74.王族に捧げる魔法
「それでは、始め。」
審判の声が響くと、ステラの遠隔魔法が部隊長を狙い、部隊長の強力な雷がステラを取り囲む。
「《囲め》」
仕込んでおいた防御魔術でいけると踏んだステラは空にひたすら結界を張る。
当然解除されるだろうが、これだけあれば全滅は避けられる。
次の瞬間、おびただしい数の鋼の刃がステラに向かって飛んでこようとしていた。
「《炎よ、我が力と共に主君を守る盾となれ》」
結界で防がれるとは言っても王族に刃物が飛んでいくのは耐えられないので、ステラの背後にある貴賓席まで覆うように高温の炎と魔力の盾を展開する。
鋼の刃が《盾》に当たると魔力の塊になり、ぼとぼとと地面に落ちて消えていく。
「《訪れし災厄を打ち払い、主君を護れ》」
防御結界を訓練場全体にちょうど貴賓席の高さまで展開する。
下から冷気を感じる。恐らく氷の魔法だ。
「《天の恵みよ、大地を乾かせ》」
部隊長の攻撃以上の魔力を地面に込める。
凍りかけた訓練場を日の光が暖かく照らすように溶かして乾かす。
同時にまた遠隔魔法で部隊長を取り囲む。
無詠唱で防御しているが攻撃魔法を唱える余裕はない。
今だ、と思った。
「《我の望みし物を映し出せ》」
ステラは自分で作った防御結界の中を魔力で満たす。
魔力が段々形を帯びて目に映るようになる。
木々が覆い繁り満開の花が咲く。
畑に緑が芽吹き、田んぼに青々しい稲穂が揺れる。
目の前にはサトウキビがステラを覆うように高く伸びる。
幻覚魔法だ。
あくまでも幻覚なのでそう見えているだけで存在はしていない。
幻覚は魔力の靄のようなものなので、実体とは明確に気配が異なる。
実体である術者を見失うことはないから、魔法使い同士の戦いにおいては通常何の意味もない。
「《盾よ、主君を保護せよ》」
無数の矢が飛んできたのでまた貴賓席まで届くように防御する。
同時に、無詠唱で遠隔魔法を部隊長を取り囲むように仕込んで攻撃の隙を狙う。
「《転移せよ》」
《盾》が矢を弾いてステラを覆い隠しているうちに上空に張った結界に《転移》して、無詠唱で防御魔術を張る。
上空から見ると、訓練場がまるで田舎の領地の豊作の秋のようにたわわに実った果実や野菜で彩られていて、部隊長は黄金色に染まった田んぼにいるように見える。
貴賓席からも、この景色が見えていますようにと願った。
部隊長が一瞬ステラを見失った隙に、先程仕込んだ攻撃魔法を発動させる。
四方八方から部隊長をステラの攻撃が狙う。
同時に、ステラを見つけた部隊長がステラの更に上空から雷でステラを狙う。
部隊長はステラの攻撃魔法に気付いて、自分を取り囲むように防御結界を張る。
この瞬間を待っていた。
「《転移せよ》」
ステラは詠唱しながら勝利を確信して微笑んだ。
「終わりです、部隊長。」
ステラは黄金色に輝く田んぼで部隊長の背後に立ち、心臓の裏側から杖を突きつけた。
もし抵抗するようなら殴り合いも致し方ないと思っていたが、その右手は杖を離した。
ステラが魔法を解除すると、訓練場に広がっていた領地の豊穣の景色は消え去った。
「幻覚魔法か。なるほどな。」
部隊長はステラに向き合うと、ステラの作戦に気付いたのか笑ってくれた。
転移魔術は自分の魔力の痕跡がある場所に《転移》できる。
結界内で幻覚魔法を使ってステラの魔力で満たしたことで、結界の中であれば好きな場所に《転移》することができるようになったのだ。
普段は箱形の小さな結界という分かりやすい形で魔力の痕跡を残していたから、考える隙さえ与えなければ幻覚魔法が転移に使われるとは思われないだろうと考えた。
そして、ステラが四方八方から攻撃をすれば防御結界を使って自分の身を守るだろう。
防御結界は攻撃を防御するものなので、ただの幻覚も、攻撃の意思がない《転移》も防げない。
一方、ステラは部隊長の結界に守られて安全に《転移》できる。
魔法の仕組みの隙をついて部隊長の背後に《転移》してから杖を突きつけたのだ。
単純な攻撃と防御の応酬では勝てそうもなかったので、ステラが考えた渾身の作戦だった。
ただ、致命的な欠点は部隊長が杖に怯まず抵抗してきて、万が一殴られたら勝てそうもないことだ。
すぐに手を離してくれて本当によかった、と息をつく。
「抵抗されたら殴るしかないと思っていたので杖を離して下さってよかったです。」
「君は私に殴り合いを仕掛けるつもりだったのか。
魔法戦だから手は出さないし、ご婚約者様を殴るほど馬鹿ではない。」
部隊長は豪快に笑い、ステラに手を差し出した。
「私の負けだ。君は素晴らしい魔術師だ。」
「ありがとうございます。光栄です、部隊長。」
ステラもその手を握り返す。
そして敬礼をして一礼する。
改めて貴賓席の方を向き、部隊長と二人で臣下の礼をとって頭を下げる。
部隊長とステラの真っ白なローブが風に靡く。
「君は貴賓室に向かいなさい。国王陛下からお言葉を賜る。」
「承知しました、部隊長。」
再度敬礼して、訓練場を駆け抜ける。
貴族達が拍手を送ってくれたので、再度頭を下げてから訓練場を退出した。
走って貴賓席まで向かい、息を整えてから入り口を守る近衛騎士に目で合図する。
「ステラ・アルカニス様がいらっしゃいました。」
「通せ。」
中から父の声がして扉が開かれる。
入室すると跪き、臣下の礼をとって頭を下げる。
「面を上げよ。」
国王陛下の声がして、ステラは目は伏せたまま顔を上げる。
「よき試合であった。そなたにはやはり魔法の才があるのだな。」
「勿体無きお言葉、身に余る光栄でございます。国王陛下。」
ステラは再び頭を下げる。
「ステラさん、楽にして。」
第一王妃陛下の声で立ち上がると、思わず目線も上げてしまって澄んだ青い瞳に捉えられ、慌てて目を伏せる。
「ステラさん、貴方が私の娘になることが嬉しいわ。ありがとう。」
お礼を言われたことに驚いてまた目を合わせてしまう。
第一王妃陛下が優しく微笑んで下さっていた。
「…勿体無きお言葉、恐悦至極にございます。第一王妃陛下。」
第一王妃陛下の前だと気が抜けて言葉が揺らぎそうになり、なんとか耐える。
「先程の魔法、意味がないわけではなかろう。」
国王陛下にまた声をかけられて慌てて頭を下げる。
恐らく幻覚魔法のことだろう。普通は戦いには使われないし、ただ惑わせるためなら田舎の景色ではなく、もっと実用的な幻覚を見せればいい。
「恐れながら申し上げます。
王族方が代々願って下さった王国の『豊穣』の景色をお見せしたのでございます。」
「…ほう。」
ステラはヴァレン殿下から「豊穣の魔法」に効果はないと聞いたとき、領地の実りの季節を思い出した。
「豊穣の魔法」の効果があるのかないのかはステラにはわからないが、豊作の年の田舎の領地の美しさを、この国を治め、民の幸せを願ってくださる王族方にお見せしたいと思った。
それに、王族方の尊き御目に触れるのは戦いの手段としての魔法ではなく、美しい魔法であってほしいと思ったのだ。
国王陛下の威圧的な視線を感じるが、不思議と怖くはなかった。
続けろという意味だと捉えて、言葉を紡ぐ。
「国王陛下の尊き御目に、美しき魔法と、陛下がお守りくださる王国の、豊穣の美しき景色をお見せしたいと思ったのです。」
一息に言うと、ステラは再び跪き、胸に手を当てて頭を下げた。
「私も王国魔術師として、この美しき王国と陛下の御代の安泰を、命を懸けてお守りする覚悟にございます。」
また国王陛下の威圧的な視線を感じるが、ふっと雰囲気が和らいだ。
「…そなたは誠に面白い。
ヴァレンが気に入るのもよくわかった。
この才を逃すでないぞ、ヴァレン。」
「はい、父上。」
ヴァレン殿下の静かな声がしてステラは思わず顔を上げそうになる。
「魔法伯、そなたは良き部下と良き娘を持ったな。」
「身に余るお言葉、恐悦至極にございます。国王陛下。」
その言葉に父は頭を深く下げ、ステラもまた頭を下げる。
「これからも王国と王室の繁栄に尽くすがよい。」
「はい。この命を懸けてお誓いいたします、国王陛下。」
再びステラに言うと、国王陛下が静かに退室される。
第一王妃陛下も続いて退出されようとして、何かに気付いたようで戻ってくる。
「ヴァレン、見えるところはやめてあげて。」
「…善処します、母上。」
目を眇めてヴァレン殿下に言う第一王妃陛下にどういう意味だろうと首を傾げていると、父にローブの首元を引っ張り上げられた。
その動きで第一王妃陛下の言葉の意味することに気付いたステラは頭が真っ白になり、気付いたときには第二王妃陛下と第一王子殿下も静かに退室されていた。
「…ヴァレン殿下、孫はまだ早いです。」
「…わかっている。」
最後に父が退出するときにヴァレン殿下を睨み付けて言うので、ステラは茹で蛸のように真っ赤になって顔を伏せた。




