89.後ろ盾
ヴァレン様の公務がない日は午前中は妃教育を受けて、午後には王国魔術師団に通ってと忙しく過ごしていたある日、妃教育を終えて執務室へ戻ってくると、ヴァレン様が嫌そうな顔でステラを出迎えた。
「ヴァレン様、戻りました。何かご不快なことでもございましたか?」
「…母上からステラに茶席への招待が届いている。」
「まあ!それは楽しみです。」
ヴァレン様が差し出した書状を確認すると、明日の午後に茶席に招待したいことと、無理をしてドレスを着てこなくてもいいと書いてあって思わず笑みが漏れた。
「私、お母様のことが大好きです。」
「その言葉を言っていいのは私にだけだよ、ステラ。」
思わず呟くと、ヴァレン様は麗しいお顔を盛大に歪めて言った。
「ヴァ、ヴァレン様のことも大好きですよ!」
「そういうのは私室で頼むよ。」
「あっ...も、も、申し訳ありません。」
ヴァレン様が物凄く嫌そうな顔をしたので慌てて言ったのだが、今度は横で聞いていたレオナルドも盛大に顔を歪めたのでステラは顔を真っ赤にして頭を下げた。
◇◇◇
翌日、お言葉に甘えて王国魔術師のローブを着て、迎えに来た侍女と共に第一王妃陛下のサロンに向かった。
「ステラ・アルカニス様をお連れしました。」
「入りなさい。」
扉が開くと頭を下げて一礼する。
女官長からは王族同士なのだからもう臣下の礼をとるなと言われたが、今日はドレスでもないので手の置き場がなくてそわそわする。
「ふふ、ステラさん、お久しぶり。」
「お久しゅうございます、お母様。」
ステラの葛藤を見抜かれたのか、第一王妃陛下が艶やかな微笑みと共に迎えてくれる。
「さあ座って。」
「お母様、ありがとうございます。」
また一礼して座らせていただく。
座り方まで女官長に直されたので、さっと座らないようにゆったり腰掛ける。
「女官長にやられてるのね。」
「…はい。」
「私も大変だったわ。ステラさんも苦労しているでしょう。」
「お母様もご苦労なさったんですか?」
第一王妃陛下はリュクス公爵家の出身で元々高貴なお方だ。
とても苦労するとは思えなくて驚く。
「王国魔術師の振る舞いに慣れていたから、野蛮だって言われたわ。」
「わ、私もです!」
「お辞儀の角度まで直されたりして、腰がおかしくなりそうだったわ。」
「そうなんです!何が正しいのかわからなくなっておかしな角度になってしまって…」
「ふふ、懐かしいわ。」
本当に自分が二人いるみたいに同じ経験をされた第一王妃陛下に一段と親しみを抱いた。
「そういえば、ステラさんは剣術も達者なのね。」
「え?!…し、失礼しました。」
剣を見せた記憶がないのに突然言われて、驚きの余り失礼な返答をしてしまって慌てる。
「女官長はいないから気にしなくていいのよ。
朝、時々ヴァレンと手合わせしているでしょう。窓から見えるのよ。」
「ええ?!…お、お目汚しをしてしまい申し訳ありません。」
あれからも時間があるときは朝食前に庭でヴァレン様と手合わせしていた。
庭に誰もいなかったから油断していたが、窓から見られていたなんて気付かなかった。
恥ずかしくて顔まで真っ赤になる。
「いいのよ。ヴァレンも楽しそうだし、私も二人が仲良くしている姿を見られて嬉しいわ。国王陛下も喜んでいらっしゃるのよ。」
「こ、国王陛下まで…恐れ多いです…。」
国王陛下の御目に入ってしまったなんて恐れ多すぎて本当に体が震えてしまうと、第一王妃陛下にクスクス笑われた。
「ステラさんは、このまま近衛魔術師を続けるの?」
「…はい。ヴァレン殿下がお許し下さる限り、続けたいと思っています。」
また思ってもみない質問をされて一瞬目を瞠るが、元王国魔術師の第一王妃陛下ならわかってくださると信じて、思っていることを正直に答える。
「そう。私は貴方の決断を応援するわ。」
「お母様…ありがとうございます。」
ヴァレン様も含めて、ステラが近衛魔術師を続けることはよく思われていないので、第一王妃陛下のお言葉に泣きそうになってしまう。
「天覧試合で貴方の魔法を見て、王室に入るからってその魔法の才を生かさないのは勿体無いと思っていたの。」
「そ、そんな…勿体無きお言葉、恐悦至極に存じます。」
「この前、魔法伯も喜んでいたわ。後継ができたって。師団長を目指したらいいじゃない。」
「…以前はそう思っていましたが、夢に留めておきます。」
父の背中を追い続けてきたステラにとって、王国魔術師団の師団長は誰にも言えない、本当に密かな目標だったのでそれまで見抜かれて驚いてしまう。
でも、ヴァレン様はステラが王国魔術師であり続けることを嫌がるだろうし、立場が許さないだろうと諦めていた。
「王族だからって夢を諦める必要はないのよ。私がそうさせないわ。
ヴァレンのことなら気にしなくていいのよ。
あの子は昔からお気に入りを囲いたがるけど、きっと貴方には逆らえないから。」
「と、とんでもないです…。
でも、ありがとうございます、お母様。
私の夢を初めて認めてくださったので、嬉しいです。」
ステラは感謝の気持ちを込めて心から微笑んだ。
「…ステラさん。貴方はヴァレンにとっても、私にとっても、大切な人よ。
もし貴方にはどうしようもできないことが起きてしまったら、私を頼ってね。」
ステラは思わず第一王妃陛下の澄んだ青い瞳を直視してしまう。
第一王子殿下の話をどこまでご存知なのだろうか。
頼らせていただくのは恐れ多いが、後ろ盾のないステラには本当に有難いお言葉だった。
「お母様、私はお母様にいただいたご恩をどうお返しすればいいのかわかりません。
本当にありがとうございます。」
「何もしなくても、ヴァレンと一緒にいてくれたらそれでいいのよ。」
ステラが跪く勢いで頭を下げるのを見て、第一王妃陛下はまたクスクスと笑ってくださる。
ヴァレン様の優しさは第一王妃陛下譲りなのだろう。
無償の愛が尊くて、本当に跪きたい気持ちでいっぱいだった。
その後も、王立魔法学院の特別寮がヴァレン様のために建てられたと知って驚愕した話や、婚約式で腰が抜けかけた話を楽しく聞いてもらった。
「あれは私も足が立たなくなりそうだったわ。陛下が簡単な式だっておっしゃるから、あんなことになっているとは思わなくて。」
「そうなんです!ヴァレン様が…ヴァレン殿下が五分で終わるっておっしゃるから大丈夫だと思ったら…人生で一番長い五分でした。」
「これからその記録が更新されないことを願うわ。」
「え?!」
「ふふ、どうかしらね。」
ヴァレン様のお母様だからか、リュクス公爵家のご出身だからか、自分と境遇が似ているからか、本当の母のように安心して気軽に話せてしまって話が尽きなかった。
お茶会を終えてすっかり日が落ちた頃に執務室に戻ると、ヴァレン様が物凄く嫌そうな顔で出迎えて、何を話したのかまた根掘り葉掘り聞かれることになった。




