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運動会危機一髪!

 天気のいい秋空の下、運動会は開催された。

 開催宣言、校歌斉唱、注意事項の説明、準備体操などなどを終え、私は早々に自クラスのテントに引っ込んだ。

 秋とはいえ、まだまだ日差しは暑いし気温も高い。自分の出番が回ってくるまで引きこもりをするのです。


 タオルで汗を拭いながら、テントの中を見渡す。

 何人ものクラスメイトたちが、バタバタと忙しそうにしていた。

 その中には私と仲のいいメンバーも混じっている。

 月翔九十九と幽は、運動神経がいいので大抵の競技には引っ張りだこ。

 間宮くんも似たようなもので、主にリレー系にエントリーしている。

 茅島さんは運動神経がよく、幽へのアプローチを見ればわかるように、積極的にたくさんの競技にエントリーしている。


 のほほんとしているのは、私と綾里さんと岸山くんくらいだ。

 私たち三人は個人競技には一種目しかエントリーしていないため、しばらく出番がない上にクラス対抗リレーももう少し後。

 私はしばらく綾里さんや岸山くんと談笑したり、下級生の子たちの応援などをしていた。


「京」

「よお、京」


 選抜リレーを観戦中、名前を呼ばれて振り返ると、そこには涼しげな微笑を浮かべる扇兄さんと楽しげな笑みの幽父、そしていつも通りのおっとり笑顔の幽母の姿があった。

 異色の組み合わせに、私はポカンと口を開けて間抜けな表情を晒した。


「な、なんで……」

「久しぶりだな。月華祭の時以来か」

「お久しぶりね~京」

「あ、お久しぶりです。その節はどうも……いえ、だからそうではなくて」


 ついつい二人につられて挨拶を返してしまった。


「おじさん、会社はどうしたんですか?」

「今日は休みだ」


 まるで普通の会社員のような物言いだ。

 苦笑する私に「一回くらい運動会を見に行きたいと言って駄々をこねたから連れてきたの~」とおばさんが補足した。

 現”Cerberus”の社長であるおじさんは、私の父さんと同じくらい多忙を極めていて、運動会に来たことは一度もなかった。

 どうやら今年はスケジュールを調整してなんとか時間を作ったようだ。


 たまにはいい……のかな?

 いいのだろう。息抜きも必要だ。


 二人への挨拶を終えた私は、次に扇兄さんのほうへ顔を向ける。


「兄さんもなんでここに……?」

「一度くらいは運動会に出ている京の姿を見ておこうと思ってね。ちょうど、用事もなかったから来たんだ」

「そうだったんだ」


 さすが兄さん。兄の鏡! ……じゃなくて、三人が運動会に来た理由はわかったけど、なんで三人一緒にきたんだろう?

 兄さんに尋ねてみると、ちょうど入場門のところで偶然おじさん達に会って、行き先も一緒だったから共に来たのだそうだ。納得です。


「あのー……?」


 隣で綾里さんと岸山くんが、不思議そうに兄さんたちを見上げている。

 私が簡潔に私の兄であることと幽の両親であることをと伝えると、二人は目を丸くした。


「はじめまして、幽の父です。愚息が迷惑をかけていないかな?」

「はじめまして、京の兄の狩矢扇です。妹と親しくしてくれてありがとう」


 兄さんとおじさんは遠慮がちに見上げてくる二人に、兄さんは爽やかさを前面に押し出した笑みを、二人は色気満載な笑み浮かべて挨拶を述べた。

 その笑みに、周囲にいた生徒はもちろん、子供に会いに来ていた保護者までもが見惚れて、顔を真っ赤にする。

 パーティー会場などでもよく見られる光景なので、私は特に驚かず「さすがだなあ」とおじさんに感心の目を向ける。

 同じく慣れているおばさんも、その隣で「あらあら、うふふ~」と笑っている。


 一方、周囲では奥さんが他所の男に見惚れて、面白くない旦那さん方が奥さんを小突くということがそこかしこで起こった。

 また上級生を中心に黄色い声があがりはじめ、競技そっちのけでこちらに大衆の注目が集まる。

 綾里さんと岸山くんは、たくさんの視線に晒されて縮こまりながら「そっそんなことないですっ」と頭を高速で左右に振った。

 綾里さんたちの返答に、二人は「そうか」と満足げに微笑む。直後、黄色い声が歓声にかわった。

 さながらアイドルが街中に現れた時のよう。しばらく収拾つかないね、こりゃ。


「ねえねえ京、幽はどこにいるの?」


 おばさんもこの騒ぎを治める気はさらさらないらしく、幽の所在を尋ねきた。

 私も彼女に倣って、自然収拾に任せることにするよ。


「幽なら選抜リレーのメンバーなので、今競技に出てますよ」

「まあっ」

「たぶん、もうすぐ順番が回ってくるはずですけど……」


 言いつつ、グラウンドのほうに目を向ける。ちょうど、スタート地点に幽が立っているのが見えた。

 アンカーは月翔九十九幽は次点なので、兄さんたちに気を取られているうちに、結構進んでしまっていたようだ。


 今、幽がバトンを受け取った。選抜に選ばれただけあって、やっぱり速い。ムカつく。

 幽が私たちのテントの前に差し掛かった時、幽は一瞬テントに目を向けて「げぇっ」と嫌そうに顔を歪めた。

 視線の先には満面の笑みを浮かべたおじさんがいる。

 なんとなく扇兄さんにも向いていたような気がしたけど、たぶん気のせいだろう。

 その後の幽はある意味、すごかった……と、言えなくもない。

 走り出しの時よりもスピードをあげて二位以下をどんどん突き放し、瞬く間に一周走り終えてアンカーである月翔九十九にバトンを渡した。

 月翔九十九は競い相手がほとんどいなかったので、悠々とゴールした。自クラスが一位だったのに、なんだか不満げな表情だ。


 選抜リレーが終わると、幽はマッハでテントへ戻ってきた。先の競技が嘘のような速さだ。

 その後から、月翔九十九も走ってきた。いきなりバビュンッした幽を不思議に思って追ってきたらしい。


「よお、来てやったぞ愚息」

「…………………なんでいる?」


 にこやかに手をひらひらさせるおじさんに、幽は心底嫌そうに顔を歪めて低く問いかけた。

 おい、なんか目線が兄さんにまで向いてないか? 兄さんに喧嘩を売るなら私が買うぞ。言い値でな。

 兄さんは幽の視線に気にした様子もなく、悠然と微笑している。

 これぞ器の差だね! 兄さんが気にしないなら私も幽を見逃すことにしよう。


「ん? 愚息の勇姿を見に来たに決まっているだろう?」


 おじさんは笑みを崩さずそう答えた。

 幽は胡乱気な目でおじさんを見つめる……というより、睨みつける。


 二人の間でバチバチと激しく火花が散っている。

 扇兄さんやおじさん、幽や月翔九十九といった面々にキャアキャアと黄色い歓声をあげていた女性陣たちは、二人の醸し出す雰囲気に押されて口を閉ざした。

 この異様な雰囲気の中、これを物ともしない強者が三人、いたりする。


「あら、あなたは確か九十九さんだったわね。京のところの月華祭以来ねぇ~私のこと、覚えているかしら?」

「え……ああ、はい。覚えています。お久しぶりです、冥間さん」


 一人目は無論この人、幽母である。

 夫と息子の間のバチバチを歯牙にもかけず、二人の傍で困り顔で様子を見ていた月翔九十九に話しかけた。

 ちらちらと幽たちに視線を向けて、この状況なんとかしてくださいよ! と目で訴える月翔九十九の訴えを、そのおっとり笑顔の下に切り捨てて世間話を振る彼女は、さすがとしか言いようがない。


 もう一人は、選抜組に選ばれていて、つい今しがた戻ってきたばかりの茅島さんだ。

 周囲の子に、幽と睨みあっている色気満載な美形が幽の父であると聞いた彼女は、目をキラッキラッと輝かせて、積極的にアピールに向かった。

 ほとんど相手にされていなくても、めげないくじけないを地で行く彼女を、私は尊敬している。……本当だぞ。


「そういえば、京はなんの種目に出るの?」


 最後の一人は我が兄、扇兄さんです。

 周囲の状況を柳に風と受け流し、私に問いかけてくる兄さんは、何度も言うように「さすが」の一言に尽きる。

 私は幽とおじさんのバチバチが始まってすぐ、兄さんのところへ避難した。絶対、ここが一番安全圏。


「借り物競争だよ。一番無難かなと思って」


 その時、タイミングを見計らったかのように借り物競争のアナウンスがかかった。私の出番である。

 扇兄さんは「頑張ってね」と誰もが見惚れる笑みを浮かべて、私を激励してくれた。

 私は笑顔でうなずくと、同じ競技にエントリーしている綾里さんと岸山くんを連れて、集合場所へ移動した。


 借り物競争が始まる。

 私たち三人の中で、一番先に順番が来たのは岸山くんだ。

 岸山くんはお題が入っているボックスのところまで走っていくと、紙を一枚引き、客席を見回して……顔を青ざめた。


 一体、どんなお題を引いたんだろう?


 岸山くんは手元の紙を凝視し、もう一度辺りを見回してから、覚悟を決めたようにある場所へ走って行った。

 彼が走っていったのは、私たちのいたテントだ。


 え……岸山くん、君まさかとは思うけど……


 岸山くんが目指す方向にいる人物に、私は顔を引きつらせた。今、そこは噴火中の火山地帯と言っても過言ではない。


 そんな場所に突っこんでいくというのか、君は……!


 彼が決死の覚悟で突撃し、声をかけたのは、現在進行形で幽と火花を散らすおじさんだ。

 おじさんに声をかけた瞬間に、ギロッと鋭い眼光で睨みつけてくる幽にビクつきながらも、クラスのため! と一歩も引かない岸山くんの姿に周りが涙したのは言うまでもない。

 岸山くんは無事、おじさんを連れてゴールすることができた。

 係員がマイクで岸山くんのお題を読み上げる。


 お題は「社長」だった。

 納得だけど、なんてえげつないお題だ。

 「社長」なんてそこらへんに転がってるもんじゃないぞ。もっとオーソドックスなお題にしろよ。

 私たち待機組は、あまりのえげつないお題に戦慄の表情を浮かべる。自分の引くお題が、あのレベルのやつだったらどうしよう。


 待機組が緊張を募らせる中、次のグループがスタートする。

 次は綾里さんだ。綾里さんは岸山くんの例から、強張った表情でボックスのところまでいくと、恐る恐るといった体で紙を引いた。

 お題を見た彼女は、ほっと安堵した様子で先生たちのテントへ走っていくと女の先生の手を引いて、ゴールした。

 彼女のお題は「家庭科の先生」だったようだ。


 他の子たちも次々とゴールする。そのたびに読み上げられるお題はネクタイだったり帽子だったりカメラだったり、とにかく一般的なものが多い。

 岸山くんのような斜め上をいったお題のほうが珍しいようだ。ということは、彼はただ運が悪かったということか。

 それはそれで涙を誘うね……。


 とうとう私の番がやってきた。

 スタート地点に立ち、合図とともに走り出す。

 ボックスの前に立った私は、綾里さんレベルのお題来い! と念じながらボックスに手を突っ込み、そして引いた。

 紙を広げ、そこに書かれたお題を読んだ私は……硬直した。全身からぶわっと冷や汗が噴き出す。

 私が引いたお題は、確かに綾里さんレベルのものだった。オーソドックスだ。テンプレだ。

 念じた通りのものが来たが、私にとってこれ以上なく鬼門だ。


 私の引いたお題……それは、「好きな人」。

 テンプレ中のテンプレだろ? ……だから余計に、性質が悪い。


 真っ先に、都合のいいやつとして浮かぶのは幽と月翔九十九だ。だが、もちろん却下だ。論外だ。ありえない。

 シンパからのバッシングがやばい上にこの先の学校生活が絶望的になる。しかも気まずい。

 かと言って、仲のいい女子を選ぶと、私の広めてきたキャラと相まって百合の人認定されてしまう! ガチだと思われる上に、やっぱり気まずい!

 他の男子も論外だ。どうしたってわだかまりが残る。


 私が悶々と悩んでいるうちに、次々と生徒たちがゴールしていく。

 まずい。このままでは、せっかくいい順位まで来ているのに、私のせいで最下位になってしまう。

 いやでも、だからって何のわだかまりも残らない人がここに…………いた!!

 ぴこんっと私の頭上で豆電球が点る。

 そうだ! いるじゃん! おあつらえ向きな人が!


 私はすぐさま駆けだした。向かう先は、岸山くんの時と同様、自クラスのテントだ。

 向かってくる私をなんだなんだ? と見つめてくるクラスメイトたちの目の前を素通りし、私はその人の前で立ち止まり、手を差し出した。


「兄さん、来て!」

「――――俺?」


 扇兄さんは、一瞬キョトンとしたものの、すぐに笑顔でうなずくと私の手を取ってくれた。

 絶対わだかまりが残らない人……それは扇兄さん(兄妹)だ。

 ブラコン認定? 相手が扇兄さんならむしろ喜んで受けるよ。


 扇兄さんの手を引いて、私はなんとかビリになる前にゴールした。係員にお題を見せると、微笑ましそうな顔でOKを貰った。


 よっしゃ!


「兄さん、今日来てくれてありがとう!」


 おかげで命拾いしたよ!


「ふふふっどういたしまして。俺も、京が選んでくれて嬉しいよ」


 兄さんは上機嫌に微笑む。

 あまりの神々しい微笑みに、私は兄さんの周囲にキラキラのエフェクトが飛んでいるのを幻視した。


 借り物競争を乗り切り、綾里さんたちとテントに戻る。微妙そうな顔の幽と月翔九十九以外、みんなは普通の反応だった。

 私のブラコン具合を揶揄する声もあがったけどほとんどおふざけで、大抵は「あんな素敵なお兄さんなら好きでも当然だよね~」と普通にブラコンを許容してくれた。

 おじさんとおばさんも「京は本当に扇が好きだなあ」と笑うだけ。やけに楽し気だったけど、まあ普通だよね。

 その後も、特になにかが起こるわけでもなく、騎馬戦は月翔九十九たちによる獅子奮迅の活躍で私たちのクラスが優勝を決めて、五年生の運動会は幕を閉じた。



 運動会後、私のブラコン(ガチ)疑惑が浮上した。

 いやいや兄さんは好きだけど、あくまで兄弟としてだからね?


 そう主張したものの、乙女の顔をした彼女たちはなかなか信じてくれず、誤解を解くまでにかなりの時間がかかった。


 借り物競争……もう、二度と出ない!


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