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小話 担任の実情。

 あたしが赴任してきた小学校は、どこにでもあるような一般の公立学校。

 通ってくる子たちはいわゆる庶民と呼ばれるような子たちが多い。

 近くにはお金持ち学校として有名の窮聖館学園があるから、庶民ばかりなのも当然なんだけど。むしろ普通は窮聖館へ行く子が、うちに流れてくること自体が異例。

 その異例児たちが、あたしの受け持つ学年にいる。それも二人も。


 一人は狩矢グループの娘、狩矢京さん。

 もう一人は製菓メーカー「Cerberus」の息子、冥間幽くん。


 どっちの会社も日常的によく聞く大企業で、最初は窮聖館があるのになんでこっちの一般ピープルの通う学校にいるのかと驚いたわ。

 当時からこの小学校に勤めている先生に聞いたところ、狩矢家はそういう教育方針を取っていて、上の二人のお兄さんもうちの小学校に通っていたみたい。

 冥間家は狩矢家と同じ教育方針を取っているわけではなくて、単に冥間くんは狩矢さんに付いてきただけだそうだ。

 二人は幼馴染らしいけど、性質はまったく似ていない。

 狩矢さんはお家の教育方針のおかげか、悪い意味でのお金持ちらしさはまったくない。

 先生の話も素直に聞いてくれるし、子供なのに大人の事情をよく弁えていて、他の子よりも手がかからないくらいだと担任の先生が仰っていたわ。

 それに引き換え冥間くんは狩矢さんと同じように大人の事情をわかっていながら、あえて問題を起こしてそれを楽しんでいるようなところがある。

 お家の権力は振りかざさないけど、悪い意味で子供らしくない子。

 その二人を別々のクラスにしたのは担任になった先生の負担を減らすためらしいわ。この決定は、あたしも概ね同意ね。

 現実にはないと思うけど、やっぱりバックに大富豪がいると委縮しちゃうし…。

 ただでさえ冥間くんの相手は大変そうなのに、そこにプレッシャーをもう一つ加えたくないって気持ち、よくわかるわ。

 といっても、あたしはあたしで他のクラスを受け持ってるし、あんまり関係ないんだけどね。


 この当時のあたしは、そう考えていた。

 だけど一人の転校生が、あたしの運命を大きく変えてしまった。


 4年生の中ごろに転校してきた彼は、名前を月翔九十九くんといった。

 あの大手貿易会社の御曹司だ。

 月翔くんは先生たちで話し合った結果、狩矢さんと同じクラスに転入させることにした。

 本当は3人とも別々のクラスにさせようという案も出たのだけど。

 でもある先生が、月翔くんの転校の理由は前の学校でなにか問題を起こしたからだという噂を聞いたと話した。具体的にどんな問題を起こしたかは知らないらしい。

 おそらく外聞的によろしくないことで、月翔家がもみ消したのではないかということだ。

 

 本当かしら…?

 でも火のないところに煙は立たないって言うし、あながちデマではないと思うのよね。


 冥間くんとは毛色の違う問題児の存在に、あたしたちは頭を抱えた。

 そこで、いざというとき同じ力で対抗できそうな狩矢さんと同じクラスにするということで話はまとまった。

 先生がこれでいいのかしらと思いもしたけど、権力が絡んできそうな問題はねえ……。狩矢さんならしっかりしてるし、なんとかしてくれるでしょう。

 月翔くんは一回だけ給食中にいなくなったけど、狩矢さんが呼びに行ってからはそんなこともなくなって、最低限みんなに合わせるようになったみたい。

 相変わらず協調性は皆無らしいけど、狩矢さんと友達になったみたいだし、そのうち改善するでしょう。

 しかし彼が次に友達になったのが、あの冥間くん。

 狩矢さん経由で知り合ったみたいだけど、大丈夫かしら……?

 

 この時の懸念は、5年生のクラス決めのとき現実のものとなった。

 冥間く……いいえ、あの悪魔が! いつの間に握ったのか、あたしたちの弱味を盾に取って……!!

 これほどまでに子供を憎たらしいと、いいえ憎いと思ったことは未だかつてないわ!!

 悪魔の要求は自分と狩矢さん、そして月翔くんを同じクラスにすること。

 あたしたちは仕方なく悪魔の要求に応じた。…応じるしかなかった。

 だけど今一番問題なのは、そこじゃないのよ。

 一番問題なのは、あの3人組の担任を誰にするかということよ!


 あたしは嫌! なにがなんでもぜぇっっったい嫌!!!

 あの悪魔の担任になるなんて冗談じゃない!


 だけどそれは他の先生方にも言えたこと。

 最初はみんなオブラートに包んで譲り合っていたけど、やがてそれは本音のぶつけ合いに変わって収束がつかなくなった。

 この問題を話し合いで解決しようと思ったのがそもそもの間違いだったということに、あたしたちもようやく気が付いて、恨みっこなしのじゃんけん大会が開催された。


 頑張るのよあたし! 今年の運を使い切ってでも勝つのよ!

 神よ、あたしの上に降臨してぇぇぇぇぇぇー!!!


 熾烈を極めたじゃんけん大会は――――あたしの負けで、幕を閉じた。


 終わった……今年のあたしは終わった……ッ

 いいえ、今年だけじゃないわ。

 だって5・6年はクラスが変わらないんだもの!

 来年もあの悪魔と顔を合わせなきゃならないなんて……!

 こんな時ばかり神頼みするのがよくなかったのかしら。それともなにか憑いてる?

 ……時間があったらお祓いに行きましょう。

 とりあえず今日はヤケ酒ね。




 とうとう春になってしまった……。

 あたしは3人の席に、あたしの位置からギリギリ見えない窓際の一番後ろの席を指定した。

 狩矢さんと月翔くんには悪いけど、視界に入れるのもおぞましいわ、あの悪魔……。

 ええ、でも曲がりなりにも教育者として、受け持ちのクラスの子を、悪魔悪魔呼ぶのも問題あるわね。

 いくら彼がほんっっとうに可愛げの欠片もない生徒だとしても。

 あたしのためにも改めましょう、うん。


 1か月、このクラスで過ごしてみて気づいたことがある。

 あく……冥間くんは、狩矢さんと月翔くんがいればあまり問題を起こさないということ。

 いえ、ちょっかいをかける対象が二人に限定されるといったほうがいいわね。

 先生たちへかかるプレッシャーの関係上、別々のクラスにしてたけど、こうしてみると同じクラスのほうが被害が少なかったかもしれないわ。

 それから冥間くんは基本、誰の言葉にも耳を貸さないけど、狩矢さんのいうことには耳を傾けるということ。

 言うことに耳を傾けるというより、狩矢さんの実力行使といったほうが適当ね。

 狩矢さんって比較的大人しいイメージがあったけど、観察しているとどうもそうでもないみたい。

 冥間くんが無茶苦茶をやらかそうとすると、物理的に押さえこんでるのをよく見かける。

 あたしの最近の使命はその行為を黙殺し、陰から狩矢さんにエールを送ること。

 狩矢さんは月翔くんが止めてくれるし、思ったよりも負担少ないわ~。


 なんて余裕こいてられたのも束の間。

 宿泊学習の問題が浮上して、そんな悠長に構えてられなくなった。

 そう、言わずもがな問題なのは班よ。

 3人はいいわ、同じ班にするから。異論もないでしょ。

 でも、班は6人でなくてはいけない。あと女子2名に男子1名……どうしたらいいのかしら……。

 男子のほうは勝手にじゃんけんで決めていて、残りの男子メンバーは岸山くんとなった。

 よかった……我の強い子だったらどうしようかと思ったけど、岸山くんなら安心ね。


 でも残りの女子は、まだ決まっていない。

 月翔くんは転入早々から女子たちに大人気だし、冥間くんは…性格はあれだけど顔はいいから、まあまあ一応認めたくないけど人気がある。

 二人と同じ班になりたいって言い出す子たちが後を絶たなくて、話し合いで決めさせようとしたんだけど埒が明かない。前のあたしたちと一緒ね。決まるはずがないのよ。

 しびれを切らしたあたしは、彼女たちにあみだくじで決めるよう指示した。

 運を天に任せはもう失敗してるんだけど、他にいい方法が思いつかなかったからしょうがない。

 かわりに、他の防波堤を用意しないと……。

 人選次第によっては、親睦を深める宿泊学習で修羅場になりかねないわ。

 あみだくじの行列を呆れ顔で眺めながら考える。

 ふと狩矢さんもあたしと同じ顔で行列を見つめているのが目に入った。

 そうよ。ここは冥間くんを押さえこんでくれてる狩矢さんにお願いしましょう!

 狩矢さんならクラスの女子たちとも仲がいいし、修羅場なんてことにはならないでしょう!

 そうと決まれば善は急げ。

 冥間くんに気取られないように、狩矢さんを手招きする。

 狩矢さんは小首を傾げたけど、素直にあたしのところまでやってきた。


「なんですか?」

「あのね、この後グループごとに役割を決めることになってるでしょう?」

「はい……なってますね」

「悪いんだけど、狩矢さん、班長やってくれない……?」


 あたしが考えた作戦は、狩矢さんにグループの班長になってもらうこと。

 万が一、班員になった子が狩矢さんの言うことを聞かなかったとしても、冥間くんと月翔くんが狩矢さんの言うことを聞けば、その子もきっとそれに倣うはず!


「………どうしてですか?」


 だけど、狩矢さんは乗り気じゃないみたい。

 間をおいてから、胡乱げに問い返してくる。

 悪いけど、あたしも引けない。

 なんとしてでも狩矢さんに、班長になってもらわなくちゃ。


「ほら、他の子たちじゃ冥間くんを止められないでしょう……?」

「……先生、僕にも幽は止められないと思うのですが……」


 なんてことをいうの!


「そんなことないわ! 冥間くん、あなたの言うことしか聞いてくれないもの!」


 狩矢さんはまったくわかっていない!

 今まであなたがいないところで、冥間くんが暇に飽かしてしてきた所業の数々を!

 あたしたちがどれだけ言っても聞いてくれなかったのに、狩矢さんが言っただけでそれらがピタリと止まったのよ!?

 あたしはギュッと狩矢さんの手を握った。

 驚いた様子で目を丸くする狩矢さんに、切に訴えかける。


「お願い! あなたにしかできないの!」

「は……はい……」


 あたしの必死の思いが通じたのか、狩矢さんはうなずいて了承してくれた。

 なぜかくたびれた顔をしていたけど、まあいいわ!

 これで宿泊学習はなんとかなりそうね!

 その後決まった女子の残りのメンバーは、綾里さんと茅島さんになった。この決定を聞いたとき、あたしは心の中で小躍りした。

 綾里さんも茅島さんも、あたしにとっては人畜無害も同じ!

 あたしはまだ、天に見放されたわけじゃなかったのね!!

 ありがとう、神さま! ありがとうついでにその威、もうしばらく借りるわ!!

 あたしは部屋割りを決めるあみだで、狩矢さんのグループと大人しいグループの子たちが一緒になるように細工をした。

 子供たちはあたしの八百長に気づいて抗議してきたけど、あたしはひたすら神さまによる運命だと誤魔化した。

 不満たらたらの顔で「大人って汚い」という子供たちの言葉は聞こえないふり。

 あなたたちも、大きくなったらわかるわ。

 

 いろいろ苦労はあったけど、宿泊学習自体は滞りなく終わった。

 けど、まだ安心できないわ。

 5年生は始まったばかりなのだから。

 ああ、でもそのうち夏休みが始まるわね。

 時間もできるだろうし、お祓いの話、本気で考えてみようかしら。


 一応、神社だけは探しておきましょう。

京たちのクラスの担任の話。


ちなみに「Cerberus」はケルベロスではなく、サーベラスと読みます。

ケルベロスの英語バージョンです。

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