92.建国祭
建国祭当日は秋晴れの爽やかな天気だった。
ヴァレン様はまだ諦めていなかったようで昨夜は散々いじめられてドレスを迫られたが、ステラは譲らなかった。
「おはようございます、ヴァレン様。」
「…おはよう、ステラ。」
ヴァレン様は拗ねているのか、ステラを抱き込みながらも目を合わせてくれない。
「ヴァレン様、私を見てください。」
でもステラは今日のヴァレン様をしっかり見ておきたかった。
父が王族を守り、ステラが敵を捕らえるということはステラは父の防御結界の外に出て一人で動かなければならない。
命を失うつもりはないけれど、大好きなヴァレン様をこの目に焼き付けておきたかったのだ。
ステラの言葉を聞いてくれて、濃い金色の瞳がじっとステラを見つめた。
「ヴァレン様、大好きです。」
「…ステラには敵わないよ。」
やっとその瞳が優しく細められて、ステラも微笑みを返した。
ヴァレン様が黒い軍服に着替えるのを横目に見ながら、ステラは王国魔術師の正装のローブを纏う。
今日も勲章とヴァレン様からもらったローブの留め具がキラキラと金色に輝いている。
「君にはもっと宝石を身に付けてほしいのに。」
「こんなにたくさんいただいて、これ以上は不相応です。」
横からヴァレン様が不満そうに言うが、今日のステラは護衛なので毅然と対応できる。
ステラはすぐに支度が終わったので、正装姿で装飾がキラキラと輝くヴァレン様の麗しさを堪能していると、準備を終えたヴァレン様が不敵に微笑んだ。
「この姿でしたら、ステラはどうなるんだろうね。」
「なっ……」
何を、と聞く前に不純にも妄想が膨らんでしまって、ステラは一瞬で耳まで茹で蛸になる。
「可愛い。何を考えてるの?」
「い、いえ!な、なにも……っ!」
美しく輝くヴァレン様が致死量の色気を放ちながら近づいてきて、刺激が強すぎて倒れそうになる。
その後、あまりの刺激に理性が飛んだステラは時間も気にならなくなるほど蕩けさせられて、痺れを切らした侍女長にノックされて慌てて我に返った。
刺激が強すぎて、防音結界を張ることすら忘れていた。
支度を整え直すためにずらっと入ってきた侍女達に全てを聞かれてしまったことに気付いてまた耳まで茹で蛸になった。
そんなステラを見てヴァレン様はご機嫌を取り戻したようで、クスクスと笑われた。
◇◇◇
王家の馬車も、今日は一層豪華だった。
先頭の国王陛下の馬車に至っては八頭立てで、おとぎ話の世界を見ているかのようだった。
ステラもヴァレン様と一緒に四頭立ての馬車に乗せてもらうが、この車列に自分が混ざっているのが恐ろしくて震えた。
広場までの沿道には一般の見物客が多数いるので、外からは歓声が聞こえてくる。
気のせいか自分の名前も叫ばれている気がして、なるべく聞かないようにして過ごした。
馬車が広場に到着する。
王族方が降りる度に観客から地鳴りのような歓声が聞こえて青ざめそうになるが、今日のステラは護衛だ。
(こんな格好だし誰も見ていない、見ていないわ。)
自分に言い聞かせながらヴァレン様のエスコートで馬車を降りる。
するとまた地鳴りのような歓声が聞こえて、思わずヴァレン様を見てしまう。
やっぱり酷い顔色になっていたのか、ヴァレン様は笑いを耐えて肩が震えていた。
ステラは建国祭に来ること自体が初めてなので、こんなにすごい人出だと知らなかった。
もちろんたくさんの人が見に来るのはわかっていたが、今日襲撃されるかもしれないと思うとこの人の多さが恐ろしくなる。
ヴァレン様を護衛しようとしたけど、あまりの人の多さにステラも揉みくちゃにされそうだった。
襲撃の前に命を失っては笑えないので大人しくヴァレン様のエスコートを受けて、近衛騎士に守られながら広場を進んだ。
王都に疎いステラでもこの広場は知っている。
王都の全ての道がこの広場に繋がっているのだ。
何度か通ったことがある道をヴァレン様と歩くのは不思議な感じがしたが、ステラは警戒を怠らないよう手に杖を握りしめた。
前方に祭壇が見える。
後方は初代の国王陛下と王妃陛下の巨大な彫像が建っていてその周りを近衛騎士が囲んでいるが、前方には民衆がひしめいている。
ステラは祭壇から少しずらした上空の、観客の目からは映らない高さに無詠唱で結界をいくつか張っておいた。
ヴァレン様が祭壇に上がられるので、ステラはそっとエスコートされていた腕を下ろしてヴァレン様に一礼する。
ヴァレン様はちらっとステラを見やるが、ドレス姿ではないステラを連れていくのは諦めたのか、さっと祭壇に上がり、第一王子殿下の横に並んだ。
建国を祝って行われる儀式は厳かに進んでいった。
王族方が順番に初代レクス王陛下と王妃陛下の像に魔力を込めて王国の繁栄と安泰を祈る姿を眺めながら、まさか自分もいつかは、と考えて恐ろしくなってやめた。
第一王子殿下とヴァレン様はやはり民衆からも人気のようで、深紅の瞳を閉じて祈る姿に地響きのような歓声が起きていた。
いつもの《敵を現す》空間魔術は開放的な広場では使えないので、ステラには攻撃魔法が発動してからでないと感知できない。
父から強力な魔力を感じるので、どんなものかはわからないが恐らく敵を感知する魔法を使っているのだろう。
ステラは時々父の様子を見ながら、警戒を強めていた。
そして、父から警戒しろと言われていた儀礼魔法を行う時がきた。
儀仗を持った父が国王陛下と共に祭壇の中央に進む。
父が跪くと、国王陛下の瞳がさっと深紅に染まり、威圧感が祭壇を包んだ。
ステラの中にあるヴァレン様の魔力が国王陛下の「王家の魔法」の魔力に反応して血管がぞわぞわしている。
続いて父が魔力を解放すると、経験したことの無い密度の魔力が広場から伸びる道に沿って王都に広がっていく。
体が持っていかれそうになり、慌てて踏ん張る。
魔力の無い民衆にもその圧力がわかるのか、広場が静まり返った。
魔力を解放する父を見るのは初めてだったので、父の、この国の王国魔術師団長の恐ろしいほどの力に改めて父と自分の実力の差を実感した。
同時に杖を持ち直し、敵の襲撃に備える。
国王陛下が何かを詠唱すると、父と国王陛下の足元に大きな金色の魔方陣が現れた。
そこに父がとん、と儀仗を立てると魔方陣が赤く染まる。
父の膨大な魔力が魔方陣に引き込まれるように収縮したとき、父とは違う強力な魔力の気配を感じた。
「《転移せよ》」
ステラが上空に転移したのと、父が祭壇を強力な防御結界で覆ったのは同時だった。
やはり父はステラよりも先に敵に気付いて無詠唱で防御結界を仕込んでいたのだろう。
これほどの結界を無詠唱で生み出せることにまた父を恐ろしく感じる。
結界の上から王都を見下ろすと民衆は不思議と落ち着いて攻撃を眺めている。
攻撃魔法が四方八方から祭壇を狙っているが、防御結界を通過する気配はない。
ステラは上空にいる自分に気付かれる前に防御結界を張っておく。
「《訪れし災厄を打ち払い、我を護れ》」
そして魔力を思いっきり解放した。
ステラの魔力が王都の道に沿って広がっていくと、民衆が上空を見上げるのが見えた。
敵もこちらに気付いて攻撃を飛ばしてくる。
中々の手練れだ。
念のため防御結界をかけ直そうとしたら、ステラを覆うように強力な結界が張られる。
父が助けてくれたのだ。
父の結界に守られて安心したステラは、天に杖を掲げて詠唱する。
「《天に反逆せし者よ、汝が罪は我が裁かん。我にひれ伏せ》」
ステラの足元に浮かんだ魔方陣から魔力の波が広がり、王都を染めていく。
四ヵ所から敵の魔力を感じる。
この群衆の中では全員倒れたかどうかまではわからないが、敵の位置がわかったので一人ずつ捕らえにかかる。
一人目は時計台の屋根。
「《鋼の刃よ、敵を捕らえよ》」
上空から絞め上げると敵が苦痛に悶えた。
杖が手から離れるのを確認してから、次の敵にかかる。
二人目は祭壇の前にいる民衆に混ざって倒れていた。
「《鉄よ、敵を捕らえし枷となれ》」
すぐに近衛騎士が気付いて駆け寄るのが見えた。
三人目は広場を臨む建物のバルコニーの影だ。
「《転移せよ》」
バルコニーを見下ろせる位置に転移してから詠唱する。
「《囲め》
《水よ、大地を潤せ》」
敵がひれ伏したまま溺れて動かなくなったのを見届けて魔法を解除する。
「《鋼の刃よ、敵を捕らえよ》」
再び詠唱して絞め上げると、敵は水を吐いてまたぐったりと横たわった。
最後の敵は、祭壇の裏側にある建物の中だ。
建物の外に結界を張る。
「《転移せよ》」
敵の反応のある建物の窓に《転移》すると、開いた窓の向こうで敵がひれ伏してこちらを睨んでいる。
「《武器を奪え》」
敵の手から溢れて床に転がっていた杖が飛んできたので無詠唱で燃やす。
「《鋼の刃よ、敵を捕らえよ》」
鋼の糸で敵がぐるぐる巻きになった。
絞め上げて動けないようにしてからまた祭壇の近くに結界を張った。
「《転移せよ》」




