十五メートルほどの陸亀だった。亀なのである意味当然だが、動きは緩慢で攻撃は遅い。水魔法を使って水鉄砲のようなものを放ってきたが、これまで地竜や白狼などの速いモンスターたちと比べると明らかに精細さを欠いた攻撃だった。
軽い動作で避けると、お返しに杭を放つ。が、亀はすぐに頭を引っ込め、杭は甲羅に当たって跳ね返されてしまった。杭で突破が難しいと感じたルゼは、息吹をお見舞いした。信じがたいことに息吹は甲羅に当たると、その瞬間に甲羅が発光し、息吹をそのままはじき返してきた。自らの極光が眼前に迫り、冷や汗を流しつつロッドを抱えて空中に退避。事なきを得るが、ルゼは途方に暮れる。
魔力攻撃が効かない。物理耐性も高い。どうやって倒せと……? と。
地竜と同じように、内側から蹂躙! も頭が引っ込んでしまっているため実行できない。どうしようかと思いつつ、ふとこのまま引きこもって出てこないなら放っておいていいんじゃないかと考える。
ルゼは戦いたいわけではない。出たいのだ。この理不尽闘技場から。むしろ亀が出てこないように適度に物理攻撃しつつ、ドゥルグたちを待てばよいのでは?
名案だとばかりにうんうん頷いていると、ルゼの希望を打ち砕く光景が目に入った。
亀が甲羅に入ったまま高速回転を始めたのだ。しかも頭と四肢、甲羅の隙間から刃のような鋭さの水も一緒に放ってくる始末。翼があるのだから飛べばいいと、そう思ったことだろう。ルゼも思った。なんとこの亀、遠心力を利用して回転する駒のように縦横無尽に壁を移動してくるのだ。水流カッターは竜晶バリアで防げるが、回転が加わった亀の巨体は耐えられない。
本当にどうしたもんかと現実逃避しそうになった思考を、ロッドのつんつんが止めた。ロッドは亀を指さし、なにかを伝えようとしている。自分の体の正面を指して丸を作り、次いで背中側を指してばってんする。
「腹が弱点じゃないかってこと…?」
ロッドは頷いた。冷静に考えてみれば、ルゼが息吹を放った時、当たった甲羅は光ったが、それ以外は光っていなかった。高速ス〇ンで攻撃してくるときも、決してこちらに腹側は向けない。
亀の腹ならば、息吹が通用する可能性が高い。例え弱点でなかったとしても、甲羅よりは防御力は低いはずである。であれば、必要なのは亀をひっくり返す方法を考えることだ。
攻撃と移動を封じ、確実に腹を攻撃する時間を作る。
亀の攻撃を避けながら、ルゼはタイミングを計るため、天井付近まで高度をあげた。亀が後を追ってくる。円形闘技場の壁を螺旋状に駆け上がり、巨体が宙に浮いた瞬間、側面の壁からせり出した竜晶が亀の側面に叩きつけられた。衝撃で竜晶が砕けないよう、一瞬でできる最高硬度まで硬くして、補足されないよう斜め下から上に向けて突き上げるように放たれた一撃は、目論見通り亀をひっくり返すことに成功した。
甲羅を下に向けて落下する亀。ルゼは万全を期した。竜晶の壁を作るのとほぼ同タイミングで、長さ百メートルは有ろう強大な杭を出現させた。できる限り硬度をあげ、先端を極限まで尖らせた杭は、一瞬の停泊の後に落下。自然落下など生ぬるいとばかりに速度をあげ、亀が地面に接触した瞬間に、追うようにその腹に突き刺さった。重さ数千キロはあろうという巨大杭の一撃を受けたというのに、亀の腹には先端がわずかに刺さるのみ。亀が足掻く。甲羅から噴き出す水の力で起き上がろうとしている。
しかし、もう遅い。
万が一杭が刺さらなかったときのために、ルゼは準備をしていた。杭の末端部分を広めに作っていたのは、すべてはこのため。ルゼはこれでトドメだと、直径五百メートル、高さ五百メートルの超巨大な竜晶を空中に作成。操作を切ると、超巨大竜晶は自然落下に従って降下し、自重と重力により数億トンもの重さの物体となって杭に直撃。轟音、そして地響き。
「クアアアアアァアアアアアアッ!」
絶叫が迸る。
金槌で叩くかのように押し出された杭が、亀の体に根元まで突き刺さった。さすがの耐久力か。その状態でも、亀はしばし生きていたが、程なくしてぴくりとも動かなくなった。亀の撃破により、モンスターが召喚されることはなくなった。




