どれだけ残念かが肝になります。
休日、私たちは動物園にやってきた。
メンバーは私、柘榴、幽、円、月翔九十九、そして八比呂くんの計六人だ。
柘榴には無駄なおまけがたくさんついてきて悪いと思ったけど、兄妹参加という形なら弟くんも誘いやすいと思ったので今回は利用させてもらった。
ごめんね。次は二人でゆっくりできるところに行こうね。
円を連れてきたのは、兄妹参加という形にしたかったのもある。
一番の理由は小学生だけで動物園と聞いた父さんが、保護者が必要だろうと黒服つけようとしたので仕方なく来てもらったというのが本当のとこだ。
渋っていた円には、今度ロールプレイングに付き合うからと交換条件を出して了承させた。
ちょろいぞ、円。
月翔九十九は普段はこういうのに参加しないんだけど、私が弟くんも誘うと聞いて思うところがあったんだろう。
弟くんの参加はほぼ強制。兄の友人でこの間のパーティー主催者の娘から誘いがあったら、一回くらいは義理立てのために行かなければならない。
ゆえにこのチャンスを逃すと私の再チャレンジは難しいので、今回で絶対成功させるぞっ。
心の中で意気込んで、動物園のゲートをくぐる。いざ、出陣!
「京姉さま、見てください。レッサーパンダですよっ可愛いですね」
「うん、すごく可愛いね」
レッサーパンダも、それを見てはしゃいでいる妖精も。
後ろ足で直立したり、階段を登ったりする愛嬌たっぷりのレッサーパンダを柘榴は目をキラキラさせながら眺めている。
動物園っていいなあ、癒しがいっぱい。
シロクマを見て目をキラキラ、ペンギンを見てキラキラ、キリンに餌をあげてニッコリ。
妖精はなにをやっても絵になりまする。
いや、ちゃんと動物も見てるよ。一緒に妖精を見て癒されているだけだよ。
男性陣は早々に動物に飽きて今はアトラクションに夢中。この動物園は遊園地も併設されているのだ。
「というか、動物園に来たんだから動物見なよ」
喜々としてフリーフォールに乗りに行こうとしている男性陣にツッコミを入れる。
なんのために動物園と銘打ってあると思っているんだ奴らは。メインが動物だからだろうが。
柘榴を見習いなよ、あんなに楽しそうに動物たちを眺めているじゃないか。
私? 私だってちゃんと見てるよ。ただメインが二つあるというだけで。
「見た見たちゃんと見たって」
「つーか、動物園ってどこもあんま変わんねーし」
「どっちも楽しんでるから問題ない」
「お……僕、遊園地のほうが好きです」
口先だけの円。動物園経営者を敵に回す発言をする幽。飄々と嘯く月翔九十九に、正直すぎる弟くん。……奴らはなぜ来たのだろうか。
いや、幽以外を誘ったのは私だけどもさ。とりあえず幽、貴様は動物園経営者の方々に土下座で謝れ。
私と柘榴が正当に動物園を満喫している間に、奴らはアトラクションに乗ってかなり親交を深めたようだ。
幽と月翔九十九はともかく円と弟くんはあまり接点もないから大丈夫かなと思ったけど、問題なかった。
円はテンションあがれば誰とでも友達になれるタイプだから、早々に月翔九十九と弟くんと打ち解けた。
月翔九十九は自分よりも円と楽しそうにしている弟くんに複雑な顔をしている。
どんまい、キミにも必ず春が来る。約束するぞ。
ふれあい広場にやってきた。
私は動物園ではふれあい広場が一番好きだ。ひよこやうさぎ、モルモットなどを触って癒される。
可愛いなー、私も飼いたい。
「京、京!」
はわーんと小動物たちに癒されていた私のもとに、なぜか興奮気味の幽がやってきた。
こいつがこんな状態になるのも珍しい。
なんだ、と目を向けると幽はある施設を指さした。それは”ドッグハウス”と書かれた施設。
「京の家」
――――こいつ猛獣の檻に突き落としてやろうか。
恋路じゃないけど馬に蹴られてしまえ。
おい、月翔九十九笑うな。円と弟くんも話を聞いて笑ってるんじゃない。
ああ、私の味方は妖精だけだよ。
「京姉さま、あの施設にも参りましょうっ」
ちょっ妖精――――!
今のこの状況で”ドッグハウス”へ行くのかい!? 私ツライ!
ほら、後ろで男どもが爆笑しながらついてくる!
おまえら、馬じゃなくて私が蹴ってやろうか!!
バ幽曰く”京の家”らしい”ドッグハウス”でポメラニアン、マルチーズ、コーギー、ミニチュアダックス相手に愚痴る。
四匹とも私の目の前でお座り体勢で私の愚痴を聞いてくれている。その様子を見て、肩を大きく震わせる男ども。
純粋に楽しんでるのは妖精くらいだよ、まったく。
ねえ、キミたち。ちょっとあの男どもに制裁を加えてきてくれないかい?
ワンッ。
あ、いいの? うん、ありがとう。行って来い。
私の願いを聞き入れてくれた良いワンコたちは四人を襲撃しに行った。
それぞれにとっしんを仕掛けるワンコ。
しかし円だけは襲撃してきたワンコを逆に手なづけて回避。チッ、やっぱり奴も同族だからか。
他三匹はきちんと襲撃。まあ、背後からの襲撃でも小さいから驚く程度。
だが幽に襲撃を仕掛けたのはコーギーなので、やつはorzのポーズで倒れた。ざまあ。
幽の無様な姿は、きちんと私のケータイに収めました。
ありがとう、ワンコたち! 奮発していいジャーキーを奢るよ。
ジャーキーの分、幽には全員分のアイスを奢らせよう。
なあに、今の私には心強い味方(orzポーズの幽の写真)がいるから簡単なことだ。学校メンバーに見せないことを条件に…ね。えへへ。
私と円はチョコ。幽と柘榴はバニラ。月翔九十九と弟くんはイチゴ。兄妹で好みが分かれた。
月翔九十九と弟くんだけは、弟くんが「なんでもいい」と言って月翔九十九が選んでたけど。
月翔九十九よ、やはりキミは自分の趣味をゴリ押しするのだな。
うん、いいけど。むしろ期待通りだ。
アイスを片手に再び園内を回る。
サルの檻の前まで来ると幽が私のほうを見て「おまえも檻に入って来いよ。見分けつかね」とぬかしやがった。
先ほどの仕返しか、貴様。とりあえず無言で奴の背中に膝蹴りを食らわせた。
円も同調して「ああ、そっくり」と言いやがったので、同じく背中を蹴り飛ばした。
マジ黙れ、似たもん同士。
貴様らは罰として私たちのパシリだ。ジュースを買ってきなさい。
二人で六人分は持てないと正論のようなことをのたまったので、仕方なく月翔九十九が一緒についていくことになった。
「八比呂、おまえなに飲む?」
「…なんでもいいよ」
弟くんはアイスの時と同じ返答。
「京、おまえもなんでもいいよな?」
「うん」
「柘榴、おまえはどうする?」
「兄さまと同じもので」
結局、私たちもすべて円たちに一任する。
売店へ歩いていく三人を見送り、私たちは近くのベンチに座って待つことにした。
ちらりと弟くんを盗み見るとぼーっとした顔で兄の後ろ姿を見ていた。
実行するなら今、かな。
「ねえ、八比呂くん」
「…あ、はい? 何ですか?」
ぼけっと顔の弟くんはワンテンポ遅れて私の声に応えた。
月翔九十九と造りは似てるけど、彼よりもずっと年相応な幼い顔。
「八比呂くん、さっきなんのアイス食べてたっけ?」
「え? ……イチゴ、ですけど」
唐突な私の質問に弟くんは不思議そうに首を傾げつつも素直に答えた。
見た目に寄らず律儀に返答するところは月翔九十九とそっくりだなあと思いながら、頷く。
「うん、そうだったね。じゃあ、月翔くんはなんだったっけ?」
「……同じイチゴ味、ですけど……」
「今、月翔くんはジュースを買いに行ってるよね?」
「はあ……?」
「彼は必ずイチゴ味のジュースを買ってくるよ。もちろん八比呂くんのも同じものをね」
なにが言いたいんだと訝しげな弟くんに、私は構わず続ける。
「月翔くんは幽が持ってきたケーキは必ずイチゴが乗っているものを選ぶ。チョコレートもクッキーも必ずそう。この間、旅行のお土産にイチゴ味の八つ橋のマスコットのストラップをもらった時、すっごく嬉しそうにしてて、そのストラップは今、彼の鞄についている。冬季にはイチゴの形のクッションマットが発売されると聞いて、ものすごく苦悩した顔で買おうかどうしようか考えてた。あとは……」
「あの、なにが言いたいんですか?」
「私からしたらキミのお兄さんはただの苺キチだっていう話」
弟くんは内容以上に突拍子もなく兄の珍エピソードを語る私に困惑気味だ。
単刀直入になにが言いたいのかと尋ねてきた弟くんにはっきりと答えると余計にわけが分からないという顔をした。
「イメージ崩れない? 周囲の評価は群れることを好まないクールな天才だけど、内実はイチゴに並々ならぬ情熱を注いでる苺キチだよ。イチゴ前にすると目がギラつくんだよ。万能型とか天才とか、そういうの霞むくらい残念だと思うんだけど」
円の話を聞いて、月翔九十九の幻滅点…もとい人間味あふれまくった部分といったらこれしかないと思った。
私自身、彼の苺キチ具合を知った瞬間、前世で感じていた憧れとか感動とかすべて吹っ飛んだ。
ゲームの”月翔九十九”は弟くんに言った通りの、群れることを好まないクールな天才。
現実の彼はただの苺キチ。この落差はなんだ。
「ねえ柘榴、もし幽が苺キチだったらどう思う?」
隣で黙々とアイスを頬張る柘榴に水を向ける。
「兄さまは、どっちでも残念ですよ」
柘榴はこてんと首を傾げて愛らしく笑んだ。
おうっふ。想像以上にキツイぞ、妖精。評価はまったく間違ってないけどね。
可愛らしい外見に見合わないことを笑顔で言った柘榴に弟くんは面食らった様子。弟くん、誤解してはいけないよ。
妖精は無邪気に純粋なだけなんだ。決して腹黒ではない。腹黒ではないぞ。
「八比呂くんはどう? 苺キチすぎるお兄さんは」
弟くんは渋面を浮かべて月翔九十九の後ろ姿を凝視する。やがて小さな声でぽつりと「…………変」と呟いた。
おお、そうか。
「その評価こそ正しいと思うよ。なんならもっと聞く? キミのお兄さん、イチゴ関連の話題には事欠かないよ」
なんせ四年の中ごろから現在に至るまで、月翔九十九が築いたイチゴ珍エピソードは両手両足の指を使ってもとてもじゃないけど足りないからな。
「あの……なんで俺にそんな話するんですか?」
どの珍エピから語ろうかな。できるだけインパクトが強いのがいいかなあと選んでると、弟くんが理由を聞いてきた。
「キミの中のお兄さんがかなり美化されてるように感じたから、これは真実を教えたほうがいいなって思って」
「……苺キチ?」
「苺キチ」
弟くんは考えるように黙り込んでしまった。
本当はさ、こんな遠回しじゃなくてはっきり言えたらいいのにね。
月翔九十九をここまでの残メンにしたのは間違いなくキミだよ、弟くん。キミの存在が彼に人間らしい感情を抱かせたんだ。
彼のどこに劣等感感じてるかわからないけど、そんなもの感じる必要はない。
現実でも本当にあるんだね。八比呂くんは存在だけで十分に価値があるよ。
でも、これは私がゲームの”月翔九十九”を知っているから言える言葉。本人には言えない。
だからこんな遠回しに言ってるんだけど。
正直に言って知り合ったばかりの私が弟くんの劣等感を完全に払しょくできるなんて思ってない。
人に言われて克服できるような軽い劣等感だったら、私たちが頭ひねらなくても月翔九十九自身でどうにかしていたはずだ。
私にできるのなんて、精々小石ひとつ落としたくらいの波紋を生むことくらい。そのあとはすべて月翔九十九次第。
この波紋を大きな波に変えるか凪にしてしまうかは月翔九十九にかかってる。――――私は、まったく心配していない。彼は期待を裏切らないと確信してるから。
「八比呂、ほら」
いいタイミングというべきか、売店から戻ってきた月翔九十九が八比呂くんに飲み物を差し出した。
並々とカップに注がれたジュースは、薄いピンクの色をしていた。
「………………くっ、あははははははっ」
ジュースと兄を交互に見比べた八比呂くんは、口元をおさえて声をあげて笑い出した。――――さすがだよ、月翔九十九。キミは自分の手でトドメを刺した。
いきなり笑い出した八比呂くんに月翔九十九は目を真ん丸にして驚いている。
「……おまえ、一体なんの話をした?」
八比呂くんの突然の哄笑に身に覚えのない月翔九十九は、私がなにか吹き込んだと解釈したようだ。常に寄せている眉間の皺を三割増しにして問い詰めてきた。
「キミの話だよ、月翔くん。キミの苺キチ具合を八比呂くんに語ってただけ」
「俺のどこが苺キチだ」
「イチゴ味のアイス食べた後にイチゴのジュースを買ってきちゃうところかなあ」
「味が深まるだろ」
「人はそれをくどいと言うけどね」
八比呂くんがお腹を抱えた。会話がツボにハマったらしい。
にしても無自覚か。これは手におえないぞ、八比呂くん。
これがキミの会社の跡取りだ。
会議にイチゴモチーフのペンを持ってったり、イチゴのカフスをつけて行ったりしてしまうかもしれないぞ。
ギャップ萌え狙い? ギャップが凄まじすぎてドン引きされるのがオチだ。
八比呂くん、キミがしっかりしないと奴は道を踏み外すぞ。
そういうような感じの話を八比呂くんの耳元でぼそぼそ囁いた。八比呂くんは肩を揺らしながらコクコクと頷いた。
良かったね。期待できそうなストッパーが手に入ったぞ。
こそこそと八比呂くんに耳打ちをする私に月翔九十九は眉を吊り上げた。
「おい、また変なこと吹き込んでるんじゃないだろうな」
「いいえ、私は真実しか語っていません。ねえ、八比呂くん」
「ゲホッゴホッ……は、はい……っ」
「ほらね。もっと言ってやってよ、八比呂くん」
「……イチゴのクッションマットはありえねーと思うぞ、兄貴」
「…………!」
知り合ってからはじめて八比呂くんが月翔九十九に話しかけた。私が促したんだけど。
それでも月翔九十九は目を瞬かせて驚いている。
稀に見る間抜け面は写真に撮って八比呂くんにも送っておこう。あとでアドレスを聞かなくちゃ。
「……狩矢!」
五秒ほど呆然としてから彼はギロリとものすごい目つきで私を睨みつけてきた。
弟くんの前ではカッコつけていたかった? そのカッコつけが余計に軋轢生させてたんだから、家族の前でくらいありのままでいなよ。
「…おまえら、何やってんの?」
「漫才じゃね?」
そこへ円と幽が帰ってきた。
ふむ。
「八比呂くん、コーラとカルピスどっちがいい?」
「……コーラですね」
「OK。はい」
すかさず、円の持っていたコーラを八比呂くんに譲渡し、月翔九十九の苺ジュースを円に押し付けた。
私は私で、自分の分のコーラを円からひったくる。
「おい、なんで俺の分渡した! おまえ飲めよ!」
「私の舌がそれを飲むことを拒否している。それにもう飲んじゃったから無理」
チューチューストローでコーラを吸いながらVサイン。
「チッ…冥間、おまえ甘いの平気そうじゃん。これと交換しろよ」
「俺の舌がそれを飲むことを拒否している」
「私の舌も拒否してます」
パクんな、幽。
柘榴、可愛い。
しょうがねえなと渋々苺ジュースを口に含む円。瞬間、咽た。
「甘ッ!?なんだこれ、脳みそ溶けるほど甘い!!!」
「大げさな……円さん、辛党でしたっけ?」
「辛党とか甘党とか関係ねーよ、これ! すげードロッとしてて喉に張り付いてくるし…おまえ、これなんか入れたろ!?」
「砂糖を少し多めに…」
「はあ!?」
円と月翔九十九の言い合いをベンチに座って見学する。
幽が「狭い、詰めろ」とか言ってるけど、おまえは地べたに座れ。
「八比呂くん、これから頑張ってね、色々と」
「はい」
八比呂くんの兄を見る目つきが複雑そうなものから残念なものを見る目に変わっていた。
その後、月翔九十九の苺ジュースがどれほどの破壊力なのか気になった八比呂くんが兄のジュースを貰ってむせ返り、違う意味で嫌煙されるという事件が発生したが概ね良好のまま今日はお開きとなった。
後日、八比呂くんからメールが届いた。
送られてきたのは”兄貴の部屋の一角がファンシー化してた。ツライ”という画像添付付きのメール。
鞄につけたイチゴ八つ橋ストラップを上回る破壊力だった。
程なく残念な兄と化した月翔九十九からもメールが届いた。
”一応、礼を言っておく。だが、覚えてろ”とだけ書かれていた。
八比呂くんには激励を、残念兄のほうには”忘れた”と打って返信しておいた。




