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{小人たちとの契約}

見知らぬ場所だ。


屋敷を飛び出したルゼは、やがて体力の限界が訪れて夜の森の中で倒れた。夜の森の中など元の世界でも危険な場所だ。ましてやここは異世界。


凶暴なモンスターがうじゃうじゃいる場所に、体力を使い果たした子供が倒れていたらすぐにそれらの餌食になってしまうだろう。だがそれでもいいとルゼは思った。人に家畜のように殺されるのではないなら、なんでもいい。


襲い来る睡魔に抗えず意識を手放して…気づいたら、また見知らぬ場所にいた。


目覚めた場所は、木の中に人工的につくられた空間だ。広さは直径で三メートルほどあるだろう。高さは正確にはわからないが、ルゼが立ち上がっても頭をぶつけることはなさそうなので、二メートルほどは確保されていると思われる。


ところどころに照明の代わりらしき丸い石がぶらさがっていて、淡くオレンジ色に輝いている。体が痛くないのは、地面に葉っぱがたくさん敷き詰められているからだ。視線を足元のほうにずらすと、わずかに開いた隙間から外の景色が見えた。仄かに光が差し込んでいる。


「気が付いたか?」

「ッ!?」


いきなり目の前の地面から人の頭がひょっこりと生えた。もじゃもじゃの髭を生やした男の顔をしている。驚いて反射的に反対方向に転がると、背後の木に頭をゴツンッと強かにぶつけた。


「い……ッ」


あまりの痛みに両手で頭を押さえてうめき声をあげるルゼ。男は少し慌てた様子で地面から出てきた。

その姿に、さらに驚愕する。男の体長は二十センチ前後しかなかった。あと地面から生えたと思ったが、よく見ると地面に穴が開いていて下にさらに空間が続いているようで、そこから出てきただけのようだ。


「大丈夫か? 結構な音がしたが、今ので怪我したんじゃねえか?」


軟膏塗るか? なんて聞きながら、小さな本当に小さな壺を渡してくる。男の体よりも小さいサイズなので、おそらく三センチほどしかないだろう。


「いや、大丈夫……」


幸い血も出ていないしたんこぶにもなっていないようなので、申し出を丁重に断るルゼ。たとえありがたく頂戴したとしても、ルゼの体格だと壺の中身をすべて使い切ってしまうだろう。


男は特に強要することもなく、素直に壺を懐にしまった。すると先ほどのルゼが頭をぶつけた音、もしくは振動に気が付いて、外から地面から次々に人がやってきた。全員、男と同じくらいのサイズをしている。


「小人……?」


思わず前世の童話なんかで見た妖精を思い浮かべてつぶやくと、男は大きく頷いた。


「いかにも。ワシらは小人族だ。嬢ちゃんは竜人族だろう? それも結晶竜だ」


その言葉に思わず体が強張る。だが男は安心しろとでもいうかのように手を振った。


「ワシらは人間と違う。嬢ちゃんの竜玉を取ろうとは思わねえし、嬢ちゃんが持ってた竜玉もほら、そこにあるだろ?」


男の指さすほうを見ると、ルゼが寝ていたちょうど頭の上くらいのところに、葉っぱにくるまれた父の竜玉が置かれていた。葉っぱを取り除いて竜玉を確認するが、どこにも欠けたところや傷ついたところもない。


ほっと安堵のため息を吐くルゼ。警戒するに越したことはないが、ある程度は男の言葉を信じてもいいかもしれない。


「まあ、それにワシらが束になっても嬢ちゃんの竜玉は取れないだろう」

「取れない…?」

「ワシらは見ての通り小せえからな。力がねえんだ」


見た目の通りならそうだろう。ただ、ここは異世界。魔法がある世界で、その言葉を素直に鵜呑みにするほど、ルゼももう純粋ではない。


「というか、たぶん嬢ちゃんのほうが強い。一週間前、人間の屋敷を吹っ飛ばしただろう?」


小人の男曰く、凄まじい轟音と地響きがしてしばらく様子を見てから恐る恐る外を確認に行くと、この木の近くにルゼが倒れていたのだという。腕に身内のものだろう竜玉を抱え、ボロボロの状態で倒れる少女を、たくさん悩んだ末に小人たちは住処まで連れてきて寝かせた。


数日かけて数人で周辺の確認を行い、この森に唯一あった人間の屋敷が木っ端みじんになっているのを発見した。どうやったのかわからないが、タイミングから考えて少女の仕業だろうと当たりを付けた。


予想するに少女はあの屋敷に囚われていて、あの日に何らかの力を使って屋敷を破壊して脱出したが、途中で力尽きてここに倒れていたのだろう。


「結晶竜は魔法を使えねえ。普通なら嬢ちゃんにあの屋敷を粉々にする方法はねえが、周りに嬢ちゃん以外にそれを成せる奴がいなかったことを考えると、嬢ちゃんが何らかの手段を使ってああしたと考えるほうがまだわかりやすい」


第三者がいた、とは考えていないらしい。確かにわざわざ人間の屋敷を吹っ飛ばしておきながら、そこにいた結晶竜の少女を捕まえるでも保護するでもなく、放置というのは少々おかしい。ルゼも納得できる理屈だった。だが、少々解せない。


「なんでここに連れてきたんだ…?」


この世界が過酷であることをルゼは知っている。彼らはルゼを助ける必要はなかった。彼らが本当に力のない小人だと言うのなら、そもそも生活すること事態が困難だろう。そんな状態なのに、わざわざルゼのような異種族で自分たちを害するかもしれない者を引き入れた理由がわからない。小人たちはルゼの疑問を当然のことだと捉えた。


「ワシらは人間が嫌いだ。なかでも大人は最悪だ。奴らはワシらを捕えて奴隷にする。今まで散々同胞たちが奴らに捕まった……」


その表情は、悔しさと憎しみが滲んでいた。本当のことだと、素直に信じることができた。


「嬢ちゃんを助けた理由は三つだ。ひとつ、人間じゃねえ。ふたつ、大人でもねえ。みっつ、強い力を持っていそう。以上だな」

「……なるほど」


彼らにとって、なにか利があるということだろう。ルゼはひとまず納得した。善意で助けたといわれるより、彼らの利害に乗っ取って助けたと言われたほうがまだ信用できる。


「それで私に何を望むんだ?」

「魔力だ」


曰く、小人たちは固有のスキル”製作”を持っているが、魔力量が少なすぎて作れてもほとんど起動できないらしい。正しくは起動できるが、効果が微々たるものになってしまい、ほとんど意味がないのだとか。


「あと素材集めだな。ワシらだけだと大した素材も集められん」


彼らはいずれここから遠い場所に引っ越したいと考えている。ここは人間の町が近くにあり、引っ越したいが現状だとその準備もままならない。それをルゼに手伝ってほしいのだという。


「わかった」


ルゼは少し考えて、了承した。いきなり一人で外に出ていくというのも不安があるし、当面やることもない。彼らを手伝って、この世界に対する知識やら経験やらを積んだほうがいいだろうと判断した。


「取引成立だな。ワシは小人族の長をしているドゥルグ・フェンドルだ。よろしくな」

「…ルゼ・リンドアルヴだ。よろしく」


差し出された小さな手を握り返すと、途端、ルゼのお腹からぐぎゅるっとすごい音が鳴った。張りつめていた緊張が、少し緩んだらしい。


「一週間も寝てたんだ。そりゃ、腹も空くよな」


恥ずかしそうに赤くなるルゼを見て、ドゥルグはそう言って豪快に笑う。お腹を押さえると、ふと今更ながら魔力量が増大していることに気づく。それも飛躍的に伸びている。


魔力を極限まで使い果たした結果だろうことは間違いないと思うが、それにしても増えすぎである。以前が三だとしたら、体感で二十は増えたような感じだ。そんなものなのだろうか。ルゼには判断がつかない。


「とりあえず飯にするか……って、どうかしたのか?」

「魔力量が増えてる」

「なに?」


増えるまでの経緯を説明すると、ドゥルグは難しい表情で顎髭を撫でた。


「ワシらは魔力量が少ねえからすぐ空になるが、それで増えたことは一度もねえな」


念のためドゥルグは周囲の仲間たちを見回すが、全員が首を横に振っていた。


「嬢ちゃんだけらしい。種族柄なのかはわからん。ワシらも他の種族と交流があるわけじゃねえからな」

「そうか」


なんにせよ、魔力量が増えたのは悪いことじゃない。今はそれよりもお腹が空いているので、後で考えることにした。何人かの小人たちが地面の下から戻ってきた。数人でリンゴのような果物を抱えている。


「とりあえずこれを食ってくれ」


目の前に置かれたそれをありがたく頂戴する。どうやって食べればいいかわからなかったので、そのままかじりつく。味はリンゴに桃を少し足したような味だったが、瑞々しくてすごくおいしかった。あっという間にひとつ食べ終わってしまった。小人たちが次を持ってきてくれたのでそれも食べ、その次は固辞した。


「もういいのか?」

「おまえたちの分がなくなる。私とは体の大きさも違うし、あれだけでも何日か分の食料になるだろう。自分で採ってくる」


幸い、一週間も寝ていたというのに体は動きそうだ。腕や足をぐるぐる回してみても違和感は然程ない。ふと汚れが消えていることに気づいた。


檻の中に三年間。もちろん風呂なんかはなかったので、檻の汚れやら垢やらで大層汚かったろうに、その名残が少しもない。まさか小人たち総出で体を拭いたのだろうか。申し訳なさと恥ずかしさに少し震えると、ドゥルグは懐から小さな布を取り出した。


「ほれ、浄化の魔道具だ。これで嬢ちゃんを綺麗にしたんだぞ。さすがに、何人も総出でやることにはなったが……」


ルゼが自分の体が綺麗になっていることに気づき、どうやったのかを考えていたことがわかったのだろう。安心させるように言うドゥルグの言葉に、ルゼは眉根を寄せた。不快感からではなく申し訳なさからである。


「それはなんというか、手間をかけさせた……何か起動したい魔道具とかないのか?」

「おおっ、たくさんあるぞ! だが、全部持ってくるのは手間だ。これに入れてくれ」


そう言って再び懐から、小さな黒色の石を採りだした。


「これは?」

「魔石だ。魔力を中に貯めることができる」

「小さいな」

「大きさは問題にはならねえ。これにはワシらの能力で空間を作ってある。見た目はこんなだが、純度はそこそこあるからな。ある程度の魔力を貯められる」


試しにその魔石に触れ、魔力を込めてみる。魔石はどんどんルゼの魔力を吸収し、仄かに光を発するようになった。限界まで貯まったようだ。


「お、おお、満杯か。嬢ちゃん、結構な量入ったが、魔力は大丈夫か?」

「問題ない。三割も使ってない」

「すげえな…」


ルゼの言葉に小人たちがざわめく。小人基準でかなり多いのだろうか。


「いやワシら基準とかそういうのはあまり関係ねえ。魔石は魔石だからな。他の種族も普通に使う。目算だが、半月分は入った感じだぞ」

「まじか」


そんなに?と思わず、口調が崩れるルゼ。

小人たちは気にせず、嬉しそうに頷く。


「これで今まで使えなかった魔道具を使うことができる。改めて、ありがとうな、嬢ちゃん」

「いや、いろいろ迷惑をかけたし、魔力もあまり使ってないからこれくらい…」


完全に本心である。むしろこれくらいでいいなら喜んで提供するつもりだ。


「食い物を取りに行くなら、さっきの果物が生っているところに案内するぞ。ついでにワシらの分も確保してくれるとありがたい」

「わかった」

「っと、その前に嬢ちゃんの服やら靴やらを作る方が先だな」

「あ……」


ルゼは自分の姿を見下ろし、服のあまりのボロボロ具合に言葉を失った。端的に言うと、ぎりぎり隠れてるかな? な状態だ。間違いなく、これ以上無理に動けばぎりぎり隠れてるかな? がまったく隠れてないなに変わるだろう。


「マイヤ、服を作ってやってくれ」


ドゥルグが小人たちに声をかけると、マイヤと呼ばれた小人が前に出てきた。少女のような見た目をしたかわいらしい小人だ。だが瞳はどこか勝気で、気が強そうな印象を受ける。


「はいはい、わかりましたよ」


見た目通りの可愛らしい声だが、話し方は肝っ玉母さんのようだ。マイヤと呼ばれた小人は人のよさそうな笑みを浮かべると、数人の小人女性を連れてルゼの近くに寄り


「ほら、男どもは散った散った」


しっしっとまるで犬でも払うかのような仕草で男たちを追い出した。

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