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紋章なしの紋章師  作者: 西棟
第一部 学院編 第1章 無紋の少年
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第24話 くじ運

くじ引きは、講堂で公開のもとに行われた。


壺の中の木札を、席次の順に引いていく。一席から。


アリシア・ヴェルクレアが壇上で札を引き、読み上げ役の教官に渡した。教官は札を見て、一度固まり、名簿を確かめ、もう一度札を見た。


「……一席、アリシア・ヴェルクレア。組む相手は——十六席、セオ・アトリー」


講堂が、割れた。


どよめき、笑い、悲鳴に近い声。王女殿下と、例の無紋。名簿のいちばん綺麗な一行と、いちばん得体の知れない一行が、同じ木札で綴じられた。


セオは自分の顔から表情を消す作業に全力を使った。壇上のアリシアは、完璧だった。ほんの一瞬、気の毒なものを見る目で会場を眺め、それから公用の微笑で一礼した。動揺の芝居すらしない。彼女の偽装の腕前を、こんな場面で再確認することになるとは思わなかった。


人垣の中で、レナードと目が合った。彼は笑いを噛み殺しもせずに、口の形だけで言った。(良いくじだ)。他人事だと思って。もっとも彼のくじは騎士科の槍の名手で、下馬評ならあちらが本命だった。


——偶然というやつは、本当に、物語の都合みたいな引きをやる。


* * *


その夜の書庫の個室は、作戦会議室になった。


「言っておくけれど、わたくしは引いていないわよ。くじに細工をする理由が、わたくしにはない」

「知ってます。細工なら、俺たちを離す向きにするはずだ」

「話が早くて助かるわ。——で、問題はひとつ」


アリシアは扇の先で、卓を軽く叩いた。


「わたくしたちは、たぶん、息が合いすぎる」


実技で組めば、読みと剣の相性は隠しようがない。初対面同士の即席ペアが、あうんの呼吸で連携してみせたら、観客は必ず問う。あの二人は、いつからああなのか、と。


「手を抜きます?」

「論外。評点は席次に響くし、わたくしは負ける演技が嫌いよ」

「でしょうね」

「だから、抜かない。代わりに——息が合う理由を、周りが勝手に納得する形を作るの」


彼女の解は、こうだった。王女が下位の特待生を「指導」する構図。命令し、駒として使い、その指示が的確だから連携して見える。主従の型なら、息が合っても誰も怪しまない。


「わたくしが声を張って命じるわ。中身はあなたの読みでも、号令の形はわたくしのもの。……不満?」

「いえ。むしろ楽です。読みの中身を、いちいち自分の口で説明しなくて済む」

「あら」


アリシアは、少しだけ意外そうな顔をした。


「手柄を全部わたくしが取る形よ?」

「手柄の登記簿に興味はないので。勝敗の帳簿さえ合えば」

「……あなたのそういうところ、嫌いじゃないわ」


運用の細部も詰めた。呼び方は公用のまま——彼女は「アトリー」、こちらは「殿下」。読みの報せは短句で、方角と数と癖だけ。彼女はそれを号令の文に組み直して張る。セオの偵察は「命じられて走っている」体を崩さない。


「ひとつ確認。わたくしの障壁と聖光は、あなたの目にはもう手の内よね」

「週課で散々読みました」

「なら連携の擦り合わせは要らない。ぶっつけでいくわ。——稽古で息を合わせたら、その稽古を誰かに見られる。本番のぶっつけがいちばん安全よ」


嘘を守るための段取りが、そのまま最強の実戦準備になっている。この人の五年間は、こういう頭の使い方の五年間だったのだろう。


王女の言う「嫌いじゃない」は、王女の語彙でどのあたりの温度なのか。考えかけて、やめた。読めない行間は、読めないまま持っておく主義だ。


* * *


対抗演習の要項は、三日後に貼り出された。


場所は学院の演習林。各ペアに小旗一本が渡され、他ペアの旗を奪えば加点、自分の旗を守り切れば加点。制限時間は半日。同時交戦、待ち伏せ、同盟——手段は問わない。


そして要項の末尾に、一行。


——最終関門として、演習林の丘に「教官組」を置く。教官組の旗を奪ったペアには、特別評点を与える。


教官組の名簿は、当日発表とだけあった。


下馬評は賑やかだった。本命はレナードのペア(相方は騎士科の堅実な槍使いだという)。対抗が三年の上位ペア。そして「読めない枠」として、王女と無紋の即席ペアが、賭けの帳場を混乱させていた。


「あんたたちの倍率、荒れてるよ」


工房で籠手の締めを直しながら、ミナが言った。


「一回戦落ちと優勝の両方に、同じくらい銭が積まれてる。……で、実際どうなの」

「読めない」

「あんたが言うと、洒落になってない」


* * *


状況証拠も、ひとつあった。演習の三日前から、夜明けの旧練兵場に木剣が立てかけられなくなった。朝稽古が、休みになった。師匠が稽古を休む理由など、寝込むか、仕込むかのどちらかしかない。


演習の前夜、要項の末尾をもう一度読み返して、セオは筆を止めた。


教官組。


学院の教官で、旗の守り手が務まりそうな顔ぶれを、頭の中で並べていく。実技教官。剣術指南。バルロ——はないだろう。それから。


足音のしない、欠伸の似合う顔が浮かんだ。


まさか、と思いながら、当日の朝を迎えた。


演習林の入り口に貼り出された教官組の名簿は、三人。実技教官。剣術指南。


そして筆頭に——ヴァン・オルロー。


名簿の前で、アリシアが小さく言った。公用の声のまま、唇だけは正直だった。


(……最悪ね)


(奇遇ですね。同感です)


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