64.白銀のドレス
馬車が王城に到着すると、いつもの恐れ多い出迎えを受けてからヴァレン様の執務室に向かった。
執事が卒業式までのヴァレン様の予定を読み上げているのをステラも横で一緒に聞く。
ヴァレン様は卒業したら本格的な公務が始まる。
前回の長期休暇もその準備に追われていたが、今回は王城内を移動されることも多いのでステラも近衛魔術師としてついて回ることになっている。
執事が読み上げる予定の相手は、普通に生きていればお目にかかることはないような重臣や国の要人だらけで、ステラは頭の中の貴族名鑑を必死にめくりながら恐れ多さに倒れそうになっていた。
(お父様はずっとこんな生活をされていたのね…。今度帰ったときには肩を揉んで差し上げないと。)
予定を聞くだけで肩に力が入ってしまったステラは、手帳に書き留めながらそんなことを考えて現実逃避していた。
「そして卒業式を終えられましたら、『謁見の間』にて婚約式がございますので、学院までお迎えに上がります。」
ステラはペンを持った手を止めて固まる。
(こ、婚約…式…?式って?!)
初めて聞く恐ろしそうな言葉にヴァレン様を凝視してしまうが、ヴァレン様は特に表情を変えずに聞いている。
「ステラ様はお召し物の確認がございますので、この後被服室にご案内いたします。」
「…はい。」
頭の中ではパニックだが質問できる雰囲気ではないのでとりあえず返事をしておいた。
執事が退出したのを確認して、慌ててヴァレン様に聞く。
「ヴァ、ヴァレン様、こ、こ、婚約…式…ってなんでしょうか…。」
「形式的な儀式だから気にしなくていいよ。」
事も無げに言われる。
ヴァレン様は儀式に慣れているのかもしれないがステラはそのような高貴な儀式など目にしたことすらない。
「わ、わ、私はど、どうすれば…」
「私を見て同じようにしてくれればいいよ。話すのは私だけだから大丈夫。」
「……わかりました。」
全然大丈夫そうではないが、そんな高貴な儀式の詳細を聞くのも恐れ多くてステラはそれ以上聞くことができなかった。
そして、いつもの侍女が迎えに来てステラは被服室に連行される。
頭の中はパニックだったが、今日も王国魔術師のローブを着ているので態度には出さないように必死で別のことを考えていたら、いつの間にか被服室に到着した。
「お待ちしておりました、ステラ・アルカニス魔法伯令嬢様。」
被服室付きの侍女にずらっと並んで出迎えられて、ステラは倒れそうになりながらも王国魔術師の矜持でなんとか踏ん張る。
被服室付きの侍女に案内されて奥に進むと、前回のようにカーテンで簡易的に仕切られた試着室ではなく、重厚な扉が閉じられた部屋があった。
王族専用の部屋ではないかと頭を余儀って怖じ気づきそうになるが、侍女はステラの気持ちなど知る由もないのでその扉をさっと開く。
煌びやかな部屋には、白銀色のドレスが一着、トルソーにかけられてまばゆく輝いていた。
ステラは信じられない光景に息を飲む。
この国で白銀は王族を象徴する色だ。
王族以外が纏うなど不敬だ。
だからステラは目立たぬようずっと魔法で髪の色を変えてきたのだ。
見るだけで恐れ多いドレスに言葉を失っていると、侍女が説明する。
「こちらが婚約式でお召しいただくドレスでございます。」
ステラはまた息を飲んで、信じられない気持ちでドレスを見つめる。
ステラの身ぐるみを手早く剥がすと、いつも通り侍女二人がかりでコルセットを締め上げられ、そのドレスを着させられる。
恐れ多い白銀のドレスは寸分違わず自分の体にぴったり沿っている。
「どこかお気に召さない点はございませんか。」
「ありません。…ありがとうございます。」
高貴なドレスにお気に召すも召さないもないのでとりあえずお礼を言うが、頭の中は真っ白だった。
ドレスを脱がせてもらって王国魔術師のローブに着替えた後、呆然としたままヴァレン様の執務室に戻る。
「ステラ、気に入った?」
ヴァレン様がいたずらっぽく微笑んでステラを迎えた。
ヴァレン様の白銀の髪を目にして、ステラは再び襲ってきた恐れ多さにその場に這いつくばりたくなった。
「…恐れながら申し上げます。素敵なドレスですが、私には不相応です。」
震える声で答える。
ヴァレン様はこちらに歩いてくるとステラの右手を取って、中指の指輪をさっと抜き取る。
「あっ…!」
あっという間に白銀に変わった髪にステラは自分まで恐ろしくなって震える。
「本当はこの色のステラにあのドレスを着てほしい。」
ステラはヴァレン様の言葉に目を見開く。
「不相応などあり得ない。ステラほどあのドレスにふさわしい女性はいないよ。」
ヴァレン様の濃い金色の瞳がステラの瞳を捉える。
「私の色だ。ステラが私の物になったのだと皆に示せる。」
胸を震わす声で囁かれ、その瞳が嬉しそうに細められるから、ステラは胸の中にあった恐れ多さがすっと溶けていくのを感じた。
「…素敵なドレスをご用意いただき、ありがとうございます。
ヴァレン様の色をこの身に纏える幸せ、恐悦至極にございます。」
大好きなヴァレン様と同じ色を纏えると思うと、素直に喜べる気がして、ステラははにかみながら伝えた。
ヴァレン様もそんなステラを見て嬉しそうに微笑んでくれた。
◇◇◇
王城での日々は目まぐるしく過ぎていった。
最初はヴァレン様に同行する度に緊張で倒れそうになっていたが、毎日要人と会ううちに、自分はただの近衛でこの高貴な方々の目には入っていないのだと割り切ることができた。
そして夜には以前ヴァレン様に用意していただいたステラの私室で、寮にいたときと同じようにゆっくりお話して過ごしていたので、ヴァレン様が卒業される寂しさも少しだけ薄れていた。
「ヴァレン様、明日はご卒業ですね。」
「そうだね。城に戻ってから予定が詰め込まれすぎて実感がないけどね。」
「私もです。」
「ステラが夜通し泣くことにならなくてよかったよ。」
「寂しいですが、帰ってきたらヴァレン様にお会いできると思えば大丈夫な気がしてきました。」
卒業式を明日に控えて、夕食後にステラの私室のカウチに腰かけながら話す。
ステラは明日の卒業式での護衛のことに集中していた。
その後の予定を考えてしまったら間違いなく一睡もできないまま、ヴァレン様の卒業式を屍のような状態で迎えることになるからだ。
「明日からは夜も一緒に過ごせるね。」
不敵に微笑むヴァレン様の言葉にステラは固まった。
ヴァレン様の濃い金色の瞳がステラを捉え、妙になまめかしい手付きでステラの首筋をなぞる。
婚約式の衝撃ですっかり忘れていた重大な予定を思い出して、ステラはぼぼぼっと沸騰した。
息の仕方も忘れて口をパクパクさせる。
ヴァレン様はそんなステラを見てクスクス笑って、ぽんぽんと頭を撫でてから隣にある私室に戻って行かれた。
ステラの頭の中は卒業式でも婚約式でもなくなり、不純な考えにとらわれて悶々としていたらいつの間にか眠ってしまっていた。




