58.尋問
魔法使いによる襲撃があったあの日、ヴァレン様に運んでもらったもののただベッドでぐっすりと寝ただけのステラは、一晩で魔力も元気も回復した。
本来は翌日から学年末試験の予定だったが三日後に延期となり、教室で行う筆記試験は隣り合う王立学園で行われることになった。
最初の攻撃で割れた窓ガラスの修理や片付けが間に合わないからだ。
そして試験を明日に控えた今日、ステラは王国魔術師のローブを着て、ヴァレン様と一緒に王城に向かっていた。
王国魔術師団に改めて事の仔細を報告することになっているのだ。
「ステラ、体は大丈夫?手は痺れていない?」
前回、戦闘部隊での訓練で雷を百発受けたときは三日間手の痺れが取れなかったのだ。
でも今回は戦闘部隊の雷より威力が弱かったし、十数発だったので怪我も痺れもなく回復していた。
「本当にすっかり元気になりました。
ご心配いただきありがとうございます。」
ステラが頭を下げると、ヴァレン様は安心したように微笑んでステラを抱き寄せる。
この恐れ多い馬車で横に座らせていただくことに慣れてきてしまった自分に戦きつつ、外にはたくさんの護衛がいるので人目が気になって縮こまる。
王城に着き、ヴァレン殿下の執務室に案内されるとすぐに侍従の声がした。
「アルカニス魔法伯がお越しです。」
「お通しせよ。」
二日ぶりに会う父が入室して臣下の礼をとり、頭を下げる。
ステラは敬礼をして迎える。
「ヴァレン殿下、ご無事で安心いたしました。」
「そなたの部下のおかげだ。」
「ありがたきお言葉、恐悦至極にございます、ヴァレン殿下。」
恭しく頭を下げた後、姿勢を正した父がステラを見て微笑む。
「魔力も回復したみたいだね。」
「お気遣いいただき恐れ入ります、師団長。」
ステラは再び敬礼をとって一礼する。
ヴァレン殿下と父が応接机を挟んで向かい合う。
ステラは悩んだ末にヴァレン殿下の後ろに立とうとして、体を引き寄せるように手を引かれた。
上司である師団長の前でヴァレン殿下の横に座るのは何となく居心地が悪いので抵抗するが、父が優しい目をしたのでそのまま座ることにした。
「ステラ、カールから大体のことは聞いた。尋問したそうだな。」
「はい、師団長。情報が得られず申し訳ありません。」
たしかに尋問はしたが、敵は会話が噛み合わず、大した情報は得られなかった。
「仕方ない。ステラはよくやったよ。
罪人の身柄は天文台に移し、警備部隊が尋問にかけているが、会話が成り立たない。」
王国魔術師団の本部にある天文台は、昔は星読みの術を行う場所として使われていたが、現在は魔力のある罪人の収監先として使われている。
とはいえ、王国魔術師団の管理下に置かねばならぬような魔力を持った者はそういないので、普段は王国魔術師団の象徴として存在している。
「そうですか…。師団長、あのことも口を割りませんか?」
手練れの魔法使いが自害しようとした直前に発した言葉が気になっていたのだ。
「あのお方の御代のために」の「あのお方」とは、第一王子殿下のことではないかと疑っていた。
「だめだ。何を聞いても薄汚く笑うだけだ。」
「…わかりました。」
疑ってはいても証拠がなければ裁けない。
それにただの疑いで第一王子殿下の名を出したら、それこそ不敬で罪に問われる。
ステラは押し黙るしかなかった。
話を聞いていたヴァレン殿下が静かに口を開いた。
「魔法伯、私が尋問に立ち会ってもいいだろうか。」
ステラはその言葉に驚いて目を見開くが、父は動じた様子はない。
「ヴァレン殿下にお越しいただけるのなら心強いです。」
「おと、師団長!」
お父様と言いかけてやめるが、ステラは思わず口を出してしまう。
「ステラ、私は何度も立ち会っているから慣れている。心配しないで。」
「でも…」
ヴァレン殿下がステラの背中を落ち着かせるように撫でる。
でも、あのような者がヴァレン殿下の貴い御前に立つなど考えただけでぞっとする。
「ステラ、『王家の魔法』は尋問には大変有用なんだ。
罪人を裁きたいんだろう?」
父はステラを咎めることなく、優しい表情のまま言う。
その言葉にはっとする。
「王家の魔法」は相手の精神を絶対的に支配する、とヴァレン殿下がおっしゃっていたのを思い出した。
「…はい、師団長。」
「では、早速お願いできますか。」
「ああ、行こうか。」
全く顔色を変えない二人に複雑な気持ちになりながら、ステラもその後ろについて天文台に向かった。
天文台に到着すると、入口を警備している王国魔術師が敬礼して入口を封じていた魔法を解除してくれる。
そのまま先導してもらい、ひたすら階段を上ると、最上階にある天井のない円状の観測部屋に沿って並んでいる扉の一つをノックした。
「第二王子殿下と師団長がお越しです。」
「お待ち下さい。」
中から何やら音がした後に警備部隊長が出て来て、臣下の礼をとって頭を下げた。
「第二王子殿下、お成りいただきありがとうございます。」
「よい。尋問はどうだ。」
「会話になりません。ふざけているのか気が触れているのか判断できません。」
「そうか。」
ヴァレン殿下は感情を感じさせない表情で淡々と警備部隊長と話す。
ヴァレン殿下と父が入室したので、ステラも警備部隊長に敬礼してから入室する。
中はそれほど広くはなく、何もない床の上に手練れの魔法使いが血まみれで鎖に繋がれて横たわっている。
嫌悪感がステラの背筋を伝い、顔を歪めてしまう。
警備部隊長が使っていたであろう席にヴァレン殿下が座ると、罪人が顔を上げて汚い笑みを向けた。
ステラはヴァレン殿下の御目を汚されることへの怒りで手が杖に向かってしまうが、横から父に厳しい目でじっと見つめられたのでなんとか耐えた。
「第二王子か。」
「口を慎め。」
ステラは思わず口を出してしまう。
父は相変わらずステラを見つめているが、制止はされなかった。
「ほう、近衛も来たか。」
罪人はまた汚い笑みを浮かべる。
視線が定まらず、三日前よりも声に力はない。
ヴァレン殿下の纏う魔力が変わり、部屋全体を威圧感が包み込む。
ヴァレン殿下の瞳が深紅に染まっている。
「忠誠の魔法」を受けてステラの中に残っているヴァレン殿下の魔力も呼応するように反応して、なんだか血管がぞわぞわした。
「此度の襲撃について真実を述べよ。」
「はい。」
罪人は汚い笑みをやめ、呆けたような顔でヴァレン殿下を見る。
「そなたの狙いは私か。」
「はい。」
ステラはまたピクッと震えるが、ヴァレン殿下は淡々と続ける。
「そなたが申した『あのお方の御代のために』の『あのお方』とは国王陛下か。」
「いいえ。」
「私か。」
「いいえ。」
「…第一王子か。」
「はい。」
またその顔に恍惚としたような汚い笑みを浮かべる。
「第一王子に指示されたのか。」
「いいえ。」
「他の何者かの指示を受けたのか。」
「いいえ。」
「自分の意思で行ったのか。」
「はい。」
ヴァレン様は僅かに瞳を歪める。
「師団長、もうよいか。」
「はい、ヴァレン殿下。」
父が臣下の礼をとり頭を下げるとヴァレン殿下はさっと立ち上がり退出する。
部屋が威圧感から解放されると、罪人がまたステラに汚い笑みを浮かべて言う。
「第二王子の御代など来ぬ。」
ステラが腰の杖に手を触れると罪人の足元から曇った音がした。
この程度で済ませたのは薄汚く苦しむ姿など見たくなかったからだ。
ステラは罪人の反応を見ることもなく、父に続いて退出した。
「骨を折ったな?」
部屋を出ると父に呆れた顔で咎められる。
「足の小指です。勝手をして申し訳ありません、師団長。」
「私はステラを怒らせぬように気を付けねばな。」
ヴァレン殿下はまだ威圧感を少し発していたが、金色に戻った瞳でステラを見て少し微笑む。
「師団長、話がある。執務室に戻る。」
「承知しました、ヴァレン殿下。」
歩き出すヴァレン殿下にステラは一礼して、二人の後ろについて執務室に向かった。




