{引っ越し地の選定}
ルゼが小人たちと暮らすようになって三か月。魔素収束装置、名付けて”レウニル”の試作品が完成した。
試作品であるためところどころ改善点はある。たとえば収束率。一か月分の魔力を貯めるのにかかる時間は二か月。まだまだ効率が悪い。
人間に発見された際の対策だが、端末には人の体温による温度変化が確認された場合、親機側にそれを知らせる機能を付けた。温度上昇を確認すると、親機の台座に取り付けた結晶が点滅する。この結晶は常に光るようにしており、なんらかの原因で破壊された場合は光を失うようになっている。
また遠隔爆破ボタンも各端末を示す結晶の下に取り付けた。うっかり触らないように、表面をガラスのケースで覆っている。よくテレビで見る、どこかの施設にある爆破ボタンみたいな感じだと思えばわかりやすい。
人の体温による温度変化のシステムは、急激な気温の上昇下降には対応していないため、誤作動を起こす可能性がある。ここも要改修ポイントだ。色々と改善点はあるが、実用に足る性能にはなっているため試作品を三つ作成し、端末を森の至るところに設置した。今後少しずつ調整を加え、いずれ完成させると小人たちは意気込んでいる。
ルゼたちの生活は、当初よりもだいぶ豊かになっていた。
まず宝物庫。これの利便性が一番高い。なによりも素材の受け渡しの必要がないし、場所も取らない。せいぜい大本である宝物庫、約三十センチほどの鉱石の置き場所の確保くらいである。素材だけではなく日用品も宝物庫でやり取りしているので、そこに人員を割く必要が一切なくなった。
続いて収納箱。小人の誰かが”風呂敷いらず”と呼んでいた通り、リュックやポーチなどを持ち歩く必要がなくなった。これは素材採取のために時々遠征する小人たちには嬉しいことで、荷物が嵩張らない重くないという利点は大きい。
最後に魔力貯蔵庫。ルゼにかかる手間の一切を排除した逸品だ。小人たちも魔石の受け渡し、順番待ちの必要がなくなり、日々製作などに時間を当てたい彼らにとって最大の時間短縮である。
一日の終わりにはルゼが惜しみなく残った魔力を注ぎ込んでいるので、魔力は常に潤っている。ルゼの魔力量もまだまだ上昇を続けているので、もし今の魔力貯蔵庫が満杯になったら二つ目を製作する予定である。
「お嬢ちゃん、これで大丈夫そうかい?」
「ああ。ありがとう、マイヤ」
「お礼なんて言うんじゃないよ。当然のことさ」
ルゼはマイヤと他数人の女性小人たちに新しい服を作ってもらっていた。
前世を思い出してから今に至る間に、ルゼは十三歳になっていた。子供特有の成長期と大きくなりやすいという種族柄もあって、身長もかなり伸びたし女性らしい体つきにもなってきた。顔立ちはまだまだ子供らしさを残しているが、身長だけ見れば大人に間違われることだろう。ルゼたちが談笑していると、ふいにコンコンというノック音が響いた。
「おーい、ワシだ! 開けても大丈夫か?」
「いいよ、ちょうど終わったところさ」
扉を開けて入ってきたのはドゥルグだ。
「拡張工事は終わったぞ」
「ありがとう。助かった」
「いいってことよ。嬢ちゃんも成長期だしな。どんどん大きくなれよ」
「さすがに限度があると思うけど…」
身長が伸びたことで、頻繁に住処の入り口や自室の縁に頭や角をぶつけるようになっていた。そのたびにルゼが痛みにのたうっているので、ドゥルグたちはルゼがこれ以上頭をぶつけたりしないように、通る場所の拡張を行っていたのだ。
「ただ、まあ申し訳ないんだが、半年後ぐらいにはまた拡張工事が必要かもしれない……」
成長痛に苦しむ毎日なので、まだまだ身長は伸びていくだろう。半年後を思い遠い目になるルゼ。このまま伸び続けたら百八十センチを超えてしまうのではないかと懸念を覚えつつある。
人間に捕まっていた時代、竜玉を育てるためにやたらと栄養価の高い物を食べさせられていたことも影響してないだろうか。十三歳にして約百六十センチ。成長期はまだまだ続くから、この調子だと最低でも百七十センチにはなるだろう。
身長が伸びることは正直いい。前世では百四十センチと小柄だったし、高身長に憧れてもいた。だが小人たちと暮らしていくことを考えると、大きくなりすぎるのも考えものである。
「嬢ちゃんよ、それについて話したいことがある」
「ん? 話したいこと?」
ドゥルグは近くにあった座布団を引っ張ってきて胡坐をかいて座った。腰を据えてする話なのだろう。ルゼも居住まいを正した。
「初めて会った時、ワシらはいずれここから引っ越したいっつー話をしたんだが、覚えてるか?」
「ああ、覚えてる。人間の町が近いからだよな?」
「そうだ。嬢ちゃんと一緒に北に共鳴石を採りにいっただろ。共鳴石が埋まってた崖の上をさらに北東に五日進んだところに人間の町がある」
「崖を考慮しなければ、ここから六日の距離か。確かに近いな」
「崖の上も森が広がってるから、わざわざ下に降りて来ねえんだ。だが、まったく降りて来ねえわけでもねえ」
「安全のためにはもっと離れたいってことだよな。どこに引っ越すのかは決めてるのか?」
ドゥルグは収納箱から地図を取り出した。同じタイミングで、静かに退出していたマイヤたちが飲み物を持って戻ってきた。ありがたく受け取りながら、ドゥルグの広げた地図を覗き込む。
手書きの地図だ。小人の住処を中心に北東に人間の町、西には川、東には草原を挟んでさらに森があり、南には山岳地帯が広がっているようだ。ドゥルグは山岳地帯を指さして言った。
「ワシらが引っ越し先に考えてんのは、この山岳地帯だ。人間の町とは逆方向にあるうえ、資源も豊富だ」
「西と東にしないのは何か理由があるのか?」
「人間は川の近くに町を作る傾向があるみてえだ。北東にも北の山脈から流れる川が近くにあるみてえだし、川に近づくのは危険だ。東にある森は樹海といってもいいレベルの深さらしいが、そこに行くまでに遮蔽物のない草原を横断しなきゃなんねえ。それに比べて南の山脈だが、ほとんどこの森と隣接している上に山脈を超えた反対側は海だ。しかも断崖絶壁のな」
「なるほど。断崖絶壁なら港を作れないから、人間たちがそちら側から来る危険もあまりないということか」
「そういうこった。ま、ほとんどが伝聞で聞いた話なんで、どこまで信じていいかはワシもわからん。だから本当に引っ越し先に適した場所なのか、調べに行きてえ。嬢ちゃんも一緒に行ってくんねえか?」
「いいぞ」
ルゼは即答した。ドゥルグは拍子抜けした顔で苦笑した。
「おいおい、即答か?」
「自分が住むかもしれない場所を確認しにいくのは当然のことだ。もちろん、私も引っ越しには付いて行っていいんだよな?」
「当然だ。嬢ちゃんはもう、ワシらの家族だからな!」
「そうか。なら、私のミドルネームにフェンドルを入れるか」
「おお、そりゃいいな!」
ルゼとドゥルグが笑いあう。その様子をマイヤや小人たちがほほえまし気に見つめた。
「そうと決まれば、さっそく準備に取り掛かるか。山岳地帯までワシらの足で三週間はかかる。だがトレントに乗っていけば一週間で着くだろう。そこから周辺の散策をしていくから、最低でも一か月は帰ってこれねえ」
「メンバーは?」
「ワシと嬢ちゃんとあと二人連れていく。今回の遠征で山岳地帯が引っ越し先に問題ないと判断できたら、仮拠点の設営までやっちまいてえ。仮拠点ができたら連れていった二人はそこに残していく」
「物資とかは宝物庫があるから、残ったメンバーに供給してもらえばいいか。連絡手段も宝物庫にメモでも入れて定期的に確認してもらえば大丈夫そうだし」
「おお、それいいな!」
「あとは移動だけど」
「森の中まではトレントに頼むつもりだ。山岳地帯に入ったら歩きだな」
「そうだよな」
うーんと考え事をするルゼ。最悪歩きでもいいのだが、もう少し移動速度を上げたいところだ。ふいにルゼの頭上にぴこんっと電球が灯った。
「ひらめいた。重力操作の魔道具だ!」
「あん? どうした?」
「山岳地帯に入ってからの移動方法だ。重力操作の魔道具があれば歩かなくていいぞ!」
「なに!? どういうことだ!?」
「重力操作の魔道具って、地面からほんの少し浮くだけの魔道具だよな?」
「そうだ。今は収納箱やら宝物庫やらがあるからほとんど使ってねえが、以前は荷物を運ぶのに使ってたな」
「なんで自分も運ばないんだ!?」
「!!!」
ドゥルグ、愕然とした顔をする。その発想はなかった! という顔だ。ルゼは興奮した様子で収納箱から黒板とチョークを取り出し、迅速に絵を描き始めた。
「こんな感じの乗り物に重力操作の魔道具を取り付ければ、移動がもっと楽になるぞ!」
「お、おお…! なんだ、この斬新な乗り物は!?」
ルゼが描いたのは四人乗り仕様の車だ。形状はオープンカーにしている。
「他にもUFOとか船とか飛行機とか魔法のじゅうたんとか、いろいろできるな!」
「なんだかわからねえが、いいぞ! どんどん描け!」
ルゼたちは遠征の準備だということも忘れて、夢中で乗り物候補の絵を描き続けた。ルゼが絵を描き、ドゥルグが適当な木片を使って簡単な模型を作っていく。模型の数が十を超えたあたりでようやく二人は正気に戻った。
「おっと、いけねえ。遠征の準備だったな」
「そうだった。楽しくてつい」
「こいつはまた後で話そう。ワシらが乗る部分を作るだけだからな。さほど時間はかからんだろうし、手の空いてる奴に任せるか」
「わかった。……はっ! 依頼箱と称したアイテムボックスを作って、その中に依頼内容書いた紙とか入れておけば、手の空いてる誰かが作って入れてくれるんじゃ!?」
「はぁっ! 急ぎじゃなけりゃそれでいいな! 採用!!」
たびたび話は脱線したものの、必要事項の確認をなんとか終えて、遠征の準備は開始された。
そして一週間後、すべての準備を終えていよいよ南の山岳地帯に向けて旅立つ日となった。ドゥルグは広間に集まった調査メンバーの顔を見回し口を開いた。
「おめえら、いよいよ今日出発するが、準備のほうは問題ねえな?」
「大丈夫」
「恙なく」
「私も、大丈夫ですよ」
ドゥルグの言葉に首肯を返すのは、ルゼと同行の小人二人。
ひとりはロンプ・フェンドル。小人族特有のもじゃもじゃの髭をきれいに剃った、二十代前半ほどに見える小人族。以前、魔道具のお披露目会の際にルゼへの依存が高すぎると指摘した小人だ。
もうひとりはペルシェ・フェンドル。ニコニコと人好きのする柔和な笑みを浮かべた少女のような小人族。ロンプとは夫婦である。
「よし、じゃあ出発だ! マイヤ、あとは任せたぞ」
「わかったよ。あんたたち、無事に帰ってくるんだよ」
マイヤの言葉にうなずいて、住処の外に出た四人。そこには今回山岳地帯の手前まで同行する予定の二体のトレントがなぜか蔦でじゃんけんをしながら待っていた。
「おめえら、待たせたな……って、んん?」
「あれ?」
ルゼとドゥルグは、待っていたトレント二体を見て首を傾げた。
「ロッドじゃないな」
「だな。あいつどこ行ったんだ?」
ロッドというのは、共鳴石の採掘の際にルゼたちに同行していた大柄トレントのことである。トレント達への依頼やら伝達やらで頻繁にやり取りをしており、呼び名がないと紛らわしいということで名前を付けたのだ。今回の遠征にはロッドともう一体のトレントで行く予定だったのだが、なぜかロッドはおらず別のトレントに変わっている。
二体のトレントが、同時に蔦で下を指(?)さした。つられて視線を下に向けると、小人たちと同じサイズくらいの小さな苗木のようなトレントが、「やあ」と挨拶するように枝をふりふりさせていた。
「……え、まさかロッドか?」
「枝分けしたのか?」
ロッドらしき苗木、「いえーす!」と肯定するように枝をふりふり。
「じゃあ、今回の遠征は参加しないのか?」
尋ねると、ロッドは器用にも二本の枝で×を作った。行く気はあるらしい。先ほどじゃんけんに勝ったらしきトレントに近寄り、蔦で穴の中に運んでもらっていた。穴から枝を振っている。この状態で付いて行く気のようだ。
「行くのは構わねえが…」
「…何の役に立つのだ?」
ぼそりと割と辛辣なことをつぶやくロンプ。横から妻のペルシェに「言いすぎですよ」と窘められた。ただ気持ちは全員一緒で、何のためについてくるのだろうと思ってはいる。ロッドは器用に枝で敬礼のようなポーズをとると、左右を確認するような動作をした。
「夜の警戒を代わりにやってくれるつもりなのか?」
ロッド、肯定するように枝をふりふり。
「なるほどな」
「寝ずの番がいらないのは大きいな。失礼なことを言って悪かった」
ロンプが謝ると、ロッドは「気にするな!」というかのよう枝をふりふり。
ともあれ、遠征メンバーに少々の変更はあったものの、一同は二人ずつトレントの穴の中に入り、移動を開始した。先頭をいくトレントの中にはルゼとペルシェとロッド、後方のトレントにはドゥルグとロンプが乗っている。ルゼが先頭なのはトレントでも排除の難しいモンスターが出たときのためだ。同乗者がいつものドゥルグではなくペルシェなのは、単純に同性だからという理由。
「ロッドちゃん、さっきはロンプが失礼なことを言ってごめんなさいね。はい、お詫びの果物よ」
ペルシェはそう言いながら、自身の収納箱から見た目マスカットのような大粒の果物を取り出し、お詫びとしてロッドに渡した。ロッドは「わーい」と喜ぶかのように枝を真上にあげ、二本の枝で果物を抱えて捕食し始めた。
果物が徐々に溶けて吸収されていく様は少々グロいが、ペルシェは変わらず柔和な笑みを浮かべながらその様子を見つめている。
「あ、ルゼちゃんも食べるかしら?」
「私はさっき朝食を食べたばかりだから大丈夫」
「確かにそうね。でも、食べたくなったら言ってちょうだい」
「わかった。ありがとう」
ペルシェはとても面倒見のいい女性だ。見た目は少女のようにしか見えないが、これでロンプとは同年代でルゼと五回りくらい年が離れているというのだから驚きだ。だが包容力のある雰囲気からは、お母さんという言葉がふさわしい。
実際に若い小人たちからはうっかり「母さん」と呼ばれることもあるそうだ。対するペルシェは「あらあら」とほほ笑むだけだが、夫のロンプのほうは「お前らの母さんじゃないぞ!」と怒っているところをたびたび目にする。性格は正反対だが、夫婦仲はとても良く、相性のよさそうな二人だ。




