96.ずっと側に
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本日一話目です。
ヴァレン様のせいで遅刻ギリギリの時間になってしまったので教室に駆け込んだ。
クリスフォードがステラに気付いて顔を上げたので声をかける。
「おはよう、クリス。」
「……」
「クリス?どうしたの?」
なぜか目をそらされて下を向かれる。
ステラがおろおろしていると、横からドラードが口を出した。
「クリス、不敬だぞ。」
「…おはよう、ステラ。」
「おはよう、クリス。何かあったの?」
いつもと違うクリスフォードに戸惑って困惑していると、ドラードがステラの背中を押してアリスの元に連れていってくれる。
「ステラ、おはよう。」
「おはよう、アリス。
クリスがおかしいの。理由を知ってる?」
「…後で話しましょう。」
アリスとドラードが目配せをするがステラには理由がさっぱりわからない。
もやもやしたが、予鈴が鳴ったので授業の準備をした。
隣の席のエリザベスもステラにいつも以上に冷たい目線を向けている。
友人達の突然の変化に何がなんだかわからず、ただ前を向いて授業に集中することしかできなかった。
昼休憩になると、普段はクリスフォードと食べているドラードもステラとアリスに付き添って、同じテーブルにやってきた。
ステラの後ろにはドラードの兄、メーデンも護衛で控えている。
「皆一体どうしたの?何が起きているの?」
「建国祭でステラが捕らえた罪人の尋問の内容を皆知ってるんだ。」
ドラードがステラをじっと見つめて話す。
あれから一ヶ月ほど経つので公開される頃だろうとやっと気がついた。
罪人が「第二王子殿下の指示でやった」とうそぶいていることは父から聞いて知っていたので、落ち着いて受け止めた。
「それで、第二王子殿下が……謀反を…第一王子殿下の暗殺を企てているって噂になっているの。ごめんなさい、不敬を許して。」
「そんな……」
アリスが説明してくれるが、言っていることが信じられなくて目を見開く。
あまりの衝撃に思わず背後のメーデンを振り返ると、メーデンは静かに顔を伏せた。
何も知らなかったのは自分だけだと気付いて愕然とする。
「ヴァレン殿下が第一王子殿下を虐げるなんてあり得ないわ。」
第一王子殿下の命を奪って王位を目指すつもりはない、とはっきり口にしていたヴァレン様を思い出す。
「私達はわかっているわ。第二王子派は静観しているんだけど、第一王子派の貴族が騒いでいるの。クリスも実家の意向は無視できないでしょう?」
「…そう、よね。」
アリスの実家のヴィルゴー伯爵家は第二王子派だし、ドラードの父は王国騎士団長なので公的な立場は中立だが、兄のメーデンがヴァレン様の近衛騎士だから第二王子派に味方してくれているのだろう。
クリスフォードの実家のアストラ伯爵家は第一王子派で、エリザベスに至っては第二王妃陛下の生家のフォード伯爵家出身だから、あの態度も納得できた。
「俺達はステラの味方だ。ステラのことは守るから、第一王子派のことは気にせず過ごそう。」
「そうよ、私達はあなたの側にいるわ。だから元気を出して、ステラ。」
「ありがとう。ドラード、アリス。本当に心強いわ。」
田舎の領地で貴族の争いとは無縁で生きてきたステラは対立が悲しく感じたが、二人が励ましてくれて救われた。
同時に、ヴァレン様は一人でこの悲しく苦しい状況に立ち向かっていたのかと思うともっと悲しくて、早く王城に帰りたくなった。
◇◇◇
授業を終えて王城に帰ると、ローブを着替えないまま真っ直ぐヴァレン様の執務室に向かう。
「ステラ様、湯殿に…」
「後にせよ。」
侍女が湯浴みを勧めるが、とても湯を浴びたい気分ではない。
申し訳ないが、妃教育で侍女に敬語を使うな、謝るなと散々言われたのできっぱり断る。
「ステラ・アルカニス様がお越しです。」
「通せ。」
ヴァレン様の部屋に着くといつも通りのヴァレン様の声が返ってくる。
頭を下げて入室して顔を上げると、ヴァレン様はレオナルドや執事と一緒に書類仕事をしていた。
仕事が終わるまで待っていようとドアの横に控えようとしたら、レオナルドがステラの顔を見て驚いたように目を見開く。
「ステラ、どうしたの?」
レオナルドはステラに駆け寄ると腰を屈めて心配そうに覗き込む。
ふわっと鼻をくすぐる薔薇の香りに泣きそうになる。
レオナルドはいつだってステラの気持ちを見透かしてくれるのだ。
「ステラ。」
「レオ、触れるな。」
いつものように頭を撫でられかけた手がヴァレン様の声でピタッと止まる。
ステラはそれが寂しくて堪えていた涙がぽろりとこぼれ落ちた。
「レオ様…。」
「ステラ、こちらに来るんだ。」
ヴァレン様の厳しい声に顔を上げると、ペンを乱雑に置いたヴァレン様が立ち上がってステラを見据えていた。
執事がさっと退出して、続いてレオナルドが部屋を出るのを寂しい気持ちで見届ける。
するとヴァレン様が痺れを切らしたのか、ステラに駆け寄ってぎゅっと抱き締めた。
「ステラ、どうしたんだ。頼るのは私だけにしてくれ。」
胸がぎゅーっとなる大好きな甘い香りに包まれて、ステラは涙が止まらなくなる。
「ヴァレン様、私、何も知りませんでした。」
ステラの言葉に一瞬ヴァレン様の腕が緩んだので、ステラはヴァレン様を見上げて濃い金色の瞳を見つめる。
驚いたのか、はっとしたように見開かれている。
「ヴァレン様がお辛い状況だったことを、苦しまれていたことを何も知りませんでした。申し訳ありません。」
ヴァレン様の瞳が歪められると胸が痛くて涙がぽろぽろと頬を伝う。
「ステラ、何か言われたのか。」
「いいえ。友人達が守ってくれました。でも、ヴァレン様は……」
また涙が溢れて言葉が続かなくなる。
ステラにはアリスやドラードが、そしてヴァレン様がいてこの悲しみを受け止めてくれるけど、ヴァレン様はお一人で抱えてこられたのだと思うと申し訳なくなる。
「…ステラ。私は大丈夫だから落ち着いて。」
その瞳が優しく細められて、アメジストの光る左手がステラの頭を優しく撫でる。
応接用のカウチに導かれて座ると、また強く抱き締められる。
「ステラが私のために涙を流してくれた。それだけで十分だから、大丈夫。」
「ヴァレン様…。」
その優しさに胸が締め付けられて、また涙が流れる。
「私は何があってもヴァレン様のお側におります。お側でヴァレン様をお守りさせてください。」
ステラの言葉でヴァレン様のお気持ちを癒せるかはわからないが、一人で抱え込まないでほしいと伝えたかった。
「ありがとう、ステラ。私は幸せ者だね。」
ステラの体を離して優しく微笑むとそっと口付けをしてくれる。
執事やレオナルドには申し訳ないけど、今はヴァレン様と一緒にいたかったのでそのまま私室に戻って二人で抱きしめ合った。
気がつくとヴァレン様の白銀の髪が黄昏の色に染められていた。
ステラはこの美しい御方のお側にずっといられますように、と窓の外で天文台の影に沈んだ夕陽に祈った。




