90.普通の学院生活
暑さが和らいで社交シーズンが終わりを告げると、ヴァレン様が執務室にいらっしゃる時間が増えて、ステラはやっと学院に通う時間がとれるようになった。
前学期はほとんど通えなかったので、王城を離れて学生として過ごす日々が新鮮で、尊く感じられた。
「アルカニス、このあと時間あるか?」
「はい、クリンプトン先生。どうされましたか?」
防御魔術の授業の後、クリンプトン先生から呼び止められてステラは振り返った。
先生方はヴァレン様で慣れているからか、婚約した後も特に態度が変わらなかったので、ステラは久しぶりに立場に縛られない自由な時間を満喫していた。
「このあと、一年生の魔法戦の授業があるんだ。アンデモール先生には許可を得ているから、私の相手をしてもらえないか?」
「勿論です、クリンプトン先生。」
去年も一年生の魔法戦の授業で、魔法戦とはどういうものかを皆の前で披露したのを思い出した。
あんな魔法を学生が受け止めたら大怪我では済まないだろう。
それにステラはクリンプトン先生の魔法を受け止めたくてうずうずしたので快諾した。
クリンプトン先生の後について屋外の練習場に向かうと、ステラの姿に気づいた一年生が皆、臣下の礼をとって頭を下げるので驚いた。
ステラは前学期はほとんど学院に来られなかったし、一年生はヴァレン様が学院にいた時のことを知らないので、ここでは頭を下げなくていいと知らないのだと気付く。
「私が魔法戦の授業も担当する。」
クリンプトン先生の声が響くが、一年生は頭を下げたまま目配せしている。
「魔法戦とは魔法を使った戦いだ。
私が守るので授業で怪我をすることはないが、本来は命のやりとりがあるものだと忘れないように。
説明するよりも見た方が早い。
今日は在学中の王国魔術師に私の相手をしてもらうので、見て学ぶこと。」
相変わらず頭を下げたままの一年生に、クリンプトン先生がどうにかしろ、という目でステラを見たのでステラも口を開く。
「顔を上げてください。」
ステラの声に一年生がおずおずと顔を上げる。
「二年生のステラ・アルカニスです。
第二王子殿下の近衛魔術師を務めています。
ですが、ここにいる間は私も王立魔法学院の生徒です。気楽に接してください。
本日はよろしくお願いします。」
ステラが微笑むと生徒達は顔を見合わせたあと拍手をしてくれたのでほっとした。
「では早速始める。ジェンキンス、審判役を頼む。合図をしたら『では、始め。』と言うだけでいい。」
先生が近くにいた男子生徒を指名するとステラに目配せをしたのでステラは練習場の端に向かった。
「このように練習場の端に向かい合って立つ。審判の声がしたら戦闘が始まる。」
生徒に説明しながらクリンプトン先生も反対側の端に向かう。
先生と目が合ったので無詠唱で遠隔魔法を仕込み、自分に防御魔術をかける。
「じゃあジェンキンス、始めてくれ。」
「…では、始め。」
審判役の生徒の声と共にステラの頭上に雷が三発程落ちてくる。
無詠唱で防げたので次の攻撃を詠唱する。
「《大地よ、敵を攻撃せよ》」
地割れがクリンプトン先生を襲い、ステラに無数の火の玉が飛んでくる。
「《雨よ、我が力と共に我を守りし盾となれ》」
魔方陣が赤く光ると空から雨が降り注ぎ、ステラの魔力と合わさって盾となって火の玉が霧散する。
地割れはクリンプトン先生によって鎮められ、今度は竜巻がステラを襲う。
「《風よ、我に従え》」
竜巻を霧散させると、クリンプトン先生とまた目が合った。
「《光の刃よ、敵を切り裂け》」
ステラが詠唱すると、クリンプトン先生は杖からぱっと手を離した。
ステラは魔法を解除して地割れを直した後、クリンプトン先生の方へ走る。
「ありがとう、アルカニス。助かったよ。」
「とんでもございません。ありがとうございました。」
ステラが先生に敬礼すると、一息置いて一年生から拍手が鳴り響く。
頬を紅潮させて目を輝かせている者もいて、学生らしい初々しさに思わず微笑んだ。
「魔法戦の流れは見ての通りだ。後は教室で説明する。」
わいわいと教室に向かう生徒を先導する先生を見送ってステラも後ろからついていくと、何人かの一年生がちらちらとステラを振り返った。
なんだろうと思って微笑みかけると、意を決したかのような表情で一人の生徒がステラに声をかける。
「近衛魔術師様、お初にお目にかかります。魔法戦、大変素晴らしかったです。」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ。」
わざわざ声をかけてくれたのが嬉しくて微笑むと、他の生徒も次々に押し寄せてきて囲まれそうになる。
近衛騎士がさっと前を遮るとはっとしたように頭を下げて、またクリンプトン先生の後を追いかけていった。
一年前の自分もこの状況なら同じことをしただろうなと思い、微笑ましく見つめて次の授業に向かった。
◇◇◇
「ねぇ、ステラ。この後時間あるかしら?」
「ええ、今日は一日学院にいていいって言われているから。」
その日の授業を終えるとアリスに声をかけられた。
「よかったら、寮に遊びに来ない?あなた、女子寮に来たことないでしょう。」
「いいの?ぜひ行ってみたいわ。」
ステラは入学してすぐにヴァレン様の特別寮に入ったので、皆が暮らしている寮は見たことすらなかったのだ。
実は中が気になっていたので、ステラは思いがけない申し出に胸を高鳴らせた。
アリスについて寮に向かう道を歩く。
ヴァレン様やレオ様と歩いた道を久しぶりに辿ると胸が痛くなるが、女の子と歩くのが新鮮で思わず辺りを眺めていると声をかけられた。
「一年生みたいね。」
「ご、ごめんなさい。なんだか懐かしくって。」
アリスに笑われて恥ずかしくなって赤くなる。
「ここを曲がったところよ。」
いつもレオナルドと遭遇していた曲がり角の先に、向かい合って立つ二つの寮があった。
ステラからすると寮というよりも小さな城だ。
「こ、これは寮なの…?」
「そうよ。第二王子殿下の特別寮よりは古いけど、中々過ごしやすいのよ。」
中々過ごしやすいどころか下手したら領地の屋敷より過ごしやすそうな豪華な造りに戦く。
王城で暮らして慣れたつもりだったが、やはり王都の貴族はステラのような田舎育ちの令嬢とは常識が違うのだ。
アリスの先導で部屋に案内してもらうと、可愛らしい淡い色合いでまとめられていて心がときめく。
「アリスのお部屋、可愛らしくて胸が高鳴るわ。」
「ありがとう、ステラ。ここにかけて。」
ふかふかの可愛いソファに座らせてもらうが、落ち着かなくてキョロキョロと部屋を見回してしまう。
何せステラは騎士と一緒に育ってきた上、唯一の幼馴染みはたまに領地に遊びに来ていたレオナルドだ。他に貴族の友人はいない。
「そんなに面白い?」
「私、女の子のお部屋にお邪魔したのが初めてなの。」
「まあ!それは光栄だわ。これ、私の領地のお茶よ。よかったらどうぞ。」
「ありがとう、アリス。」
王都育ちの貴族なのに手早くお茶を淹れるアリスを見てやはり寮生は自立していると焦ったが、有り難くいただく。
豊潤な香りが鼻に抜けるのに後味がさっぱりしていて本当に美味しかった。
「…美味しい!」
「そんなに美味しそうに飲んでくれたら領民も喜ぶわ。
それでステラ、第二王子殿下とはどうなのよ?!」
「どうって何のこと?」
「何ってあの跡よ!いつお手付きになったの?!」
そこからは半年間溜め込んでいたであろうアリスの質問責めに合い、耳まで沸騰してしどろもどろになりながら答えた。
アリスの黄色い悲鳴に釣られたクラスメイトもやってきてまた質問責めに合い、帰る頃には空が真っ暗になっていた。




