{トレント移動}
狂乱が落ち着いたのは、それから数時間後。日はすっかり沈み、いつもなら夕食の準備も終わっている頃だが、今日ばかりは誰も彼もが夕食の支度を放棄した。各々つまめるものをつまみつつ、大会議中である。
「いいか! これからの計画を説明するぞ!」
バンッと黒板を叩き、大声を張り上げるドゥルグ。隣にはルゼとサポート役のマイヤが控える。
「これからワシらが製作に取り掛かるのは三つ! 一つ目は魔力貯蔵庫。二つ目は収納箱。三つ目は宝物庫だ!」
「「「おおーっ!」」」
小人とはいえ百人の一斉歓声は耳にクる。しかもここは木の下の地下空間。とにかく音が響く。ルゼはなんでみんな平気なのかしらん? と疑問を禁じ得ない様子でこっそりキンキンする耳を塞いだ。
ドゥルグの語った魔力貯蔵庫、収納箱、宝物庫はそれぞれの性質を考えてルゼが命名した。
魔力貯蔵庫は魔石の代わりに竜晶と共鳴石を用いたもの。目標としては遠隔で魔力の引き出し、注入ができるようになることである。
収納箱は個人用のアイテムボックスのことだ。これにも竜晶を使用。だがルゼが言った内側に空間を作るだけでは使用できなかったので、要研究となる。
宝物庫は魔力貯蔵庫と収納箱を合わせた性能の、全員がアクセスできるアイテムボックスのことだ。当初は個人用の収納箱だけで考えていたが、ドゥルグたちは種族柄さまざまな物を製作する。当然、素材のやり取りなんかも頻繁に行っているので、共通の誰でもアクセスできる倉庫というのは受け渡しの手間を考えても理想の代物だ。
「おめえらもわかってると思うが、収納箱を除いて大量の共鳴石が必要になる! 明日から二十人ごとの四チーム分かれて採取に出かける。採取に行かない奴らは、この後すぐに採掘用の魔道具の製作だ!」
「「「はいっ!!」」」
「はい、提案」
「おう、発言を許可する!」
「チームごとに分かれるなら武器を持ったほうがよくないか? 採取地点まではそれなりに離れてるんだろう?」
小人たちの住処は森のほとんど中心部分にあり、採取地点となる場所は東西南北に一日ほど行った場所にある。途中で野宿になるうえ、移動距離も長いのでモンスターと遭遇する可能性も極めて高い。ルゼはともかく、他の小人たちは反撃手段を持ったほうがいいだろうとの提案だ。
なお共鳴石の持ち運びだが、小人たちも種類を意識して旧アイテムボックスを使用してみたところ、ルゼ同様に一種類一枠という使用ができることが確認できた。なので持ち運びに関しては問題ない。
「いい案だ! 魔道具に魔法陣を刻めばワシらでも使える武器になる。魔法の種類だが」
「風は? 鎌鼬みたいなのを飛ばすとか」
「火よりも安全だな! 採用! 魔道具製作チームはすぐに取り掛かってくれ!」
「「「はい!」」」
マイヤが広間後方の半数を連れ、退出する。
「今、残っている者たちが採取チームだ! ワシと嬢ちゃんで北を、他の奴らは二十人ずつ各方角に向かえ! 重労働になるからな。今日はゆっくり休め! 解散!!」
「「「はい!!」」」
翌日、採取チームは再び広間に集合した。
魔道具製作チームが昨晩のうちに完成させた、指輪型魔道具”鎌鼬”と採掘用魔道具”掘削機”を配布していく。ルゼにも掘削機が渡された。見た目は工事現場で見るようなドリルをデフォルメしたものだ。
上部に箱がついており、その中に掘削対象から外すものを入れると、採取したい鉱石を傷つけずに採掘することができる優れものだ。
三日間の遠征とはいえ、二日は必ず野宿しなければならない。木に洞を作るのは掘削機でいいが、モンスターや人間に見つからないようにする認識疎外の魔道具や魔力を込めた竜晶(採取チームにのみ作った)、火や水の魔道具、食料などなど必要なものは多い。
装備の確認は魔道具製作チームの者が行い、必要な装備をリスト化したものを見ながらチェックをつけていく。これを二人で行い、ダブルチェックも欠かさない徹底ぶり。
「装備の確認は済んだな? 慎重に行動して、安全を第一に考えろ! 出発!!」
ドゥルグの号令に従い、三つのチームは東西と南に分かれた。
「私達も行くか」
「おう!」
それを見送り、ルゼとドゥルグも出発する。
北に向けててくてくと進む。否、てくてく歩いているのはルゼのみでドゥルグはルゼが押す台車に乗っている。傍から見れば、おもちゃの車を押して遊ぶ子供に見えることだろう。
そんなことせずともルゼには翼があるので飛べばいいと思うことだろう。人ひとり、飛ぶというのは結構目立つ。人間の町がそれほど離れていないので、慎重を期するために歩いていくことになったのだ。
そうなるとドゥルグとの歩幅差が問題になってくるので、こういう形になったわけだ。だがドゥルグとてただ楽をしているわけではない。ルゼとドゥルグのチームは二人しかいないので、周囲の警戒を行う者が必然的にどちらかになる。ドゥルグは、周囲の警戒係なのだ。
なおこの台車、車輪部分をゴムのような素材で作っているため、見た目のわりに移動時の音が静かで悪路にもある程度対応する。余談である。
二人はこまめに休憩を取り、時々襲てくるモンスターを撃退しながら進んでいく。半日ほど歩くと、やせ細った木と枯れた木、普通の木などが入り乱れる奇妙なエリアに入った。
「嬢ちゃん、ここら辺はトレントどももいるから気をつけろよ」
「トレント…木のモンスターか」
「そうだ。足元に注意しろ。奴らは獲物を見つけると、根や蔦を獲物に絡みつかせて動きを封じ養分にしちまうようなやつらだ。嬢ちゃんんは大丈夫だろうが、ワシは捕まったら死んじまうからな」
「わかった」
内心RPGのトレントっぽい! と感動していると、足元付近の木の根がそろりそろりと近づいてきた。ルゼ、おなじみ杭を召喚。問答無用でそろりそろりしている根を地面に縫い留めた。トレントはバレたと気づくや、四方八方から根や蔦を飛ばして襲ってくる。
無言の竜晶バリアで対応。竜晶をドーム状に展開。すべての攻撃を防ぐ。もちろん足元を覆うのも忘れない。案の定、地中から根が迫ったが、同じく竜晶に弾かれる。
「かなり好戦的だな」
「普段はもうちっと大人しいはずなんだが…? なにせ獲物を食わなくても水と光があればある程度は生きてられるやつだからな」
「どっちか足りないんじゃない?」
「たぶん水だろうな。ここ何ヶ月か、ずっと雨が降ってねえしな。しかもやたらとトレントどもの数が多い。養分の取り合いにもなってるだろうな」
見るとルゼ達に攻撃を仕掛けると見せかけて、近くの同族を襲っているトレントもいる。
「移動はしないのか?」
「そのあたりはなんとも、だな。生まれた場所からあまり離れたくないのか、外敵がいるのか」
「どうする? 更地に変えるか?」
「おぉ…いきなし過激だな」
「全体的に処理しないと後から襲ってきそうだし…それとも、なにか別の方法でもあるか?」
「水やれば大人しくなるんじゃねえか?」
「言われてみれば確かに」
ルゼはバックの中から水を出す魔道具を取り出した。
「ちょっと貸してみろ。魔法陣を書き換える。そのままだと一週間はここから動けなくなるからな」
渡すとすぐにドゥルグはスキルで魔道具の魔法陣を書き換えた。
「”大波”の魔法陣を刻んだ。嬢ちゃんの魔力量なら問題なく全体に行き渡るだろう」
「わかった。やってみる」
魔道具を発動させると、竜晶バリアーから大量の水があふれだし文字通りの大波となって周囲に広がっていく。水を浴びたトレント達から順番に大人しくなっていき、竜晶バリアーへの攻撃も完全に止んだ。
それどころか久方ぶりの水を喜ぶかのように、根や蔦をゆらゆら揺らしたり、水をぱしゃぱしゃしてはしゃいでいるようにも見える。
そろそろ行き渡っただろうとみて発動を止めると、途端にトレントたちがざわざわとざわめきだした。声帯はないので実際にざわめいているのではなく、枝を揺らして意思表示している。なんとなく「えー」とか「もっと! もっと!」と抗議しているように感じなくもない。
「……」
ルゼ、無言で”大波”を発動。トレント達の枝が激しく揺れる。まるで「きゃーっ!」と喜んでいるかのような…。
発動を止める。
ざわわ…ざわわ…ざわわ…
発動する。
ざわざわざわざわざわざわっ
「嬢ちゃん、遊んでるな?」
「少し。面白くてつい」
てへぺろと、片手で頭を押さえて舌を出すルゼ。
「ここで時間ばっかり食ってるわけにはいかねえんだぞ」
「そうだな。おい、私達この先に用があるから道を空けろ」
トレント達、「えー、行っちゃうんですー?」と言わんばかりに枝をわさわささっさせる。
「これ置いてってやるからあきらめろ」
ルゼは竜晶バリアーを消すと”大波”の魔道具にいらない魔石をセットして地面に置いた。一応、水を出す魔道具は他にもひとつ予備を持っているので、これを手放しても問題はない。
「そういえば発動できるのか?」
「問題ない。ほれ」
ドゥルグの指さす方を見ると、一体のトレントが早速”大波”を発動させていた。ルゼほどの威力はないものの、水分補給には十分だろう量が出ている。
トレント達は満足したのか道を空けた。文字通り、左右に移動して北への一本道を作ってくれている。
「じゃあ、行くか…って、地面が濡れたから台車使えないな」
トレント達がいるエリア全域を満たすレベルの水で地面を覆ったせいで、道がぬかるみ台車では進めそうになかった。
「仕方ねえ。台車はばらして素材だけ回収するか」
「そうするしかないか。…ん?」
歩いていく算段をつけていると、一体のひときわ大柄なトレントがルゼの頬を枝でつんつんした。何事かとみると、突然、ルゼとドゥルグの胴体に蔦を巻き付けたかと思うと、自身の一番太い枝の上に二人をおろした。
そしてトレント達が空けた道の真ん中を歩き出す。
「おお! 乗せていってくれるらしいな!」
「みたいだな。ん?」
トレントは自身の蔦で幹の部分をぺちぺちと叩いた。なにか要求しているような…。
「おい、水かけてくれってよ」
「手間賃か。まあ、いいけど」
残った予備の魔道具を出す。ちなみにこちらの魔道具の名前は”小波”だ。
見送りのトレント達が「また来てね~」とでもいうかのように、枝やら根やら蔦やらをふりふりしている。大柄トレントに水をやりながら手を振り返していると、途中にいたトレントが「あ、これお土産ですぅ」みたいなノリで枝に座るルゼの膝の上にゴロッと何かを置いた。
中心に明滅する赤い輝きの核を持った半透明の結晶。モンスターの魔核である。
「いや、でかいわ」
直径二十センチはあるだろう。モンスターの魔核は大体体格によって大きさが変わる。大雑把に魔核のサイズは体格の百分の一と考えていい。つまりこの魔核は二十メートル級のモンスターのものだということだ。
「おお! いいな!」
「あげる」
「いいのか!?」
「私が持っててもしょうがないしな」
ドゥルグは小躍りしながら魔核をアイテムボックスにしまった。
「それよりこの森に二十メートルもあるモンスターがいるってことだよな? 他のメンバーは大丈夫なのか?」
武器を作ったとはいえ、そのレベルのモンスターに通用するのかは疑問だ。そう思って問うと、ドゥルグは問題ないとばかりに首を振った。
「ありゃおそらくモグラの魔核だ」
「モグラ…? 肉食じゃないのか?」
ルゼの記憶では、前世のモグラは主にミミズを捕食していたはずだ。
「モグラは土食だ。土を食う。それにやつらは光が苦手でな。地上に出てくることはねえ。この魔核は、さっきのトレントがモグラを吸収した際に残ったもんだろう」
「地面が穴だらけになりそうだな」
「それも大丈夫だ。トレントはモグラの唯一の天敵でな、地上に近づきすぎればトレントの根に引っかかる。だから普段はトレントの根の届かない地中奥深くに潜ってるんだ」
「なるほどな。トレントの根に引っかかったやつはよほどのうっかりっていうことか」
「魔核の純度を見るに、相当年のいった個体だ。たぶん、ぼけて地上に出てきちまったんだろうな」
「魔物にもぼけたりするのか」
ルゼの知らないモンスターの生態である。面白いのでドゥルグにあれこれモンスターの生態を質問してみる。
「トレントはどんな生態なんだ?」
「今見てきたとおりだが、トレントは雑食だ。養分として吸収できるもんならなんでも食うが、太陽と水だけでも生きていける。あと魔核持ちでもある。基本的に倒そうと思ったら魔核を壊すか、手っ取り早く燃やすかだな」
トレントがびくぅっと震えた。
「なんでか知らんが、こんな感じに人の話す言葉をある程度は理解するみてえだ」
「わざとか。性格悪いぞ」
「わかりやすいだろうが。協力関係を結んで、トレントに畑の世話をさせるやつもいると聞くぞ」
「できるのか?」
「主に害獣の排除だそうだ」
「納得」
そんな話をしながら進む。トレント達のところで時間を使いすぎたせいか、共鳴石の採掘場所につく前に日が傾いてしまった。無理はせず、その場で野宿することになった。
適当な木に穴をあけ、その中で休むつもりだったが、トレントが「任せておけ」とでもいうかのように枝をゆさゆさすると、次の瞬間には幹の一部が裂けた。唖然としていると、裂け目がだんだんと入り口と言えるような整った形状に変わっていった。
内側をちらっと確認すると、縦に一・五メートル、幅二メートルくらいの空間ができていて、しかも床はわざわざ整えてくれたのか平らになっていた。
「そんなことして大丈夫か…?」
枝がゆさゆさする。「大丈夫だ。問題ない」と言っているようだ。しかもルゼたちが寝ている間の警備まで引き受けてくれるという。トレントは眠らないので苦ではないのだろうが、至れり尽くせりである。
「…このまま取り込まれるなんてことにならねえだろうな?」
「はっ! まさかおまえそのつもりで…!?」
枝が高速でぶんぶん揺れる。「そんなことしないって!」ということらしい。
「そこまで言うなら信じるか」
「おう、そうだな。念のため”火柱”の魔道具を握って寝ろよ」
枝二本が高速わさわさ。「信じてないじゃん!」ということらしい。
ルゼとドゥルグは二人して冗談だと言って笑った。トレント、蔦で自身の葉っぱをむしっては投げむしっては投げする。いじけたようだ。
謝罪替わりにルゼの干し肉をひとつ渡したらそれで機嫌を直した。トレント、全長十メートルは軽く超える巨木。栄養としてはまったく足りていないだろうに、ちょろいやつである。
そのあとはトレントがひらいた穴に二人で入り、ドゥルグがその場で作った葉っぱの寝袋に入って就寝。念のため認識疎外の魔道具を発動させて眠ったが、トレント警備員の警備のおかげもあり問題なく次の日を迎えることができた。




