なにがなんでも絶対泣かす。
宿泊学習三日目の午前中はクラフト体験だ。
好きなものを作っていいとのことなので、私は手ごろな木片を選び、猫のキーホルダーを作ることにした。
出来たら艶子さんへのおみやげにするんだっ。
小型ナイフを片手に意気込んで臨んだ結果――手首を負傷した。
あれ、おかしいな。
再び臨もうとしたら慌てふためく周囲に止められ、木片も小型ナイフも取り上げられてしまった。
大げさだなあ。
手首だからちょっと出血量が多いだけで、傷は深くないのに。
何回か隙を見て再チャレンジしようとしたら、顔面蒼白の岸山くんに止められてしまったので泣く泣く断念。
早々にリタイアさせられてしまったので、みんなが楽しく作っている横で、ひとり寂しく木片でドミノを作る。
それを自分で倒し、また組み立てては倒す……。
空しい……。
綾里さんたちは楽しそうだなあ。
綾里さんはペンダントを作っていて、茅島さんはウサギの人形、岸山くんは……なんだろう。こけし、かなあ。
形がそうっぽいんだけど、よくわからないや。
月翔九十九はチェスのナイトを作っている。完成度がかなり高い。
なんでもそつなくこなせるって羨ましいな。
幽は……小屋?
犬小屋のミニチュア版っぽいものを作っている。
あいつの顔が始終笑顔だから、嫌な予感しかしない。
私はついと目を逸らした。
何も見なかったことにして、他になにかないかなと視線を彷徨わせた。
ふと、ある一点で目が釘付けになる。
私が空しさと侘しさを感じながら作っていたドミノと、同じものを作っている人がいた。――間宮くんだ。
彼も手に包帯を巻き、どこか落ち込んだ様子でドミノを立てていた。
それにシンパシーを覚える。
思わぬところに私のお仲間がいた。
この寂しさを共有しに行きたいが、昨日、幽の足を踏みつけたところを見られてしまったので声をかけづらい。
くっ……こんなことになるなら幽の足なんか踏まなければよかった……!
昨日の軽はずみな行動を悔やんでいると、私の視線に気づいたのか、間宮くんが顔をあげた。
彼の視線は私が立てたドミノへいき、次いで私に注がれる。
しばし無言で見つめあった後、おもむろに間宮くんが木片を掲げた。
その意図するところを読み取り、私は笑顔で席を立った。
間宮くんは思っていたよりも話しやすい人だった。
彼は魚を彫ろうとして、誤って手の甲を切ってしまい、それで強制リタイアさせられたそうだ。
どうやったら手の甲を傷つけられるんだろう。
そう思って尋ねてみると、逆にどうやったら手首を怪我できるのかと聞かれた。
違うよ、私は滑っただけだよ。
間宮くんのほうがありえないでしょ。
私が反論すると、間宮くんは手首のほうがありえないと言う。そうかなあ。
これ以上は平行線なので、そこでこの話題は打ち切った。
「それにしても、間宮くんがこんなに話しやすい人だとは思わなかったよ」
木片をひとつ立てながら言う。
彼はよく上級生と喧嘩をして、生傷がたえなかった。
そのせいか雰囲気もなんだか刺々しく感じられて、とっつきにくそうな印象を受けたんだ。
私が彼に抱いていた印象を吐露すると、木片を立てながら間宮くんは言った。
「……目つきが悪いから、よく絡まれる」
「ああ、なるほど」
確かに間宮くんの目つきは鋭い。
睨んでいるようにも見えるかもしれない。
「オレも……狩矢は男子への風当たりが強いのかと思ってた」
「……それは、もしかしなくても昨日のこと?」
「それもある。……あと、何度か岸山が泣きそうになってた」
「……岸山くんを泣かせようと思ったことは一度もないんだけどね……」
私って、男子からそういう印象を抱かれているのだろうか。
そりゃ、女の子と男子どっちを優先するかと聞かれたら、迷わず女の子と答えるけどもさ。
だからって男子を蔑ろにしているつもりはないんだけどなあ。
”狩矢京”の体の影響か?
いや、単純に私の問題かなあ。ともあれ。
「噂や印象を信じすぎるって、よくないね」
「……うん」
私たちはうなずき合った。
クラフト体験で、間宮くんと思わぬ親交を結んだ。
午後は湖へ行ってカヤックに乗った。
インストラクターさんの話を聞いて、ライフジャケットを着用してからカヤックに乗り込む。
私は以前に一度経験したことがあるので、初めての人よりはうまく漕ぐことができた。
他の子たちのなかにはカヤックが前へ進まず蛇行したり、人とぶつかったり、湖に落ちたりしている子もいる。
しかし意外だったのは、岸山くんがカヤックが上手かったことだ。
彼は湖の中を縦横無尽に進んでいる。
インストラクターさんも岸山くんを手放しで褒めていた。
どうやらご両親がカヤックが趣味で、岸山くんもよくそれに付き合っていたそうだ。
改めて人は見かけじゃないと痛感したよ。
岸山くんに感心していると、突然横から衝撃を受けて、カヤックがひっくり返る。
驚く間もなく湖の中に落ちた私は、ライフジャケットのおかげで沈むことなくすぐに浮かび上がった。
けど気管に水が入って、かなり痛い。
咳でどうにかそれをやり過ごして目を開けると、すぐ近くにカヤックがとまっていた。
そのカヤックに乗る者を見咎めて、私は目を怒らせた。
「幽……ッ!」
「あ、悪い悪い。つい」
悪びれた様子もなく、悪戯が成功した子供のように口角をあげる幽に然しもの私も憤慨した。
なにがついだ! このバ幽がぁぁぁぁぁっ!
奴も私と同じ目に遭わせてやる!!
そう思った矢先、幽のカヤックがひっくり返った。
言っておくが、私はまだなにもしていないぞ。
呆然と目を瞠ると、水の中から幽が浮かび上がってきた。
奴も気管に水が入ったらしく、苦しそうに咽ている。
ざまあ。
いい気味だと笑う私とちょっと涙目の幽の前にカヤックがとまった。
月翔九十九だ。
「テメ……」
「人を呪わば、っていうだろ」
苦情を言おうとした幽に、月翔九十九はつまりは自業自得なのだと言い切った。
すると言い返す言葉がないのか、珍しく幽が閉口した。
顔は苦虫を数十匹ほど噛み潰したような険しい表情を浮かべている。
幽に完全勝利を果たした月翔九十九へ、私は心の中で拍手を送った。
夕食後のナイトハイクを終えて部屋へ戻る途中、幽に呼び止められた。
要件を尋ねると、昼間の詫びだと言って袋に入ったなにかを渡された。
あの幽が……詫び……!?
一瞬でさぶいぼが立ち、背筋に冷たいものが走った。
信じられなくて幽の熱を測ってみたり、自分の頬をつねってみたりした。熱はないし頬は痛い。
感触的に虫の詰め合わせだったり、「バカが見る」と書かれた紙のような感じもしない。
……たった今、地球は滅亡の危機に瀕した。
きっと明日、地球はなくなっているだろう。
暗い表情で部屋に戻ると、相原さんに呼び止められた。
「京くん、なんだか顔色悪いけど大丈夫? 具合悪いの?」
「ううん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
曖昧に笑って誤魔化し、早々に布団の中へひきこもる。
幽に渡された袋を睨みつけ、私は頭を抱えた。
開けるべきか、開けざるべきか……。
開けた瞬間どっかんして、地球がなくなったりしないだろうか。
いや、逆にそのほうが幽らしいか……? いやいやいやいや、さすがにそれはなあ……。
こんな問答を小一時間ほど繰り返し、私は意を決して袋を開けた。
恐る恐る中を覗くと、出てきたのはクラフト体験で幽が作っていたミニチュアの小屋だった。
犬小屋っぽいのが気になるけど、とりあえずほっと胸を撫でおろす。地球滅亡は避けられそうだ。
それにしても、ムカつくことに完成度の高い小屋だ。きちんと表札までついて……ん?
表札をよくよく見てみると、文字が刻んであった。
そこにはこう記されていた。
――――「京の家」と。
「…………ふっ」
そうかそうか、私の家か。
うん、いやよかったよ。地球滅亡は回避されたんだからさ。
月翔九十九に完敗して、少しは懲りたかと思ったけど……幽はなにが起こっても幽のままらしいな。
一度の痛い目じゃ足りないらしい。
そんなに消滅したいなら私が終わらせてやろう。
みていろよ……バ幽、明日ぜッッッたいシバく!!!
小屋がギシギシと悲鳴をあげるほど握りしめ、私は心の中で絶叫した。




