そういえばどうなった?
夏休みに入って程なく、綾里さんと茅島さんから一緒に夏祭りに行かないかと誘われた。なんでも茅島さんの家の近くの神社で毎年お祭りが開催されるらしく、それに宿泊学習で同じ班になったメンバーで行こうということらしい。
夏祭りという心惹かれる響きに、思わずその場で了承しそうになった。
行きたい……ッもんのすごぉーく行きたい……!!
夏祭りなんて前世で高校生だったときに行ったっきりだよ!
もちろん今生では一度も行っていない。
懐かしいなあ。
屋台のリンゴ飴やチョコバナナ、フランクフルトに焼きそば……久しぶりに食べたい! そんでもって射的にヨーヨーすくいや金魚すくいなんかもやりたい!
ちょっと思い出すだけで、もう頭の中は夏祭り一色。それ以外のことが考えられない。
だがしかし、今年は例年にも増して忙しい。母さんから狩矢家主催のパーティーを開くと聞かされてから、私もみんなに交じって準備を手伝っている。
この忙しいときに夏祭り行きたいなんて我が儘、言いにくいよなあ……。
「行ってきていいわよ」
それでも行きたい思いが募って願った決死の嘆願は、意外にあっさり聞き届けられました。
「え…いいんですか? 準備とか……」
「大まかなことは私たちやスタッフがいれば問題ないし、扇も円もいるから大丈夫よ。夏休みなんですもの、好きに遊んでらっしゃい」
「ありがとうございますっ」
おお、母よ!
今日は聖母の如き微笑が一段と輝いてみえるよ!
「……野暮用を思い出した」
「ああ、父さん。言わなくてもわかってると思いますけど、このクソ忙しいときに黒服さんたちに無駄な労働させないでくださいね」
いそいそと動き出そうとする父を制す。野暮用なんて言って、本当は自分の黒服たちに夏祭り当日の私の護衛をさせようと思ったのは明白だ。
「しかしだな……」
「しかしだなじゃないです。夕方とはいえ夏なんです。暑いんです。黒服の正装、基本長袖長ズボンじゃないですか。そんなんで夏祭りの人ごみにもまれたら汗だっくだくになっ脱水症状で倒れます。周囲の景観にも合ってないんでやめてください」
「なら私服なら……!」
「ダメに決まってんでしょうが。友達と行く夏祭りに親ならぬ黒服同伴なんて聞いたことありません。絶対にやめてください。もしやったらパーティー以後一ヶ月、口ききませんから」
「…………!!」
なおも食い下がる父にしっかりと釘を刺す。このくらい言っておかないと、私に内緒で後をつけさせるくらいするからな。
夏祭りに黒服集団なんて、友達もお客さんもビビるじゃないか。そして(悪い意味での)注目の的。歩けば避けるように割れる人垣。……最悪だ。
楽しい楽しい夏祭りが一変してお通夜なんて、死んでもごめんだよ。
それに黒服さんにも悪いしね。ま、彼らもプロだから脱水症状を起こすなんてヘマしないだろうけど、あの格好見ているこっちが暑いんだ。
さてさて母さんの了承も得られたことですし、茅島さんに連絡を入れますかねえ。ケータイを取り出し、電話帳でカ行の欄で茅島さんを探す。
その過程で見つけた”葛ノ葉艶子”の名前に目を留める。
そうだ、艶子さんは……?
艶子さん、たぶん夏祭りに行ったことないだろうし、誘ってみるのもいいかも。なにより私が一緒に行きたい。
夏休みに入っていっそう習い事が忙しくなって時間とれないかもだけど、聞くだけ聞いてみよう。
艶子さんに電話をかけて夏祭りのことを話し、一緒に行かないかと誘ってみた結果、まさかのOKを頂きました!
この喜びを表現したくて「”歓喜の歌”を歌ってもいいですか?」と尋ねたら、光の速さで却下されました。残念。でも嬉しいからなんでもいいや!
ルンルン気分で当日のことを話し合っていると、艶子さんに夏祭りに誘ってくれた友達に許可を取らなくていいのかと聞かれた。
しまった! そのことすっかり忘れてた!
私は急いで艶子さんにまたかけ直すと伝え、茅島さんに連絡を取った。茅島さんにもう一人、私の友達を呼んでもいいかと尋ねると、躊躇う様子も見せず二つ返事で了承してくれた。
茅島さんがいい子でホントによかった……。
これで艶子さんにも色よい返事が送れるな。
そのままなんとなく話していると、茅島さんから幽と月翔九十九は祭りには来られないということを聞かされた。じゃあ今回は女の子だけの夏祭り!? …とちょっと早とちりしたけど、岸山くんがいましたね。
いや、ごめん。忘れてない、忘れてないよ君の存在!
……待てよ。ということは、今回の岸山くんは両手に花状態となるのか。ほら綾里さんに茅島さんがいるからさ。
私? 私は数に入ってないよ。入ってるなんて言ったら岸山くん泣いちゃうよ。…自分の言葉にちょっと傷ついた。そして当然艶子さんも入ってないよ。
艶子さんの隣は私が頂く! 断じて誰にも譲りはしないぞ!
ちょっと暴走入ったけど、綾里さんと岸山くんにも事後承諾で悪いけど伝えておこうかな。そう考えていると、茅島さんが二人に伝えておいてくれるそうだ。
至れり尽くせりですね。ありがとうございますっ。お言葉に甘えるね。
私も艶子さんに電話しよーっと。
あー、当日が楽しみだなあ。
はい、やってきました夏祭り当日!
テンション高いって? 気にしないで!!
今日は艶子さんを家まで迎えに行ってから、一緒に夏祭り会場へと向かいます。待ち合わせ予定時間より、五分早く着くように家を出ました。
五分前行動、基本だよね。なんで五分前なのかっていうと、学校の決まり文句?に忠実だったわけではなく、単に早く着きすぎると相手に迷惑かなって思った結果です。
直接の集合場所とかだったらいいけど、家だと相手を焦らせちゃうから。ま、そんな心配しなくても艶子さんは待ち合わせの何十分か前までに支度は終わらせてるけどね!
何で知ってるかって? 愛の力だよ! …ごめんなさい。自分でもちょっとイタかったかなって思いマス。
だからストーカーって言わないで。してないよ、断じてしてないから。これ、ホント。
「お嬢様、到着いたしました」
岩倉さん(運転手)に告げられて、窓の外を見ると見慣れた古き良き日本家屋のお屋敷が見えました。不毛な弁明をしている間に、艶子さんの家に着いたようだ。
時計を確認。よし、五分前だ。車から降りて葛ノ葉家玄関へ向かうと、ちょうど艶子さんが玄関から出てきました!
「こんにちは、艶子さん。今日も今日とて可愛いですね」
「こんにちは。あなたは今日も今日とて頭の中が残念ね」
素直な感想を述べたら、どぎつい言葉が返ってきました。何気に私の言葉にかぶせてきています。
そんなとこもかわい……あ、艶子さんの視線が痛いのでこれ以上は自重します。私も学習するんです。
話題を変えよう。本日の艶子さんは白地に梅の絵柄の浴衣を纏ってらっしゃいます。髪はツインテールからお団子ヘアーにしていて、白とピンクの花の髪飾りがゆらゆらと揺れている。
いつもの三割増しでキュートです。悪い虫が湧かないかと心配になるレベルです。
艶子さんのご両親に挨拶をしてから、一緒に車に乗り込みます。
「……そういえば、あなたは浴衣じゃないのね」
私の姿を見て、艶子さんがぽつりと呟きます。
そうなのです。私は浴衣ではなく、黒地にワンポイントに紫色の蝶が描かれた甚平を着ています。
「はい。今日は男子がひとりしか来れないって聞いたので、念のために」
私だってね、小学生相手にナンパなんてする輩いないと思ってるけどさ、艶子さんを見てると…ねえ。綾里さんも茅島さんも可愛らしい顔立ちをしているから、特殊嗜好者という名の虫が出ないとも限らん。
牽制のために男子は多いほうがいいと思った次第です。私は外見が中性的?だから、こういう格好をしていれば男子に見えるだろう。
女の子に湧く虫はすべて私が駆除するぞ!
…それと虫で思い出したけど、私も一応、そういう運命にあったよね?
ほら、ゲームの”狩矢京”の男嫌いの理由がまさしくそれだったし。あまりにそんな気配がないんで忘れてたけど、どうなんだ?
”狩矢京”が被害にあったのは”幼い頃”だ。
私、もう小五だし、そろそろ幼い枠はキツイんじゃないか? 一年半後には中学生になるし。
私が”狩矢京”として転生したことで運命が変わったっていうなら、それでいいんだけど。歯痒いなあ。こうなったら回避っていう指標が明確ならよかったのに。
「京……京、聞こえてないわね」
「……! すっすみません」
いけね、ぼけっとしすぎた。私としたことが艶子さんの言葉を聞きのがすなんて……なんたる失態!
「もう一回いいですか?」
「小学生相手にそんな馬鹿なこと考える同世代はいないわよ。色気よりも食い気に走っているでしょうし、と言ったわ」
「確かに」
そこは私も同意。今くらいの年頃、どうしたって食い気が勝る。
でも心配してるのはその層じゃなかったり。まさか虫の心配をしてるなんて口が裂けても言えんな。
ここは日本人の得意技「曖昧に笑ってごまかーす」を使おう。へらっと笑うと艶子さんは胡乱げに顔を顰めた。
誤魔化せてないね。続いて必殺「話題変え」だ。
「あ、艶子さん。着いたみたいですよ」
「え?」
窓の外を見ると待ち合わせ場所として決めておいた鳥居が見える。
「……人多いわね」
「そうですね」
感心した風情で同意する。本当は会場ほど人は多くないんだけど、私も今生では祭りは初めてってことになってるから、艶子さんに合わせたほうがいいよね。
それにしても異様にカップルが多いな。私服のカップル、浴衣のカップル、時々奇抜な格好のカップルと、家族連れ友達連れがあまりいない。
この町内にはリア充が多いのだろうか……?
そんな埒もないことを考えてしまうほどカップル率が高い。会場に入ればどうだかわからないけど、この祭り、カップルにご利益のあるジンクスでもあるのかね。
私には関係ないから、なんでもいいけど。
「それじゃあ艶子さん、行きましょうか」
「ええ」
私たちは車から降りると、並んで鳥居を目指した。
あけましておめでとうございます!
今年も「ヒロインが役割を果たしてくれない」をよろしくお願いします。




