62.処遇
順位発表から三日後、ヴァレン様の特別寮はすっかり荷造りを終え、がらんとしていた。
ヴァレン様は明日にはこの寮を去られる。
ステラも近衛魔術師としてヴァレン様について行き、王城で暮らすことになる。
最初はここで一緒に暮らすなんて恐れ多かったのに、気がつけば思い出が詰まった大切な場所になっていた。
部屋のワードローブに立て掛けていた儀仗を手に取る。
入学式の日、この儀仗でヴァレン様の「豊穣の魔法」を手伝って、そこからステラの人生が変わったのだ。
また涙が出そうになって慌てて目を拭うと、ノックの音がした。
「ステラ、入ってもいい?」
「はい、ヴァレン様。」
扉が開かれてヴァレン様が部屋に入る。
「また泣いていたの?」
ヴァレン様がクスクス笑いながらステラの目の端に滲んでいた涙を拭ってくれる。
「ヴァレン様は寂しくないんですか?」
卒業するのはステラではなくヴァレン様だ。
ステラはこんなに寂しいのに、ヴァレン様は特に感傷に浸っているような様子はない。
「来たくなったらまた来ればいいからね。ここは私のために建てられたから。」
「そうなんですか?!……いっっ」
初めて知る衝撃の事実に戦いて、開いていたワードローブに頭をぶつけた。
「…っ、ステラ、大丈夫?」
「すみません…。」
頭を押さえるステラにヴァレン様は肩を震わせて笑っている。
王族の高貴な常識はやっぱり理解できないと、いつか第一王妃陛下にお話ししようと思った。
「そういえば、何か私にご用でしたか?」
ヴァレン様が部屋に来た理由を聞いていなかったことを思い出す。
「これから、学院の理事長と約束があるんだ。ステラにも来てほしい。」
「承知しました。」
「じゃあ、準備が出来たら下に来てね。」
「はい、ヴァレン様。」
理事長との予定とはなんだろうと思いながら返事をして、急いで王国魔術師のローブを着てホールに向かった。
ヴァレン様について鐘楼棟に向かう途中、校舎裏の切り刻まれた林を見てステラは固まった。
(ま、ま、まさか退学?!林を切り刻んだから?!!まさか大逆罪…?)
魔法学院は王立なので、林も国王陛下の所有物なのかもしれない。
固まって青ざめるステラを見てヴァレン様が不思議そうに問う。
「ステラ?どうしたの?」
「わ、わ、わ、私、た、大逆罪に問われるんですか…?」
「ん?どうして?」
「は、林を...勝手に伐採してしまって…」
「…っ、何度も笑わせないでくれ。」
ヴァレン様はお腹を抱えて笑っている。
その様子に大逆罪ではなさそうだと安心した。
「大逆罪でも退学でもないよ。ついてくればわかる。」
「すみません…。」
ヴァレン様が笑い過ぎて震えながらも教えてくれて、ステラはほっと息をついた。
ヴァレン様が向かった先は鐘楼棟の貴賓室だった。
この部屋に来るのは三度目だが、毎回予想もしていない出来事が起こるので身構えてしまう。
ヴァレン殿下の代わりに扉をノックして言う。
「第二王子殿下のお成りです。」
すぐに扉が開かれて、王立魔法学院の理事長が直々に出迎えた。
理事長は上品な紳士の風貌だが、元王国魔術師なので燃えるような魔力を纏っている。
「お久しゅうございます、第二王子殿下。」
「久しいな。そなたには長きに渡り世話になった。」
「とんでもございません。」
理事長と親しげに言葉を交わすヴァレン殿下に恐れ多くなったステラはヴァレン殿下の一歩後ろに立った。
「貴方は入学式以来ですな。ステラ・アルカニス嬢。」
「ご記憶に留めていただき、大変光栄にございます。」
早速話しかけられて内心は怯えるが、無難に返して敬礼をした。
ヴァレン殿下の椅子を引き、自分は後ろに立とうとしたが、ヴァレン殿下に横の席を勧められたので断ることも出来ず、一礼をして席に着いた。
「此度はこの者の処遇について相談があって来た。」
「奇遇ですな。私もアルカニス嬢のことでご相談があります。
すぐに終わるので恐れながら先によろしいでしょうか。」
「ああ。」
ヴァレン殿下と理事長の言葉にステラは驚いて体が跳ね上がりそうになり、王国魔術師のローブを着ていることを思い出して必死に耐える。
「先日の襲撃から学院を守った功績を讃え、アルカニス嬢に私から賞を授けたいと思っております。」
「ああ、そなたの好きにするがよい。」
「ありがとうございます、第二王子殿下。私の話は以上です。」
「…有り難き光栄にございます。」
ステラは内心驚いたが態度には出ずに済んだ。
国王陛下の褒章を経験したステラにはまだ理事長の表彰の方が耐えられる気がしたので頭を下げる。
ヴァレン殿下が続けて話す。
「この者は私が連れ帰るゆえ、特例を使って城から登校させることとなる。
馬車はこちらで用意する。よいか。」
「勿論でございます、第二王子殿下。」
ステラはヴァレン殿下の「馬車」の言葉に反応して体がビクッと震える。
まさか毎日あの恐れ多い馬車に乗るのだろうか。ステラは恐ろしくて背筋がぞっとした。
「それから、間もなく私とこの者は婚約することとなった。近衛が護衛につくので承知願う。」
ステラはまだ国王陛下のお許しを得ていないのに発表していいのか、と思わずヴァレン殿下の目を見てしまうが、ヴァレン殿下は淡々としている。
「さようでございますか。それは誠におめでとうございます。」
「この者は王族に準じる扱いとなるゆえ、この者への不敬は国王陛下と王族への不敬とみなす。心得よ。」
「承知いたしました、第二王子殿下。」
ステラは恐れ多すぎて目を見開いてヴァレン殿下を見つめることしか出来ない。
わけもわからないまま退室して、廊下を進んだところでヴァレン殿下に小声で話しかけた。
「ヴァ、ヴァレン様…まだ陛下のお許しを得ていないのでは…」
「婚約の勅許は、形式的なものだから大丈夫。」
「勅許」の言葉にステラの体が跳ね上がったのを見て、ヴァレン様が笑いを耐えながら言う。
「お、王族に準じるって……」
「当たり前だ。将来私の妃となる者だと陛下がお認めになれば、王族として扱われる。」
ステラは恐れ多すぎて何も返せなくなり、口をパクパクさせることしかできなかった。
「そのうち慣れるよ。」
ヴァレン様がクスクス笑いながら言うが、慣れるなど考えられないので何も返せなかった。
そうして、寮で過ごす最後の夜は混乱したまま、感傷に浸る間もなく終わった。




