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紋章なしの紋章師  作者: 西棟
第一部 学院編 第1章 無紋の少年
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38/45

第38話 組み合わせ

抽選会の朝、講堂の前に貼り紙がひとつ増えた。


——代表一名、演習の負傷により辞退。繰り上げ、十七席ルシアン・ロデル。


辞退したのは八席の三年生だという。討伐演習の「妙な偶然」の請求書が、こんなところに回ってきた。そして繰り上がったのは、九十日の再挑戦制限を席の隣で数えていた男だ。


講堂の入り口で、当のルシアンと行き合った。


「聞いたかい、写本屋君。裏口からの入場で恐縮だが——」

「裏口でも、くじは同じ壺です」

「言ってくれる。……ああ、それと、礼を言いそびれていた」


彼は手袋を締め直しながら、事もなげに続けた。


「音と気配。宿題は、仕上げてきたよ」


幻惑に、音と気配を付けてきた。雪辱戦の予告を、彼は礼の形で置いていった。


* * *


抽選は、くじの壺から席次順に札を引く方式だった。


十六人分の札が引かれ、係がトーナメント表の枠に名前を差していく。講堂のざわめきが、表の形が見えるにつれて色を変えていった。


十六の名前の中には、七席セシル・ガーランドの名もあった。重力紋の名家の長女で、あちらはアリシアの山だ。名家の秘伝紋の代表が三人、王女がひとり、そして無紋がひとり。書き売りが喜びそうな顔ぶれだった。


セオの初戦の相手——ユーグ・ラモット。十一席。座学で常に上位、実技は中の上、決闘の公式記録なし。帳面に頁のない、数少ない同期だった。


頁がない、ということの意味を、セオは表の前で噛み直した。公式戦ゼロ。つまり、読む機会がゼロ。彼の紋も、癖も、こちらは何ひとつ持っていない。逆に向こうは——例の帳面の噂ごと、こちらの公開情報を全部拾える立場だ。読む側と読まれる側が、初戦から入れ替わっていた。


その勝者が当たるのが、ルシアン・ロデル。


因縁の再戦が、二回戦に早々と組まれた。そして山を登り切った先、反対の山の頂点には——一席、アリシア・ヴェルクレア。


二席レナードも、王女と同じ山だった。決勝までにレナード対アリシアが先に潰し合う並びで、こちらの山は言わば「挑戦者決定の山」ということになる。


掲示された表の前で、レナードが並んで言った。


「決勝で、と言いたいが——僕は君の山じゃないことを女神に感謝してる」

「俺は準決勝で当たらない方に感謝してますよ」

「……お互い、罰当たりな感謝だな」


彼は自分の山の頂点——王女の名前を見上げて、剣帯の位置を直した。あの癖が出るとき、この男は本気だ。


* * *


同じ日の午後、王都に公示が出た。


——ガルドニア帝国使節団、来訪。御前試合を観覧の栄に浴す。


書き売りの特別刷りは、祭りの続きの調子でそれを報せた。親善、友好、両国の懸け橋。景気のいい言葉が並ぶ紙面の隅に、北部国境の大演習の続報が、前より小さい字で載っていた。


大演習をやっている国の使節が、親善に来る。


二枚の記事を並べて読める者には、紙面そのものが据わりの悪い一枚だった。


工房では、ミナが黙々と銀線を編んでいた。


「……使節団、来るんだって」と、手を止めずに言う。

「らしいな」

「機械紋章の国の人間が、王都に来る」


兄の手紙の検閲の墨が、また増えたのだという。彼女の「すごい」と「怖い」は、たぶん今、同じ場所で軋んでいる。セオは何も言わず、編み上がった銀線の束を作業台の使いやすい位置へ移した。言葉より、手伝いの方が届く相手だった。


* * *


使節団の入城は、三日後だった。


大路の両側に人垣ができた。できたが、祭りの人垣とは音が違う。歓声は薄く、拍手はまばらで、皆ただ見ている。親善の旗の下を通る隣国を、好奇と警戒の混ざった目で数えている。王都の人垣は、書き売りの景気のいい言葉より正直だった。


儀仗の騎士が先導し、黒塗りの馬車列が三重の壁の門をくぐっていく。旗は帝国の黒鷲。馬車の装いは簡素で、飾りより頑丈さを取る作りが、かえって異国の匂いを放っていた。


セオは人垣の後ろから、職業柄の目でそれを眺めた。


馬車の扉の紋は、型で押した量産の意匠。護衛の騎兵の装具は、全員が寸分同じ規格品。揃いすぎた道具の列は、それ自体がひとつの文だった。──この国は、同じものを大量に作れる。


三台目の馬車が、目の前を過ぎた。


窓掛けが、半分だけ開いていた。


内側に、若い士官の顔があった。灰白の短髪、鋼の色の目。彼は流れる人垣を眺めるでもなく眺めて——その視線が、ふと、止まった。


セオの上で。


目が、合った。


人違いでも、偶然でもない止まり方だった。士官の目は人垣の百の顔からセオひとつを選んで止まり、三拍のあいだ動かず、それから何事もなく前へ戻った。


馬車列は、鐘の音とともに王宮の丘へ消えていった。


人垣が解けたあとも、セオはしばらく大路に立っていた。


見られた。


それも、読む側の目で。


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