57.貴賓室
騎士に案内されたのは、鐘楼棟にある貴賓室だった。
入学式の日、ヴァレン殿下と初めて話した部屋だ。
「ステラ・アルカニス様をお連れしました。」
「通せ。」
中から聞こえるヴァレン殿下の声にあの日を思い出して少し緊張しながら入室すると、ヴァレン殿下とクリンプトン先生が向き合って応接机に座っていた。
ステラはヴァレン殿下に臣下の礼をとって頭を下げる。
「お側にいられず申し訳ございませんでした、ヴァレン殿下。」
「ステラ、怪我がなくてよかった。こちらにおいで。」
その声に顔を上げると、ヴァレン殿下が自分の横を指して微笑んでいた。
一旦は行きかけたが、近衛騎士が背後に立っているし、とてもステラが座っていいような雰囲気ではない。
「お、恐れながら、わ、私は立っています!」
「魔力切れを起こしていそうだ。
座りなさい、アルカニス。」
「…はい、クリンプトン先生。」
恐れ多くて断るが、王国魔術師の先輩であるクリンプトン先生に命令されると断れなくなり、渋々頷いてヴァレン殿下の横に座った。
「ステラ、よく頑張ったね。」
ヴァレン殿下に頭を撫でられるが、近衛騎士とクリンプトン先生が至近距離で見ているので赤面してしまう。
「あ、ありがとうございます…あの、お手を…。」
「いつも通りのステラでよかった。」
ヴァレン殿下の言葉にはっとして慌てふためく。
恐らく校舎の窓からステラが尋問するところが見えていたのだろう。
「お、お見苦しい物をお見せしてしまってすみません…。」
「謝らないで。ステラは自信を持って」
ステラはなんともいえない恥ずかしい気持ちが込み上げてきて赤面してしまう。
「君には何も教えることはないよ。」
そう言ってニヤッと笑うクリンプトン先生はステラが校舎を守るために使った派手な防御魔術を見ていたのだろう。
再び恥ずかしくなって、ステラは耳まで赤くなった。
一通りからかわれてから、尋問の結果を報告する。
「敵は、以前ヴァレン殿下を襲撃した者と同一でした。
…私が魔術で《刻印》したので間違いありません。」
ん?という顔をしたクリンプトン先生に付け足す。
《刻印》はかなり古い魔術だが、クリンプトン先生になら伝わるだろう。
「襲撃に関しては報告を受けていたが、君は《刻印》までする余裕があったのか。流石だ。」
「いえ…。あのときはリュクス公爵令息様もいらしたので…。」
ステラがおどおどしているとヴァレン殿下が横から声をかけた。
「ステラが尋問をしているのは見えたけど、何を聞いたの?」
「何者なのかも、誰の指示なのかもわかりませんでした。
ただ…『あのお方の御代のため』と。」
話していて怒りを思い出してきて一旦呼吸を整える。
横にいるヴァレン殿下はわからないが、クリンプトン先生は険しい表情をしていた。
「その後、舌を噛み切ろうとしたので咄嗟に止めました。
二人とも昏倒させて丸太にくくりつけていたところで救援がきたので、師団長のご配慮でこちらに参りました。」
咄嗟に止めた、のところでヴァレン殿下が笑いを耐えきれなかったようで吹き出した。
こんな状況でも笑えるヴァレン殿下はすごいと思う。
「いい蹴りだったよ。」
「…ありがとうございます。」
クリンプトン先生も笑いを耐えられないようで震えながら褒めてくれる。
あのときはもう一人の魔法使いの動きも杖で抑えていたから余裕がなくて、咄嗟に体を使ったのだ。
近衛騎士仕込みの護身術なので威力には自信がある。
「師団長には私から報告しておくよ。君は休んだ方がいい。
…無理はしないように。」
「はい、クリンプトン先生。」
なぜか最後の言葉だけヴァレン殿下に向けて言った気がする。
ヴァレン殿下に一礼してクリンプトン先生が退出すると、近衛騎士も一緒に退出する。
チラッと見ると近衛騎士の一人、アーノルドがウインクを決めたので、気を遣われたのだと思って赤面する。
「…クリンプトン先生は私を何だと思っているんだろうな。」
ヴァレン殿下が苦笑いしながら扉を見つめる。
ステラは気を遣われて二人きりにされたことが恥ずかしくて顔を赤くしたまま縮こまっていた。
「ステラ。」
ステラの大好きな胸に響く声で呼ばれて顔を上げる。
「私の命令を守ってくれてありがとう。」
その言葉に目を見開く。
跪こうとカウチを降りようとして、ヴァレン殿下に抱き締められる。
「…誠に勿体無きお言葉、恐悦至極にございます。」
言ってはみたものの抱き締められていてはこの言葉ではない気がする。
「…ヴァレン様にそう言っていただけると嬉しいです。
ありがとうございます、ヴァレン様。」
「それでいい。」
ヴァレン様がステラの頭を撫で始めたので安心してその胸に顔を寄せる。
そして、ステラも言いたかったことを伝える。
「命令していただき、ありがとうございました。」
「…命令して礼を言われたのは初めてだな。」
ヴァレン様がクスクスと笑ってくれる。
「判断の遅れが命取りになるのに、私はヴァレン様のお側にいるべきか、戦うべきか迷っていました。
今日戦えたのはヴァレン様のおかげです。
だから、ありがとうございました。」
「そう。ステラの力になれたならよかった。」
嬉しそうに細められたヴァレン様の濃い金色の瞳と目が合うと、その目に力がこもり、ステラを捉える。
その瞳に惹き付けられるように顔を近づけて、唇が触れたところでステラは制止した。
そしてぼぼぼっと耳まで沸騰する。
(ク、クリンプトン先生はこのことを…予想されて………っ!!)
「ステラ?」
色香に満ちた目で至近距離で囁かれてステラはふらっとくる。
「…そうか、魔力切れを起こしているんだった。」
魔力切れではなく、ヴァレン様の色気に当てられたなんてとても言えない。
ステラが真っ赤になってヴァレン様に寄りかかっていると、ヴァレン様はそのままステラを横抱きにして歩き出した。
「ヴァ、ヴァ、ヴァレン様?!」
「寮のベッドで休もう。」
その言葉が外に聞こえたようで、騎士によって扉が開かれる。
ステラは今度こそ恥ずかしすぎてくらくらして、真っ赤になった顔を見られないようにヴァレン様の胸に顔を寄せることしかできなかった。




