やっぱ兄さん(not次男)はすごい!
あの後、激戦区とは違う区域のお嬢さん方が幽のほうにやってきたので、私は宣言通り柘榴と回避行動を取った。
私のところに長居しすぎたのがおまえの敗因だ。精々逃げ惑うがいいさ。
「柘榴、なにか飲む?」
「はい」
幽のことは脳の片隅に追いやって、近くにいた給仕の人に飲み物を頼む。間もなく運んできてくれたオレンジジュースをお礼を言って受け取る。
ノンアルのカクテルとかもあるけど、柘榴に合わせて私もオレンジジュース。
柘榴とジュースを飲みながら最近の出来事とか学校のこととかを話した。
時々私たちに声をかけてくる人たちがいるけど、そういう方々には笑顔で対応。
いやあ、しかし妖精パワーは凄まじい。
パーティーには柘榴と同年代の子もちらほらと来ていて、何人か親同伴で柘榴に話しかけに来た。
内容はそれぞれ異なるけど、基本的にご両親と一緒になって柘榴を褒めちぎり、最後にダンスのお誘いをするという流れ。
もうしばらくしたらダンスが始まるから、先行予約というやつだ。
対する柘榴の対応はというと、ただにっこりと微笑むだけ。
たったそれだけで男の子たちは顔を真っ赤にさせて、思考を停止させる。
その後は再起不能となった男の子をご両親たちが回収して去っていく。
妖精の微笑み、恐るべし。
でも気持ちはわかるよ! すっごく可愛いもんね!
「京、ここにいたのね」
「艶子さん」
何人か目になる陥落者と入れ替わりに挨拶の時以来だった艶子さんがやってきた。無駄のない優雅な歩き、まさに百合の花です。
「あら、あなた……」
艶子さんが私の隣にいる柘榴に気づく。
幽嫌いの艶子さんに妹の柘榴と一緒にいるところを見られてしまって大丈夫かと思うかもしれないけど、問題ないよ!
幽と違って柘榴は純粋無垢なお菓子の妖精。艶子さんもそのことをちゃんとわかってるんだね。
柘榴のことは認めてくれています。
「葛ノ葉さん、お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりね。柘榴さん」
満面の笑みで挨拶を交わす二人。
二大ヒロインの揃い踏みで、私の心はこれ以上なく癒されているよっ。…それにしても、なんかいきなり寒くなった?
夏とはいっても夜ってやっぱ冷えるんだなあ。
二人は大丈夫かな?
温かい飲み物とか頼んだほうがいいかな?
「……ところで京」
「はい?」
あれ?
艶子さんがこっちを向いたと同時に寒くなくなったような……。
気のせいだったのかな?
「これ、葛ノ葉家の作品の近くに落ちていたのだけど」
葛ノ葉家には夏の花をモチーフにした生け花を数点、会場に活けてもらった。
熱心な艶子さんは自分ちの作品の出来を確認に行ったんだろうなあ……って、そうじゃなくて。
艶子さんが差し出してきたのはブローチだ。
真ん中に女の子の横顔が刻まれた、綺麗な細工がたくさん施されたカメオのブローチ。
「落し物よ。主催者に渡すわ。落とし主に覚え、どうせあるのでしょう?」
手渡されたブローチをじっと見つめる。
艶子さんの言う通り、確かに覚えがある。……けど。
「…艶子さん、女性絡みなら私はすべて覚えてると思ってるでしょ」
「あら、私なにか間違ったこと言った?」
「…………落とし主に届けてきます……」
反論してもきっと返ってくるのは生返事だけでしょうから、大人しく口チャックします。
べっ別に反論できないとか、そういうわけじゃないんだからね! 勘違いしないで!! ……一体、なにキャラだ私は。
艶子さんに柘榴を任せて、私はひとり旅へ出ました。
険しい道のりだった。
途中、何度も荒波(ダンスの先行予約)にもまれつつも私は目的地へとたどり着いたのだ。
「梓川さん」
声をかけると二人の女の子と執事っぽい男の人が振り返った。
お揃いの水色のドレスを着た、顔もそっくりな女の子。梓川アリアさんとマリアさんだ。
二人とも顔が真っ青で、涙で目が潤んでいた。
ブローチを失くして不安だったのが一目でわかる。
これは、早く返してあげないとね。
「落し物ですよ」
私は胸元にブローチがついていない、活発な印象を与えるアリアさんに比べて落ち着いた印象のマリアさんの方に渡した。
「こっこれは…わたくしのブローチですわ!」
「生け花の前に落ちていたのを葛ノ葉艶子さんが拾って私に届けてくださったんです。見つかってよかったですね」
「よかったね、マリア!」
ブローチを受け取ったマリアさんはとても安堵した様子でブローチを握りしめ、そんなマリアさんにアリアさんもよかったねと満面の笑みを浮かべる。
「京さま、本当にありがとうございます」
執事さんが目尻に皺を寄せてお礼を言ってきたので、私は首を振った。
「いいえ、私は届けただけです」
すべてのお手柄は艶子さんに帰属する。当然だよね!
実際、私本当に届けるしかしてないし。
「そんなことはありません。この大勢の招待客の中から迷うことなくお嬢さまにブローチを届けに来てくださったということは、本日いらっしゃっている方々をすべて記憶されていたということでしょう。さすが狩矢様のお嬢様でございますね」
にこにこと大げさに褒めてくれる執事さんに「そんなことありませんよ」と言いながら、内心冷や汗がだらだら流れてる。
そんな過大評価やめてください! 覚えてるわけないじゃん!
梓川さんたちのブローチを覚えてたのだって偶然だよ!?
双子の可愛い女の子がお揃いのブローチつけてる~か~わい~くらいの認識だったよ!
だから執事さん、あなたの名前、聞かれてもわからないからね!
ぼろが出る前にさっさと退散しようかな……。
「あっあの、京さま!」
そろそろとお暇しようかなと思っているとマリアさんに呼び止められた。
「お礼を申し上げるのが遅くなってしまい、申し訳ありませんわ……」
「ブローチを届けてくださったのに大変な非礼を……ごめんなさい」
「ブローチを届けてくださりありがとうございます」
最初がマリアさん、次がアリアさんで最後は二人で異口同音に言った。
やっぱ双子だなあと感心しながら私は口を開いた。
「お礼なら艶子さんに言ってあげてください。私は本当に、なにもしていませんので」
「いいえ、そんなことありませんわ」
「でも、艶子さまにもお礼を申し上げたいです!」
「京さま、どちらにいらっしゃるかご存じですか?」
「ええ、わかると思います」
艶子さん、場所移動してるかな……。
でも、たぶん近くにはいるよね。
二人に頼まれて私は彼女たちを艶子さんのところまで案内することにした。
道すがら彼女たちと少し話をした。
二人は窮聖館の初等部に通っているらしい。
ヒーローズの情報を入手するチャンスかなと思ったけど、生憎月翔九十九以外のヒーローズの名前を私は覚えていない。かわりに学園で人気のある人はいるかとそれとなーく聞いてみた。
けど成果はなし。
あがった名前にどれも聞き覚えはなかった。
まだ窮聖館に通っていないのか、それとも直接会わなければ思い出せないのか…。
うーん、ままならない。
先ほど艶子さんと別れた場所まで戻ってきた。
さーて艶子さんはーっと……。
「あっ京様、あちらの方が艶子さまですか?」
辺りを見回して艶子さんを探していると先にアリアさんが見つけたらしい。アリアさんが手で示した先には、確かに艶子さんの姿があった。
「ああ、そうで…す……」
笑顔で首肯したまま、私は絶句する。
とんでもない場面に遭遇してしまったという思いが胸に去来する。
艶子さんと幽が満面の笑みを顔に張り付けて対峙している。
ザーッと血の気が引いていく音が聞こえた。
う……うわああああああああぁ………っ!!!
最悪のタイミングで戻ってきちゃった!!!
そりゃ同じパーティー会場にいるんだから、いつかは出くわしてもしょうがないかなって思ってたけどさ。せめて私が一緒にいるときに出くわしていてくれたら、幽のほうを追い返してなんとかしたのに!
今、とてもじゃないけどそんなことできそうな雰囲気じゃない!
二人とも、笑顔なのに空気が冷え切ってる。ブリザード級の冷気があの二人中心に渦巻いてるよ!
周りのそんなこと知りもせず微笑ましげに眺めている人たちが羨ましい。彼らはご令嬢とご令息が仲睦まじく談笑しているとしか思ってないんだから!
よく見たら二人の近くに月翔九十九と弟くん、柘榴の姿があった。
柘榴はきょとんとした顔で、月翔九十九と弟くんは若干引きつった顔で二人の成り行きを見守っている。
やばい、今、私の前に”戦う、逃げる(月翔九十九に任せる)、見守る(現状維持)”っていう選択肢が表示されてる。
気持ち的には逃げるか見守るなんだけど、どうしよう!?
「あの、京さま……?」
「…え、ああ、すみません。少しぼうっとしていました」
または現実逃避とも言うけどね!
「構いませんわ。それよりも、あの…艶子さまと対面していらっしゃる方……確か、冥間家の」
「ええ、幽…………さ、まです」
うえ、幽に”さま”って……鳥肌立った。
奴が…もとい彼がどうしたんですかと尋ねるとマリアさんはやや言いにくそうに口をもごもごさせた。
「彼がというよりあのお二方なんですけど………もしかして仲が」
「お二人は仲が悪いんですか?」
マリアさんの言葉を遮りアリアさんが単刀直入に聞いてきた。
あまりにはっきりと言うので、場所を忘れて目を瞬いてしまった。
アリア! はっきり聞きすぎですわ! もっとオブラートに包みなさい!
痛い痛い! マリア、痛い!
一見、双子の姉妹が仲良さげに手を取り合っている図。
だけどその実、マリアさんは微笑みながら小声でアリアさんを叱責し、手の甲をつねっている。アリアさんはつねられていないほうの手を口に添えて隠しながら、マリアさんへ痛みを同じく小声で訴える。
ハイレベルすぎるお嬢様の誤魔化しに私は感動を覚えた。
まあ、感動したのはそこだけじゃない。内情を知らない彼女たちが艶子さんと幽の冷戦に気づくなんて、よほど鋭いとしか言いようがない。
それにしてもアリアさんはなかなかはっきりと物を言うな。
「お二人が感じた通りですよ」
私は念のためオブラートに包むけどね。
「まあ、そうですの……お礼を申し上げたかったけど、改めたほうがいいかしら……?」
「え、なんで? ……いたっ」
マリアさん、無言でアリアさんの手の甲をつねりあげる。
はっきりわかった。
マリアさん、空気が読める。アリアさん、豪胆。
もちろん今回、私はマリアさんの意見に賛同しますとも!
「そうですね。お取込み中のようなので、改めましょうか」
悪いね、月翔九十九。
キミなら大丈夫だって信じてるよ!
二人と一緒に置いてきた執事さんのところへ私もご一緒しよう踵を返す。
「狩矢!」
が、一歩遅かった。
月翔九十九に気づかれ、呼び止められた。
ぐぎぎぎぎとまるでブリキの玩具になったかのように、硬い動きで振り返る。
……みんな、こっちを、みてる…よ?
うひゃいっバレた!
月翔九十九を見捨てようとした罰が当たった!
にっこりと不気味なくらい笑顔の艶子さんと幽がこっちを見てる。
笑ってるのに視線が剣呑すぎて生きた心地がしない。あの二人、きっとにらみ合いで猛禽類に勝てる!
「あら京、戻ってきたのね。今、幽さまとお話していたところよ。あまりに楽しくて時間を忘れてしまっていたわ(戻ってくるのが遅いわ。この不愉快な男、叩き潰してもいいわよね)」
「それは恐縮です。僕もとても有意義な時間を過ごさせていただいていますよ(やれるもんならやってみれば?)」
外面だけ見ればただの紳士淑女。だけど私の耳には二人の副声音がはっきり聞こえた。
エマージェンシー! エマージェンシー!
誰か私の心の救難信号を察知して助けにきてください!
月翔九十九はダメっぽい。彼はさっきからおまえがなんとかしろって目で訴えてきてる。
ああ、ワルツの音が遠くに聞こえる……。
ダンス正直嫌いだけど受けておけばそれをダシに逃げられたのに…!
後に悔いるから後悔! 昔の人はよく考えたもんだと、今は感心してる場合じゃない。
二人の笑顔の圧力に脇目もふらず逃げようかと本気で思い始めた刹那、救世主が現れた。
「艶子さん、よろしければ僕と踊っていただけませんか?」
突如として現れ艶子さんに手を差し延べたのは、なんと扇兄さん!
予期せぬ兄さんの登場に私たちは顔には出さず唖然とする。
「まあ、扇さま……」
「いかがですか?」
兄さんは輝くような笑顔で艶子さんに問う。
艶子さんと幽に夢中で気づかなかったけど、周囲には兄さんについてきたと思しきお嬢さん方が二人を落ち着かない様子で窺っている。
この状況で艶子さんが兄さんの誘いを断るなんてことはまずない。
「扇さまにダンスのお誘いをされて断る女性はいませんわ」
「光栄です」
艶子さんは兄さんの手を取り、二人はそのままダンスが行われているホールのほうへ歩いていく。
去り際に兄さんは私のほうを向いてにこっりと神々しい笑みを残していった。
に……兄さーんっっ! 私の心の救難信号、察知して助けに来てくれたんだね!
兄さん最高! 兄弟じゃなかったら絶対今ので恋してた!
兄さんのおかげで残された私たちの方針も決定した。
残されたお嬢さん方が、同じく残された男性陣(幽・月翔九十九・八比呂)にターゲットを変更した。
幽はどうとでもなればいいが、月翔九十九と弟くんはさっき見捨てようとした罪悪感があるから助けねば。幸い、こちら女性四人(私・マリアさん・アリアさん・柘榴)であちら三人。
私はぼっちでも全然問題ない。むしろぼっちでいい。
お嬢さん方が行動に移す前に先手を打たないと。身長的に柘榴は弟くんに任せよう。
マリアさんとアリアさんは月翔九十九と不本意だが幽に任せる。
私は彼女たちにダンスを申込みにいけと全力で目力に込めて促した。二人とも渋々といったていで了承した(幽は何様だ)。
「よろしければダンスを踊っていただけますか?」
「…はい!」
先に動いたのは幽。幽が声をかけたのはアリアさんのほう。
アリアさんは一瞬幽の顔をじっと見つめて、笑顔でうなずいた。
幽の割に声をかけたほうは悪くない。アリアさんは豪胆だから幽相手でも大丈夫だろう。
残るはマリアさんだが、ここで予想外の事態が発生した。
「失礼ですが、僕とダンスを踊っていただけませんか?」
「え?」
マリアさんを誘ったのは、月翔九十九ではなく唐突に現れた円。
円もお嬢さん方の猛攻から逃げ惑ってきたらしい。そこで私の隣にいたマリアさんを私の知り合いだと思って、安全牌と踏んで声をかけたのだ。
このウルトラKY兄め!
マリアさんは主催者の息子の誘いを断れるはずもなく了承。ほっと安堵してホールの方へ移動しようとする円の足を歩くふりをして思いっきり踏みつけてやった。
私の計画を台無しにした報いだ。
声をあげることも顔色を変えることもできず、必死に痛みをやり過ごした円は私を一睨みしてホールのほうへ消えていった。
最後に残ったのはぼっち決め込んでた私と先を越された月翔九十九。
ほぼ同時に彼と目を見合わせた。
「…どうする?」
「やるしかないだろ」
ぶっきらぼうに言って手を差し出してくる。
私も諦めて月翔九十九の手を取った。
「先に予告しとくね。たぶん、足踏むから。踏んだらごめんね」
「予告するくらいなら踏まない努力をしろよ。踏んだら踏み返すぞ」
「努力してもダメだから言ったんだよ。あと、私サンダルだよ。キミ革靴でしょ。踏まれたら確実に私のほうが痛いでしょ」
「踏まれたくないなら踏まなければいい」
「……努力は認めてよ」
「さあな」
月翔九十九と言葉の応酬をしつつホールの煌びやかな集団に加わるべく、月華と夏の花々に彩られた庭園を後にした。
パーティー編、終了です!




