65.卒業式
ヴァレン様の卒業式の日の朝、王城から学院に向かう馬車に乗り込む。
昨日はいつの間にか眠れてしまったが、ステラは相変わらず卒業式でも婚約式でもないことで頭がいっぱいで気もそぞろだった。
「この馬車にも慣れてくれてよかった。」
「な、慣れてはおりません…!」
慣れたのではなく別のことを考えていたなんて不純すぎて言えない。
昨日散々考えすぎてしまったステラは、そう言って微笑むヴァレン様のことを直視できない。
「ステラ、何を考えてるの?」
「え?!な、な、何も考えておりません!!」
心を見透かされたような気がして動揺してしまう。
おろおろするステラを見ていたずらっぽく笑うと、ヴァレン様はステラの髪を撫でながら不敵な笑みを浮かべて言う。
「今日は楽しみだね、ステラ。」
「は、は、はい。」
何が楽しみなのかとは聞けないので卒業式のことだと思って答えるが、赤面するのを止められなくて、そんな自分にまた赤くなった。
気持ちを落ち着かせようと深呼吸をしていると、ふと学院のローブ姿のヴァレン様を見るのは本当に今日が最後なことを思い出す。
きっともうヴァレン様がローブを身に纏うことはない。
横に座るヴァレン様の姿を目に焼き付けようとじっと見ていると、ステラの視線に気付いたヴァレン様に覗き込まれた。
「どうしたの?」
「いえ、ローブ姿のヴァレン様を目に焼き付けていました。」
耳にかけていた前髪がはらりと落ちて目にかかっている。
王城では見ることのできない、ステラの大好きなヴァレン様だ。
「そう。元に戻ってよかった。」
そう言ってクスクス笑うヴァレン様に、気を抜くと寂しさが込み上げてきそうだったステラはぐっと堪えて微笑み返した。
学院に着くと、馬車が道に並んでいた。
卒業生の家の物だろう。
門には多くの父兄や執事が集まっている。
この中を降りていくのは憚られたが、今日のステラは王国魔術師の正装のローブを着ている。
(私は護衛。主役はヴァレン様。誰も見ていないわ。)
そう心の中で言い聞かせる。
ヴァレン様にエスコートしてもらって馬車を降りると、いつかのようなざわめきが周囲に広がる。
「今日ご婚約されるらしいぞ。召集がかかって驚いた。」
「卒業式の後に婚約式とは殿下も急がれたな。私もこの後登城せねばならない。」
「あの近衛魔術師のことを本当にご寵愛されているのだな。」
いつの間にか噂が広がっていることに驚愕したが、ステラは顔が赤くならないように必死で呼吸を整えた。
会場の大聖堂に向かうと、入学式の時のように在校生が一階、卒業生は二階と分かれていた。
ステラは今日はヴァレン様の護衛として来ているので一緒に二階に上がるが、部屋には入らず入り口で近衛騎士と一緒に待つ。
一人になると急に寂しくなってきてぼんやりしていると、横に立っている近衛騎士のメーデンに声をかけられる。
「今日ご婚約するんだってな。」
「…はい。」
「ステラのことを護れると思うと光栄だな。何かあったら頼ってほしい。」
メーデンの言葉に、婚約したら王族として扱われると言われたことを思い出した。
近衛騎士の護衛対象になるのだと気付き、恐れ多くなる。
「ありがとうございます。でも近衛魔術師は続けるので、引き続きよろしくお願いします。」
「こちらこそ。頼りにしてるよ。」
いつも通りぐっと親指を立てるメーデンにステラは微笑み返した。
最後のホームルームを終えた四年生が、学年主任のクリンプトン先生に続いて出て来た。
この中に王国魔術師として一緒に働く者もいるのかもしれないと思うと不思議な気持ちになる。
ヴァレン様とレオナルドも出て来られたので、ステラはそっとその後ろについていこうとして、ヴァレン様に手を引かれた。
「ヴァレン様、本日は護衛として…」
「ステラとこうして歩くのも最後だから。」
それを言われると何も言えなくなるのでされるがままになって階段に向かった。
そういえば、と横を歩くレオナルドに話しかける。
「レオ様は卒業後はどうなさるんですか?」
「聞いてなかったの?僕はヴァレンの政務官になるよ。」
ステラはその言葉に目を丸くする。
勝手にレオナルドも王国魔術師になるのだと思っていたのだ。
「王国魔術師も考えたけど、ヴァレンやステラの側にいるのが一番良いと思ったんだ。」
「そうなんですね。レオ様も王城で一緒に働けるのなら楽しみです。」
優しく微笑むレオナルドに、ステラはなぜか胸がズキッと痛むが微笑み返した。
ヴァレン様は何も言わなかったが、ステラの腰に手を回してぐいっと抱き寄せたので、レオナルドが苦笑いしていた。
大聖堂の入り口に到着した。
卒業生が入場するまで外で待機しているとき、ステラは今しかないと思った。
腰を抱かれていたその腕をそっとほどくと、一歩下がって跪き、胸に手を当てて臣下の礼をとる。
見上げると、ヴァレン様の白銀の髪が柔らかい陽の光にきらきらと輝いている。
「我が尊き主君、ヴァレン第二王子殿下。
大変めでたき門出の日を迎えられましたことを心よりお祝い申し上げます。」
そう言って深く頭を下げる。
昨日からいろんなことで頭の中がいっぱいで、ちゃんと伝えられていなかったのだ。
ヴァレン様は一瞬目を瞠ったが、嬉しそうに微笑んだ。
「そなたのおかげで、良き学院生活であった。」
「勿体無きお言葉、恐悦至極に存じます、ヴァレン殿下。」
ステラも頭を下げてから微笑む。
ちゃんと伝えられてよかったと安心していると、黄色い悲鳴が聞こえて慌てて立ち上がる。
ファンクラブの会員だと思われる先輩が顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。
ステラは急に恥ずかしくなって慌てて立ち上がってヴァレン様の影に隠れると、ヴァレン様は頭を優しく撫でて落ち着かせてくれた。
卒業生が入場すると、ステラも少し間を空けて近衛騎士と共に最後尾で入場して、扉付近で式を見届けた。
今日も来賓で来ていた父のいつもより硬い表情を見て、この後のいろいろな予定を思い出して赤面しかけたが、王国魔術師のローブに恥じないようになんとか耐えた。
首席卒業生の表彰では入学式のときと同じように王族としての威圧感を放つヴァレン様が壇上に立つ姿を見て胸が高鳴った。
堂々としたその姿の尊さにやっぱりこの後の予定を思い出して、今度は顔が青くならないように必死に耐えた。
◇◇◇
式を終えて卒業生が退場すると、下級生達が追いかけるように大聖堂を出て、卒業生を囲んでわいわいと賑わっている。
父兄も出てきてごった返していたのでヴァレン様を守るように立って警戒していると、レオナルドがヴァレン様に声をかける。
「じゃあ、僕は先に行ってるから。またあとで。」
「ああ、またあとで。」
どこに行くんだろうと一瞬考えて、今度こそ青ざめる。
でもちゃんと伝えないとと思って、歩き始めたレオナルドに声をかける。
「レオ様、ご卒業おめでとうございます!」
そう言って微笑むと、振り返ったレオナルドも嬉しそうに微笑んで、手を振って門の方に歩いていった。
今のステラがあるのはレオナルドのおかげだ。
ステラは感謝と祝福の気持ちを込めてその姿が見えなくなるまで頭を下げて見送った。
その後、ヴァレン様を囲みたいのかステラを囲みたいのかわからない集団に囲まれてもみくちゃにされた。
近衛騎士の助けを借りてどうにか抜け出すと、またあの馬車に乗って王城に戻った。
ヴァレン様と過ごすことができた一年間の学院生活は、混乱の中で始まり、別の混乱の中で慌ただしく幕を閉じたのだった。
ここで一区切りです。
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