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{チェントロ山探索}

 南の山岳地帯はトイコス山脈と呼ばれる標高二千~三千メートル級の複数の山々が連なる場所だ。山脈のほぼ中央には標高三千百メートルのチェントロ山がそびえ、西にデクシア山、東にアリステラ山と続く。山の斜面は中腹当たりまでは木々で覆われていて、上にいくにつれて地肌が露出している部分が多い。反対側は切り立った崖で、崖下は海となっている。


 ルゼたちはさしたる問題もなく、当初の計画通り一週間でトイコス山脈に到着した。移動役のトレントとはそこで別れる。彼らには帰りも送ってもらうために、”小波”の魔道具と改造した共鳴石を渡して、その場で待機してもらう予定だ。


 トイコス山脈も今通ってきた森も、どちらも高い木々に覆われていて明確な目印なしに同じ場所に戻ってくるのは困難を極める。改造した共鳴石は、持っている者同士が近づけば強く光り、離れれば光が弱まるようにしている。効率は少々悪いが、これで見つからないということはないだろう。


 ここからは別の乗り物を使っての移動となる。ルゼとドゥルグはそれぞれ宝物庫から、この日のために小人たちが作った乗り物を取り出した。


 ドゥルグのほうは縦一メートル、横五十センチのオープンカータイプの車”リリーフ”だ。見た目は車とは少々異なり、車体に対して平行に付けられるはずのタイヤが露出し、水平に取り付けられている。


 これは速度をあげるための風を発生させる魔道具”タイヤ”であり、通常の走行では後部タイヤのみで送風を行い、止まるときは後部の送風を止め、前部で前方向に風を送ることでブレーキをかける仕組みだ。ヘッドライトの部分には光の魔道具”ライト”を取り付け、夜間の走行も可能。魔道具の操作はすべて運転席に取り付けられたハンドルを持って行う。車体は目立たぬように迷彩柄に塗装がされた。また天井のないオープンカータイプだが、後付けで天井を取り付けることも可能である。


 ルゼのほうは見た目はスノボーの板だ。後部にひとつ、板とは水平に同じ風の魔道具”ジェット”を取り付けていて、速度を上げることも可能。表面には靴の形をした薄い板がついており、そこに足を乗せて魔力を通すと磁石のようにくっつき、落ちる心配もない。ボードの柄はドゥルグたちの車と同じ迷彩柄だ。


「ワシらはチェントロ山の山肌に沿って、西のデクシア山を目指す。が、もし途中に洞窟を見つけたら言ってくれ」

「わかった」

「承知」

「はい」


 ロッドも「了解!」と枝をゆさゆさする。


 車の運転席にドゥルグ、助手席にロッド、後部座席にロンプとペルシェが乗り込む。山ということもあり、地面はお世辞にも歩きやすい場所とはいえないが、ルゼたちには関係ない。重力操作の魔道具によって地面から数センチ上を滑るように走行するので、通常げんなりする悪路だろうとすいすい進む。


「こりゃ快適でいいわい!」


 上機嫌のドゥルグが満足そうに言う。時速五キロはでているだろう。あまり早くはないが、山道ということを考えると十分すぎるほどの速度だ。


「トレントに乗ってきたときも思ったが、ここまで早く安全な旅は初めてだ」

「そうですねえ。歩かなくていいのは本当に大きいわ。これならみんなでここに引っ越してくることになっても、道中の心配はあまりいらないわね」

「大人数が一度に移動できる大型車…いや、さすがに目立つか?」

「嬢ちゃん、その話詳しく!」

「ルゼの嬢ちゃん、それは今我々が乗っているものの大型タイプということか!?」

「ロンプはともかくドゥルグはよそ見をするな。事故るぞ」

「あらあら、あなたったら」


 和やかな調子で旅は続く。だが、いつまでも平和なままというわけではない。両枝をあげて風を感じていたロッドが、びくぅっとして高速で周囲を警戒し始めた。何か来たようだ。


 そう理解してほどなく、左右の木々の間から六つの腕を持つ猿が二体、飛び出してきた。不思議な見た目の猿だ。両腕と背中から一本、そして両足と尻尾がすべて手でできている。だが明らかなのは、獰猛に見開かれた目からは友好的な雰囲気をまったく感じないということ。


「右頼む!」

「任せろ!」


 ルゼは左を、ロンプとペルシェは左の猿に向けて、それぞれ手を突き出す。ルゼの周囲に杭が三本出現し、一斉に左の猿めがけて飛んでいく。空中で避けられない猿は、咄嗟に三本の腕で頭、残り三本で腹を庇った。


 杭は頭部を守る腕と腹部を守る腕に突き刺さったが貫通していないようで、猿は腕の交差を解くと腹立たしいことに三日月形に笑みを浮かべる。が、すぐに遅れて飛来した三本目の杭に頭を穿たれて、そのまま地面に墜落した。


「「”鎌鼬”!」」


 反対側のロンプとペルシェはというと、指輪型魔道具”鎌鼬”によって猿を牽制した。左の猿は右の猿同様に飛来する鎌鼬を六本の腕でガード。鎌鼬は猿に無数の傷跡を付けたものの、致命傷には至らない。だがそのまま近づくことはできないのか、地面に転がるように着地すると、六本の腕で左右に素早く移動してこちらを翻弄する。


 さらに左の猿は大きく跳躍し、左側の木の太い枝を掴むと引きちぎるように枝を折り、まるで槍のように車に向かって投げつけてきた。


「なめんなよ!」


 ドゥルグはハンドルのクラクション部分の赤い玉を押した。車を覆うように結界が出現。投げつけられた枝ごときものともせず、簡単にはじいてしまった。実はあの赤い玉、ルゼが捕まっていた屋敷の男たちから奪った結界を展開する玉型の魔道具だ。車に取り付けるのにちょうどいいため、小人たちに渡していたのだ。


「奴はどこにいった!?」

「すまん、見失った!」


 左の猿は思いのほか賢かったらしい。枝の攻撃は、自身から目をそらさせるための囮だったようだ。


「逃げたのかしら…?」

「あいつは六ツ腕猿だ。性格の悪さは有名だからな。獲物を前にして逃げるなんてことしねえだろ」

「近くにいるぞ。木の間を飛び回ってる! 油断するな!」


 念のため右の猿にとどめを刺したルゼは、周囲を見ながら小人たちに警告する。六つの腕を使って飛ぶように移動する六ツ腕猿の姿が、時折木の隙間から覗くことがあるが、ほとんど残像だ。


 正確に猿の姿を捉えられず、焦りを見せ始める一同。ここでルゼはふと場違いなことを考えた。前世で見たアニメで今のルゼたちと似たような状況のシーンがあった。


 アニメでは確か、敵は真上から現れたはずである。まさかそんなね、なんて思いつつ頭上を見上げると、猿と目が合った。なんでバレた!? というかのような表情で動揺する猿。ルゼもちょっぴり驚いたが、このチャンスを棒に振るわけにはいかない。


 右手を突き出す。途端に掌を中心に魔力が渦を巻き始めた。屋敷で以降、使える場面がなくて使っていなかった技。敵が空中におり、その背後には空しかないのであれば問題なく使用できる。


 猿はルゼの手に集まる魔力を見て本能がけたたましく逃げろ! と命令するのを、しかし空中にいるため回避ができず、仕方なく全腕でのガードでもって対処しようと動いた。


 次の瞬間、ルゼの手から緑黒色の極光が放たれた。できる限り出力を絞った一発だったが、極光は猿の防御など紙に等しいとばかりに打ち破り、極光に包まれた猿は抵抗する間もなくその体を消滅させた。


 猿の消滅を見届けたルゼは、数秒置いてしまったと後悔した。消滅させてしまったので、猿の素材が取れないではないか。謝ろうと思って小人たちのほうを向くと、三人(ぷらす一体)がぽかんとした表情で固まっていた。


「ど、どうした?」

「嬢ちゃん…今のはなんだ?」

「りゅうのいぶ……いや、息吹(ブレス)かな?」


 一瞬ふざけようとしたのを思いとどまったルゼ。今後、この技の名前を出すたびに黒歴史に悶えたくはない。


「もしかして、人間の屋敷を壊したのって、今の技か?」


 ハッとした様子のドゥルグに首肯を返す。


「この技、かなり魔力を消費する。前の時は一発撃ってほとんど魔力切れになったんだが、おかげさまで今なら乱れ撃ちも可能だ」

「魔力総量を増やすのに拘ってたのはそういうことか……」

「そういうことだ。だからいざ本当に危ないって場面になっても、周囲への配慮度外視すればどうとでもなると思う。今、威力絞ったけどまだまだあげられる」

「あれで威力を抑えているのか。とんでもない話だ」

「でも、頼もしいわ。今のモンスター、かなり強かったもの。私たちだけでは倒しきれなかったんじゃないかしら?」

「素早いモンスターへの対策が必要だな。せめて足止めできればいいんだが」


 四人で話し合っていると、一体仲間外れになっていたロッドが存在をアピールするかのように枝を振った。


「どうした?」


 ロッドはまるで「見てて見てて!」というかのように、二本の枝を額(?)あたりの位置に掲げた。瞬間、カッと光が迸った。それはまさしく太〇拳!! なんの備えもしていなかった四人は、光をまともに見てしまい目がつぶれた。


「きゃあっ!?」

「ばかやろ……ッ!!」

「目があッ…!」

「なんでこっち向けてやった…!?」


 目を押さえて蹲る四人。もし今、先ほどの猿に仲間がいて強襲されていたらなすすべもなくやられていただろう致命的な隙をさらしつつも、幸運にも他のモンスターが襲ってくることはなかった。


 しばらくして目が回復すると、ロッドはドゥルグとロンプに左右から頭と足のほうを掴まれ、アーチを描くように曲げられた。枝を振って抗議するが、温和なペルシェでさえ夫を咎めることはない。


「馬鹿もんが! こんな状況でやりおって!」

「反省しろ!」

「なんでちょっと進化してるんだ……」


 トレントに自然発光などという特性はないはずである。枝分けして弱体化したかと思ったら、どうやらそうでもないようである。


「でも、いきなり光ったのは驚いてしまったけれど、モンスターには利きそうね」

「モンスターの目と一緒に俺たちの目がつぶれたんじゃ、しょうがないがな」

「ちげえねえ」

「サングラスがあればいいんだけど」

「「「サングラス?」」」


 ルゼの呟きを聞きとがめた三人が、一斉にルゼの方を振り返る。


「色付きの眼鏡のことだ。暗い色の半透明のガラスを使えば、さっきの光でもこちらの目が潰れることはないだろう」

「なるほど。確かに間に一枚挟まれば、それだけで目に届く光量は抑えられるな」

「住処の者たちに依頼しておくか?」

「そうしてくれ」


 ロンプはすぐにメモ用紙を取り出すと、簡単にサングラスの詳細を書いて依頼箱の中に入れた。依頼箱の案は他の小人たちからも賛同が多くあり、ルゼたちの腕輪に桃色の結晶が新たに増えた。しばらく待っていれば、依頼箱の中に完成品が納品されることだろう。


「サングラスができるまで光るのは禁止だ。わかったな?」


 ロッドはしなびた様子で、「はい…」と枝を力なくふりふりさせた。残った六ツ腕猿を宝物庫の中に放り込み、一行は遠征を再開した。


 六ツ腕猿のようなモンスターにたびたび襲撃されつつも、そこまで危険な状況に陥ることもなく撃破し進んでいく。頭と尻尾が二つある狼、かわいい顔で標的を油断させ牙の麻痺毒でこちらの動きを封じてくるムササビ、毒針を砲弾のように射出してくる蜂。


 特にムササビは性質が悪かった。かわいらしい顔のムササビが二十匹ほど近寄ってきたかと思ったら、あざとく甘えてくるのだ。特にルゼとペルシェが群がられた。


 懐柔しやすそうな者に近寄り、麻痺毒で動きを封じたらその者を人質にして一網打尽にしようという作戦だ。実際にルゼは懐柔されかかった。かわいらしい動物が好きなのだ。だが、奴らは甘える相手を見誤ったのだ。


「あら、あざとすぎるわ」


 なんてことを言いながら、ペルシェはムササビの集団に問答無用で”鎌鼬”をぶっ放したのである。ちぎれ飛ぶムササビの色んな所の部位。思わずルゼに群がっていたムササビたちも「え゛!?」と信じられなさそうな表情を見せた。ルゼもはたから見たらまったく同じ顔をしていたことだろう。


 だが付き合いの長いドゥルグと夫のロンプだけは、さもありなんとものすごく遠い目をしていた。


 呆気に取られていたムササビたちだが、このままではまずいと思ったのか、せめてルゼを人質にしようと一切にルゼにとびかかった。罠だと気づけばルゼが対処できないはずもなく、一瞬で体全体を竜晶で覆った。牙はルゼの竜晶防御にあたった瞬間に折れた。


「ルゼちゃん、そのままでいてね?」

「え」


 ペルシェの言葉にどういうこと? と返す暇もなく、鎌鼬がムササビとルゼを襲った。問答無用である。


 鎌鼬がルゼの竜晶防御を破れるわけがないと思っての行動だろうが、味方に武器を向けるという思い切りの良すぎる行動に絶句する。ルゼの周囲に群がっていたムササビたちは、一匹残らず何個かの肉の塊となって地面に転がった。


「ルゼちゃん、かわいいからって油断しちゃだめよ?」

「あ、はい」


 壊れた人形のようにこくこくと頷くルゼ。ドゥルグとロンプとロッドは、車の上で三人(二人と一体)で抱き合って震えている。四人(三人と一体)の心は一致した。絶対にペルシェに逆らわないようにしようと。


 一行は山肌を沿うようにして進み、時々洞窟らしき切れ目や穴を発見しては中の様子を確認する。新しい拠点は文字通り山の中に作る予定だ。最悪の場合は一から穴を掘って作るが、お眼鏡に適う洞窟があるのなら、それを改造したほうがずっと手間は少ない。だが自然に作られた洞窟は、その分脅威となるものも色々ある。


 たとえばモンスター。広い洞窟であればモンスターが中に住み着いていてもおかしくはない。あとは通常の洞窟でもありがちな、風の通りが悪く酸素が薄かったり、毒ガスが溜まっていたり、地盤が緩く崩落しやすかったり、雨天の際には雨や近くの川の水が流れ込むなんてこともある。自然の洞窟を選ぶのであれば、そのあたりの調査は慎重にならないといけない。


 最初に見つけた洞窟は、おそらく崩落によってできたものだ。入り口がほとんど亀裂というべき広さしかなく、ルゼはおろか小人たちですら中に入れなかった。


 次に見つけた洞窟も、崩落によってできたものと思われるものだが、入り口が最初に見つけたものよりも広くルゼも入ることができた。中に入って三歩ほどで、一同は回れ右をして迅速に洞窟から出た。


 ロッドのふら~っしゅ(サングラスはないが洞窟探索のために解禁された)によって照らされた先に、爛々と輝く無数の目たちを見てしまった。壁一面びぃっしりと張り付く尋常ではない数の蝙蝠。光が届いた範囲のみだが、ほぼ隙間なく壁に張り付いていたのだ。


 あの中を探索する勇気は四人にはなく、なによりも蝙蝠はどんな病気を持っているかわかったもんじゃない。蝙蝠本体も問題だが、蝙蝠の排泄物などが洞窟内の空気を汚染して、ガスマスクか抗生物質のようなものがないと命に係わるとも聞く。


 浄化の魔道具を使えば進めないこともないだろうが、そこまでして不衛生な空間を住居にしたいとは思わない。満場一致で二つ目の洞窟はなしとなった。

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