82.戦場訓練
期末試験は無事に終わり、どうにか首席の座を守り抜くことができた。
ヴァレン様のおかげで王国史は百点中百二十点だったので、やはり尊いノートに間違いなかった。
相変わらずヴァレン様がお忙しかったので終業式には行けなかったが、首席の徽章が届いてステラはほっと胸を撫で下ろした。
時間があるときには朝の手合わせも付き合ってもらっていたので、ステラは首席をとれたことよりもその時間が続いていることが一番嬉しかった。
今日は珍しくヴァレン様が一日執務室にいるので、ステラは久しぶりに王国魔術師団の本部に向かっていた。
父に相談したいことがあったが、こんなことで指輪を使うのも申し訳ないので行ってみることにしたのだ。
「失礼します。本日師団長はいらっしゃいますか。」
「はい、午前中にはお越しになる予定です。」
「ではお手数ですが、私が話したいと言っていたと伝えていただけますか。
訓練に言ってきますが、午前中のうちには本部に戻ります。」
「承知しました。伝えておきます。」
管理部隊付きの侍女に父への伝言を頼むと、ステラは意気揚々と訓練場に向かった。
そろそろ派手に魔法を使いたかったのだ。
「お疲れ様です。」
「ステラ来たのか!久しいな!」
「天覧試合は最高だったよ!」
戦闘部隊が訓練している訓練場に顔を出すと朝の走り込みを終えて休憩中だったようで、顔馴染みの魔術師達がわいわいと集まってきてくれた。
「ちょっと派手にやりたくて、どなたか付き合っていただけませんか?」
その言葉に魔術師達が顔を見合わせてニヤリと不敵に微笑む。
「そんなステラに最高の訓練があるんだよ。やるか?」
「やります。」
「じゃあ場所を変えよう。」
「はい、よろしくお願いします。」
ディーンが提案してくれたので、何をするのかはわからないが、最高らしいのでとりあえずついていく。
案内されたのは天覧試合を行った第一訓練場だった。
いつもは観客席に結界が張られているが、今日は訓練場を囲うように張ってある結界以外は解除されているようだった。
到着すると、一緒に来た魔術師達が観客席も含めて観客席のあちこちに散らばって行き、ディーンだけがステラと一緒に訓練場の中に入った。
「戦場を想定した訓練だ。ステラ一人を俺達十人でぶっ潰す。
十人倒せたら終わりだが、限界が来たら杖から手を離せばそれで終わりだ。」
ディーンはステラを訓練場の真ん中に立たせるとそう言った。
ステラは微笑んだ。
「最高です。」
「じゃあ合図を送ったら始めるからな。」
「よろしくお願いします。」
ディーンもどこかに姿を隠した。
ステラは杖を手にとって無詠唱でできる範囲の防御魔術をかけた。
どこかから声が聞こえた。
「では、始め。」
声と共に十人分の猛攻がステラを頭上から、正面から、側面から取り囲む。
無詠唱の防御魔術では三秒が限界だ。
「《囲め》
《転移せよ》」
一旦場所を《移す》が、すぐに次の攻撃が降ってきたので防御魔術で防ぎながら走り回る。
一対一を十回やるのと、十人を一人で相手するのは全く違うのだと気付いた。
「《大地よ、我に従え》
《天の恵みよ、大地を乾かせ》」
地割れかけた上に地面が凍りかけたので慌てて地面に魔力を込める。
「《光よ、敵を照らし出せ》」
ステラが杖を天に掲げると、目を開けていられないほど強烈な魔力の光が一瞬競技場を包み込む。
ステラの魔力の光を浴びた者の位置を把握するが、皆動き回っているので目標を定めにくいことに気付いた。
「《敵を包囲せよ》
《木々よ、覆い繁り敵を捕らえよ》」
貴賓席の上にいる一名に無詠唱の攻撃魔法を畳み掛けながら、観客席を動き回る魔術師を結界で囲んで、その中に大量の木の根を生やして魔術師を地面に押さえつける。
「《訪れし災厄を打ち払え》
《鉄よ、敵を捕らえし枷となれ》」
降り注ぐ攻撃を防御魔術で防ぎながら、貴賓席の上でステラの攻撃魔法を防御している魔術師を捕らえる。
あと八人だ。
「《大地よ、我に従え》
《訪れし災厄を打ち払え》」
ステラを襲いかけた地割れを鎮めて、上から降り注ぐ雷を防ぐ。
走り回りながら防御と攻撃を繰り返し、雷を二百回は受け止めた頃、ローブも自分もボロボロになりながらなんとか六人を捕らえたが、体力の限界と凍りついた訓練場の冷え込みで足が震えて手に力が入らなくなった。
ステラは杖から手を離す。
「ま、負け、ました…っ!」
ステラを襲おうとしていた猛攻が霧散する。
ステラも六人を捕らえていた魔法を解除する。
魔術師達の攻撃で地割れて凍りついていた訓練場が段々元通りになっていく。
「一時間か、よく持ったな。
大体の奴は初回は三分で音を上げる。」
「きつ、いですが…最高、でした。また、お願いします。」
「それでこそ師団長の娘だ。」
無傷のディーンに息も絶え絶えで返すと、入り口から声が聞こえた。
「師団長に敬礼!」
ステラは慌てて姿勢を正し、敬礼をとりながら息を整える。
父がゆったりと訓練場に入ってきてステラに笑いかけた。
「おお、派手にやってるな。負けたのか。」
「負けました。申し訳ありません、師団長。」
「師団長、ステラは一時間耐えました。新人の新記録です。」
横からディーンが庇ってくれるが負けは負けだ。
ステラの頭の中では次はどうやって十人を捕らえるかしか考えていなかった。
「そうか、頑張ったな。」
「おと、師団長。ありがとうございます。」
「《清めよ》」
「す、すみません、師団長。」
父にステラの頭を撫でられて、安心してお父様と呼びかけたが慌ててやめる。
泥と汗にまみれたステラの体とローブが父の魔法で綺麗になった。
「私に話があるとのことだが、場所を変えた方がいいか?」
「はい、人払いをお願いいたします。」
「じゃあついてきて。」
「はい、師団長。」
父の言葉にはっとして、本題を思い出した。
頭の中を埋め尽くしていた作戦は一旦胸の奥に仕舞っておいた。
父の後に続いて行くと師団長室に到着した。
警備部隊の魔術師に声をかけて、師団長室前の廊下の人払いをしてくれる。
師団長に入ると、父自ら防音結界を張ってくれた。
「恐れ入ります、師団長。」
「誰も聞いていないし普段通りでいいよ。
私に話とは、何かあったのか?」
「お父様…。あの、《敵を現す》魔術が最近おかしいんです。」
父に相談したかったのは《敵を現す》空間魔術のことだ。
攻撃の意思があれば《敵》として反応するはずなのに、最近はもやもやと微弱な反応し続けてしまう。
「おかしいとはどんな感じなのかな?」
「ヴァレン様と一緒に行動した先で、常に微弱な反応を示しています。明確に反応するのは…第一王子殿下だけです。」
一応防音結界を確認してから答える。
「この前の舞踏会での襲撃でも、《敵》にはっきりと気付いたのは攻撃の直前でした。
それまでは微弱な反応しかなかったんです。」
「そうか。今かけられるか?」
「はい。《敵を現せ》」
ステラが杖を振ると、防音結界の中で魔術が展開された。
「うーん。ちゃんと展開できてるな。」
父が目を細めてステラの魔力を読む。
「あと…。すみません、もう少し自分で整理してみます。」
「父様にはなんでも言えるだろ?」
言いかけたが、王国魔術師団の師団長に言うのも違う気がしてやめると、父がいつもの優しい微笑みを向けてくれる。
「お父様……あの、私の《敵を現す》魔術は恐らくヴァレン様の《敵》にしか反応しないんです。…すみません。」
「ステラ、大丈夫だよ。続けて。」
王国魔術師なのに、他の王族の《敵》に対しては恐らく反応しないのだ。
ヴァレン様に対する忠誠心ゆえなのだが、王国魔術師としては失格だ。
「舞踏会でも、攻撃の直前ではありますが私の魔術は《敵》と認識していました。
敵の攻撃が発動してから、第一王子殿下を狙っていることに気付いたんです。」
だから防御の動作が遅くなって、恐れ多くも抱え込むことになってしまったのだ。




