接触しました。
幽のバカを殴ろうと思う。
……前後の脈絡がなさ過ぎてわからないね。
最近、月翔九十九の追及が鋭くてさ。誤魔化すのが本当に大変になってきたんだよ。
これも、奴が「ムリだと思うけど」なんて言ったからだ。奴は言霊ってものを知らないのか。
……いや、うん。わかってる。八つ当たりだって、わかってるよ。
あの鋭い月翔九十九を、若干訝しんでいるとはいえ誤魔化せているだけでも奇跡だよ。
でも……悪あがきもここまでかもしれない。
どう誤魔化せっていうんさ、これ……。
私は眼下の光景を見渡して、途方に暮れた。
そうだね。目の前の惨状を手っ取り早く説明するなら、某お金持ち高校のホスト部に入部させられた主人公が、序盤でお嬢様から受けた嫌がらせ光景、かな。……余計にわかりにくいかな。
端的に言うと、学校の小池に私のノート全種類浸かってる。
おそらく私のクラスが移動教室中に、教室に忍び込んで持ち出したんだろうね。
最近、私が私物を持ち帰ってるせいでパッとした嫌がらせができていなかったから、相手も業を煮やしたのかな?
ノート一冊だけならともかく、全部水にドボンしちゃったら、最悪バレちゃうかもしれないのにね。
なんて、現実逃避をしている場合じゃないぞ私。これからどうするか考えるのが先決だ。
とりあえずノートは全部回収してみたけど……うん、もう使い物にならないね。
これを教室に持って帰るわけにはいかないし、ゴミ捨て場にポイしておこうかな。他のゴミに紛らわせておけばバレないだろう。
問題はその後だよ。
まだ授業は残ってるし、次の国語はノートを提出しなきゃいけなかった気がする。
今日、私がノート全部持ち込んだのを月翔九十九にはバッチリ見られてるしなあ……。
忘れた、なんて言い訳は通用しない。
う~んと唸りつつ、いいアイデアはないかと頭を捻っていると、背後でジャリッと砂を踏む音が聞こえた。
「狩矢さん、そこでなにをしているの?」
「……やあ、杉澤さんこんにちは」
振り返るとそこにいたのは、まさかのご本人でした。
杉澤さんは笑顔でこちらへ歩いてきて、私の手元のずぶ濡れのノートを見て驚いた顔をした。
「それ、どうしたの?」
私に問いかけてくる彼女を見ながら考える。
杉澤さんは、なにがしたいんだろう?
なんでこのタイミングで姿を現したんだ?
まだ私に自分が嫌がらせの犯人だと気づかれていないと思っていて、さらに精神的ダメージを与えるために来たのか。
それとも私がどの程度勘付いているかを調べに来たのか。
もしこのどちらかなら、私はどういう対応を取った方がいいだろう?
すっとぼけておく? それとも気づいてるぞ~アピールをすべき?
二年前は、周囲の子たちに気づかれ始めて、私への地味な嫌がらせをやめたっけな。
同じ轍を踏むもんか! って意気込んでると思うけど、ここはやっぱり前例に則るのが無難かな。
「気づいたらここに落ちてたんだよ」
私は言いつつ、小池を指さす。
ピクリと彼女の眉が動くのを、見逃さなかった。
「えっそうなの!? ……あ、もしかしたら月翔くんか冥間くんが好きな子の仕業かもしれないね」
「狩矢さん、よく二人と一緒にいるから……」と心配げな色を顔に乗せて呟く彼女は、将来女優になったら成功するかもしれない。
そしてそれは暗に、私に二人から離れろと言っているのか。
月翔九十九はともかく、幽は昔から私に引っ付いてきただけだからね。
断じて私のほうからくっついているわけではない。ここのとこ、誤解がないように!
いや、現実に戻れ私。
今は誰とも知らない誰かに主張している場合じゃないぞ。
とりあえず、彼女には苦笑を返しておいた。
「うーん、そうだね。でも月翔くんは人気だけど、幽はどうだろう? ほら、彼ってちょっと捻くれてるから、女の子たちの評価はあまりよくないみたいだし」
捻くれてるっていうか、悪辣って表現するレベルで性格悪いけどね。
そしてノート水没の原因に月翔九十九と一緒に幽を列挙するあたり、まだまだ詰めが甘いね。
幽の女の子人気は本当に低いから。
そりゃ、最初あたりは顔面と家柄だけはいいから女の子たちも群がったけど、すぐに奴の性格を思い知って離れていったよ。
私の知っている限り、告白された回数もそれほど多くない。
……まあ、たぶん高校生くらいになったら、無駄に色気を放つ妖しい(?)雰囲気のイケメンに成長するだろう。
そうしたら、そういうタイプが好きな女の子たちにモテることだろう。
幽、顔立ちはおじさんに似ているから、たぶんそうなる。
おじさんに無駄なところなんて一つとしてないがね。
とにかく、今から言っておくよ。目を覚ませ。
杉澤んは私の物言いが気に障ったのか、一瞬真顔になった。だが、すぐに元の表情に戻った。
「とにかく、気を付けたほうがいいよ……あ、このこと誰かには話した?」
「……ううん。今回のことはさすがに困ったけど、人に言うほどのものでもないかなって思ってね」
「そっかぁ……」
眉をへの字に曲げた杉澤さんを数秒見つめ、私は徐に立ち上がった。
「じゃあ、僕は行くね。じゃあね、杉澤さん」
「うん、じゃあね……」
水没したノートを持ち、くるりと杉澤さんに背を向けて歩き出す。
なんか、背中に視線が突き刺さっている気がするけど、全力で無視だ。
向かう先はゴミ捨て場だ。折り重なるゴミたちの中に、私のノートだとバレないように気を付けながら捨てる。
捨てながら、杉澤さんのことを考える。
ちょっと失敗したかもしれない。
ノートを全滅させられて、しかもやった張本人は目の前で素知らぬ顔。それにイラッとして、いらないことを言ってしまった。
人に言うほどのことでもないって、言い換えれば取るに足らないことだと相手を挑発してるようなもんだ。
これでエスカレートしたら面倒な上に、周囲に勘付かれる危険性がある。
やっぱり、さっきはっきりと言うべきだったか…………。
けど、ああいうタイプの子は諭してもますますヒートアップするだろう。……いや、諭したくらいでやめる子が、嫌がらせなんてしないか。
たぶん、正攻法で対処するのが一番効果的なのだろう。
はっきり言って、彼女を糾弾するのは簡単だ。証拠だったら、いくらでもそろえられる。
でも母さんが妊娠している今、それをするわけにはいかない。
娘が嫌がらせを受けているなんて知ったら、絶対にショックを受ける。今の母さんに負担はかけたくない。
なにより、これは私が売られた喧嘩だ。私は売られた喧嘩は最後まで買う主義だ。
見てろ、一発逆転で勝ちに行ってやるからな!
さてさて、とりあえず今は杉澤さんの登場で伸ばし伸ばしにしていた対策を考えようかな。
私は月翔九十九を騙せるような出来のいい嘘を考えるのに、今日一日分のカロリーを使ってひねり出した。
結論は、病欠しよう! だ。
たとえ健康優良児でも、体調不良になることもあるのだよ! と全力で主張する。
具体的に言うと、頭痛を訴えて保健室に引きこもり、次の授業を休んだ。
ノートの提出さえなければ問題ない。あとは幽にでも見せてもらって写すさ。
一日分のカロリー使ってひねり出した案がこれか……と言ってはいけない。
私はかなり真剣に考えました。
結局、水没したノートのことを誤魔化せたけど、普段風邪なんて一切引かない私が体調不良を訴えたので、月翔九十九どころかクラスのみんなから不思議そうな(不審じゃないよ、断じて違うよ!)目で見られた(若干名射抜くような視線だったけど)。
うん、違うよ。
私が空を見上げているのは、空がきれいだからだよ。
断じて、何かが零れ落ちそうとかそういうことはないんだよ。ないんだよ。
後に、私は今回の軽率な行動を心から後悔することになる。
私がそのことを知るのは、もう少しだけ先の話だ。
短いですが、区切りが悪くなるので今回はここまでです!




