97.天の怒り
十一月も終わりを迎え、学院は魔法戦の大会一色になっていた。
相変わらずクリスフォードやエリザベスとは口を利いていないが、アリスやドラードが側にいてくれたし、常に近衛騎士がついていたので悪意に晒されることはなく、平和に学院生活を送っていた。
ステラは今年も王国魔術師として学院代表の生徒と戦うことになっていたので特に大会は見に行かず、放課後は王城に帰ってヴァレン様の執務室や私室で期末試験の勉強をして過ごした。
そして、学院代表と戦う日の朝を迎えた。
王国魔術師のローブを着てヴァレン様を執務室に送り届けてそのまま学院に向かおうとすると、ヴァレン様に声をかけられた。
「今日は魔法戦の大会だよね?」
「そうです。いつもより早く帰って来ますね。」
「何かあっても怒りすぎないようにね。」
ヴァレン様にクスクスと笑われる。
去年の魔法戦の大会では学生に嘗められて、怒りの余り喉元に杖を突きつけてしまったのだ。
「気を付けます。それでは、失礼します。」
去年の最終戦でステラの実力を見せたから、きっとヴァレン様のご寵愛を受けているから王国魔術師になれたのだとかいうふざけた理由で嘗められることはないはずだ。
ステラはヴァレン様に一礼して学院へと向かった。
◇◇◇
快晴の気持ちのいい天気の中、屋外の練習場に向かうと男子生徒が練習場の真ん中で歓声を浴びていた。
どこかで見たことがある気がする、と思いながらステラも入場した。
練習場の真ん中で男子生徒と向き合う。
男子生徒はステラをじっと見つめると、審判を務めるクリンプトン先生に言った。
「先生、私はこの方とは戦えません。」
その言葉にクリンプトン先生は目を眇め、ステラは目を丸くする。
「どういうことだ、フォード。」
先生が男子生徒の名前を呼ぶのを聞いて、既視感の正体に気付く。
一度だけ挨拶したことがある、第二王妃陛下の実家のフォード伯爵家の嫡男でエリザベスの兄、マリウス・フォード伯爵令息だと気付いた。
「第二王子殿下のご婚約者様でしょう。私が勝ったら不敬になってしまうし、負けてしまっては逆賊に加担したと思われる。」
「口を慎め!」
「よい。控えよ。」
ステラの後ろに控えていた近衛騎士のアーノルドが剣を抜こうとしたので止める。
「フォード、この御方に勝つつもりでいるなら心配はいらない。
そしてお前は王立魔法学院の代表だ。
この御方に対して品性のない発言を続けるようなら、今すぐ退学させる。」
クリンプトン先生が怒りを滲ませてマリウスを睨んだ。
ステラは内心は怒りに燃えていたが、揺らいではならないと自分に言い聞かせて静かにマリウスを見つめて言った。
「王国魔術師団から参りました。第二王子殿下付き近衛魔術師のステラ・アルカニスです。
よろしくお願いします。」
マリウスはステラを睨み付けていたが、クリンプトン先生がいよいよ杖を取り出したのでぼそぼそと言った。
「四年生のマリウス・フォードです。よろしくお願いします。」
クリンプトン先生はステラを見る。
不敬で捕らえることもできるという意味だろう。
(わざわざクリンプトン先生の手を煩わせる価値もないわ。)
ステラは心の中で呟くとクリンプトン先生に敬礼して、練習場の端に向かって歩きだした。
アーノルドも渋々敬礼をしてステラを見送ってくれた。
練習場の端と端に向かい合って立つ。
相手が魔力を解放すると、練習場の半分に届かない程度まで魔力が広がる。
王国魔術師を目指せる位の魔力ではあったが、品性がないのだから無理だろう。
ステラは何もせず相手を見つめる。
真剣に相手をする気はとうに失せていた。
「では、始め。」
クリンプトン先生の声がすると相手が詠唱して、ステラに炎の渦を飛ばしてくる。
ステラは一歩も動かず、ただ立ってそれを迎えた。
炎の渦がステラに近づくと、ステラが自分の身に常にかけている防御魔術に阻まれて霧散する。
相手は雷を落としたり、光の刃を飛ばしたりと様々な攻撃をするが鍛え上げたステラの防御を破る気配はない。
勝てるつもりでいたとは正気か、とため息をつく。
学院代表の生徒に対して全く敬意を払わないのも失礼かと思って去年は相手を一応攻撃したが、相手が敬意を払わないのならばステラにもその必要はない。
ステラは穏やかで雲一つない空に杖を天高く掲げると、魔力を解放した。
「《天に反逆せし者よ、汝が罪は我が裁かん。我にひれ伏せ》」
ステラが詠唱すると、赤い魔方陣が現れて魔力の波がマリウスを襲う。
マリウスは防御魔術を使ったようだが、圧倒的な質量を持つステラの魔術には何の効果もない。
マリウスは膝から崩れるように倒れ、その手から杖がこぼれ落ちた。
こちらを信じられないというような顔で無遠慮に見つめながら地面に這いつくばっているマリウスの方に歩いていく。
会場はステラの魔術に圧倒されて静まり返っている。
「そなたは第二王子殿下を侮辱したな。」
ステラの言葉にマリウスが目を伏せる。
主君を侮辱された怒りが魔術を通して天にも伝わったのか、快晴だった空が急に暗くなり始めた。
ステラは空に目を向けてから、またマリウスを見下ろす。
「…天が認めた王族である私を、侮辱したな。」
その言葉にマリウスがまた顔を上げたとき、ステラの左手の薬指の指輪にやっと気付いたのか、その表情が恐怖に染まった。
澄んだ空はあっという間に暗い雲に覆われて、ぽつぽつと雨が練習場に降り注ぐ。
ステラは自分に魔力を纏わせて雨から身を守る。
怒りをあらわにするのも馬鹿らしくて、無表情のままマリウスに言い放った。
「気の済むまで這いつくばっておくがよい。」
魔法は解除したが、マリウスは雨が降り注ぐ中ひれ伏し続けていた。
ステラはマリウスを一瞥してからクリンプトン先生の元に向かい、敬礼した。
「師団長の魔術を使えたのか。さすがだな。」
クリンプトン先生も雨から身を守っているので、先程と変わらない姿でニヤッと笑って出迎えてくれる。
「先生のお手を煩わせる価値もございませんでした。」
ステラも微笑んで先生に一礼すると、一息おいて拍手が練習場を包み込んだ。
第二王子派の生徒から歓声が上がり、第一王子派の生徒も拍手を送ってくれている。
クリスフォードや他のステラと口を利かなかった生徒達もステラに笑顔で拍手を送ってくれる姿を見て嬉しくなって頭を下げた。
そして駆け寄ってきた近衛騎士のアーノルドと共に練習場を去り、王城へ帰った。
◇◇◇
王城のヴァレン様の執務室に帰ると、ヴァレン様が苦笑いでステラを迎えた。
「また怒ったんだって?」
「な、なぜご存知なのですか…?」
ステラは先程帰ったばかりなのに、情報の早さに戦く。
「随分なことを言っていたようだし、捕らえてもいいけどどうする?」
「這いつくばってもらったので大丈夫です。」
「そう。」
第二王妃陛下のご実家の嫡男を捕らえるなど考えただけで震える。
本当に震えているステラを見てヴァレン様はクスクスと笑うと、また執務に戻った。




