81.再戦
翌朝、いつもより早く起きてヴァレン様と二人で王城の庭に向かった。
朝の外の空気が清々しくて、寮でのヴァレン様との生活を思い出して嬉しくなる。
護衛の近衛騎士が見守っている中で剣を振るのは緊張したが、メーデンやアーノルドとは何度も手合わせしたことがあるので大丈夫だと自分に言い聞かせる。
王城で真剣でヴァレン様に斬りかかるわけにはいかないので、近衛騎士に借りた稽古用の木刀を握る。
「ステラ、嬉しそうだね。」
「ヴァレン様の剣技をまた見られるのが嬉しいんです。それに、寮での生活を思い出して懐かしくて…。」
「そうだね。久しぶりだからステラに斬られないようにしないと。」
そうやってクスクス笑うヴァレン様にステラも微笑む。
「では、手合わせを願おうか。」
「はい、ヴァレン様。」
庭のふかふかの芝生の広場でヴァレン様と向かい合う。
一呼吸置いて目が合い、斬りかかる。
木刀がぶつかるパシッという音と共に、腕を懐かしい痺れが駆け抜ける。
ヴァレン様の太刀筋は相変わらず美しく、無駄がない。
久しぶりの剣に夢中になっているうちに時間も忘れ、二人とも汗だくになったことでやっと日が高くなり始めたことに気付いた。
「あり、がとう、ございました…。」
「こちらこそ。楽しかったね。」
「はい…っ!」
前回同様、息も絶え絶えなステラに対して、ヴァレン様は息を切らしていても爽やかだ。
剣技も魔法も勉強もできて麗しくて、今日もヴァレン様は完璧だと思って見ていると、ふいに口付けをされる。
「ん………っヴァ、ヴァレン様…そ、外です…っ!」
「ステラが私のことを物欲しそうに見つめるから。」
「なっ…」
王城の庭で口付けなんて破廉恥すぎて、耳まで真っ赤になったステラは言葉を失う。
ヴァレン様はご機嫌で湯を浴びに行かれたのでステラも羞恥でヨレヨレになりながら侍女に磨いてもらった。
◇◇◇
毎朝ヴァレン様に稽古をつけてもらって、夜はノートを貸していただいて、あれこれ助けてもらいながらどうにか期末試験の初日を迎えた。
朝、緊張しながら学院のローブに着替えていると、先に支度が終わったヴァレン様がステラを見て優しく目を細める。
「久しぶりに見ると懐かしいね。」
「…私はヴァレン様のローブ姿をもう見られないのが悲しいです。」
四ヶ月前は同じローブを着て一緒に学院に通っていたのが信じられない。
ちらっとヴァレン様を見ると、なぜか色気に満ちた目でステラを見ていた。
「…ヴァレン様?」
「試験が終わるまではと思っていたけど、そんなに可愛いことを言われたら我慢できない。」
「え?!」
いつの間にか侍女達は退出していて、ステラは緊張もすっかり忘れて朝からヨレヨレになった。
学院に到着して教室に向かっていると、寮から出てきたのであろう一年生がステラを見て黄色い悲鳴を上げている。
どんな噂を聞いているのか恐ろしくなりつつ、ファンクラブが復活しないことを願いながら校舎に入った。
「ステラ、今日はよろしくな!」
「ドラード!久しぶりね。今年は堂々と勝つわ。」
教室に入るとドラードがどんと背中を叩いてくる。
今日は午後に魔法剣術の実技があるのだ。
昨年は泥沼の試合となり、最後は不意打ちで勝ったので今年は正面から勝つ、とステラは燃えていた。
そして、アリスが巾着を持ってステラのところにやってきた。
「これ、頼まれていた物よ。後で確認してね。」
「アリス…!本当に助かったわ。ありがとう。」
アリスに抱きついてお礼を言う。
「いいのよ。そんなことよりステラ、第二王子殿下に私の事を何か話した?」
「えっと…お友達だとは伝えているけど…」
「お父様が突然城に呼び出されて何事かと思ったら、城で使われる葡萄酒が全て私の領地の物になるってお話があったそうなの。」
ステラはその言葉で、いつかファンクラブからステラを守ってくれたアリスにヴァレン様とレオ様が褒美をとらせると話していたことを思い出した。
「そ、そういえばアリスに褒美を、と話していらっしゃったわ。」
「ほ、褒美って…。」
「私も驚かされたことがあるわ。褒美の概念が違うわよね。」
「…そうなのね。恐れ多いけど、感謝していたと伝えてほしいわ。」
「わかったわ。伝えておくわね。」
引き気味のアリスの気持ちがステラにはよくわかるので、大丈夫というように手を握って目を見て頷いた。
「そういえば、王国史、大丈夫だった?」
「あの…ヴァレン殿下のノートをお借りさせてもらえたの。せっかく貸してくれたのにごめんなさい。」
「…恐れ多くて勉強にならなそうね。」
「字まで麗しくて目の毒だったわ…。」
いつも通りのアリスとの会話が楽しくて、試験まで二人で盛り上がった。
午前中の筆記試験を終えて、練習場に向かう。
授業の様子を見て対戦相手が決められるからドラードじゃなかったらどうしようと思っていたが、ステラは昨年同様ドラードと最終試合で戦うことになった。
対戦表を見てからちらっと後ろを振り向くと、今日もステラの護衛で来ていたドラードの兄、メーデンにぐっと親指を立てられて「叩きのめせ」と口話をされたのでステラもぐっと親指を立てて微笑んでおいた。
他の生徒達の試合を眺めながら、生徒の拙い剣捌きにヴァレン様を思い出してしまう。
幼い頃から近衛騎士に稽古をつけてもらっていたというヴァレン様の太刀筋は無駄がなく、鍛えている様子はないのに一振りの威力は近衛騎士と並ぶのではないかと思うほど強烈だ。
一週間あの剣を受け止めてきたので、今ならドラードにも正々堂々勝てる気がする。
そして、他の生徒の試合が終わってステラとドラードの番がやってきた。
貸し出し用の鎧を纏って、授業用の切れ味の鈍い剣を持ってドラードと向かい合う。
先生の笛の音が響き、ドラードと目が合って斬り込む。
真剣がぶつかる金属の音が響くが、その感覚にステラは微笑んだ。
昨年苦戦したのが嘘のように軽く感じたのだ。
ドラードの剣を軽くいなしてまた斬り込むと、ドラードは弾いて剣先を逸らすことしかできない。
身を屈めて下から袈裟斬りをすると、その鎧に微かに傷がつく。
すぐに反撃するドラードの剣をいなしながら背後に回り込み、相手の体勢が崩れたところで首元に斬り込む。
ステラの剣がドラードの首筋に触れる前にまた笛の音が響いた。
「ステラ、王城で何をしていたんだ。去年とは全然違う。とても敵わないよ。」
「ふふ、鍛練してたのよ。」
驚いたような表情で駆け寄ってきたドラードと握手しながら笑い合う。
「兄上に怒られそうだな。」
「あなたを叩きのめせてよかったわ。」
ドラードがステラの後方にいるメーデンを見て気まずそうにするのでステラも振り返ってぐっと親指を立てておいた。
メーデンは口話で「よくやった!」と言った後、何食わぬ顔で護衛に戻った。
一日目の試験を終えて王城に帰って王国魔術師のローブに着替えると、急ぎ足で執務室に向かう。
「ステラ・アルカニス様がお越しです。」
「通せ。」
ヴァレン様の声がして入室して頭を下げる。
「おかえり、ステラ。もう終わったんだね。」
執務机に座ったヴァレン様がステラを見て微笑んでくれる。
「はい。魔法剣術もヴァレン様のおかげで勝てました!
ありがとうございました、ヴァレン様。」
「それはよかった。」
「それと、ヴィルゴー伯爵令嬢から、葡萄酒の件で感謝の意を伝えてほしいと頼まれました。
ありがとうございます、ヴァレン様。」
「私が勝手にしたことだから気にしなくていいんだよ。」
また頭を下げるとヴァレン様も嬉しそうに微笑んでくれた。
ヴァレン様の優しい笑顔を見て、ステラは考えていたことを聞いてみようと思った。
「…あの、ヴァレン様。お願いがございます。」
「ステラがお願いなんて珍しいね。どうしたの?」
目を丸くするヴァレン様に、ぐっとローブを握って意を決して言う。
「もしよろしければ、これからもお時間のあるときに剣の練習に付き合っていただけませんか?」
ヴァレン様の時間を欲するなど不相応なお願いだとはわかっているが、ヴァレン様との剣の時間がなくなってしまうのが寂しかったのだ。
言ったはいいが、申し訳なくなって顔を伏せる。
「…なんだ。そんなことか。
試験の褒美に宝石でも強請られるのかと思った。」
ステラの言葉に一瞬目を瞠った後、クスクス笑いながらそう言われて、ステラはまた野蛮なことを言ってしまったと顔を青くした。
「ご、ご不快な念を抱かせてしまい申し訳ありません。」
「むしろ面白いよ。
私もステラとの手合わせの時間は楽しいから、これからも続けようか。」
「…ありがとうございます、ヴァレン様!」




