98.王家の瞳
外がすっかり冷え込んで冬の空気になるとほとんどの貴族が領地に帰っていったが、ヴァレン様は王都に残っている第二王子派の重臣の貴族達と忙しなく会談を行っていた。
ステラは護衛のためにまた学院に行けなくなってしまったが、今学期は皆が魔法戦に夢中になっている間に勉強できたし、ヴァレン様のノートも貸してもらえたので期末試験は無事に首席を守り抜いた。
ヴァレン様と貴族達の会談の内容は主に第一王子殿下の動向についてだ。
最近、第一王子殿下は第二王子派の貴族の領地に視察という名目でわざわざ足を運んで接触しているらしい。
建国祭での襲撃も魔法使いを第一王子殿下の「王家の魔法」で洗脳して起こしたのではないかと疑っているステラは、第二王子派の貴族が第一王子殿下に取り込まれるのが怖くて不安な日々を送っていた。
夜は疲れてすぐに眠ってしまうことが多かったが、今日はカウチで二人で並んで話をする時間があったので、ずっと気になっていたことを聞いてみようと思った。
「ヴァレン様、防音結界を張ってもよろしいでしょうか。」
「いいけど、どうしたの?」
ステラは部屋に念入りに防音結界を張り、またカウチに腰かける。
「『王家の魔法』のことで気になっていたことがあって質問してもよろしいでしょうか。」
「…答えられることなら。」
ヴァレン様が訝しげにステラを見つめる。
「瞳の色を変えずに『王家の魔法』を使うことは可能なのでしょうか。」
ヴァレン様の濃い金色の「王家の瞳」は、「王家の魔法」を使うと深紅に染まる。
でも第一王子殿下は時々紅い光が見える程度で、一見したら「王家の魔法」を使っているとはわからない。
父とも以前に話していたが、本当にそういうことが可能なのか疑問だったのだ。
ヴァレン様はすぐにステラの言いたいことがわかったようで、考え込むような表情になる。
「…ステラは目の血管を意識したことはある?」
「な、ないです。」
予想外の返答に動揺してしまう。
「前にも話したけど『王家の魔法』を使うときは血管から魔力が染み出るんだ。
その魔力が目からは染み出さないようにすれば、目の色は変わらないのだと思う。」
「…難しそうですね。」
ステラは自分の目に力を入れたり抜いたりしてみたが、血管なんて全く感じなくてただ百面相をするだけになってしまう。
「…っ、ステラ、笑わせないでくれ。」
「す、すみません。」
ヴァレン様が久しぶりに笑ってくれて嬉しいが、今は笑わせる場面ではなかったので慌てる。
「それに、王室の規則で禁じられているんだよ。
『王家の魔法』を使うときは誰から見てもわかるようにしなければならない。
だからわざわざそんな方法をとろうと思ったことも試したこともない。」
「…そうですよね。」
それは以前父との会話でも聞いた話だったので頷いた。
ヴァレン様はまた考えるように顎に手を当てて、再びステラを見た。
「…一度やってみてもいいかもしれない。
せっかくだし今やってみようか。」
「き、禁じられているのにいいんでしょうか…。」
「ステラが誰にも言わなければ大丈夫。」
「言いません!絶対に言いません!」
言う気もなければ言う度胸など持ち合わせていないので、首も手もブンブンと振って否定する。
「だから大丈夫。やってみるから付き合って。」
「は、はい。」
ヴァレン様がステラをじっと見つめるので、ステラもヴァレン様の濃い金色の瞳を見つめ返す。
「あっ…」
その瞳の縁が紅く染まると、急に手の力が入らなくなった。
同時に、「王家の魔法」の魔力に反応して血管がぞわぞわする。
「今、私の瞳はどうなってる?」
「縁だけ紅く染まっています。」
「そうか。」
ヴァレン様の瞳が濃い金色に戻るとまた手の力が戻ってきた。
「王家の魔法」で傷つくことはないとわかっていても慣れない感覚にドキドキしてしまう。
「また見ていて。」
今度は瞳の奥に紅い光がきらめいて、あっ、と思ったらまた手の力が入らなくなる。
「ヴァレン様、私、その瞳を見ました。第一王子殿下と舞踏会で踊っているときに見た色です。」
あの時と同じ紅い光に鼓動がガンガンと胸を打ち鳴らす。
「…そう。やはり『王家の魔法』を使っているのは確実だね。」
ヴァレン様はまた考え込むように顎に手を当てて目を伏せた。
「私、第一王子殿下の近くにいると血管がぞわぞわする時があるんです。
第一王子殿下が私にも『王家の魔法』を使われているのなら、きっとヴァレン様の魔力が守って下さっているんですね。」
「そうだったのか。本当にあの魔法を使っておいてよかった。」
ヴァレン様は顔を上げると、驚きの表情を浮かべながらもステラの頭を優しく撫でてくれた。
「でも、瞳の色に関わらず、どうやって人を洗脳するのでしょうか。」
ステラはもう一つ疑問に思っていたことも聞いてみる。
ヴァレン様はこれには淡々と答えた。
「そういう魔法があるんだ。ステラにもかけようと思えばかけられるよ。
私を欲しくてたまらなくなるようにするとか。」
「なっ…だ、だ、大丈夫です。」
急に色気に満ちた瞳で不敵に微笑まれて慌てて目をそらす。
「ステラ、私を見て。」
「め、目にごみが入りました。」
その瞳が紅く染まっているのではないかと恐ろしくなって慌てて目を擦ると、ヴァレン様がクスクスと笑った。
「可愛い。ステラ、愛してるよ。」
「…私も愛しています、ヴァレン様。」
そのままなし崩しにベッドに連れて行かれた。
その日の夜は本当にヴァレン様が欲しくなる魔法がかけられているんじゃないかと疑って、何度もその瞳を覗き込んだ。
それを見透かされて笑われると、もっと欲しくなるように仕向けられて、火を噴くほど恥ずかしい思いをすることになった。
◇◇◇
年が明け、相変わらずヴァレン様はあちこちに出掛けて多忙だったが、ステラは空いた時間を見つけては王国魔術師のローブのまま学院に通っていた。
授業も残り少ないので、学院に通うようにとヴァレン様が言ってくださったからだ。
今日はクリンプトン先生の防御魔術の授業を受けていた。
去年の敵襲では、この教室でヴァレン様に命令されたのを思い出す。
先生の授業を聞いていると、外からなんとなく魔力を感じて窓の外を見た。
クリンプトン先生も違和感があるのか、授業を中断して窓へ向かった。
「静まれ。」
先生は迫力ある声でざわめく生徒を一喝すると、窓の外を注意深く見つめる。
ステラも立ち上がり、杖を手にして窓に近づく。
クリンプトン先生と目が合った。
「先生、これは…」
「殺気があるな。」
違和感の正体に気付き、魔力の気配に再度集中する。
王立魔法学院が狙われている感じはないが、バルコニーの扉を開けて外に出る。
近衛騎士のアーノルドがステラの後を追ってくる。
「ステラ様が行かれるのですか。」
「王国魔術師として当然です。必要であれば援軍を呼ぶのでそれまでは学生の保護を頼みます。」
「ですが…」
「お咎めは私が受けます。」
近衛騎士を置いて戦いに行くなどヴァレン様には怒られてしまいそうだが、ステラは上空に《転移》して状況を確認したかったのだ。
「アルカニス、一人で大丈夫か。」
「もし攻撃があれば父の魔術を使います。その場合は私の防御を代わりにお願いできますか。」
「勿論だ。君は敵を捕らえるのに集中してくれ。」
クリンプトン先生が頷いてくれたのでステラは上空に結界を張る。
「《転移せよ》」
上空から王立魔法学院と、隣にある王立学園を見下ろす。
魔力を解放して、《敵を現す》魔術を自分の魔力に乗せる。
同時に、敵が魔力を込めたので標的がわかった。
「先生、王立学園です。援軍は私が呼びます。」
「承知した。」
下に向けて叫ぶと先生のよく響く声が返ってきた。




