69.政務官
何となく胸がもやもやしたまま大聖堂に入ると、アリスの姿を見つけて駆け寄った。
「アリス!久しぶりね!」
「ご機嫌麗しゅうございます、ステラ様。」
ステラはピタッと動きを止めて、信じられない気持ちでアリスを見る。
どうすればいいのかわからなくておろおろしていると、アリスがふふっと吹き出した。
「こうしなくても大丈夫かしら。ステラ、久しぶりね。」
「アリス…!もちろんよ!本当によかったわ。」
メーデンに続いてアリスまでそんな態度になってしまったらどうしようと頭が真っ白になったので、ステラは本当に安心した。
「その指輪、本当に第二王子殿下とご婚約したのね。おめでとう、ステラ。」
「ありがとう。こ、これってそんなに有名なのね…。」
アリスがステラの左手を見て眩しそうに目を細めていた。
自覚はあったがステラは王都の社交界に相当疎いのだと改めて気付く。
「皆知っているわ。王族の証でしょう?
尊くて直視できないわ。」
「…そうなのね。直視できないのは私もよ。
目に入ると手が震えるから見ないようにしてるの。」
実際、ステラはあれ以来なるべく左手を見ないように心がけて生活していたのだ。
ヴァレン様は慣れると言うけど、とても慣れそうもない。
「ステラが変わっていなくて安心したわ。
でも何となく大人っぽくなったような…」
「えっ?」
「その跡、もしかして……」
「えっ?!!」
アリスがはっとしたように口を押さえるので、ステラは慌てて今朝跡をつけられた首筋を押さえた。
「嘘よ。何もないわ。でもその反応、やっぱりお手付きになったのね。」
「な、な、な……っ!」
「またお話を聞かせてね。」
「そ、そ、そんな…っ!」
アリスはなぜか嬉しそうにニコニコしている。
なぜか全てを見抜くアリスにステラはぼぼぼっと耳まで沸騰した。
その後もステラを見て敬意を払おうとするクラスメイトに必死で今まで通りで大丈夫と伝えて、クリスフォードとドラードがどうにか同意してくれたのでほっとした。
修了式が始まって、首席の表彰でヴァレン様の名前が呼ばれないことにまた寂しくなる。
徽章を受け取って席に戻ってから、この寂しさにもいつかは慣れるのだろうかと考えていると、自分の名前が呼ばれて飛び上がりそうになった。
「特別表彰、ステラ・アルカニス。」
「…はい。」
そういえば、理事長が表彰すると言っていたのを思い出した。
以前のステラなら表彰を忘れるなどあり得ないが、あり得ないことが起こりすぎて頭から抜けてしまっていた。
王国魔術師として戦ったことへの表彰なので、おどおどしないように胸を張って壇上に進み、理事長に敬礼する。
「貴殿は学院への侵入者に対して毅然と立ち向かい、生徒と教員を攻撃から守った。
その勇気と卓越した魔法技術に敬意を表し、これを表する。」
ステラは表彰状と勲章を受け取り、また敬礼する。
拍手が会場を包んで恥ずかしくなるが、顔色に出さないようにして席に戻った。
受け取った勲章を見ると、王立魔法学院の建物を背景に王家の紋章が入っていた。
恐れ多くて震える前にローブに留めて、見ないようにしておいた。
修了式を終えると学期末の休みに入るので迎えの馬車が道を埋め尽くしていた。
その中でも一段と豪華な王家の馬車に乗ることに目眩がしながらどうにか乗り込み、ヴァレン様のいる王城に向かった。
◇◇◇
それから一週間が経ち、四月になった。
ステラは王立魔法学院の二年生になって、もうすぐ十九歳になる。
いつも通りヴァレン様の護衛をしながら執務室に向かうと、執務室の前に見慣れた黒髪の青年が立っているのが見えてステラは駆け寄りたくなるのを必死で抑えた。
「おはよう、レオ。」
「おはようございます、ヴァレン殿下。」
美しい臣下の礼に思わず見惚れそうになる。
ヴァレン様も麗しいが、レオナルドも同じくらい絵になるのだ。
二人が執務室に入るのに続いてステラも入室する。
「おはようございます、レオ様。」
「おはよう、ステラ。」
扉が閉まったのを確認してレオナルドに話しかけると、いつも通りの挨拶が帰ってきてステラは嬉しくて思わずニコニコしてしまう。
「私、レオ様と働けて嬉しいです。レオ様と一緒に王城で働くのが幼い頃からの夢だったので。 」
その言葉にレオナルドが目を丸くする。
「…そうだね、僕も君と働けて嬉しいよ、ステラ。」
微笑むレオナルドの頬が少し赤くなっているのを見て、なんだかステラも恥ずかしくなって赤くなる。
横でヴァレン様が不機嫌になるのがわかったので、ステラは慌てて姿勢を正して護衛に集中することにした。
レオナルドが務める政務官は、ヴァレン様の秘書兼何でも屋だ。
執事が担っていた予定の管理から陳情や謁見の受付、私領の管理や公務の打ち合わせなど業務は多岐に渡る。
初日から忙しそうなレオナルドに、ただ立っているだけのステラは申し訳なくなってきて声をかける。
「レオ様、執務でお手伝いできることがあればお声かけください。」
「ステラ、大丈夫だよ。
心配してくれてありがとう。」
微笑むレオナルドに心配になってしまうが、ステラは一礼をしてまた護衛に戻った。
その日の夜、ステラの私室のカウチでヴァレン様と腰掛けているが、なぜか空気が重い。
食事のときも殆ど話さなかったのでどうしたんだろうとそわそわする。
「…ヴァレン様、私が何かご不快な念を抱かせてしまっていたら申し訳ありません。」
沈黙に耐えきれなくなって話しかける。
ヴァレン様は読んでいた資料から目を離すと、ステラの方を一度見るがまた目を逸らして言う。
「…ステラは私よりもレオの方が良かったのか。」
「恐れ入りますが、どういうことでしょうか。」
ステラは言っていることがよくわからなくて聞き返す。
「今日執務室で私ではなくレオナルドを見ていただろう。」
「レオ様がお忙しそうだったので心配で…出すぎた真似をして申し訳ありません。」
「いや、いいんだ。」
全然目が合わないヴァレン様に、ステラはもしかして、と気付く。
もしかして、レオナルドに嫉妬しているのだろうか。
恐れ多くて口には出せないが、そんな気がして勝手に顔が赤くなってしまう。
「…ヴァレン様。私が好きなのはヴァレン様だけです。」
ヴァレン様に顔を上げてほしくて、その袖を引いて言うと、やっと目を見てくれたヴァレン様が気まずそうな表情をしていた。
(か、可愛い…だけど不敬すぎて言えないわ…!)
心の中で撃ち抜かれたステラは、何となくそうしたくなってヴァレン様に手を伸ばし、白銀の柔らかい髪を撫でる。
驚いたのか固まっているが、黙って撫でられるヴァレン様にまた心を撃ち抜かれてステラから口付けをする。
すると、急にヴァレン様の腕に抱きすくめられてベッドに抱えていかれる。
「ヴァ、ヴァレン様?!」
「ステラが襲ってくれたからね。私もお返しする。」
「え?!!」
襲ったつもりは全くないのでその手から逃れようとするが、覆い被さられて動けない。
その夜はいつもよりも意地悪なヴァレン様がステラを溶かして、身の丈に合わない不敬なことはやめておこうと誓ったのだった。




