59.協力
ヴァレン殿下の執務室に戻って元のように父と向き合って腰かける。
「ステラ、防音結界を頼む。」
「承知しました、ヴァレン殿下。」
ステラは念入りに強力な結界を張る。
それを確認した父が話し出す。
「何かございましたか、ヴァレン殿下。」
「罪人に気になる点があったのだ。」
「はい、何でしょうか。」
「『王家の魔法』がかけられた痕跡があった。」
その言葉にステラは息を飲み、父は目をすっと細めて険しい表情になる。
「私には感じませんでした。ステラ、お前は何かわかったか?」
「先ほどの罪人には…何も感じませんでした。」
ステラの頭の中には舞踏会で第一王子殿下と目が合ったときにその瞳の奥に見えた紅い光がよぎり、胸が音を立てていた。
「恐らく『王家の魔法』を使う者にしかわからない。
私が『王家の魔法』をかけたとき、魔力を上書きする感覚があった。」
ヴァレン殿下が淡々と話し、父はじっとヴァレン殿下を見つめる。
「あの者は王族に操られているということでしょうか。」
「いや、そうではない。他の者の『王家の魔法』の管理下にあるのなら私の魔法は効かないはずだから。」
「確かにそうですね。」
初めて聞く話に目を丸くする。
父は知っていたようで頷きながらまた考え込む。
「恐らくだが、長い時間をかけて微弱な『王家の魔法』による洗脳を受け続けていたのだと思う。
洗脳されていることにも気づかず、それが自分の意思だと疑わないほど時間をかけて。」
「そのようなことが可能なのでしょうか。『王家の魔法』を使うと目に映ってしまいますが。」
父の言葉に、ステラの胸はいよいよ音を立てて鳴る。
「あ、あの…」
「ステラ、どうしたの?」
勇気を出して声を出す。
ヴァレン殿下が優しい声で促してくれる。
ステラは自分がかけた防音結界がしっかり発動していることを確認してから続ける。
「私、舞踏会で第一王子殿下と踊らせていただいたときに、第一王子殿下の瞳の奥に微かに…王族が『王家の魔法』を使われるときの深紅の瞳に似た光があるのを見ました。」
とんでもない不敬を口に出して、心臓が震える。
父は片眼鏡越しに険しい表情でステラを見ている。
怖くてヴァレン殿下のことが見られない。
「私は怖くて咄嗟に目を逸らしました。
でも第一王子殿下も麗しくていらっしゃるので、普通はあの瞳を向けられたら引き寄せられてしまうと思います…。」
「ステラ、王族の御前で言うことでは…」
「よいのだ、魔法伯。」
ステラは自分が言っていることの恐ろしさに体が震えていた。
不敬を咎めようとする父を遮って、ヴァレン殿下がステラの背中に手を回し、優しく撫でてくれる。
その優しい手にステラが顔を上げると、ヴァレン殿下がその濃い金色の瞳でステラをまっすぐ見つめていた。
ステラがヴァレン殿下の瞳から逃れられないように、きっと第一王子殿下に見つめられたら普通はその瞳から逃げるのは難しいだろう。
ステラが逃れられたのはヴァレン殿下の瞳に何度も見つめられて慣れていたからだ。
大好きなヴァレン殿下の瞳。
もしその瞳の奥が紅く染まっていたとしても、ステラは抗えずに囚われてしまうだろう。
「ステラ、話してくれてありがとう。
私は大丈夫だ。恐れることはない。」
「…ヴァレン殿下。」
ステラの体の震えが収まってくると、ヴァレン殿下はまた父に向き直る。
「ステラの言う通りだとすれば、兄上…第一王子は王室の規則に重大な違反をしている。
『王家の魔法』を使うときは、誰の目から見ても明らかにしておかねばならない。
もし他の者にも同じことをしているのであれば、その地位は剥奪されるだろう。」
あまりに恐ろしく恐れ多い言葉にステラはまた息を飲んでヴァレン殿下を見つめる。
その表情には動揺は見られず、感情を感じさせない冷たい瞳をしていた。
「…しかし、証明ができません。」
表情は硬いが、父が落ち着いた口調で返す。
「時間をかけねばな。下手に動くと私が反逆罪で裁かれる。」
ステラはいよいよ恐ろしくなって、思わずヴァレン殿下の手を取ってぎゅっと握ってしまう。
ヴァレン殿下は泣きそうになっているステラを見て僅かに瞳を歪めたが、また落ち着いた表情でステラの頭を撫でる。
「そうならないように慎重に動くから大丈夫。
…アルカニス魔法伯。そなたが王位継承に関して立場を表明していないことは知っている。
だが、協力してもらえないか。
そなたの力添えがあれば、生まれついた順番を替えられるかもしれない。」
ステラはあまりにも恐ろしくて震えが止まらない。
父は静かにヴァレン殿下を見つめる。
「私は国王陛下の近衛魔術師です。」
父から聞いたことのない冷たい声にステラは恐る恐る顔を上げて父を見る。
声とは裏腹に父は優しい表情でステラを見ていた。
「ですが、この子の父親でもあります。」
ステラに微笑んだ後、ヴァレン殿下の前に跪き臣下の礼をとる。
「立場上、表立って動くことは難しいですが、できる限りの協力はさせていただきます、ヴァレン殿下。」
「感謝する、アルカニス魔法伯。」
ヴァレン殿下が立ち上がり、父の手を取って握手する。
ステラはそれを現実感のないまま呆然と見ていた。
ステラが黙り込んで震えていると、父がこちらに歩いてきて、ステラの手を取って立ち上がらせる。
そしてローブから何かを取り出してステラの手に握らせる。
ステラがそっと手を開くと、そこには王国魔術師団の紋章が入った魔道具の指輪があった。
ステラが父の顔を見上げると、優しく微笑んで言った。
「私との連絡手段だ。魔力を込めれば私に居場所が伝わる。
短く魔力を込めれば私が行く。
長く魔力を込めれば込めただけ、援軍を連れていく。
先日、カールもそれで教えてくれたんだよ。」
敵襲のとき、伝令を送ったにしては援軍が来るのが早いと思ったがそういうことだったのかと納得する。
「ありがとうございます、おと…師団長。」
王国魔術師団の紋章が入っていることを思い出して慌てて言い直す。
「父様に助けてほしいときも、それで呼ぶんだよ。」
「…はいっ!お父様。」
ステラは泣きそうになりながら、左手の人差し指に指輪を嵌めて、その手を父に差し出す。
父が杖を指輪にあてると、指輪は一瞬温かくなって、ステラの指にぴったりと嵌まった。
「これで大丈夫だな。」
「ありがとうございます、お父様。」
いつでも父が助けてくれると思うと、体の震えも止まってどうにか微笑むことができた。
「それから、ステラ。
これは師団長として言うが、殿下のお側にいるときはできるだけ王国魔術師のローブを着ておいてほしい。
いつまた動きがあるかわからないから。
敵にとって近衛魔術師の存在はそれだけで脅威になる。」
「承知しました、師団長。」
ステラは父の目を見て敬礼をする。
「では、私は失礼するよ。試験頑張って。」
ステラの肩をぽんぽんと叩き、ヴァレン殿下に一礼して父が退出した。
「………し、試験!!」
父に言われて思い出した。
明日から学年末試験だ。
「っふ、ステラ、元に戻ってよかった。」
ヴァレン様がクスクスと笑う。
その後、恐れ多くもヴァレン様を急かして足早に王城を去り、寮に帰って慌てて勉強をしたのだった。




