76.言えない気持ち
翌朝、腰が抜けそうになりながらどうにかベッドから抜け出すと、侍女に湯殿に連行されて身ぐるみを剥がされる。
「…っこれは……」
するといつものヴァレン様付きの侍女が周りの侍女と目を合わせ始めたので、ステラは何かやらかしてしまったのだと思って慌てる。
「な、何かありましたか?最近は怪我には気を付けていたんですが…。」
「いえ、何でもございませんわ。あなた、被服室に連絡して。」
「はい、侍女長様。」
一人の侍女がぱたぱたと慌てて湯殿を出て行った。
婚約式のときにも来た控え室に通される。
そこに掛けられたドレスを見て、ステラは侍女が慌てた理由をやっと理解した。
いつものAラインのドレスではなく、背中が大きく開いたホルターネックのドレスだった。
(ヴァレン様は知ってて…っ!)
あれだけ執拗に背中を触られていたから、さぞかし恥ずかしいことになっていることだろう。
ヴァレン様付きの侍女には全て筒抜けなので最近は多少の恥ずかしさは耐えられるようになっていたが、さすがに居たたまれなくて耳まで茹で蛸になる。
「侍女長様、お持ちしました。」
先程被服室に走っていった侍女が何かを抱えて帰ってくる。
「さすが被服室は仕事が早いわね。
ステラ様、心配はご無用ですわ。お任せください。」
「すみません…。よろしくお願いいたします。」
どうにもできないステラは真っ赤になりながら侍女に任せることしかできなかった。
「こちらに袖をお通しください。」
一通り磨き上げられた頃、侍女長が先程侍女が持ってきたものをステラに広げる。
言われるがままに袖を通して背中をくるみボタンで留めてもらうと、元からそういうデザインだったかのように背中が隠された。
「あ、ありがとうございます…!助かりました…っ!」
「滅相もございません。」
姿見で確認すると、近くで見たらうっすら透けているが、よく見ない限り大丈夫そうだ。
今日こそはちゃんとヴァレン様に跡は嫌だと伝えないといけないと奮起しながら部屋に向かった。
「ステラ・アルカニス様をお連れしました。」
「通せ。」
入室して臣下の礼をとり頭を下げる。
「面を上げよ。」
胸を震わす声がして、ステラの決意は少し萎む。
顔を上げると、正装の軍服姿のヴァレン様が窓辺に逆光の中で立っていて、絵画のように麗しかった。
神々しくて見ていられなくなり、慌てて目を伏せる。
「ステラ、おいで。」
大好きな甘い声がすると、先程の決意はどこかに飛んでしまってステラの足は勝手に動き出す。
ステラは軍服姿のヴァレン様に弱い。
近づけば近づくほど見ていられなくなり、立ち止まって顔を伏せる。
「背中、隠したんだ。」
クスクスと笑うヴァレン様に胸の高鳴りが止まらなくて、顔が赤くなってしまう。
「…恥ずかしいです、ヴァレン様。」
なんとか絞り出したが、とても怒っているようには聞こえないだろう。
「そんなに可愛いとまたいじめたくなるな。」
「な、なりません。本当に恥ずかしいんです。」
ヴァレン様がぽんぽんと優しくステラの頭を撫でる。
「綺麗だ。」
耳元で囁かれて耳まで赤くなる。
「やっぱりステラにはこの姿で私の隣に立ってほしいな。皆に私の物だと見せつけられるから。」
「…恐れ多いです。」
甘すぎるヴァレン様にステラの決意は霧散した。
見せつけ方は考えてほしいなんて、軍服姿の第二王子殿下の前では不敬すぎてとても言えなかった。
◇◇◇
「第二王子殿下のお成り。」
侍従の声で扉が開かれる。
「《敵を現せ》」
右手で太ももに隠した杖に触れ、小声で唱える。
第一王子殿下に反応することはわかっていたが、お守り代わりだ。
ヴァレン様にエスコートしてもらってホールに入ると、一年前と同じように多くの高位貴族が集っていた。
ヴァレン様はまっすぐ奥に進む。
国王陛下にご挨拶するのだろう。
前回は不意打ちだったので動揺したが、今回は構えていたので落ち着いていられる。
国王陛下と第一王妃陛下のお姿が見えて、ステラは顔を伏せる。
ヴァレン様が立ち止まって礼をするのに合わせてステラも足を引いて頭を下げる。
「国王陛下、第一王妃陛下。第二王子ヴァレンがご挨拶を申し上げます。」
「よく参った。面を上げよ。」
王族同士の尊い会話に腰が抜けないように気合いを入れる。
「国王陛下、このめでたき日を心よりお祝いいたします。
国王陛下のご健康と御代の安泰をお祈り申し上げます。」
ヴァレン様に合わせてステラも頭を下げようとすると、ヴァレン様が横目にステラを見たので、何か言った方がいいのだと気付く。
「国王陛下、第一王妃陛下、この尊き日にお目にかかる光栄、恐悦至極にございます。
国王陛下のご健康と御代の安泰をお祈り申し上げます。」
ステラも続けて言って、二人で頭を下げる。
「面を上げよ。」
また国王陛下の声がして顔を上げる。
「ステラさん、お久しぶりね。」
「お母様、お久しゅうございます。」
第一王妃陛下が微笑まれたので、ステラは目は伏せたまま微笑んで一礼する。
「この前の試合、素晴らしかったわ。またお茶しましょうね。」
「ありがとうございます、お母様。
恐れ多いですが、お誘いを楽しみにお待ちしております。」
優しい口調にステラもつい砕けてしまう。
「ステラは私の物ですので私を通してください、母上。」
「あら、ヴァレンそんな顔じゃ怖いわ。笑っていた方がいいわよ。ね、ステラさん。」
「は、はい…っ。」
ヴァレン様が横から凍りついた表情で第一王妃陛下に告げるが、やはりヴァレン様のお母君なだけあって第一王妃陛下の方が一枚上手だ。
嫌そうな顔をするヴァレン様に笑ってしまいそうになり睨まれる。
「セレナもこの者を気に入ったのだな。ヴァレンはそう怒るでない。」
「…はい、父上。」
ご家族に囲まれるヴァレン様はなんだか可愛いと思っていると、ステラの魔術が反応した。
国王陛下の後ろに控える父をチラッと見るが、特に動じていなかったので第一王子殿下なのだろう。
ヴァレン様も第一王子殿下に気付いたのか、国王陛下と第一王妃陛下に再び頭を下げてホールの隅の方に移動した。
「ステラはすっかり母上と打ち解けたんだね。」
「はい。茶会が楽しみです。」
ヴァレン様は嫌そうな顔をされていなかったのでステラは微笑んで返すが、第一王子殿下が何をされているのか気になって後ろを振り返る。
「どうしたの?」
「すみません、魔術が反応したので…」
「ああ、今は陛下にご挨拶されているから大丈夫。」
「わかりました。ありがとうございます、ヴァレン様。」
「ご挨拶をよろしいですか。」
ヴァレン様とひそひそと話していると、聞き覚えのある声がして顔を上げる。
「リュクス公爵様!お久しゅうございます。」
「ステラ、久しいな。」
レオナルドの父、リュクス公爵とレオナルドが並んで立っていた。
この親子も揃って美形だ。尊い方々は体の作りがやはり違うのだろう。
「ヴァレン殿下、お久しゅうございます。レオナルドがお世話になっております。」
「叔父上、レオには大変助けられている。引き続きよろしく頼む。」
「ありがたきお言葉、恐悦至極にございます。ヴァレン殿下。」
リュクス公爵が頭を下げ、横でレオナルドも臣下の礼をとって頭を下げる。
「ではこれにて失礼します。」
リュクス公爵とレオナルドが去っていく。
王都の唯一の知り合いとの会話があっさり終わってしまって寂しく思った。
「ステラはレオだけではなくてリュクス公爵とも親しかったんだね。」
「領地に静養に来られたときにいつもご挨拶させていただいていたんです。
狩りをご一緒させていただいたこともあるんですよ。」
「ステラは狩りも出来るのか。たくましいね。」
「…嗜み程度でございます。」
また野蛮なことを言ってしまったと思って赤くなったらクスクスと笑われた。
はっと気付くと、《敵》が、第一王子殿下がこちらに向かってくる気配がする。
ヴァレン様を見上げると気付いたのか、ステラの腰を引き寄せて囲うように抱かれた。




