85.美しい魔法
いよいよ七月も終わる。
ヴァレン様のお誕生日を祝う舞踏会の日を迎えた。
アリスに用意してもらった贈り物をいつ渡そうかとそわそわしながら眠りについたら、まだ朝焼けで空が赤紫に染まっている時間に目が覚めてしまった。
普段より幼く見える寝顔が可愛いと思いながら、ヴァレン様の頬を少しつついて寝息が乱れないことを確認する。穏やかな寝息にほっと息をついた。
ステラはそっとヴァレン様の腕から抜け出して、ベッドサイドの棚の引き出しに仕舞っておいた巾着をそっと取り出して中の物を取り出した。
金で出来た魔道具の懐中時計だ。
ステラがもらったローブの留め具より純度が低い金なのでヴァレン様の贈り物ほど高価ではないが、王族が身に付けるのにも十分なしっかりした造りで、初めて見たときはアリスに深く感謝した。
指輪と違って魔法をかけるだけなので既に魔力は込めてある。
これで時間は絶対にずれないし、日付も時間ぴったりに変わるようになっている。
そして時計の文字盤にはステラの魔法で、ステラの目に映る空がそのまま映し出されるようになっている。
幻覚魔法を応用したのだが、社交シーズンが終わったら執務室にこもることも多いヴァレン様の気分転換になるといいなと思ってかけてみたのだ。
朝焼けに染まる文字盤を眺めながらいつ渡そうかと考えていると、ヴァレン様の腕がステラをぎゅっと抱き締めて思わずビクッとしてしまう。
「…ステラ、何してるの?」
「お、起こしてしまってごめんなさい。か、考え事をしていました。」
少しかすれた色気に満ちた声で聞かれていろんな意味で胸が高鳴りつつ、慌てて時計を巾着にしまって枕の下に隠す。
「…私から離れないで。」
濃い金色の瞳は眠そうにとろんとしている。
胸がギューンと高鳴って、乱れて少し目にかかっている白銀の髪を優しく撫でる。
「ヴァレン様が望んで下さる限り、離れませんよ。」
「…そう。」
そう言ってまた瞳を閉じたのを確認してステラもまたベッドに入ると、急にステラを抱く腕に力がこもる。
「…ヴァレン様?」
「ステラ。」
いつの間にか組み敷かれていて、驚いて見上げるとさっきまでとろんとしていた瞳は熱を帯びてステラを見つめていた。
「あ、あの……」
「朝から私の事を考えてくれていたんだね。」
「えっ?!」
まさか見られてしまったのかと思って慌てて枕の下に手を伸ばそうとするが、その手を押さえ付けられる。
「…っふ……んっ……ヴァレン、さま……」
ステラを蕩けさせてしまう口付けを浴びたら、もう止められなかった。
朝日が昇りきった頃、ステラは頭が真っ白になって、また眠りの世界に連れ戻された。
◇◇◇
「おはよう、ステラ。」
「…ヴァレン様、おはようございます。」
今度はちゃんと起きるべき時間に起きたが、朝方の反動で逆にステラの目が開かなかった。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です…!」
ステラの首筋をなぞりながらいたずらっぽく笑うヴァレン様に、思わず体がビクッと反応してしまって慌てて体を起こす。
「朝は何をしていたの?」
「え?!な、なんでもありません!」
もう忘れられたと思っていた話題を掘り返されて動揺してしまう。
でも、今日は舞踏会だからこの後は支度を終えるまでヴァレン様には会えないことに気がついた。
薄いシュミューズ一枚で渡すのも恥ずかしかったが、シーツを手繰り寄せて肌を隠して、枕の下に隠した巾着を引っ張り出す。
「あ、あの、ヴァレン様…。」
「どうしたの?」
ステラの様子を見てヴァレン様も体を起こすが、はだけたシャツの隙間から胸元から腹筋に続く美しい筋肉の線が見えていて目の毒だ。
ステラは顔を真っ赤にしながら巾着を差し出す。
「お誕生日、おめでとうございます。」
ヴァレン様は目を丸くしてステラを見つめたが、恥ずかしくて今度は耳まで真っ赤になったステラを見て微笑んで巾着を受け取ってくれた。
「そういうことか。
ありがとう、ステラ。開けてもいいかな?」
色気に満ちたヴァレン様を見ていられなくてブンブンと首を振って頷くことしかできない。
ヴァレン様は時計を取り出すと魔力が込められていることに気付いたようで、蓋を開けてくれる。
喜んでもらえるか不安で気まずくて、ステラは窓の外に目を向けた。
すっかり日が昇っていて、晴れ渡った空に入道雲が浮かんでいる。
「これは…ステラがかけてくれたの?」
「は、はい。私が見ている空です。」
「…美しい魔法だ。」
文字盤を窓に透かすように見つめてくれる。
澄んだ青い空に入道雲がもくもくと映し出されていた。
「しっかり魔力を込めたので絶対に時間も日付もずれません。」
空の魔法は喜んでもらえるか心配だったが、時計の精度に関しては自信があるので胸を張って言った。
「ありがとう、ステラ。私のお気に入りがまた増えたよ。」
「喜んでいただけたならよかったです。」
そう言って微笑むヴァレン様に嬉しくなってぎゅっと抱きついた。
◇◇◇
いつも通り侍女に磨き上げられたステラは、淡い水色のドレスを纏ってヴァレン様の元へ向かう。
控え室に入ると、燕尾服を完璧に着こなす麗しいヴァレン様がステラを見て微笑んだ。
「綺麗だ。やはりステラにはドレスを着てほしいな。」
「ありがとうございます。ヴァレン様は今日も麗しいです。」
夕焼けに照らされた白銀の髪に婚約の日を思い出してドキドキしてしまう。
ファーストダンスにも慣れてきたけど、こんなに麗しい御方の腕で踊ることができる幸せがまだ信じられない。
「では、行こうか。」
「はい、ヴァレン様。」
ヴァレン様の腕をとって、ホールに向かった。
「第二王子殿下のお成り。」
「《敵を現せ》」
侍従の声でホールの扉が開かれて、ステラはさっといつもの魔術を唱える。
いつも以上にご機嫌なヴァレン様がステラの左手に輝く王族の証の指輪に口付けをすると、会場にざわめきが走る。
赤くならないように気を付けながらダンスフロアの真ん中に立つと、荘厳なワルツが流れ始めた。
家令に鍛えられた体は勝手に動き始めるので、ヴァレン様の完璧なリードで心地よく踊る。
「ステラが慣れてくれてよかった。」
踊りながら耳元で囁かれて、はたと気付く。
確かに最近王家の馬車にも、皆の前でヴァレン様に触れられることにも、注目を浴びることにも何とも思わなくなってきた。
一年前はこのファーストダンスにもパニックを起こしていたことを考えると慣れは怖い。
急に恥ずかしくなって赤面すると、ヴァレン様にクスクスと笑われた。
ダンスを終えてホールの奥に進むと、すぐに見覚えのある二人がこちらにやってきた。
「ご挨拶をよろしいでしょうか、第二王子殿下。」
「ヴィルゴー伯爵、久しいな。」
アリスと、アリスの父のヴィルゴー伯爵が連れ立って臣下の礼をとり、頭を下げる。
「第二王子殿下のお誕生日を心よりお祝いいたします。このめでたき日にお目にかかる光栄、恐悦至極に存じます。」
「楽にせよ。」
二人が姿勢を正すと、アリスがステラの方をチラッと見て「どうだったのよ」という目をするので笑ってしまいそうになる。
「第二王子殿下のご配慮で我が領地の葡萄酒をご指名いただいたと聞き及んでおります。身に余る光栄、幸甚の極みに存じます。」
「よいのだ、ヴィルゴー伯爵。
この者がご令嬢に大変世話になっている。今後とも頼む。」
「ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます、第二王子殿下。」
ヴィルゴー伯爵に続いてアリスも優雅に頭を下げる。
もっと話したいけど、今日の主役はヴァレン様なので貴族が取り囲むように挨拶の隙を狙っている。
ヴィルゴー伯爵とアリスは挨拶を終えると足早に去っていった。




