84.愛情の対価
王城の廊下を早足で執務室へと急ぐ。
父から「忠誠の魔法」の恐ろしい話を聞いて、早くヴァレン様にお会いしたかったのだ。
ヴァレン様の執務室の前の廊下を通りすぎようとすると、廊下に控えていた侍女が慌ててステラを呼び止める。
「ス、ステラ様、お待ちを…!」
「はい。なんでしょうか。」
「ご無礼をお許しください。先に湯殿へお連れいたします。」
その言葉にやっと自分の有り様に気付く。
父が《清め》てくれたので汚れは落ちているが、戦場訓練で激しく攻撃を受けたのでローブは擦り切れ、髪は乱れていた。
あちこちの擦り傷には血が滲んでいる。顔もひりひりするので石でも飛んできたのかもしれない。
王家の紋章が輝く勲章やローブの留め具が無事でよかったとステラは胸を撫で下ろすが、侍女は真っ青になっている。
「…驚かせてすみません。よろしくお願いします。」
このままヴァレン様と顔を合わせたら本当に仲間の魔術師が罰せられてしまうかもしれないので、ステラは素直に従った。
いつも以上に念入りに磨かれて、医官を呼ぶと言い張る侍女をなんとか説得した頃にはすっかり夜になっていた。
ヴァレン様には先にお食事を済ませていただいたのでステラも急いで食べて私室に向かう。
緊張しながらヴァレン様の私室のドアの前に立つ。
「ステラ・アルカニス様がいらっしゃいました。」
「通せ。」
中から聞こえる声に久しぶりに恐れ多くなる。
入室して頭を下げると、大好きな優しい声がして胸が震える。
「ステラ、おかえり。」
「お待たせしてしまって申し訳ありません、ヴァレン様。」
「何かあったの?」
「いえ、大丈夫です。」
ヴァレン様の心配そうな声に顔を上げると、カウチに腰かけていたヴァレン様が驚きの表情を浮かべて立ち上がり、こちらにやってきた。
「誰にやられたんだ。」
厳しい表情でステラの頬を撫で、そのまま傷だらけの手を取ると杖を取り出した。
「《癒えよ》」
「あ、ありがとうございます、ヴァレン様。これは私が悪いんです。」
「ステラ。」
「ヴァレン様、本当に大丈夫です。それよりも、ヴァレン様にお、伝え…したい…ことが…っ」
なぜか目からぽろぽろ涙が溢れて止まらなくなってしまう。
「何があったんだ。」
怒りが滲む表情のヴァレン様に慌てるが、涙は止まらない。
「す、みません…。お話、したいので…お掛けください…っ。」
今にも騎士を呼びそうなヴァレン様の手を引いてカウチに腰かけてもらう。
ステラも横に座ると、ヴァレン様に優しく抱き締められて背中を撫でられる。
その優しさにまた涙が止まらなくなるが、必死に呼吸を落ち着かせる。
「何があったのか教えてくれ。」
「…ヴァレン様、父に、聞いたんです。」
「魔法伯に?何を聞いたんだ。」
「ヴァレン様が使ってくださった『忠誠の魔法』のことを聞いたんです。」
その言葉にヴァレン様は一瞬目を丸くするが、すぐにまた厳しい表情に戻る。
「成功したんだから関係ないよ。
私がしたくてそうしたんだから、ステラが気にすることではない。」
「ヴァレン様…。私は、ヴァレン様が私に下さるお気持ちに見合う対価を持ち合わせておりません。
ヴァレン様の崇高なお心に見合う人間ではないのに、お隣にいさせていただくのが申し訳ないです。」
ヴァレン様に言っても困らせてしまうのはわかっているのに、また涙が溢れてしまう。
ヴァレン様はその金色の瞳を細め、少し微笑んでくれた。
「対価などいらないけど、もう十分過ぎるほどもらっているよ。
ステラが私の隣に立ってくれるだけで十分なんだ。
それに『王家の巫女』という重圧を背負わせてしまっているし、ステラが命をかけて私を守ってくれるのだから、私もそれに見合う守りを与えたかったんだ。」
そういって背中を撫でてくれる。
優しく細められているヴァレン様の濃い金色の瞳を見つめる。
ご身分が尊いだけではなく、ヴァレン様のことを知れば知るほど、そのお人柄が尊くて恐れ多くなる。
「…ヴァレン様、ありがとうございます…っ。
私は、何があっても絶対にヴァレン様をお守りします。
ヴァレン様が望んで下さる限り、ずっとお隣にいます。
私にはそれくらいしかできないですが、この命を懸けてヴァレン様に仕えさせてください。」
「ありがとう、ステラ。」
「お、お礼を言うのは私です。本当にありがとうございます。」
逆にお礼を言われてしまって慌てて頭を下げる。
「それで、これはどうしたんだ。」
再び頬を撫で、ドレスの裾から覗く足の擦り傷に目を向けてまた厳しい表情で聞かれる。
「あ、あの、これはちょっと訓練で…。」
「今すぐ魔法伯を呼んで近衛をやめさせる。」
「な、なりません!ヴァレン様をお守りするために鍛えているんです!」
また立ち上がろうとしたヴァレン様の手を引く。
「…今度怪我をしたら本当にやめさせるかもしれない。ステラが傷つくのは耐えられない。」
「次はうまくやります。作戦があるんです。」
執務室へ戻る道中で思い出した魔術を思い浮かべて思わず微笑んでしまう。
「ステラ、もう近衛魔術師である必要はないんだよ。
君は守られるべき立場だ。」
相変わらず厳しい表情のヴァレン様がじっとステラの瞳を見つめた。
「私はヴァレン様をお守りしたいんです。ご迷惑でなければ、近衛魔術師でいさせていただきたいです。」
ステラは跪こうとしたが手を引かれて止められる。
「迷惑ではないんだけど、心配なんだ。ただドレスを着ていてくれればそれでいいのに。」
「ドレスよりも、ローブを着ていたいんです。申し訳ありません。」
表情を緩めて呆れたように息をつくヴァレン様にほっとして笑いかける。
「…他にも傷はあるの?」
「あっ…えっと……」
「見せて。」
「いえ、ちょっと…あの、本当に大丈夫です。」
「では私が確認する。」
それからドレスを脱がされて恐れ多くも傷を一つ一つ《治癒》してもらった。傷に優しく触れるヴァレン様の指と杖がくすぐったくて身をよじっていたらいつの間にかベッドに連れていかれた。
訓練の疲れもあっていつ寝たのかわからないまま、気付いたら朝を迎えていた。




