78.歌劇場
六月に入り、社交シーズンがピークを迎えるとヴァレン様は益々多忙になっていた。
王族が参加する行事や食事会もあったので第一王子殿下と顔を合わせる機会もあったが、ステラは護衛として参加していたからか、その後第一王子殿下からの接触はなかった。
だが、今日は違う。
チャリティーで王族も参加する舞踏会があり、ステラは約束を果たすために第一王子殿下と一曲踊らなければならない。
憂鬱な気持ちになりながら、今日も太ももに杖を仕込む。
今日はいつものAラインのドレスだが、袖がついていて露出が少ない。
不敬極まりないが、第一王子殿下の前で肌をさらしているとぞわぞわしそうなので、ステラにとってはありがたいドレスだった。
支度を整えてヴァレン様の執務室へと向かう。
「ステラ・アルカニス様をお連れしました。」
「通せ。」
いつも通り入室して頭を下げる。
「ステラ、おいで。」
顔を上げると、燕尾服姿のヴァレン様が執務机で作業をされていた。
「お仕事中に申し訳ありません。私は控えていますのでお気になさらないでください。」
足を引いてまた頭を下げる。
「ステラに会えるまでは頑張ろうと思ったんだ。おいで。」
「は、はい…。」
尊いご公務を自分の登場で遮ってしまうことに恐ろしくなるが、そう言われたら逆らえない。
執務机まで歩いていき、また頭を下げると抱き寄せられた。
「こんなに可愛いステラが兄上に触れられると思うと部屋に閉じ込めておきたくなる。」
「ヴァレン様、一曲なのですぐですよ。ご心配いただきありがとうございます。」
ステラに抱きつくヴァレン様の白銀の柔らかい髪の毛を撫でる。
黙って撫でられているヴァレン様が可愛い。
すると、そのまま胸元に顔を埋められかけたので慌てて止める。
「ヴァレン様、なりません。今日はいけません。」
ヴァレン様はいつもステラに跡を残したがる。
前回第一王子殿下にも見つかってしまって、動揺したステラは隙を作ってしまったのだ。
「なぜだ。」
「第一王子殿下の御目を汚すわけにはいきません。」
今日のステラはヴァレン様のお隣に立つというよりは戦いに行くつもりだ。
命が賭かっているので毅然としてヴァレン様に立ち向かう。
ヴァレン様は嫌そうな顔をしたが、またステラに抱きつくだけでそれ以上のことはしなかった。
馬車に乗り、ヴァレン様と一緒に舞踏会に向かう。
今日の会場は王都で最も広い歌劇場だ。
馬車の中でステラはヴァレン様の横に座らせてもらっているが、意識は外に向いていた。
外に近衛騎士や王国魔術師がたくさんいるが、襲撃されないとは限らない。
「ステラ。」
ヴァレン様の声に顔を上げると、濃い金色の瞳が色気に満ちていた。
「ど、どうされたんですか、ヴァレン様。」
「ダンスが終わったらすぐに私の元に戻ってくれ。」
「わ、わかりました。」
構えずに致死量の色気を浴びてしまったので動揺してしまう。
ドキドキしながらも、大丈夫と伝えたくてヴァレン様の手を握ると、肩を抱き寄せられて耳に口付けられた。
ぞくっとする感覚と耳元で響く水音に真っ赤になっていると、馬車が静かに停止したので慌てて息を整える。
「第二王子殿下のお成り。」
馬車を降りるとカーペットの両側は見物に来たと思われる民衆がひしめいていた。
ヴァレン様の姿を見て起こる歓声に、思ったより人の出入りが激しそうだと警戒しながら、ヴァレン様のエスコートで馬車を降りた。
会場は王城のホールと同じくらい広く、絢爛豪華で天井が高い造りだった。
二階にはバルコニー席も設けられており、ステラからすれば敵襲には最適な場所だ。
近衛騎士や警備部隊の王国魔術師は来ているが、王城に比べると警備は手薄だから警戒する。
「《敵を現せ》」
右手で杖に触れていつもの魔術を詠唱すると、第一王子殿下であろう反応に加えてやはり今日ももやもやとした微弱な反応を示している。
明確な攻撃の意思があるわけではなさそうだが、攻撃の意思があることには間違いない。
最近はどこに行ってもこの反応があるので、父に相談するべきかもしれないと思う。
舞踏会が始まり、ヴァレン様とファーストダンスを務める。
第一王子殿下もピカピカに輝いている見知らぬご令嬢と一緒に踊っている。
今日も完璧なリードのヴァレン様に安心して踊り終えると、一旦ダンスフロアから退場して奥のホールに進んだ。
「ヴァレン殿下、今日も反応しています。殿下に防御魔術をかけてもいいでしょうか。」
「ステラの好きにしていいよ。」
「ありがとうございます。」
歩きながら小声でヴァレン様に確認した後、右手で杖に触れて無詠唱で防御魔術をかけておく。
「私が離れているときに何かあったらこの魔術が殿下をお守りします。」
「ありがとう。」
周りの様子を見渡して不安になったので聞いてみる。
「…恐れ入りますが、ヴァレン殿下も杖はお持ちですか。」
以前の舞踏会でいつの間にか杖を出して、ステラの結界を解除されていたことを思い出したのだ。
「持っているけどどうしたの?」
「今日は嫌な予感がします。
もし私がお側にいないときに攻撃があって防御が足りなかったら、杖を使っていただけますか。
不敬なことをお願いしてしまい申し訳ありません。」
王国魔術師が王族に一般の魔法を使えと頼むなど誇りに欠けるし不敬極まりない。
でもヴァレン様は一般の魔法でも王国魔術師並みの実力をお持ちだから、ご自身でも防御していただけるのなら安心できる。
誇りには欠けるが命には変えられないので頭を下げた。
「…わかったよ。ステラは兄上に集中してくれ。」
「寛大なお心をいただき感謝いたします、ヴァレン様。」
ステラは再び頭を下げて、またヴァレン様の腕に手をかけた。
暫くして、《敵》がこちらに近づいてくるのがわかった。
第一王子殿下だ。
ステラは足を引いて頭を下げる。
「ヴァレン、ステラを借りるよ。」
「一曲の約束です、兄上。」
「ああ、また返しに来るよ。」
そう言いながらもヴァレン様はステラの腰をぐっと自分に引き寄せた。
「ステラ・アルカニス嬢。
私と一曲踊ってくださいますか?」
第一王子殿下が麗しい笑みを浮かべ、手を差し出す。
「身に余る光栄、恐悦至極にございます。第一王子殿下。」
ステラはヴァレン様の腕からそっと抜け出して、第一王子殿下の手を取った。




