上げて落とすスタンス。
シリアスのようななにかが始まります。
いじめ表現が含まれるので、苦手な方はご注意ください。
だんだんと肌寒くなってきた秋の日。
月翔九十九が隣のクラスの女子をフッたという噂が流れた。
これといって珍しいことではない。彼が入学した当初は、それこそ毎日のように女の子たちに呼び出されていたし。
最近はそういう告白熱も沈静化しつつあったこともあってちょっと噂になったけど、すぐにみんなの興味は来月訪れるクリスマスに向いた。
私もいつもだったらあまり気にしないんだけど、その噂になった女子の名前に聞き覚えがあって、少し気にかかった。
ほんのり嫌な予感がするな~
気のせいなら、別にいいんだけど。
その日、家に帰ってリビングでまったり紅茶を飲んでいると、なんだかやけに上機嫌の母さんがやってきて、私の目の前に座った。
母さんも飲む? と尋ねると、神々しい微笑みを浮かべて頷いたから、予備のカップに紅茶を注いで差し出した。
私たちはしばらく無言で紅茶を堪能した。
「ねえ、京」
名前を呼ばれて、母さんの方へ視線を投じる。
母さんの視線は、手元のカップの中に注がれている。
「あなた、よく妹か弟が欲しいって言ってるけど、もしできるならどっちがいいの?」
私は少し考えてから、口を開いた。
「正直どっちでもいいです。どっちも可愛いので」
「あら、そうなの? てっきり妹が欲しいんだと思ってたわ」
「まあ、女は私だけですしね。比率的にも妹いいなって思いますけど、やっぱり下の存在って結局性別関係なく可愛いじゃないですか」
思い浮かべるのは、柘榴と八比呂君だ。
柘榴は見た目も中身も十分に可愛いし、八比呂くんは残念兄の件で結構私を頼ってきてくれて、やっぱり可愛い。
あんな妹や弟だったら、欲しいよねえ。
二人の例をあげて語る私に、母さんは「そうね」と同意して、にっこり笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、妹でも弟でもいいような名前を考えなくてはいけないわね」
「そうですねー………………ん?」
あれ?
「母さん? なんか会話……おかしくないですか?」
「そう?」
「ええ、だってまるで私に妹か弟が生まれるよ……う…………」
愕然と目を見開く。
母さんは悪戯が成功した子供のようにふふっと笑って、「ちなみに、今、三か月よ」とさらなる爆弾を投下した。
私は落ち着くために、紅茶を一口、口に含んだ。
ゴクンッと飲みこむと温かい水が食道を通り、全身に広がっていくのを感じる。
うん、大丈夫。落ち着いてきた。
カチャンとカップをソーサーに置いて、変わらぬニコニコ笑顔の母さんに視線を戻す。
「それで、なんの話でしたっけ?」
「京、それは落ち着いたのではなくて、現実逃避をしただけよ?」
いやいやいやいや! だって! だってだよ!?
いきなり「母さん妊娠していて、今三か月なの~」とか言われたら、子供だったら誰だって動揺するでしょ!! そうでしょ!?
「じゃあ、とりあえず病院に電話して救急車呼びますか!」
すちゃっと懐から取り出したケータイを構える。
がくがくと震える手でボタンをプッシュしようとすると、母さんに止められた。
「あらあら京ったら、今すぐ生まれるわけじゃないのよ」
「あ、それもそうですね! 三か月って言ってましたもんね! じゃあちょっと、今から学校行って産休貰ってきます!!」
「小学校に産休はないし、あなたは取れないわよ。発想がいつかの円と一緒ね」
「屈辱!!」
そうじゃん! 白玉さんたちの面倒を見たいがために、産休取りたいっていった円と言ってること一緒じゃん! これ以上の屈辱はないよ!!
orzポーズで項垂れる私の隣で、優雅にカップを傾ける母さん。
奇しくもバカ円と同列だと指摘されたことで、ようやく私は落ち着きを取り戻した。
その後、それぞれの用事を終えて帰ってきた父さん・扇兄さん・円に、母さんは私の時と同じように妊娠を暴露した。
っていうか、父さんにすら伝えてなかったんですか!? 母さん!!
リビングに、三つ分のカップが壊れる音が響き渡る。
動揺した三人が取った行動は、三者三様。
電話で会社にしばらく休暇を取る旨を伝えようとする父さん。
笑顔で硬直し、微動だにしない扇兄さん。
現実逃避を始めた円。
私は三人が散らばしたカップの破片を片づけながら、やっぱ家族だな~としみじみと思った。
新しい妹か弟のことで頭がいっぱいになって、私は昼間学校で感じた嫌な予感のことを綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
改めて思い出したのは、翌日、学校に登校した際、下駄箱で靴を履き替えようとした時だ。
上履きの中に、大量の画鋲がこれでもか! というほど詰め込まれていた。
一瞬、思考がフリーズし、まじまじと上履きを見つめる。
何度見たって画鋲が入ってる。え、なにこの嫌がらせのテンプレ。
今まで一度だって嫌がらせの対象に選ばれたことはないし、幽や月翔九十九と親しくなってからは、人一倍人間関係には気を配ってきた。
そもそもなんで今更? 月翔九十九が転校してきてから、もう一年以上経っている。
嫌がらせを始めるにしても、もっと早い段階なら理解できるんだけど……。
一瞬、昨日の噂が頭を過る。
まさか……まさかねえ?
「京くん、おはよ~どうしたの?」
「あ、おはよう相原さん。いや、今日は体育の授業があったかなと思ってね」
頭に過った考えを振り払うように、いやいやいやと胸の前で手を振っていると、後ろから相原さんに声をかけられた。
自分の下駄箱の前でじっと固まっている私を不思議そうな目で見る彼女に挨拶を返して、咄嗟に誤魔化した。
相原さんと世間話を交わしながら、それとな~く画鋲を回収した。……回収した画鋲は画鋲入れの中に寄付しておこう。
――――それからも、度々こんなことが続いた。
ある日は、机の中に入れていたノートの一冊が明らかに私の字でない別のノートにすり替わっていて、一面にびっしりと「死ね」の文字。
その時はよくやるなあと思いつつ、予備のノートを持っていたので、友達にうっかり水没させちゃったから写させてと頼んで事なきを得た。
またある日は、下駄箱の上履きの中に、今度はひとつだけ画鋲が入っていた。
かかとの部分にあからさまにぽつんと一つだけ入っていたので、逆に不自然に思って中をのぞき込むと、案の定、奥のほうにまだ画鋲が入ってた。しかもご丁寧に糊付けまでして。
次は筆箱の中身がすっからかんになり、次は比較的授業数の多い教科書がなくなったり……etc。
毎度毎度よくもまあ、新しい嫌がらせを考えてくるもんだ。
嫌がらせを受けてる当人なのに、ついつい感心してしまう。と言っても、苦み成分を多分に含んでるけど。
受けた嫌がらせの数が両手の指を越えた頃に、教科書に一枚の紙が挟まっていた。
誰もいないところで紙を開くと、そこにはただ一言、こう書かれていた。――――「月翔くんと冥間くんに近づくな」。
いや、うん、まあ……思った通りの理由だね。想像していただけに、驚きはない。
でも、二人に近づくなかあ。どっちか一人じゃなく二人を名指ししている。
これはやっぱり、私が思い描いてる通りの人が嫌がらせの犯人なのかな。
わざわざノート自体取り換えられてたことを見ても、同じクラスの子じゃないのは間違いないと思うし。
ノート自体取り換えたのって、同じクラスじゃないから細工する時間が圧倒的に少なかったってことだと思うんだよね。
となると、犯人は他所のクラス。他所のクラスで、私が恨みを買ってそう? な感じの子が、ひとりだけいるんだよねえ。
「はあ…………」
さて、どうしたもんかな。
あれから一週間が経過した。
結論から言いましょう。私に対する嫌がらせは、まだ続いている。
嫌がらせの犯人は、どうしても私が嫌がらせを受けている事実を、周囲に悟られたくないようだ。
嫌がらせはどれも受けている本人しか気づかないようなものばかり。それでいて、確実に相手の精神を削るようなもの。
まあ、相手には悪いんだけど、私はこの程度で折れるような繊細な心は持ち合わせていない。
心境的には、大人が子供の悪戯に辟易しつつも「子供のすることだからなあ」と苦笑を零すといったところか。
忘れてるかもしれないけど、私、元女子大生だから。今生の分と年齢足し合わせたら三十路越えちゃうから。
子供の可愛い嫉妬くらいで動じないぞ。
まあ、さすがに教科書紛失とか筆箱全ロストとかしてばっかじゃ周囲の子たちに不審がられるから、教科書ノートその他の私物は全部持ち帰るようにしたよ。
どうせ帰りは車だし、それほど負担はないからね。
これで嫌がらせはかなり回避できるようになった。
バレたくないと思ってる相手は、私の机とか下駄箱とかに直接落書きとかしてこないからね。
図工の時間に作った作品を壊されたくらいだよ。……ちょっと、自信作だったのに。
周囲には、私が私物を全部持って帰ってる理由を「両親にもっと勉強しないと塾に入れるって言われたから」と説明してある。
遊びたい盛りの子供は塾に行くのを嫌がるから、みんな一様に納得してくれていた。
若干名、納得してない顔の奴もいたけど。言うまでもないけど、幽と月翔九十九だ。
目ざとい奴らは私が頻繁に筆箱の中身を全替えしたり、教科書やノートを新しいのに変えたりしているのに気付いている。
もうすぐ妹か弟が生まれるから気が抜けちゃって~と弁明しておいたが、これでどこまで騙せるか。
月翔九十九はともかく、幽は長い付き合いだ。いつまでも騙されてくれるような奴じゃない。
嫌がらせ自体よりも、幽を騙す嘘を考えるほうが悩ましいなんて、嫌がらせの犯人が知ったら周囲にバレるのも憚らずに嫌がらせがエスカレートしそうだ。
幽を上手く騙せるよな嘘を考える。けど、すぐにその努力は無駄になる。
月翔九十九が家の事情とかで学校を休んだ日の帰り、迎えの車の前で幽が待ち構えていた。
「遅かったな、京。とりあえず、顔を貸せ」
「どこの不良の呼び出した」
呆れ気味にツッコミを入れるが、内心は「やばっ」と冷や汗をかいていた。
幽は問答無用で私を幽の家の車に押し込んだ。「迎えきてるんだけど……」と抗議の言葉を口にしても、幽はそれを一切無視した。
仕方なく、岩倉さんには幽ん家の車に乗って行くからと電話して帰ってもらった。
私を無理やり自分家の車に乗せた癖に、幽は無言だ。なにも話さない。
私も自分から話を切り出す気はさらさらなかったので、窓の外の景色を眺めて無言を保った。
ぽけっと外を見ながら考える。自分で望んだわけじゃないけど、幽ん家の車に乗っちゃったな。これ、見られてたら絶対に嫌がらせ悪化するよねえ。
ちょうど、そんなことを考えている時だった。
「おまえがこの車に乗るとこ、誰にも見られてないと思うぜ」
すべてを見透かしたように、幽がそう言ったのは。
思わず幽に顔を向ける。
「嫌がらせ、受けてんだろ?」
いつもの調子の笑みを浮かべ、いきなり確信をついてきた幽。……これは、誤魔化しても無駄だろうな。
尋ねるという形式を取っているものの、その目は確信に満ちていた。
しょーがないな……。
私は観念して、肯定した。
「ああ、まあそれっぽいものを」
「原因は?」
「ん」
私はあの時の紙を幽に手渡した。
紙を開き、中を見た幽は興味のなさそうな顔で「ふーん」とそれだけ呟く。
驚いた様子もないのは、幽も原因には察しがついていたからだろう。あえて尋ねたのは、ただ確証を得たかったからだろう。
「目星は?」
手の中で紙を弄びつつ尋ねてくる幽。
「あー……一応、たぶんこの人だろうなあって人はいる」
「誰?」
さらに追及してくる幽を思わず半目で見つめる。
「おまえ、絶対自分でも目星ついてるだろ」
私が嫌がらせを受けてる原因も察しがついていた幽が、犯人に目星がつかなくて本心から聞いているなんてありえないだろ。
なんでさっきからわざわざ私に言わせようとしてるのか……言わなかった私に対する意趣返しか。
案の定、幽は「当然」と言って不敵な笑みを浮かべた。
「むしろ私が聞いていい? 誰だと思う?」
「隣のクラスの杉澤菜津実。時期的にこいつしかいないだろ」
「ああ、やっぱりそうか…………」
幽があげた名前は、私が一番嫌がらせの犯人として濃厚だと考えていた女子だった。
三年生の時に幽に告白してフラれ、先日月翔九十九に告白してフラれたのが彼女だ。
彼女、三年生の時に幽に告白してフラれたとき、私を物凄い眼光で睨みつけていた。
何度か肩パンをされたんだけど、私の周りの女の子たちが「あの子、わざとぶつかってきてない?」と言い始めて、それからぱったりとそういうことはなくなった。
私への嫌がらせが始まったのが、彼女が月翔九十九にフラれた次の日。
以前の例から考えても、嫌がらせをしてきているのは彼女だ。
「にしても、前回から学んだみたいだな。やり口が巧妙になった」
「ああ、確かに。あからさまじゃなくなったし」
同意してうなずく私を幽がじっと見つめる。
「ずいぶん余裕だな。……あ、京は神経図太かったもんな」
「はっ倒すぞ。……まあ、こう毎日続くとうんざりしてくるけど、私物持ち帰るようにしてからは被害も減ってるし、別にほっといてもいっかって境地にはなってる」
「えー、やり返さねえの? なんなら手伝ってやるぜ?」
「全力で拒否る」
幽の申し出は即答で却下だ。
こいつ、こんなおちゃらけた口調だけど、目がぜんッぜん笑ってないの。
絶対頭の中には「もうやめたげてぇ! あの子のライフはもうゼロよぉ!!」と叫びたくなるような、えげつない作戦が何十通りと浮かんでいる。
絶対だ。断言する。
「いいな、幽。絶対に手を出すなよ」
「原因は俺らなのに?」
「ここまで来たらもう女の闘いってやつだ。男はすっこんでなさい」
しっかりと幽に釘を刺す。
幽は渋々と、本当に渋々と了承した。
それと月翔九十九にも絶対に言わないと誓わせた。
今回の騒動で、私が一番懸念しているのは彼だ。
元々ヤン属性の強い彼のことだから、友達が自分のせいで嫌がらせを受けてるなんて知ったら……それこそ、何をするかわからない。幽以上に厄介な存在だ。
ずぇったい、月翔九十九にだけは気づかれないようにしなくては……!
「ムリだと思うけど」
「余計なことを言うな」
不吉な言葉を吐いてくれた幽をギロリと睨みつけて、私は大きくため息を吐いた。
ううっ、嫌な予感しかしない……!
いつも「ヒロインが役割を果たしてくれない」を読んでくださり、ありがとうございます!
あと五話くらいで小学校編は終了して、高校編へ移行したいと思います。
六年生? 中学校? ぶっ飛ばす所存ですとも、はい。
色々考えたうえで苦手なシリアス(?)やっていますが、
やっぱり苦手なので早く普段のノリに戻したいです。




