設定と違うと怖いです。
来場者もまばらになってきて、そういえば月翔九十九がまだ来ていないなとはたと思い出す。
欠席者名簿には載っていなかったからそろそろ来るかなと思った丁度その時、月翔九十九たちが来場してきた。
彼らの姿を見とめ、私はTPOも忘れて目を見開いた。
「こんばんは、狩矢さん。私は月翔十夜と申します。隣は妻の那波と長男の九十九、次男の八比呂です。こうしてお話をするのは初めてですね。本日はお招きいただき、感謝いたします」
私たちの前までやってきた月翔九十九のお父さんは、誠実そうな微笑を湛えながら家族を紹介し、丁寧な挨拶を述べた。紹介に伴って九十九や奥さんたちは綺麗に一礼する。
わあ、やっぱり月翔九十九の両親美形だわあ~と感心する余裕は私にはない。
両親が恐縮ですと月翔九十九の家族に挨拶を返すのを聞きながら、不自然ではない程度に弟と紹介された八比呂くんを凝視する。
月翔九十九に似た容姿、色彩を持つ弟くん。
違いといえば八比呂くんのほうが月翔九十九よりも瞳の色が濃いことくらいだろう。
まあ、そんなことはどうでもいいが。
疑問なのは、なぜ”月翔九十九”に弟がいるのかだ。
公式では”月翔九十九”は一人っ子という設定だったはずだ。私の”狩矢京”と違ってヒーローズはきちんとプロフィールが公開されていたので、間違いない。
原作と現実の差異か……。
それが今後、どんな風に影響してくるかわからないから怖いな。
特に”月翔九十九”は他にもヤンデレ化しているヒーローズがいるにも関わらず、公式が唯一ヤンデレだと明言していたキャラだ。
弟くんの存在が月翔九十九にどういう影響を与えているのか、わからない今は慎重に様子を見たほうがいいかな。
下手に地雷を踏んだら私の命が危うい。
頭の中で今後の方針を考えているとふいに弟くんと目が合った。
とりあえず、にっこり笑ってみた。
弟くんも笑みを返してくれた。ただし、若干引きつってたけど。
まだまだパーティー慣れしていないと見える。
それに引き換え、月翔九十九は常の仏頂面が嘘のような柔らかみのある微笑を顔に張り付けている。普段の彼を知っている私から見ても完璧な笑みだ。
弟くんもちらっと兄を見上げて、複雑そうに顔を逸らした。
ん?なんかちょっと違和感……。
「京」
「……っはい」
なんとなく気になって弟くんを観察していると突然父さんに呼ばれた。慌てて、けど平静を装って返事をする。
「お客さまへのご挨拶も落ち着いてきたことだし、おまえは九十九くんと八比呂くんに庭園をご案内して差し上げなさい」
……え、いじめ?
一瞬、本気で疑ってしまったじゃないか。
だって周りをごらんよ。
お嬢さん方が月翔九十九たちが主催への挨拶を終えるのを、今か今かと列を作りそうな勢いで待ちわびているじゃないか。
この中を私と月翔九十九と弟くんの三人で歩けと言うのかい、父よ。
私への風当たりが台風並みだよ。むしろふっとばされてぺっしゃんこにされてしまうよ。
いや、父さんの狙いも一応は理解できる。
私が月翔九十九のお嬢さん除け(一応)に使えるのと一緒で、彼らを私の男子除けに使うつもりだ。
私にもだがほんのりと待っているような感じの男子がちらほらいる。おそらくは親にけしかけられたんだろうね。
ああいうのは血縁者男性では防げないから、まだ友達である男子に任せたほうがマシと考えたんだろうな。
父さんも周りのお嬢さん集団に気づいてるし、月翔九十九がああいった手合いにうんざりしているというのも私の話を聞いて知っている。
ギブ&テイクを成立させて後腐れなくするつもりだ。母さんの尻に敷かれているだけの父さんではない。
けど、いっそ周りの男子たちを相手にするほうがマシなんだけどな……。
「はい、わかりました」
断れるような状況でもうまい断りの言葉も思いつかないから引き受けますけどね。……はあ。
だが期待してくれるなよ。
私如きが周りのお嬢さん方の猛攻を食い止められるとは思わないから、失敗しても文句言わないでね。
「京さん、息子たちをよろしくお願いしますね」
「はい。きちんとご案内できるか不安ですが、精一杯頑張らせていただきます」
こうして、私たちは送り出されたのであった……。
にしても兄さん「頑張ってね」って激励してくれたのは嬉しいけど、妙に笑顔に威圧感があったのは気のせいかな…?
今からの任務が憂鬱すぎてネガティブになってんのかな?
うん、きっとそうだな。
腹くくって頑張りますよ。
「では、こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
「…ありがとうございます」
一声かけて歩き出す。
案内する都合上、私が彼らを伴う感じで庭園まで行くことになる。
私と月翔兄弟が一緒に歩きだしたことに、半分くらいのお嬢さん方が落胆の様子を見せ、もう半分が面白くないような顔をしていらっしゃる。
いや、父親命令だよ。決して好きで伴ってるわけではないのよ、そこのとこご理解いただけると嬉しいですっ。
なんて心の中で叫んでもお嬢さん方に届くはずがなく、私の胃はキリキリと悲鳴をあげるのです。ほろり。
月華祭は夏の花々を鑑賞していただくために立食パーティー形式をとっている。
庭園をぐるっと囲むようにヒマワリ、アスター、芙蓉、ダリア、夏水仙などが咲いていて、お客さんは思い思いの花を観賞している。
今回庭園に咲いている夏の花は名前とちょっとしたことなら言えるぞ。
でも深く追及してこないでね。カンペがないと喋れないから。
まあ、月翔九十九に花の詳細なんて聞かれないだろうし興味もないだろうから、花はスルーして噴水のほうへ行きます。
噴水には睡蓮の花を浮かべてある。
本当は蓮も欲しかったんだけど、蓮は午後の三時くらいには花が閉じちゃうんだって。残念。
さて一応”案内”という名目だから噴水に浮かべてある花を紹介している風を装ったほうがいいのかな。睡蓮を指さして彼らの注意を引き、会場に背を向ける。
よし……。
「それで、どうすればいいのかな?」
「俺に聞くなよ」
いつもの調子で尋ねると月翔九十九もいつもの調子に戻って私の発言をばっさりと切り捨てた。弟くんは突然態度が豹変した私になんだか驚いた顔をしているけど気にしない。
「あ、お腹空いてる?料理でも食べる?生憎デザートのところはお嬢さん方がたくさんいるから、僕にとってもキミたちにとっても苦しい戦いになりそうだけど」
花の紹介をしているフリをしてデザートテーブルのほうを指し示す。それに合わせてちらりとデザートテーブルのほうに視線を向けた月翔九十九は、一瞬顔を顰めて首を横に振った。
まあ、あんな激戦区に好んで特攻仕掛ける人は早々いないよね。
イチゴのさっぱりしたゼリーもあったのに、残念だね。
「あの、お…僕は取りにいってきます」
「え」
「…なら、俺たちも一緒に」
「僕ひとりで大丈夫です」
弟くんは月翔九十九の言葉を遮り、私に「失礼します」と頭を下げると激戦区へ行ってしまった。
弟くん勇者か。あの激戦区に特攻仕掛けようだなんて。…なんてそんなわけないか。弟くんにとってここより激戦区のほうがマシだったという話だろう。
横目で月翔九十九を盗みみると、激戦区に特攻していってもみくちゃにされている弟くんをどこか心配そうな目で見ている。
「…ちょっと俺も行ってくる」
仕舞いには彼もそう言って、弟を追って激戦区へ行ってしまいました。
けど、正直火に油。月翔兄弟がそろったことに歓喜したお嬢さん方でさらに大変なことになっている。
いつもの月翔九十九なら、そのくらいわかりそうなものなのに……。
なんというか、この兄弟の関係性、早くもわかった気がする。
弟を想ってるけど一方通行な兄。兄が苦手で避けまくってる弟。見るからにそんな感じ。
弟くんはなんで月翔九十九を避けてるのかな?
苺キチにドン引いたとか?
違うなあ。なんというか、もっとこう弟くんの内から来てるような……。
「劣等感?」
そうそう、そんな感じ……って。
「背後から突然現れるな」
「気づかない奴が悪いんじゃん?」
噴水に突き落としてやろうか、この幽。
「京姉さま、来客の方へのご挨拶終わったんですね」
不言実行しようか悩んでいると幽の後ろからひょっこりと妖精が現れた。
妖精に免じて許してやろう。感謝しろ。
「うん。友達を案内するという名目で解放してもらったよ」
その友達も今は激戦区へ行ってしまったけどね。
「そういえばおまえの周りにも大勢のお嬢さんがいたっけな。彼女たちはどうした?」
返答次第では私は妖精を連れて逃げるぞ。
「お兄さまに群がっていた方々なら、お兄さまが甘い物が食べたいなと言ったらあちらへ行ってしまいました」
無邪気な笑顔で妖精は激戦区を指さした。
あそこをあんなにも激戦区にした元凶の一旦はおまえだったのか……。
そして柘榴! 妖精が”群がる”って……!
「幽、おまえのせいで柘榴が悪い影響を受けてるじゃないか。今すぐ性格を百八十度改めろ。壁に頭ぶつけるとかして」
「そうやってなんでもかんでも俺のせいにすんのやめれば?こいつはもともとこんなんだぜ」
妖精に向かってなんていうことを言うんだ!
柘榴がおまえと同じような性悪な性格をしているわけがないじゃないか!
そう反論したら呆れた顔で大仰に嘆息された。
む…ムカつく……!!
「…幽、そろそろデザートを取りに行ったお嬢さん方が戻ってくる頃だな。いやあ、気づかなくて悪かった。私は柘榴と一緒に向うのほうへ行ってるから精々楽しめ」
今、幽に制裁を加えることはできない。
だからその分を込めて、私の本日のパーティー一番と断言できる爽やかな笑みを張り付けて精一杯の嫌味を言ってやった。
精々戻ってきたお嬢さん方にもみくちゃにされるがいいさ!
いい気味だと笑う私を嘲笑うかのように、幽は不敵に口角を吊り上げた。…なんだ、その顔は。
「心配しなくても戻ってこねえよ。…新しい玩具を見つけたみたいだからな」
そうしてついと激戦区へ視線を向ける。
玩具って……もしかしなくとも月翔兄弟か。
確かに激戦区のお嬢さん方は月翔兄弟に夢中でこちらへ来る兆しはない。
むしろ先ほどまで追いかけていた幽が今は私と一緒にいるせいか、お嬢さん方は目の前にいるフリーの月翔兄弟に狙いを移行したように見える。
こいつ……狙ってやったな。
弟くんと月翔九十九がデザートテーブルに行くのを見て、あえて私のほうに寄ってきたな。……本当に、友達を玩具っつったりお嬢さん方を押し付けたり。
改めて実感した。
幽、最悪だわ。
「おい、なにオレを人でなしでも見るような目で見てんの?」
「まさしくそうなんだけど」
「心外だ。そもそも、普段の月翔ならあのくらい上手く躱すだろ」
「……まあ、そうだな」
そう、そうなんだよ。
普段の彼ならあの人数でも上手に躱して見せるだろう。なのに、今日に限ってもみくちゃにされている。
「…上手く躱せない弟クンのために残ってんのか。見た目に寄らず健気だな。まあ、片思いみたいだけど」
なんでこいつはこう莫迦にした風にしか言えないかな。
少しは嫌味も皮肉も抜きにして言葉にしてみようとは思わないのか。
「……そういえば、さっき”劣等感”とかなんとか言ってたな」
私が弟くんが月翔九十九を避ける理由を考えていた時だった。
突然現れた幽は私の思考を読んだかのように”劣等感”と口にした。
「見るからにそんな感じだろ?」
…まあ幽の言う通り、月翔九十九に庇われるたびに弟くんはどこか複雑そうに顔を顰めている。
相手のコンプレックスを的確に見抜くことに長けた幽がそう断じたのなら間違いないだろう。…一番幽が持ってちゃいけない能力だな。
弟くんが劣等感か……。
”月翔九十九はなんでもできてしまうがゆえになんにも執着が持てなかった”っていうのがゲームの設定で、現実でもほぼその通り。
弟くんの能力がどの程度かは知らないけど、万能型の兄を持ったらいちいち比べられたりするのだろうか?
私は兄二人と比べられたことはあまりないな。
円に劣等感を感じるとかまずないし、扇兄さんは尊敬の対象だからそんな感情抱きようもない。
円はどうなんだろ?
扇兄さんに劣等感とか持ってるのかなあ。
今度聞いてみようかな……。
「ちなみに俺はない」
「おまえがそんな繊細な心を持ってたら逆に驚くわ」
黙ってなさいよ。
「私も”劣等感”ないですっ」
私たちの話に反応した柘榴は、両手を合わせて妖精の微笑を零した。
話に混ざりたかったのか、可愛い……。
言葉の意味、わかってるかわからないけどとにかく可愛い。
「うんうん、柘榴は当然だよ。こんなのに劣等感を感じる必要なんてないよ。むしろ感じちゃダメだよ。柘榴はそのまま育ってね」
決して幽(悪魔)に侵されてくれるな。
セットを崩さないように髪を撫でると、柘榴はまたいい笑顔で「はいっ」と返事をした。
隣で幽が「おいっ」とツッコミを入れてきているが、おまえがツッコミを入れる資格はないわ。
それにしても弟くんが劣等感か……。
今後のことを考えて、なにか対策を考えるべき?
二話で終わらせるはずが終わらなかった……!
パーティー編、次まで続きます。




