何気に一途で驚きました。
六歳の誕生日に前世の記憶を取り戻した私は、さっそくBAD END回避のための行動に出た。
なによりまず先に、強姦未遂事件をなんとかしなくてはいけない。
”狩矢京”が何歳の時にその事件に遭遇したのかわからない以上、早いうちに強くなって、いつその時がきてもいいように備えておかなくてはならないのだ。
だから、父になにか武術を習わせてくれと頼みこんだ。
その結果、惨敗。
何気に娘を溺愛している父は、私が傷つくかもしれないことを極端に嫌がるのだ。
いや、そんな場合じゃないよ父!
それ以上に傷つくかもしれない事態が待ってるんだってば!
私の必死の願いもむなしく、道場通いは認められなかった。
どうしよう、初っ端からピンチなんだけど。いっそ我流で頑張る?
庭の木とか番犬とか相手にしたりとかして……。
……どっちも後々大変なことになりそうだからやめておこう。なにより、後者は私の命が危ない気がするし、相手をさせられる犬も可哀そうだ。
「よお、京。廊下の中心でなにうずくまってんだ? 腹でも壊したか?」
本格的に行き詰まり、悶々と悩んでいると、頭上からデリカシーにかけた言葉が降ってきた。
すぐに声の主が誰かわかった私は、自然と半目になりながら振り向いた。
そこにいたのは、顔は整っているのに如何せん性格が残念すぎる私の兄だ。
名前を狩矢円という。
ゲームでは”狩矢京”の家族関係について明かされなかったが、どうやら兄が二人いたらしい。円はそのうちのひとり、二番目の兄だ。
あの男嫌いの”狩矢京”に兄が、しかも二人もいたというのには驚いた。
シナリオライターさんは、なぜあえて二人も兄を据えたのだろうか?
それともライターさんが考えたわけではなく、この世界では自然とできてしまっていたのだろうか?
今となってはわからないが、とりあえず言いたいことがある。
”狩矢京”の男嫌いの原因は強姦未遂事件が発端だとあったが、この兄もその一端を担っているのではないだろうか?
いや、担ってる。絶対、担ってる。
だって、この兄ときたら隙あらば私をからかってくるわ、小学生レベル――実際、円は小学生だが――の悪戯を仕掛けてきたりする。しかも、私の反応を見て楽しんでいるのだ。本当に性質が悪い。
あ、言っておくけど一番上の兄さんは好きだよ。円のようにからかわないし苛めてこないし、むしろ優しいし甘やかしてくれる。
本当に円とはえらい違いだ。あの兄を得てどう間違えたらそんな性格になるのか、甚だ疑問である。
私のもんのすごい嫌そうな視線を受けても意に介さず、むしろ実に楽しそうに口角をあげて、同じように膝を折る円。
だが、あくまで私より少し高い位置の目線はキープしている。
このままタックルを仕掛けて頭したたか打ち付けさせてやろうかと、本気で思った。
実行に移さなかった私を、どうか褒めてくれ。
「さっき親父になにか必死に頼んでたよな? なに頼んでたんだ?」
――と、私の片方の頬を引っ張りながら尋ねる円。
見てたのか、この円。というかこの円、私に喋らせる気はあるのだろうか。いや、ない。
あったとしても、呂律の回らない私の言葉を面白がるに決まっている。
返事の代わりに冴え冴えとした視線を送ってやると、円は眉をしかめた。
「…なんだ? いつもは泣きわめきながら怒鳴ってくんのに、今日は随分と大人しいな」
当然だ。もう五歳児の精神ではないのだ。
前世の記憶を取り戻した私は、外見は六歳児かもしれないが、中身は成人したれっきとした大人である。
もうこの程度で泣きわめくわけがない。
熱でもあるのかと、自分の額と私の額を合わせて熱を測る円。
…このまま頭突きを食らわせたら面白いことになるだろうか。
いや、試さないよ。円だけだけどシリアスっぽい雰囲気になってんのに、そんなことしたら完璧、私KYだしね。
あと、本人なりに私を可愛がっているつもりだというのも理解している。方向はかなりねじ曲がっているが、時折このように私の身を心配してくれる。
…心配する基準にムカつくものがあるが。
だから好きではないが、憎めない兄だ。
「熱はねーなー……じゃあ、なんだ? あ、おやつ食い足りないとか? だから拗ねてんだろ? しょーがねーから食わせてやるよ」
勝手に、しかも間違った理由で自己完結した円は、私を抱えて――しかも俵担ぎだ。女の子をなんと心得るかバカ兄め――歩き出した。
向かう先は、おそらく円の自室だろう。
言っておくが、私はお腹が空いているわけではないし拗ねているわけでもない。ただ単に、円に娯楽を提供してしまうのが嫌なだけだ。
だがしかし、貰えるものは貰っておこう。
着いた円の部屋で、円が学校帰りに買ってきたスナック菓子を頬張る。ちなみにポテトチップスだ。
前世では好きなお菓子のひとつに入っていたのだが、今生では父がこういったお菓子をあまり食べさせてくれない。父は私に対して過保護すぎだと思う。
円は私の頭を撫でているとはとてもじゃないが言えない手つき――あえて言うならこする――で、やっぱり腹減ってたんだなと満足気だ。
痛いし髪がぐちゃぐちゃになる。が、私は大人。
文句は言わず、黙々と献上品を食べる。
食べながら、円に中断させられた今後の方針を考えよう。
父には断られてしまったが、もう一度、今度は泣いて頼めばどうにかなるだろうか。父は私には弱いから、泣きわめけば聞き入れてくれるかもしれない。
それがダメだった場合、ほかの方法を取らなきゃいけないことになるわけだが、そうしたら厄介だ。
木と番犬はダメだ。トレーニングルームもあるにはあるが、今の私ではなんでも手が届かないし、そもそも動かせない。
いっそのこと円に喧嘩でも吹っかけて、無理やり相手にさせてやろうか……。
……半ば自棄のように考えたが、案外いいかもしれない。
アウトオブ眼中すぎて忘れていたが、そいえば円は空手を習っているのだった。
ホント忘れてた。円のことに興味なさすぎだろ私。
いきなり瞳を輝かせて円を見上げた私を見て、円はからかうように言った。
「なんだ? やっとお兄様を尊敬するようになったか?」
たかがお菓子で兄を尊敬するようになるとか、円の中で私は一体どんだけ食意地が張った性格になっているのか。
あと、自分でお兄様とか言うな。キモい。
が、ここはぐっと我慢する。
「まどか!」
「ん? ってか、呼び捨てかよ。せめて兄つけろよ、それか様な」
「バカまどかにいさま!」
「バカは余計だ」
要望にすべて応えてやったというのに、我儘なバカ兄だ。
「からておしえて!」
「はあ?」
突拍子もない私のお願いに、面食らった様子の円。
「なんで……って、ああ。さっき親父に却下食らってたのはこれか。親父、おまえには無駄に過保護だからな」
「そう。だからダメだって。だからおしえてくれろださい」
「なにそれ敬語? つーか、敬語になり切れてねえし」
いや、ちょっと円に敬語を使うとか私のプライドが許さなかった結果というか。そういうことだよ。
「ほら、頼みごとをしたいなら、まずは『教えてください。お願いします』だろ?」
円は私をからかう時用の笑みを浮かべた。
私はすっと目を細めた。こういう時のためにとっておいた奥の手を使う時がきたようだ……。
「すきなこに『よわいおとこはイヤ』っていわれたのがりゆうで、からてをはじめたことみんなにバラす……」
「なんでおまえが知ってんだよ!? 親父にも兄貴にすら言わなかったのに!!」
ふはははははははははっ!
どうだ、恐れ入ったか! 私のことを甘く見てるからこうなるのだ!
え、私が知った理由?
円が友達にメールしたのをたまたま見ただけだよ。
あの時は意味わからなかったけど、前世の記憶を取り戻した”今”の私ならば理解できる。
今の私は、某探偵漫画のキャッチフレーズ”見た目は子供、頭脳は大人”と同じなのだ!
恥ずかしさと悔しさで悶絶する円を、したり顔で見つめてやる。
前世の記憶バンザイ!
普段、なにかとやられているので意趣返しだ。
「あー……仕方ねえな。オレはまだ通い始めて一年しか経ってねえし、あんま教えられることはねえよ。代わりに、オレも一緒に親父に頼んでやる。それでいいだろ?」
その代わり絶対言うなよと念を押してくる円に、コクコクとうなずいて了承の意を示す。
いよっしゃ! 協力者――と書いて”下僕”と読む――ゲットだぜ!
円曰く、一番上の兄も巻き込んだほうがいいとのこと。あと、やっぱり泣き落としは必要らしい。
うむ、心得たぞ。
かくして私は二人の兄たちの協力と、六歳児とは思えない名演技――実際、六歳児じゃないし――で、見事かたくなだった父を陥落させることに成功したのだった。
持つべきものはげぼ……げふんげふん、兄である。
ちなみに余談だが、あとで円に空手を習いたい理由を聞かれた。まさかきたるべきロリコンとの戦いのために、だなんて言えないから誤魔化した。
深く追及してこようとしたので、例の話――弱い男云々――で黙らせた。
女として、兄にひとつ助言をしてあげよう。
しつこい男はモテないのだよ。
読んでいて気になった点や間違った使い回しなどあったら、指摘していただけると嬉しいです。
*8月7日、サブタイトル変えました。