79.守るべき相手※
※軽いR15注意
第一王子殿下にエスコートされて再びダンスフロアに戻ると、会場にざわめきが走る。
だが、ステラは別のことを考えていた。
もやもやしていた《敵》に対する反応が段々形を帯びてきたのだ。
もしヴァレン様を襲うなら、近衛魔術師が側にいない今だろう。
フロアを見回し警戒を強める。
音楽が始まり、体が動き出す。
ゆったりとした少し長めの曲だ。
第一王子殿下もリードが完璧なので、ステラはダンスよりもフロアの《敵》の気配に集中していた。
「ステラ、踊っている間は私を見てくれないか。」
耳元で囁かれて驚いて思わず見上げる。
薄い金色の目が熱を帯びてステラを見ている。
またステラの体がぞわぞわと違和感を示した。
「…尊き御目に映していただく価値などない瞳でございます。」
「ヴァレンには見せているのに。」
「ヴァレン殿下の御目に入ることも恐れ多いことでございます。」
なんとか目を見ないように小声で囁き合っていると、明確な攻撃の意思を感じた。
ターンのタイミングでよろけたふりをして杖に触れ、さっと囁く。
「《場所を示せ》」
「ステラ?」
「失礼いたしました。」
ステラの背後にあるバルコニー席に一人魔法使いが潜んでいる。
視界の端にヴァレン様の姿を確認すると、ステラが抜けた代わりに近衛騎士が三人、ヴァレン様を囲むように立っていた。
王国魔術師とは少し離れているが、先ほどの防御魔術があるし万が一のときはヴァレン様自身も動いて下さるから隙はないはずだ。
ステラが警戒を強めると、相手が魔力を込めたのを感じる。
パッと第一王子殿下の手を離し、ヴァレン様にもう一度防御魔術をかけようとして気付いた。
狙われているのは第一王子殿下だ。
ステラは第一王子殿下の首に左手でがばっと抱きついて自分の胸に抱え込むと、右手で太ももに触れて詠唱する。
「《盾よ、我らを保護せよ》」
魔力が盾となってステラと第一王子殿下を包み込む。
そこに敵の攻撃が降り注いでくる。
会場が大きくざわめいた。
攻撃を防いでいる間に警備部隊の王国魔術師が敵を捕らえにかかっている。
ステラも跪いて太ももから杖を抜き取ると、第一王子殿下を守るように立つ。
会場の視線が集まるのを感じるがそれどころではない。
既に敵は鋼の糸でグルグル巻きになっていた。
だが油断はできない。
「《訪れし災厄を打ち払い、主君を護れ》」
念のため、ホールの一階部分を包み込むように防御結界を張る。
振り向いてヴァレン様を確認すると、騎士が剣を抜いてヴァレン様を守っていた。
ステラはヴァレン様の近衛魔術師だが、王国魔術師でもある。
王族を守るのが使命なので、今は警備が手薄な第一王子殿下を守るべきだ。
まだ敵の元に魔術師が到着していないので警戒していると、第一王子殿下に話しかけられた。
「君は私も守ってくれるのだな。」
「当然でございます。無礼を働き申し訳ありません、第一王子殿下。」
「ひとときでも君の胸に抱かれることができてよかったよ。」
思わず動揺してビクッとしてしまう。
敵の方を向いたまま謝る。
「…大変なご無礼を何卒お許し下さいませ、第一王子殿下。」
敵の元に魔術師と騎士が到着したので、改めて第一王子殿下に向き合う。
近衛騎士も駆け寄ってくる。
第一王子殿下はヴァレン様と同じように、襲われたというのに全く動揺していない。
ステラは跪き、胸に手を当てて頭を下げた。
「その尊き御体に触れる大変な無礼を働きました。申し訳ございませんでした。何卒お許し…」
「顔を上げて。」
優しい声に惑わされそうになる。
「謝らないでほしい、楽にして。」
その言葉に目は見ないまま、立ち上がりまた頭を下げる。
「守ってくれてありがとう、ステラ。」
本当に優しくされているのではないかと感じる声に思わず顔を上げると、その薄い金色の瞳が嬉しそうに細められていた。
ステラは静かに頭を下げた。
「勿体無きお言葉、恐悦至極にございます。第一王子殿下。」
会場が大きくざわめいている中、鎧の音が聞こえて顔を上げる。
ヴァレン様が近衛騎士を連れてこちらにやってきた。
ステラはまた跪く。
「お側にいることが叶わず申し訳ございませんでした、ヴァレン殿下。」
「楽にして。」
いつもの声に安心して立ち上がり、顔を上げる。
「無事でよかった、ステラ。」
「ヴァレン様がご無事で本当によかったです。」
ステラはまた申し訳なさに頭を下げるが、ヴァレン様に抱き寄せられる。
「では、一曲終わりましたので私が連れ帰ります。」
「終わってはいないがな。まぁよい。
いずれまた貸してもらおう。」
「では、失礼いたします。」
ヴァレン様がさっと第一王子殿下に頭を下げて歩き出すので、ステラも慌てて頭を下げて引きずられるように退場した。
◇◇◇
「ヴァレン様…んっ……はぁ……ま、…って……」
馬車に押し込められると、馬車の壁に押し付けられて性急に口付けをされる。
やっぱりヴァレン様を守れなかったことを怒っているのかと不安になる。
「………もう、しわけ……ん…ございませ、んんっ………っ」
「謝ることはない。」
言いながらまた強く抱き締めて、唇が首筋をなぞる。
ヴァレン様の濃い金色の瞳の端が紅く染まっていた。
「…頭ではわかっているんだけど、兄上を守るステラを見たら感情が抑えられないんだ。ステラは悪くない。」
「ご不快な念を抱かせてしまい、申し訳ございません。」
ステラの首元に顔を埋めて言うヴァレン様に、ステラは蕩けかけていた姿勢を正してまた謝る。
ヴァレン様は静かに離れるとステラをじっと見つめた。
「そなたの主君は誰だ。」
胸を震わす声がしてはっと顔を伏せる。
「ヴァレン第二王子殿下でございます。」
「ならば、私の側を離れるな。」
冷たい声で命じているのにその腕はぎゅっとステラを抱く。
「私の隣で、私を守ってくれ、ステラ。」
「…はい。申し訳ございませんでした、ヴァレン殿下。」
懇願するような声に胸が締め付けられるような痛みを覚える。
ステラはヴァレン様の背中を撫でながら自分の魔力を優しく込める。
ヴァレン様は一瞬驚いたように顔を上げたが、またステラを強く抱き締めた。
魔力の乱れを整えるように一定のリズムで撫でていると、ヴァレン様がまた顔を上げた。
「…私はステラには敵わないよ。」
「私もヴァレン様には敵いません。」
その目がまた金色に戻っているのを見て安心して微笑む。
ヴァレン様も微笑んで、王城に帰るまでずっとステラのことを抱き締め続けてくれた。




