86.寵絡
貴族の挨拶を受けながら、ステラは違和感にもやもやしていた。
やはり《敵を現す》魔術が微弱に反応し続けているのだ。
微弱な反応なので《場所を示す》呪文は使えないが、さすがに目の前に《敵》が来ればわかる。
第一王子派だけではなく、第二王子派の貴族の中にも《敵》のような反応を示すことがあったので、不気味な違和感があってもやもやしていたが、とても口に出せなかった。
今、ヴァレン様はリュクス公爵とレオナルドと一緒に話している。
この二人には《敵》の反応はないので安心していたら、いつもの《敵》の反応がしてはっと前を見る。
ちょうどホールに第一王子殿下が入ってきたところだった。
またノクティス公爵と一緒だ。
こちらに向かってくるのでステラが頭を下げると、リュクス公爵とレオナルドが気付いてさっとその場を去っていった。
「よくぞお越しいただきました、兄上。」
「ヴァレン、ステラを一曲借りる約束を果たしてもらっていなかったのでな。」
ヴァレン様は第一王子殿下の言葉に険しい表情を浮かべてステラをぎゅっと囲い込む。
「以前、お貸ししましたが。」
「一曲は済んでいなかっただろう。では、借りよう。」
ノクティス公爵とヴァレン様をその場に残して、ステラは強引に手を取られて連れて行かれる。
ヴァレン様は第一王子殿下を睨み付けてはいたが、追いかけることが出来ないのはステラにもわかっていた。
「再び貴重な機会をいただけて光栄でございます、第一王子殿下。」
「君とまともに話せていないからな。以前の礼も伝えていない。」
「職責を果たしたまででございます。身に余るご配慮、恐れ入ります、第一王子殿下。」
ステラは普通に話しているが、第一王子殿下はステラの耳元で囁くように話すのでぞわぞわする。
「王家の魔法」でぞわぞわしているのか、耳元で囁かれるのが嫌なのかはわからないが、第一王子殿下の目は見ないようにまっすぐ前を向いた。
ダンスフロアに到着したが、まだ前の組が終わっていなかった。
前回は第一王子殿下とダンスをしているときに毒を盛られかけたので、遠目からヴァレン様にかけた防御魔術がちゃんと展開されているか確認する。
今日も敵意を持ってヴァレン様に触れたら魔力が消し飛んで再起不能になるようにしてある。
「そなたはヴァレンしか目に入らぬのだな。」
国王陛下やヴァレン様に似た、胸に響くような威圧感のある声で耳元で囁かれてビクッと震える。
「恐れながら私はヴァレン殿下の近衛魔術師でございますゆえ、それが職務でございます。」
「私が先に見つけていれば手に入れていたものを。
今からでも私の近衛にならないか。」
「お戯れを。私の主君はヴァレン殿下でございます。」
ぎょっとして思わず目を見そうになって慌てて顔を伏せる。
相変わらず血管がぞわぞわして、鳥肌が立ちそうな感覚がある。
「私なら君を危険な目に合わせずに済む。」
ステラは今度こそ驚いて顔を上げてしまう。
第一王子殿下は優しく微笑んでいるように見えたが、その薄い金色の瞳はぞっとするほど冷たかった。
「…私の使命はヴァレン殿下をお守りすることです。私が危険に晒されることで主君が守られるのならば本望でございます。」
まさか第一王子殿下を疑っているのがわかっているのかとひやひやするが、動揺を声に出さないように、そして《真実》のみを言うように気を付ける。
「…そなたの心が私に向くことはないのだな。」
急に憂いを帯びた声で言われてまた驚き、どう返そうか迷っているうちに音楽が止み、第一王子殿下のエスコートでダンスフロアに進んだ。
ゆったりとした音楽に身を任せながらヴァレン様の様子を確認する。
ノクティス公爵と真剣に話し込んでいるようだ。
ノクティス公爵が隣にいる今なら、第一王子派の襲撃の可能性は低そうだ。
ヴァレン様に注意を向けつつ、第一王子殿下のダンスがそつなく終わるようにひたすら願う。
「ダンスの間は私を見てと言っただろう。」
第一王子殿下に囁かれてステラははっと顔を上げる。
ヴァレン様が優しいだけで、王族の命令を無視するなど打首になってもおかしくない。
「大変なご無礼を働き申し訳ございませんでした、第一王子殿下。」
ステラは目は合わせないように顔を上げ、第一王子殿下の麗しいお顔を見る。
ヴァレン様にもどことなく似ている気はするが、雰囲気が柔らかい感じがする。
その柔らかく麗しい微笑みに何人が囚われたんだろうと思うとぞっとしてしまう。
「その美しい瞳で私を見てくれ。」
「私の瞳をその尊き御目に…」
「私を見よ。」
胸に響く声で命令されて、逆らえないステラは恐る恐るその目を見上げる。
一瞬燃えるように紅くなった瞳に目を見開きかけて、どうにか平静を装う。
全身の血管がぞわぞわと拒否反応を示している。
「やっとその瞳を映せた。やはり君は美しい。」
ヴァレン様だと胸を震わせるその声も、心臓に響いてぞわぞわとステラを凍りつかせていく。
最後のターンが終わり、やがて音楽が鳴り止んだ。
会場の拍手に淑女の礼をして退場する。
第一王子殿下のエスコートでダンスフロアを出るが、ヴァレン様はまだノクティス公爵と何かを話し込んでいた。
ヴァレン様とステラの目が合うが、申し訳なさそうに顔を歪めるのを見て、ステラはリュクス公爵かアリスのところに行こうと第一王子殿下に向き直る。
「第一王子殿下、私は挨拶に…」
「それでは私と一杯どうかな。」
「…恐れ入ります、第一王子殿下。」
通りかかった給仕から葡萄酒を受け取るとステラに勧める。
もちろん断る権利などない。
ステラはお酒はヴァレン様に禁止されているので、疑われない程度にちびちびと飲む。
すると、目の前にまた見知った顔が現れた。
「ご挨拶をよろしいでしょうか、アルセナ殿下。」
学院のクラスメイトのエリザベス・フォード伯爵令嬢がよく似た髪色の青年に連れられてやってきた。
「勿論だよ、マリウス。」
第一王子殿下の言葉でマリウス・フォード伯爵令息だと気付いた。
エリザベスの兄でフォード伯爵家の嫡男だ。
学院の四年生のはずだが、ステラは面識がなかった。
「ご機嫌麗しゅうございます、アルセナ殿下。」
「お久しゅうございます、アルセナ殿下。」
マリウスとエリザベスが揃って頭を下げる。
二人とも第一王子殿下の従兄弟だから親しいのだろう。
《敵》の気配は感じないが、マリウスは第一王子殿下に心酔しているのか、隣にいるステラを蔑むような目で見た。
「エリザベスは誠に久しいな。学院ではこの者と同級生ではないのか。」
「さようでございます、アルセナ殿下。
ステラ様、お久しゅうございます。」
「ごきげんよう、エリザベス。」
エリザベスは麗しく微笑んでいるが、「なぜ第一王子殿下の隣にいるのだ」と言いたそうな顔をしていた。
ステラも早くこの場を去りたくてしょうがないので、エリザベスと踊ってくれますようにと願って頭を下げる。
「それでは、私はこれにて失礼いたします。第一王子殿下、身に余るご光栄をありがとうございました。」
「寂しいことを言うでない、ステラ。」
「恐れ入ります、第一王子殿下。失礼いたします。」
また腕を捕まれる前に振り返ってヴァレン様の方を見るとまだノクティス公爵と話続けていたが、目が合うと軽く腕を広げられた。
行ってもいいのだとわかって、はしたなく見えないギリギリの速度でヴァレン様とノクティス公爵のところへ向かう。
ヴァレン様に頭を下げると、そのまま腰を抱えこまれた。
「ではノクティス公爵、私の婚約者が寂しがっているのでこれにて失礼する。」
「これは失礼、第二王子殿下。お付き合いいただきありがとうございました。」
ノクティス公爵が優雅に一礼して去っていった。




