50.大会
あっという間に秋学期も終わりに近づく。
生徒の関心は魔法戦の大会に向けられていた。
大会は自由参加のトーナメント方式で、戦い抜いた者が学院の代表として王国魔術師と戦う栄誉を与えられる。
大会の結果が卒業後の進路にも関わるため、王国魔術師を目指す者はこの大会に全てを懸けて挑むそうだ。
一年生はまだ魔法戦を習い始めたばかりなので少数だったが、四年生になるとほとんどが出場するらしい。
既に予選が始まっていて、放課後になると生徒は皆練習場に行き、応援をしたり作戦を立てたりとそれぞれの目的で盛り上がっていた。
ヴァレン様もレオナルドも、特に興味もないらしく出場しないそうだ。
見物に行くこともなく普段通り過ごしていた。
「ステラは行きたかったら行ってもいいんだよ。」
寮の応接室で期末試験の勉強をしていると、ヴァレン様がステラの髪を弄びながら言った。
「私は…どんな顔をして座ればいいのかわからないのでやめておきます。」
「それもそうか。」
ヴァレン様は笑って言うとステラを抱き寄せる。
ステラも最近は恐れ多さよりも嬉しさが勝ってきたので、ヴァレン様の胸に顔を寄せてその甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。
「…秋学期が終われば卒業だな。」
「は、は、はいっ。」
急に言われてどぎまぎしてしまう。
この学期が終われば授業はほとんどなく、学年末試験が終わればヴァレン様は卒業してしまう。
ヴァレン様が卒業するということは、婚約の話が進むということだ。
ステラもその時期が近づいてきているのを感じたので、婚約の話が脳裏をよぎっては自分で蓋をしていた。
「ステラは、どうするの?」
「私は…、ヴァレン様のお側にいられたらいいなと思っています。」
ヴァレン様が卒業して正式に婚約したら、学院に通うのは難しいだろうと思っていた。
ヴァレン様の近衛魔術師としてお側でお守りしたいし、何よりも自分のためだけに護衛の騎士に学院に来てもらうのは申し訳なかった。
「在学中に王国魔術師になった者は特例の制度があることは知っているね?」
稀なことではあるが、才を認められて在学中に王国魔術師になる者がいる。
そのような者のために、学院は特例制度を設けている。
普段は任務や訓練を優先した上で出られる授業に出て、期末試験の成績が一定以上であれば単位が与えられ、卒業できるというものだ。
「はい。ですが、全く行かないわけにはいかないので…。
ヴァレン様をお守りできない時間ができてしまいますし、私に…護衛がつくのなら、それは申し訳ないです。」
ステラはヴァレン様に気遣わせてしまう申し訳なさに目を伏せる。
「私が王城にいる間はそれほど心配しなくてもいいよ。護衛は私がつけたくてつけるのだからステラが気にすることではない。
側にいてくれるのは嬉しいけど、私のせいでステラの夢を諦めないでほしい。」
ヴァレン様の言葉にステラははっとするが、また顔を伏せる。
王立魔法学院を卒業するのは、確かにステラの夢の一つだった。
でもそれよりも大きい夢、王国魔術師に、近衛魔術師になるという夢を叶えてくれたのはヴァレン様だ。
「で、ですが、私はすごく幸せな立場にいるのに、これ以上の我が儘は申し訳ないです…。」
「ステラ。」
ヴァレン様の濃い金色の瞳がじっとステラを見据える。
こうして見つめられるとステラは目が離せなくなる。
「私に遠慮して言いたいことを言えなくなってしまったら、それはステラにとって幸せじゃないだろう。
私はステラを幸せにしたいんだ。」
「…っヴァレン様。」
ヴァレン様の前だとなぜかステラの涙腺は緩んでしまう。
幸せで胸がいっぱいになって、目の端から涙が溢れ落ちそうになる。
「それに学院を卒業するのはステラの当然の権利だ。我が儘ではないよ。ステラ、どうしたい?」
「私は…、学院を卒業…したい…です…。」
「わかった。私にできることは協力する。」
言いながらまた申し訳なくなってきて目を伏せるが、ヴァレン様に抱き締められて頭を撫でられると気持ちが落ち着いてきた。
「ありがとうございます、ヴァレン様。私は本当に幸せです。」
「ステラが幸せなら私も幸せだ。」
微笑むヴァレン様に嬉しくなってぎゅっと抱きつく。
「あと婚約の話だが、」
やはり恐れ多くなって後ずさる。
「期末試験が終わったら君の母君にもご挨拶させていただきたいんだ。」
「ヴァレン様…。」
ステラは驚いて目を見開く。
ステラを守るために、王族や貴族から隠すようにステラを育てた母。
恐らくヴァレン様との…王族との婚約の話も、「王家の巫女」の話も快くは思っていないだろう。
それはヴァレン様もご存知のはずだ。
ヴァレン様のお立場ならステラの母のことなど気にしなくてもいいのに、そのお気遣いがステラには嬉しかった。
「理解してもらうのは難しいだろうが、君には祝福されてほしいから、私もできることはしたいんだ。」
「…ありがとうございますっ。」
引っ込んでいた涙がまたぽろぽろと溢れる。
「その後で国王陛下にも正式に報告しようと思う。」
「……はい。」
やっぱり涙は引っ込んでしまった。
忙しく動くステラの涙腺に、ヴァレン様はまた笑いながら頬に伝っていた涙を拭ってくれた。
◇◇◇
そして一週間後、いよいよ魔法戦の大会の決勝の日を迎えた。
この日は全ての授業が中止になり、学院中が大会一色に染まる。
練習場には特設の観客席が設けられていて、学院の教師も生徒も皆が練習場に集まっている。
ヴァレン様は四年生の席の端に座り、ステラは出番までその後ろで護衛をしていた。
ステラは今日は王国魔術師として参加するので、真っ白な生地に金色の縁取りが入った王国魔術師のローブを着ている。
そわそわしながらヴァレン様の後ろに控えていると、手を引かれて抱き締められ、耳元で囁かれる。
「ステラ、緊張してる?」
「ヴァレンさ、殿下…お、お手を……」
確かに緊張していたが、そんなことよりも四年生の前で抱き寄せられてステラは赤面していた。
「いつもしているのにどうして?」
「……っ。」
そう言って耳に息をふーっと吹き掛けられて、ステラはビクッと震えてしまう。
「…こんなに可愛いのにこれから戦わせるなんて、本当に近衛をやめさせようか。」
「ヴァ、ヴァレン様…っ!」
そう言いながら妙に色めかしく頬を撫でられるのでステラは耳まで茹で蛸状態だ。
「……緊張は解れた?」
「あっ……」
いつもの声色に戻ったヴァレン様がステラの体を離していたずらっぽく微笑む。
確かに、今ので一通り心臓が仕事をしたので緊張はどこかに飛んでしまっていた。
「な、なんか大丈夫そうです。ありがとうございます。」
「よかった。
…私の近衛魔術師として、皆に実力を示すがよい。」
「はい、ヴァレン殿下。」
ヴァレン殿下はどうすればステラが落ち着けるのが全部知っているのだ。
王族として、胸に響くその声で命令されるとステラは逆らえない。
国に、王族に忠誠を誓う王国魔術師として、そんなことは許されない。
ステラは一歩後ろに下がり、臣下の礼をとる。
学院代表の生徒が歓声を受けて練習場に向かう姿を見て、ステラはヴァレン殿下に一礼して離れた。
目があったヴァレン殿下の、王族として見せる厳しい表情の奥に優しさを感じて、大丈夫と伝えたくて微笑む。
ステラが魔法戦をしている間は近衛騎士がヴァレン様の側についてくれる。
今日の護衛は近衛魔術師の任務初日からお世話になっているメーデンとアーノルドだ。
すれ違うときにメーデンにぐっと親指を立てられ、アーノルドにはウインクをされたのでステラは二人にも一礼をしてから練習場に向かった。




