誰か私に睡眠を分けてくれ。
宿泊学習、二日目は登山だ。
登山はほとんど団体行動なので、グループで点呼して、あとは各自のペースで登っていく。
わかると思うが、早い子は前へ遅い子は後ろへ下がっていく。
私の班では綾里さんと岸山くんが後者で、どんどんみんなに抜かされていく。
ちなみに茅島さんは前者だが、幽が真ん中あたりを歩いているので、あえて幽に合わせて歩いている。
幽自体は体力がないというわけではないが、わざわざ前に行くのも面倒なのでほどほどに、といった感じだ。
ついでに言うと私もこれだ。
体は若くても精神は老成してるからさ、疲れるんだよ。気持ち的に。
月翔九十九もたぶん同じ考えだと思うけど、あえて前のほうを歩いている。
言わずもがなな感じだが、女の子たちを撒くためだ。
月翔九十九についていた女の子たちは、途中で体力が切れて今では最後尾を歩いている。彼も結構えげつないことをする。
半分ほど登ると休憩所があり、そこで各々休んでからまたスタート。
私はそこで少し休み、あとからやってきた綾里さんと岸山くんと合流した。
二人とも、みんなにどんどん抜かされていくから、焦って無理にペースをあげていたみたいで、ひどく息があがっていた。
ここらへんできちんと休ませて、自分のペースで歩かせないと逆に置いてけぼりをくいそうだ。私も少しくらいは班長として仕事をするんだよ。
二人を休ませてから、また登山を再開した。今度は二人のペースに合わせてね。
お昼を少し回った頃、ようやく頂上に着いた。
着いた人からお弁当を食べることになっているが、正直それどころではない。
頂上には無数の大小さまざまな羽虫が飛び交っていた。
とりあえず五秒間に数匹目の前を横切る。
虫が平気な子以外は気が気じゃなく、戦々恐々としながらお弁当を食べている。
なかには開かずに逃げ惑っている子もいた。
こちらも綾里さんと岸山くんがびくびくしながら私の後ろに隠れている。
いや岸山くん、君は頑張ろうよ。せめて私の後ろに隠れるのはやめよう。
忘れてないかい。私はこれでも生物学上、女なんだよ。
それに私の後ろに隠れてもあまり意味ないよ。
羽虫は横からも後ろからもやってくるんだからさ。
あまりに怖がるので、綾里さんにはパーカーをかぶるように言った。
それなら後ろからの羽虫なら防げるから。岸山くんは……うん、ファイト!
岸山くんへ向けて親指を立てると同時に、頭に軽い衝撃を受けた。
なんだと思って触ろうとすると、真っ青な顔の二人に止められた。
「ままま待って! 触らないほうがいいよ!」
「狩矢さんの頭に虫が……!」
なるほど、さっきの衝撃は羽虫が私の頭にくっついたときのものか。
でも二人とも、私、虫は大丈夫だから放してほしいな。
二人ががっしり私の手をつかんでしまっているため、取りたくても虫が取れない。
苦笑いを浮かべて、大丈夫だからと伝えようとすると、どこからともなく現れた月翔九十九が私の頭に引っ付いた羽虫を無造作につかみ、ぽいっと投げ捨てた。
「…これでいいだろ」
「あ、ありがとう」
虫が苦手ってわけじゃなかったんだけどなあ、と思いながらお礼を述べる。
彼はぶっきらぼうに「別に」と言ってそっぽを向いた。
なんでもないことのような態度とってるけど、照れ隠しってバレバレだ。
相変わらず彼はお礼を言われることに慣れないようだ。
綾里さんは私の頭から羽虫がいなくなって、安心したのか笑みを浮かべた。
岸山くんは月翔九十九を憧憬のまなざしで見ていた。
ちなみに二人とも、まだ私の手をつかんだままだ。
岸山くん、月翔九十九を尊敬するのはいいけどヤンデレにだけはならないでね。ここ重要。
そんなほんわかムードも長くは続かなかった。
「月翔くん! あたしの頭にも虫が!」
「あたしは背中に! お願い、取って!」
「ちょっとずるいわよっ、私にも――!!」
さっきまで虫が平気と言っていた女の子たちが、次々に虫を物理的に引っ付けて月翔九十九の回りに殺到する。
苦手な子たちは苦悩の表情を浮かべて羽虫を睨みつけ、あるいは涙目になりながら飛ぶ虫を捕まえようとしている。
ごめん。君たちの情熱、そろそろ理解できないよ。
理解できた試しなんかないのだけど。
月翔九十九は、そういう子たちはすべて無視した。
おかげで平気な子はともかく、苦手な子は泣きながら自分で引っ付けた虫を取っていた。
彼女たちはその度胸に免じて、ご褒美くらいあげてもよかったんじゃないだろうかと思う。
見ててあまりにも可哀そうだったので、私がかわりに取ってあげた。
泣いて感謝されたけど、次からはやらないように言っておいた。
その努力、ハイリスクローリターンすぎるから。
帰りもまたあのコースを戻るのかとうんざりしていたら、帰りは車用に整備された最短コースを行くのだという。
そのコースが行きの半分の時間もかからなかったので、最初からこの道にしてほしかったとため息交じりに岸山くんが呟く。
うん、でもそれ登山じゃないよね。
施設についてから、その後の時間は夕食・お風呂を除いてフリータイムになった。
施設の体育館は自由に使っていいことになってるけど、登山のあとでまた体を動かそうなんて気にはとてもじゃないがならない。
体力有り余ってる子たちは、こぞって遊びにいったけどね。
その元気、どこから出てくるんだ。
私と同室の子たちは、みんな遊びに行かないでお菓子を食べながらまったりしている。
途中、茅島さんと月翔九十九派グループの女の子たちがひそひそと話し合ってから出ていった。
ちょっと気になるメンバーだ。
なんとなく嫌な予感がするなあ。
こういう予感ってたいてい当たっちゃうから、必死に外れろって念じてみたけどそう都合よくいかない。
戻ってきた彼女たちは清々しい表情で、しかしとんでもない爆弾を投下した。
今晩、同室のグループ同士で肝試しをすることになった、と。
宣言通り夕食後、体育館前に集められた。
ついでに夕飯はしゃぶしゃぶだった。なんだろう、この肉づくし。
体育館前で茅島さんをリーダーとして説明を受ける。
これからくじ引きで男女一人ずつのペアを決めて、体育館裏手にある雑木林の奥にある大きな石に小石を置いて帰ってくればいいらしい。
この雑木林も施設内に含まれているんで、先生に怒られる心配はないとのことだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
問題はペアだ。
神様仏様、お願いします! どうか奴だけは、奴とだけは一緒にしないでください!
それ以外だったら誰でもいいです! マジですホントです!
なんかとっつきにくそうな間宮くん(月翔九十九派グループ側の男子)でも、会話が成立しなさそうな岩垣くん(綾里さんの友達側の男子)でもいいです!
だからどうか……幽という名の悪魔だけは勘弁してください!!!
――――哀願の結果、私の祈りは聞き届けられた。
「……ペア、おまえとか」
最悪な形で。
我知らず、顔が引きつる。
確かに言った。幽以外なら誰でもいいって。
でもね、神様、だからってそこで月翔九十九をもってこないでください。
こういう王道はヒロインが望ましいよ。
ヒロインってわかりますか?
魅力というものを備えた可愛い可愛い女の子のことだよ!
私が絶対持ちえないものを持ってる女の子のことだよ!
イジメ、イジメですか!?
イジメ、ダメ絶対!!!
「おい、なにぼけっとしてんだ」
「いや、神様にヒロインってものの定義を……」
「……大丈夫か?」
頭を見て言わないでくれ。頭なら大丈夫だ、おそらく。
「月翔くん、僕、ものすごーく体調が悪いから帰ってもいいかな?」
「……もしかして怖いのか?」
うん、違った意味でものすごく。
だがそうとは言えないので、彼は私が幽霊を怖がっていると思ったみたいだ。
ふいに、とんとんと誰かに肩を叩かれる。
突然のことでびくりと肩を震わせると、背後でおかしそうに笑う声がした。
半目になって振り返ると、幽がかなり嫌な笑みを浮かべていた。
「京、さっき聞いたんだけどさあ」
「今、おまえの話を聞きたくないんだけど」
「この雑木林にある大きな石ってー」
「聞けよ」
私の言葉を無視して、幽は続けた。
「昔、この近くに住んでた女の墓なんだってさ」
「墓ぁ? そんな雑な墓があってたまるか」
「マジな話。奉公先で粗相して打ち首にされて、ここに埋められたらしいぜ」
「……で、夜な夜なうらめしや~とか言いながら化けて出ると」
バカバカしい。
よくある話じゃないか。
そんなので私が怖がると思うなよ。
ああ、そうさ。
怖くない、ちっともこれっぽっちも怖くないとも!!
「…………」
「……おい、大丈夫か?」
正直、大丈夫じゃないですはい。
幽霊?
怖いさ、怖くて悪いか!!
大体、なんで幽霊なんてもんが存在するの!?
誰だよ、実体のないお化けなんて考えついた奴!
対処のしようがないやつが一番嫌いなんだよ!
都市伝説とかさ、なんか実体ある感じじゃん。口裂け女とかメリーさんとか。
遭遇しちゃっても頑張れば撃退できそうじゃん。
でも幽霊はどうしたらいいの!?
お経? お札?
効果があるようにはとてもじゃないけど思えないんだよ!
幽は私が実体のない幽霊が苦手だってわかってるから、こういう話ばっか選んで聞かせてくる。
なりふり構わず耳ふさいでればよかった!
「月翔くん、僕たち友達だよね!」
「は? ……ああ、そうだな」
「なにかあったときは一緒に頑張ろう!」
「……わかったから、せめて前向けよ」
それはできない相談だ。
顔あげたら目の前にいたとかイヤじゃないか。
全力で拒否すると、呆れた様子で「なら、俺の服でも掴んでろ」と男前発言がとびだしたので、仕方なく顔をあげることにした。
そういう発言はヒロインちゃんの前でのみやってくれ。頼むから現実的な恐怖も加算させないで。
それから終わるまでずっと般若心経をぶつぶつと唱えていると、彼から異形を見るような目で見られた。
だが今の私は涅槃寂静の境地を目指している。
そんなもの気にならないぞ。
ようやっと終わって安堵すると、にやにや顔の幽が「どうだった?」と聞いてきたので、無言で足を踏んでおいた。
おまえ、しばらく私の視界に入るな。
するとその様子を見ていたらしい間宮くんが、ぎょっと目を見開いた。
いけね。まあいいや。
彼とはほとんど話さないし。
その夜、布団に入って天井を見上げると、模様が人の顔のように見えて、結局眠れなかった。
嗚呼、寝たい……。




