91.確かな身分※
※軽いR15注意
遅くなると伝令を頼んだ上で食事は寮でとらせてもらったので、湯を浴びて急いで私室に向かう。
一日学院にいてもいいとは言われたが、さすがに羽を伸ばしすぎたのでステラは震えていた。
ヴァレン様の私室に着いて、恐る恐る扉をノックする。
「ヴァレン様、ステラでございます。」
「入れ。」
ビクビクしながら入って頭を下げると、やはり機嫌が悪そうなヴァレン様がカウチに腰掛けて本を読んでいた。
「遅くなって申し訳ありませんでした。」
「こんな時間まで何をしていたの?」
「ヴィルゴー嬢や同級生と一緒に寮でお話していたんです。」
その言葉になぜかヴァレン様は驚いたような表情をする。
「…そうか。それならいい。」
「えっと…お怒りではないのでしょうか。」
「ステラは怒られたいの?」
ヴァレン様がクスクス笑うのでステラは混乱していた。
「ステラが友人達と普通の学院生活を送ってくれるなら私も嬉しい。」
その言葉にはっとする。
ヴァレン様は学院生活の最後の一年以外はあの寮でお一人で過ごされていたのだ。
なんだか胸が痛くなって、ステラはヴァレン様の方に駆け寄ってぎゅっと抱きついた。
ヴァレン様は驚いたように一瞬固まったが、すぐに頭を撫でてくれた。
「急にどうしたの?」
「…あと三年早く生まれて、ずっとお側にいて差し上げたかったです。」
また頭を撫でる手が固まる。
「で、出過ぎたことを言ってしまい申し訳ありません。」
衝動的に言ってしまったけど不敬だったと思って、慌てて離れようとするとまた抱き締められる。
「いや、ステラが可愛すぎて驚いたんだ。」
見上げるとヴァレン様の顔が少し赤くなっていて、ステラも釣られて赤くなる。
「も、申し訳ありませ……んっ…ふ……」
謝りかけた口をヴァレン様の唇で塞がれる。
「それで、こんな時間まで何を話していたの?」
口づけの余韻が残る色香に満ちた目で聞かれて、アリス達の容赦のないとんでもない質問を思い出してぼぼっと沸騰する。
「ステラ?」
「…ヴァ、ヴァレン様の、お、お耳にいれるようなことは何もっ!」
皆に冷やかされたのを思い出して目が泳いでしまい、しどろもどろになる。
「私に隠し事は駄目だよ、ステラ。」
「んっ…ヴァレン様…」
耳元で囁かれてステラは恥ずかしすぎて体の力が抜けてしまう。
ヴァレン様の追求から逃れられないステラは何を聞かれたのかやんわりと話したのだが、そのうちに恥ずかしくて言葉が出なくなって体に聞かれる羽目になった。
溶かされて羞恥もなくなる頃には夜なのか朝なのかもわからなくなっていた。
◇◇◇
十月のある日、珍しく父に呼び出されて王国魔術師団の本部にある師団長室に来ていた。
「師団長、ステラが参りました。」
「入れ。」
さっと入室して敬礼する。
「よく来たな。そこにかけてくれ。」
「はい、師団長。」
ステラが指示された椅子に腰掛けると、父は部屋に防音結界を張った。
「師団長、何かあったのですか?」
「ああ。ステラに警告しておこうと思って。」
ステラはその言葉に目を瞠る。
「今度の建国祭だが、敵に怪しい動きがある。」
「なぜわかるのですか。」
「第一王子殿下の動向を見張らせていたんだ。魔法使いとの接触を続けている。
襲撃するのなら、王族が王城から出て一堂に会する建国祭だろう。」
建国祭は毎年十月の建国記念日に王城の近くの広場で行われる祭りで、王族方が視察以外では唯一民衆の前に姿を見せる機会だ。
王国魔術師と国王陛下による儀礼魔法が行われることもあり、国内外から見物客が多く訪れる。
「未然に防ぐことはできないのですか。」
「ステラも知っているだろう。『王家の魔法』は証拠が残らない。
敵が動かなければ捕縛できない。」
たしかにその通りだった。
「動くなら恐らく私が儀礼魔法を行うタイミングだろうな。」
「…はい。」
父の近衛魔術師としての実力は魔法使いなら誰もが知っている。
ステラは父には永遠に勝てそうもない。
敵も父の実力は当然知っているだろうから、父が儀礼魔法を使っていて杖が塞がっている瞬間を狙ってくるだろう。
「ステラ、私が王族を守るから、お前は敵を捕らえろ。」
「…ヴァレン殿下のことを忘れろと言うことでしょうか。」
「そうだ。」
「…承知しました。」
ステラは一瞬揺らぐが、師団長の命令には逆らえない。
その代わりに、心を込めて頭を下げた。
「ヴァレン殿下のことを、よろしくお願いします、師団長。」
「ああ、心配するな。必ずお守りする。」
微笑む父にステラは静かに頷いた。
「ヴァレン殿下にはお伝えしてもよろしいでしょうか。」
「いや、私も国王陛下には伝えていない。」
ステラはその言葉に驚いてまた目を見開く。
主君に絶対の忠誠を誓うようステラに教えてきたのは父だ。
そんな父が、国王陛下にも内密で動いていることに驚きを隠せなかった。
「わかりました。私も襲撃までは通常通り過ごします。」
「間違ってもドレスを着てくるなよ。」
ステラもそうしたいところだが、ヴァレン様はステラにドレスを着せたがるので躱せる自信はなかった。
「…お父様にローブを命じられたとだけ伝えてもよろしいでしょうか。」
「そうしなさい。」
父もわかっているのか苦笑いで答えた。
◇◇◇
その日、父と話し終わって執務室に帰るとヴァレン様から話しかけられた。
「ステラ、建国祭のことだが」
「はい、護衛させていただきます。」
動揺して食い気味になってしまった。
垂れてきた冷や汗を隠すように姿勢を正した。
「ステラが私の婚約者だと民に知らせる機会になる。ドレスを着てくれ。」
ステラはそう言われることがわかっていたのだ。
父の指示がなければ従うつもりだった。
「ヴァレン様、不特定多数が訪れる場です。師団長からもローブを着るよう指示を受けております。」
「私よりも魔法伯の指示を優先するのか。」
…ヴァレン様の方が上手だった。
厳しい声で言われて動揺しそうになるが、妃教育で口うるさく言われた「揺らぐな」という言葉を思い出して気持ちを落ち着かせる。
ステラはその場にそっと跪き、胸に手を当てて臣下の礼をとった。
「…ヴァレン殿下、恐れながら私は殿下の婚約者です。
有り難くも国王陛下にお認めいただき王族として扱っていただいておりますが、この身分は不確かなものです。
民に誇れる確固たる身分は殿下の近衛魔術師であることです。
どうか私に民の前で殿下をお守りさせてください。」
落ち着いて伝えて、ヴァレン様の濃い金色の目を見つめる。
ヴァレン様は厳しくステラを見つめ返す。
これで認めてもらえなかったらどうしようと思っていると、執務室にいたレオナルドが助けてくれた。
「ヴァレン、僕も今回はステラにはローブを着てもらった方がいいと思うよ。
まともな魔法使いならステラの魔力を見て襲おうと思う者はいない。」
ステラは横でブンブンと首を振って頷く。
「…レオも言うなら今回は許す。」
「寛大なお心に感謝いたします、ヴァレン殿下。」
ヴァレン様は不服そうに目を細めてステラを見る。
ステラはその視線から逃れるように深く頭を下げた。




