60.王立学園
今日から三日間の日程で王立学園で筆記試験があり、その後の三日間は王立魔法学院に戻って実技試験がある。
ステラは初めて王立学園に足を踏み入れることもあり、いつもの試験以上に緊張していた。
王立学園とは敷地が隣り合っているが繋がっているわけではないので、一度門を出て外を歩く必要がある。
父の言いつけ通り王国魔術師のローブを着たステラは、杖を手に持って警戒しながらヴァレン殿下を守るように歩く。
「ステラ、そんなに気を張らなくても大丈夫。すぐそこだし。」
たしかに門はもう見えていて、生徒を送りに来た馬車が道に並んでいる。
全寮制の王立魔法学院と異なり、王立学園の生徒は王都のタウンハウスから通学しているからだ。
「いいえ、ヴァレン殿下。いつ敵が……っ?!」
言いかけたステラの口をヴァレン殿下の口が塞ぐ。
ただでさえ注目を浴びていたであろうヴァレン殿下の甘いお姿に、きゃーっと黄色い悲鳴が上がり、ステラは耳まで茹で蛸になる。
「み、皆が…な、な、な……」
皆が見ているのになんで、と言いたいがあまりの恥ずかしさに言葉が出てこなくて口をパクパクさせる。
ヴァレン殿下はそんなステラを抱き寄せてご機嫌で門をくぐっていく。
恥ずかしくてヴァレン殿下を見られなくなったステラは初めて入る王立学園の敷地を見回した。
王立魔法学院は男子生徒が多く、王国魔術師を目指す者も多いので生徒も建物も武骨な印象だが、王立学園は王都の貴族の子女は皆通うからか煌びやかでまるで王城のような雰囲気だ。
杖は手に持っているが、警戒よりも興味が勝ってキョロキョロと見回しているとヴァレン殿下がステラに話しかけた。
「そんなに面白い?」
「はい、初めて来たので…お城みたいだなと思って…。」
「そうか、来たことがなかったのか。」
王立魔法学院の生徒は基本的に王立学園出身だ。
皆にとっては懐かしい場所なのだと思うと不思議な感じがする。
「ヴァレン殿下も通われていたんですよね。」
「ああ、初等部から通っていた。」
「なんだか不思議な感じがします。」
「私はステラとここを歩いているのが不思議な感じがするよ。」
その言葉にはっとして立ち止まる。
景色に気を取られていたが、慌てて周囲を確認すると王立学園の生徒がヴァレン殿下を見てキャーキャー言っている。
学院ではいつも距離が近いので忘れていたが、近衛魔術師が第二王子殿下のお隣に立つなどあり得ないだろう。
慌ててその腕から抜け出そうとしてヴァレン殿下にクスクス笑われる。
「皆舞踏会に来ていただろうから知っているよ。」
ぼぼぼっと赤面する。
どんな顔をして歩けばいいのかわからなくて、ヴァレン殿下に連れられて黙ったまま教室に向かった。
王立学園の各学年の空き教室を借りて試験を受けるので、ヴァレン殿下とは階が分かれている。
学院と同じように一階が一年生で四階が四年生だ。
ステラは四年生の教室までヴァレン殿下を護衛した後、王立学園の生徒の目線を感じながら足早に一年生の教室へ向かった。
教室に入ると、いつかのように拍手で迎えられた。
随分前のような気がしてしまうが、そういえば戦闘を終えてから皆に会うのは初めてだと思い出す。
今日は王国魔術師のローブを着ているからいろんな意味で恥ずかしくて赤面する。
「ステラ、本当にかっこよかったよ!
そのローブも似合ってるし!僕もファンクラブに入ろうかな。」
「や、やめて、クリス。あれは本当にご遠慮したいわ。」
クリスフォードがいつも以上にステラをバンバンと叩く。
あまり話したことがない女子生徒はステラを見て顔が赤くなっていた。
ファンクラブが広がらないことを切に願いながら、教室の奥にアリスの姿を見つけて駆け寄る。
「おはよう、アリス。」
「おはよう、ステラ。今日は制服じゃないのね。」
「えっと、そうなの。ちょっと任務で。」
「三日前の戦いといい、すっかり目立ってるわね。」
「本当に恥ずかしいわ…。」
「そんなことよりさっき見たわよ!
あんなに甘い姿を見せつけられて試験どころじゃなくなったわ。」
「ご、ごめんなさい…。」
ステラはまた顔が赤くなってしまうが、アリスがいつも通りで安心した。
恥ずかしさで沸騰しそうではあるが、ステラの心臓は一日分の仕事を終えたのか朝緊張していたのが嘘のように落ち着いている。
それに気付いてヴァレン殿下に少しだけ感謝した。
◇◇◇
一日目の試験が終わり、皆が久しぶりの王立学園に盛り上がっていたが、ステラは四階に向かおうと足早に教室を出た。
三階までは授業が終わっていないのか閑散としていたが、四階に到着すると学院生が借りているであろう教室の前に人だかりができていた。
(こ、この中を突っ切って行くの…?いっそ《転移》する?いえ、より目立つわ。)
ステラは田舎の領地でこじんまりと育ち、学院も少人数なので、これだけ多くの人の中に突入したのはヴァレン殿下の付き添いの社交くらいだ。
一人で突入する勇気などなかったステラは、壁に張り付くようにして遠目に教室が見える位置に立ち、中にいるヴァレン殿下を確認する。
ステラに気付いた王立学園の生徒からの視線を感じるが、護衛に集中する。
「はじめまして。殿下のご寵姫様ですよね?ご挨拶させていただきたく存じます。」
「任務中ですので申し訳ございません。」
何人かに似たようなことを話しかけられるが、毅然とした態度で断った。
おどおどしてしまうステラは警備部隊で王国魔術師としての振る舞いを鍛えられたのだ。
ヴァレン殿下の隣に立つと頭から飛んでしまうが、今のステラは一人だ。
内心はこの衆目とご寵姫様なんて大層な肩書きだと思われていることにビクビクしていたが、外には出さないようにした。
教室に目を向けると、奥に座っているヴァレン殿下の周りを数人の男女が囲んでいる。
その中に、いつかの夜会で見かけた本物のピカピカのご令嬢もいた。
ヴァレン殿下に触れようとして、嫌そうな顔をするヴァレン殿下にいなされている。
親しげにヴァレン殿下に触れるご令嬢と、その手を体から離そうとするヴァレン殿下の優しい手付きにステラはなぜか胸がずきっと痛んだ。
ステラをいつも楽しませてくれて、口付けで蕩けさせて、乱れたドレスを綺麗に直せるヴァレン殿下は、その手で触れた女性が一人や二人ではないだろうことは恐れ多くも想像できた。
(これは私なんかが抱いてはいけない感情だわ。)
自分の中にある嫌な感情を封じ込めるように口元に力を込めて、護衛に集中しようとすると、教室の入り口付近に座っていたレオナルドと目が合った。
レオナルドは一瞬目を瞠ると、すぐに立ち上がってこちらにやってきた。
「ステラ、何かあったの?」
「レオ様。…何でもありません。」
鼻をくすぐる薔薇の香りにステラは甘えたくなるが、ぐっと堪えてまたヴァレン殿下の方を見る。
レオナルドはステラの視線を追った先の光景を見てステラの気持ちに気付いたのか、優しく、でもどこか寂しそうにも見える表情で微笑んだ。
「ヴァレンはステラしか見てないから大丈夫だよ。」
「…っ。」
ステラはレオナルドの言葉に危うく涙が溢れそうになる。
レオナルドが優しくステラの頭を撫でてくれる。
ステラが泣くのを我慢していると、いつもこうしてくれるのだ。
気持ちを落ち着けようと息を整えていると、教室からきゃーっという悲鳴が聞こえた。
はっと教室を見ると、例のファンクラブの先輩方がステラを見つけて、こちらに駆け寄ろうとしている。
ビクッとしてレオナルドの腕を掴んで逃げようとすると、騒ぎに気づいたヴァレン殿下とステラの目が合った気がした。
でも、なんとなく目を合わせたくなくて、レオナルドの影に隠れるように顔を伏せた。
ヴァレン殿下はファンクラブの先輩方を冷たい目で睨み付けると、取り囲むご令嬢達をかわしてこちらに向かって歩いてきた。




