63.手合わせ
寮で過ごす最後の朝、ステラはいつも通りヴァレン様と近衛騎士の手合わせを見つめていた。
正装で儀礼用の剣を差すことはあっても王城でヴァレン様が剣を手に取る姿は見たことがない。
もしかしたら剣を振るヴァレン様の姿を見るのは最後なのかもしれないと思うと、ステラは一つお願いをしてみたくなった。
「おはよう、ステラ。」
「おはようございます、ヴァレン様。
…あの、大変恐れながらお願いがございます。」
「ステラが私にお願いなんて珍しい。どうしたの?」
「…私と手合わせをしていただけませんか?」
ステラの言葉にヴァレン様は目を見開いて固まった。
ヴァレン様の綺麗な太刀筋を見て、その剣をいつかこの手で受け止めてみたいと思っていたのだ。
そのために、王城にいる間は近衛騎士にお願いして手合わせをしてもらって鍛えていた。
でも、驚いた様子のヴァレン様を見て、よく考えてみればヴァレン様との、王族との手合わせはステラが望んでいいような軽々しいものではないと気付いて頭を下げる。
「…不敬でした。申し訳ありません。」
「いや、違うんだ。ステラから初めて強請られたと思ったらまさか剣の相手とは思わなくてね。」
「す、すみません。」
たしかに、普通のご令嬢なら宝石やドレスを欲しがるのだろう。
野蛮だったと思ってステラは慌てて謝る。
「ステラを斬りつけるのは胸が痛むけど、それで喜んでくれるならいいよ。」
「本当ですか…!嬉しいです!」
「では、手合わせを願おうか。」
「ありがとうございます、ヴァレン様。剣を取ってきますので、お待ちください。」
ステラは急いで階段を駆け上がり、手に馴染んだ細身の剣を腰に差して戻ってきた。
「自分の剣を持っていたんだね。」
「もし王都で近衛魔術師になれたら、主君をお守りする手助けになると思って持ってきたんです。」
「そうだったのか。」
「ヴァレン様が夢を叶えてくださったので、幸せです。」
まさかこんなに早く夢が叶って、主君相手に手合わせをしてもらえると思ってはいなかったのでステラはその幸せに微笑む。
そんなステラを見てヴァレン様も優しく微笑んでくれる。
「では、頼むよ。」
「よろしくお願いいたします。」
さっと跪いて臣下の礼をとってから剣を抜く。
ヴァレン様も剣を抜くと、白銀の髪と剣身の銀色が朝の光に輝いて、思わず一瞬見惚れてしまう。
その濃い金色の瞳と目が合うと、ぐっとその目に力が込もって、一歩踏み出した。
ヴァレン様が片手で斬り込んできた剣をステラは両手で受ける。
剣の芯がぶつかってじぃんと手に響く感覚に思わず笑みが漏れる。
やはりヴァレン様の剣はぶれがなく、正確だ。
近衛騎士と遜色のない実力だろう。
正面からは勝てそうにはない相手に、ステラは時々斬り込みながら隙を探る。
ヴァレン様は、ステラに本気で斬りかかる訳にはいかないと手加減してくださっている。
領地でも、年端もいかない領主の娘に本気を出す訳にはいかない、と手加減されることがあったのでよくわかったのだ。
ステラは根っからの負けず嫌いなので、本気で来てほしかった。
ステラはヴァレン様を正面から見据え、剣を振りかぶって足を踏み込む。
ヴァレン様がステラの動きに反応して先に斬りかかった。
その時、剣に込める力を弱めてヴァレン様の剣を受け損なったふりをする。
ヴァレン様が一瞬ステラを気にするような表情をした瞬間、その首元に斬り込んだ。
ヴァレン様は反射的にその剣を弾いたが、表情が驚きに染まる。
ステラがまた首元に斬りかかると、ヴァレン様も心得たようで正面から受け止めてくれる。
剣の重さが変わったのがわかって、ステラは微笑む。
それからどのくらい時間が経ったのか、時々攻守を入れ替えながら手合わせしていただき、久しぶりに剣を振るステラの体力が尽きた。
「負け、ま、した…っ。あり、がとう、ござい…ました…っ!」
息も絶え絶えだが、頭を下げてヴァレン様にお礼を言う。
ヴァレン様も息を切らしていたが、今日二本目なのにステラよりもまだ余力がありそうだ。
「ステラ、なかなかやるね。
楽しかったよ。こちらこそありがとう。」
疲れて立ち上がるのもやっとなステラに手を貸してくれる。
「あり、がとう…ございます。」
ステラは乱れた息を整えてから伝える。
「初めて…護衛をしたときから、ヴァレン様の太刀筋に目を奪われました。
いつか、その剣を受けてみたいと思ったんです。
また一つ夢が叶いました。
ありがとうございました、ヴァレン様。」
そう言って頭を下げると、ヴァレン様はステラの頭をぽんぽんと撫でて微笑んでくれた。
「ステラが喜んでくれてよかった。」
感想を言い合いながら朝食に向かっていると、ホールで鉢合わせた侍女が汗だくで髪も顔も乱れたステラを見て驚愕の表情をする。
ステラはそのまま侍女に風呂場に連行されると身ぐるみを剥がされた。
再び元通りのピカピカにされるまで、朝食はお預けとなった。
ピカピカになってお腹を鳴らしながら食堂に入ると、シャワーを終えて既に朝食を食べ終わっていたヴァレン様がまだいらっしゃって、お腹の音を聞かれた恥ずかしさに耳まで沸騰した。
ヴァレン様は肩は震えていたが笑うのを耐えてくださったのが、より恥ずかしかった。
そして、王城へ出発する時間が来た。
もうここでヴァレン様と暮らすことはないと思うと、何回目かわからない涙が溢れてくる。
「また泣いてる。」
呆れて笑うヴァレン様にハンカチで目元をぽんぽんと拭ってもらう。
「さ、寂しくて…ひぐっ…」
「また来たかったら来れるよ。」
「でも、ヴァレン、さまは、もういないから…っうぅ…」
涙が止まらない自分が情けなくてまた涙が出てくる。
「すみ…ません…っ。気にしないでください…ひぐっ…」
ヴァレン様はまた笑って、泣き通すステラをぎゅっと抱き締めると耳元で囁くように言った。
「婚約したら私の物になってくれるんでしょう。
もうすぐ夜も一緒にいられるね。」
ステラはその言葉にはっと息を飲んで涙が引っ込んだ。
色香の滲む少し掠れた囁き声に不純な妄想が膨らんでしまい、次の瞬間、耳まで沸騰する。
「泣き止んでよかった。」
ヴァレン様にまたクスクス笑われるが、ステラの頭を不純な考えが埋め尽くしてしまって、馬車に乗った記憶もないまま気付いたら寮とお別れしていた。




