66.婚約式
「ステラ、大丈夫?」
卒業式を終えて王城に戻る馬車の中で、ヴァレン様に覗き込まれる。
大好きなヴァレン様の大好きな姿なのに心臓は反応しない。
恐らくステラは顔面蒼白になっていることだろう。
「そんなに緊張しなくても大丈夫。すぐに終わるから。」
「…そうなんですか?」
「五分もあれば終わる。」
ステラはその言葉にやっと呼吸を取り戻した。
「それなら頑張れそうです。」
「よかった。」
ヴァレン様が何ともなさそうに言うので、本当に形だけの式なのかもしれないと思い始めた。
人生で一番長い五分になるなんてこの時は思いもしなかった。
王城に到着するとヴァレン様とは分かれ、ステラは見知らぬ侍女に湯殿に連行されていつも以上に念入りに磨き上げられた。
普段はその場でドレスを着るが、今日は簡素なワンピースにバスローブを羽織って別の部屋に連れていかれる。
王城の廊下をはしたない格好で歩くことに耐えられなくて、先導する見知らぬ侍女に聞く。
「あの…いつまでこの格好なんでしょうか…。」
「ご不便をお掛けして申し訳ありません。
お部屋をご用意しておりますのでそちらでお召し替えをさせていただきます。」
「い、いえ!いいんです。失礼しました。」
ヴァレン様付きの侍女のような気楽さはなく、立ち止まって仰々しく頭を下げて謝られるのでステラは慌てた。手間をかけさせないように黙って従っておこうと思った。
控え室のような部屋に案内されると、そこにはいつもの侍女と見知らぬ侍女がずらっと並んで出迎えてくれた。
白銀のドレスが部屋の中央で煌めいていて、近くにある鏡台には数えきれないほどの化粧道具が並んでいる。
自分のためにここまで用意してもらったことに恐れ多くなりながらも、今日は従っておくことにしたステラは大人しくピカピカに磨き上げられる。
栗色の髪は複雑なシニヨンに結い上げられ、少し垂れて見える瞳はぱちっと睫毛が上がっていつもよりもはっきりとした。
あちこちにある鍛練の痕跡は念入りに隠されて、爪の先に至るまで輝きを放って見えた。
最後に白銀のドレスに袖を通す。
やっぱり恐れ多かったけど、ヴァレン様の色だと思うと嬉しくも思えた。
そうして磨き上げられて白銀のドレスを纏ったステラは、また別の部屋に連れていかれる。
「第二王子殿下がいらっしゃいますので、暫くお待ちください。」
「は、はい。ありがとうございました。」
また恭しく頭を下げて、侍女が退出する。
学院を出たのは朝とも言える時間だったはずなのに、外は日が傾き始めていた。
ぼーっと窓を眺めていると、ノックの音がして扉が開かれる。
「第二王子殿下のお成り。」
ステラはその声にドレスをそっとつまんで足を引き、深く頭を下げる。
こつこつと静かな足音がして、ヴァレン様が入室した。
「面を上げよ。」
胸に響くその声にステラはそっと顔を上げ、ヴァレン様を見る。
正装の軍服姿に帯剣したヴァレン様が、ステラを見て驚いたように目を見開いている。
ステラもヴァレン様の麗しさと神々しさに固まってしまう。
「…ステラ。」
ヴァレン様は少しかすれた声で囁くように言うと、あっという間にステラの前まで来て、髪やドレスを乱さないような優しい手付きで抱き締めた。
「ステラ、本当に綺麗だ。」
「あ、ありがとうございます。」
侍女のおかげで別人に仕上げてもらったので素直にお礼を言うが、かっこよすぎるヴァレン様に言われても説得力がない気がする。
そっと体を離してまたステラを見るヴァレン様の目が潤んで見えて、その美しさに驚く。
「ヴァレン様、やっぱり素敵です。」
「今日のステラと並んだら私が塵だよ。」
「そ、そんな…」
嬉しそうに微笑むヴァレン様にステラも嬉しくなってはにかんでしまう。
「では、行くけど大丈夫?」
「はい、ヴァレン様。」
ヴァレン様の白銀の髪が傾き始めた日に照らされてキラキラときらめいて、そのお隣に白銀のドレスを纏って立つ喜びに、ステラの胸が震えた。
◇◇◇
侍従の先導で「謁見の間」に到着した。
「第二王子殿下のお成り」
その言葉と共に扉が開かれる。
同時に、目の前に現れた光景に思わず叫びそうになって息を飲んで耐える。
カーペットを挟んで国の重臣や高位貴族がずらっと並び、皆が胸に手を当てて臣下の礼をとっていた。
ステラの父やレオナルドも最前列で胸に手を当ててその顔を伏せている。
ヴァレン殿下はステラの手を取ると、その尊い光景の真ん中を玉座が置かれた壇の前まで真っ直ぐ進む。
(け、形式的な儀式って言ってたのに…!)
王族の尊い常識はやっぱりステラには理解できなかった。
これだけの重臣や貴族を集めた儀式なんて、ステラからすれば一世一代どころか末代まで語り継ぐ出来事だ。
玉座を前にしてヴァレン殿下が立ち止まって頭を下げたので、ステラも足を引いて頭を下げる。
「これより第二王子殿下とステラ・アルカニス嬢の婚約式を執り行います。」
家令の声がすると扉が開かれ、国王陛下に続いて正装を纏った王族方が静かに入室された。
揃いも揃って麗しい御方が並ばれているとその神々しさにひれ伏したくなる。
人生で最も恐れ多い光景に震えそうになる体を必死に抑える。
国王陛下が玉座に腰を掛けると朗々とした声が響いた。
「面を上げよ。」
ヴァレン殿下が横で顔を上げたので、ステラも顔を上げて、目は伏せる。
「余はレクス王国第二王子ヴァレンとステラ・アルカニスの婚約を承認し、ここに婚約の証を授ける。ヴァレン。」
「はい、国王陛下。」
国王陛下の威圧感でステラは呼吸を忘れそうになるが、ヴァレン殿はさっと壇上に上がって国王陛下の御前に進み、跪いて何かを受け取る。
「王国を守り、王室の繁栄に尽くせ。」
「はい、国王陛下。レクス王国第二王子ヴァレンは我が名にかけて王国を守り、我が血を繋ぎ、王室の繁栄に貢献することを誓います。」
ヴァレン殿下は朗々と諳じると、立ち上がって一礼をしてまたステラの方に戻ってきた。
受け取った物を侍従が掲げている盆に載せて、再び頭を下げる。
ステラもそれに倣って頭を下げた。
国王陛下が退出され、それに続いて王族方も退出されると、ヴァレン殿下が顔を上げて貴族達の方へと振り向いたのでステラも従う。
目の前で繰り広げられた尊い光景にステラの頭はとっくに真っ白になっていた。
再び家令の声が響く。
「ここに国王陛下の勅許が下りました。第二王子殿下とステラ・アルカニス嬢のご婚約を、王国に仕える臣下一同心よりお慶び申し上げます。」
「「「心よりお慶び申し上げます。」」」
重臣と有力貴族の声が「謁見の間」に響き渡り、ステラの心臓は震え上がる。
王国魔術師団の訓練を必死に思い出して、ヨタヨタしないように胸を張って退出した。
そのまま侍従の先導でステラの私室まで案内され、ヴァレン様と二人で入室する。
扉が閉められた途端、緊張が解けて崩れ落ちそうになったステラはヴァレン様に支えられる。
「す、すみません…。」
「大丈夫?頑張ったね、ステラ。」
軍服姿の麗しいヴァレン様がステラを嬉しそうに見つめ、頭を撫でてくれる。
「わ、私は何も…。ヴァレン様がすごいです…。」
「私は大したことはしていないよ。」
「ヴァレン様がされたことが大したことではなければ私の人生は塵以下です…。」
「…っ、ステラ、今は笑わせるところじゃない。」
肩を震わせて笑うヴァレン様の横でステラは必死に息を整えた。
いつから呼吸を止めていたのか記憶にないから、顔が青ざめているかもしれない。
ヴァレン様はそんなステラを見てぎゅっと抱き締めると頭を撫でてくれる。
胸元からステラの大好きな甘い香りがして、パニックと緊張がだんだん落ち着いてくる。




