49.褒美
秋も深まった頃、寮の応接室で勉強をしているとヴァレン様に声をかけられた。
「ステラ、今度の週末に登城するから君も一緒に来てほしい。」
「はい、ヴァレン様。」
社交シーズンも終わったので何の用事だろうと思いながら返事をする。
「王国魔術師の正装をしてくれ。」
「承知しました。」
頭の中は疑問だらけだったが、ご公務ならばその内容など恐れ多くて聞けないのでとりあえず返事をする。
疑問の一つでも聞いておけばよかったと後悔するのは三日後のことだった。
◇◇◇
登城する日の朝、またあの恐れ多い王家の紋章のついた四頭立ての馬車が迎えに来ていた。
抵抗はしないものの内心は不敬に怯えながら、ヴァレン様のエスコートで乗せていただく。
「この馬車にも慣れた?」
「な、な、慣れません!」
「もう慣れたのかと思ったけど違ったか。」
ステラが食い気味に言い返すとクスクスと笑われる。
今日のヴァレン様は王族の正装の黒い軍服を着ている。
王族の証である白銀の髪に金色の瞳が映えるその服装はヴァレン様が尊い存在であることをステラに自覚させるのに、その金色の瞳がステラを甘く見つめるから、朝から心臓が飛び出そうなほど高鳴っていた。
「でも、なんだか色んなことに慣れてきてしまっている気はします…。ふけ」
「不敬じゃないよ。私がそう仕向けたんだから君は乗せられてくれればいい。」
不敬でした、と謝りかけて止められてまた笑われる。
この馬車に慣れる日など永遠に来ない気がするが、学院でヴァレン様のお隣に立つことも、歩くときに手を取られたり腰を抱かれることも、皆の前でも髪を触られたり頭を撫でたりされることも、あまりにも日常になってしまったのでその度に赤面していては心臓が持たないのだ。
「そういえば今日だけど、私は後から向かうからステラは先に行っていてほしい。」
気を引き締めないとと気合いを入れていると、ヴァレン様はそんなステラを見てまた笑いながら言う。
「氷の殿下」と呼ばれていたヴァレン様がよく笑うようになってくれたことがステラは嬉しかった。
「わかりました。ご公務でしょうか?」
「…まぁ、そうだね。」
「承知しました、ヴァレン様。」
今日は何をするために登城しているのか結局聞いていなかった。
目を逸らすヴァレン様に、恐れ多いご公務でもあるのだろうと思ったステラは、先に会場で警備の確認をしようとぼんやり考えながら車窓を眺めた。
王城に着いて恐れ多いお出迎えを受けた後、ヴァレン殿下の後ろについて執務室まで護衛してからすぐに退出する。
どこで何をされるのか聞いていないが、警備体制も確認したいのでとりあえず王国魔術師団の本部に行こうと思っていると、なぜか侍従がステラを先導してくれることになった。
途中で控え室のような場所に立ち寄り、いつものヴァレン殿下付きの侍女に身支度を整えてもらう。
再び侍従の先導に従ってよくわからないまま導かれた先には、「謁見の間」と呼ばれる国王陛下と謁見するための部屋があった。
「ステラ・アルカニス様をお連れしました。」
「お通しせよ。」
侍従が扉に呼び掛けると中から王城を任されている家令の声がして畏縮する。
警備の確認をしたいだけなのにやたら丁重なお迎えだな、と呑気に思いながら入室すると、玉座に国王陛下がいらっしゃることに気付いて慌てて跪いて頭を下げ、臣下の礼をとる。
(な、な、何事?!なぜ国王陛下の御前にこんなに堂々と案内されているの?!間違いだったら大逆罪よ?!)
事態を理解できないステラが震えないように必死に体に力を入れて耐えていると、家令の声が響く。
「第二王子殿下のお成り。」
後から来るとおっしゃっていたヴァレン殿下が入室される。
ヴァレン殿下の後ろを侍従が盆に載せた何かを掲げるように持ちながら歩いていくのが視界の端に映る。
「面を上げよ。」
国王陛下の声が響き、ステラは目が合わないように目は伏せたままで顔を上げる。
「ステラ・アルカニス。
そなたは第二王子の命を守り、王国に貢献した。
その功績を称え、ここに褒章を授ける。」
ステラは信じられないお言葉に目を瞠る。
(まさか叙勲されているの?なぜ?どういうこと?)
「…ありがたき幸せ、恐悦至極にございます、国王陛下。」
黙っていては大逆罪だと思い慌てて返事をする。
「ここへ。」
国王陛下の声が響いて、ステラは頭を深く下げ、さっとその御前に移動して再び跪き、また頭を下げる。
「第二王子、余に代わり授けよ。」
「恐れ入ります、国王陛下。」
ヴァレン殿下は返事をすると、侍従から何かを受け取ってステラの方に静かに歩いてくる。
「楽にせよ。」
その言葉に頭は下げながら立ち上がる。
「国王陛下に代わり、そなたに褒章を授ける。
これからもその力をもって王国を支えてほしい。」
「身に余る光栄、恐悦至極にございます、第二王子殿下。
この命を懸けて王国にお仕えする覚悟にございます。」
手が震えないように渾身の力を込めて、ヴァレン殿下から箱に納められた勲章を受け取る。
父の胸にも光っていた、近衛魔術師が主君を守ったことを示す勲章だ。
もう一度深く礼をして後ろに下がる。
国王陛下とヴァレン殿下が退出された後、ステラも「謁見の間」から解放された。
(な、な、なぜこんなことになったの…恐れ多くて持っていられないわ…)
ステラは震え始めた手で落とさないように慎重に勲章を運ぶ。
やっとヴァレン殿下の私室の隣の、ステラの部屋に戻ってきたときには震えすぎて侍従に心配された。
久しぶりに入った部屋は夏に来たときと何も変わることなく綺麗に整えられていたが、懐かしさを感じている場合ではない。
勲章をそっと机に置くと、逃げるように勲章から遠ざかって遠目に観察する。
(つ、机に置いていいのかしら…もしかして国王陛下から賜った物をそのまま置くなんて不敬…?
何か敷いた方がいいのかしら…でもハンカチなんてそれこそ不敬よね…)
ぷるぷると震えながら勲章を見ていると、ノックの音がして飛び上がる。
「ステラ、入るよ。」
「ど、ど、どうぞ。」
先ほどの王族としてのヴァレン様ではなく、いつもの優しいヴァレン様の声だ。
「…そんなところで何をしてるの?」
ステラは勲章を置いた机から一番遠い壁にぴたっとくっついて震えながら立っていた。
「お、恐れ多くて近づけません……」
「っ、ステラ、笑わせないでくれ。」
ステラが勲章が置いてある机をちらっと見るとヴァレン様にも伝わったようで肩を震わせて笑われる。
「驚かせてすまない。」
笑いすぎて目の端に滲んだ涙を押さえながらヴァレン様がステラの頭を撫でる。
「ステラが褒めてほしいと言っていたから。」
その言葉にステラははっとする。
舞踏会の夜、ステラの怪我を心配してくれたヴァレン様を安心させたくてそんなようなことを言ったのだ。
「ほ、ほ、褒め…」
(褒めるの規模が違うわ。概念が違うわ。)
ヴァレン様の思考が恐れ多すぎてステラは言葉が続かない。
口をパクパクさせるステラを見てまた笑ったヴァレン様は、机に置いてある勲章を手に取り、ステラの方に歩いてくる。
軍服姿で帯剣されているヴァレン様の神々しさと相まって直視できなくなり頭を下げると、ヴァレン様がその手で勲章をステラのローブに留めてくれた。
その手にはっとして顔を上げると、ヴァレン様が優しく微笑んでステラを見つめる。
「それに、君は私のことを守ってくれた。これを受け取る正当な理由がある。
どうか受け取ってほしい。」
「ヴァレン様…。…ありがとう、ございます。」
ヴァレン様がつけてくれた勲章を見る。
近衛魔術師の徽章を大きくしたようなデザインで、王家の紋章を覆うように儀仗のような杖が描かれている。
「恐れ多いですが、嬉しいです。
また夢を叶えていただき、ありがとうございます。ヴァレン様。」
父の胸に輝いていたあの勲章が自分の胸で光っているのが信じられない気持ちだったが、またステラの夢が一つ叶ったのだ。
ステラはヴァレン様に深く頭を下げて微笑む。
ヴァレン様はやっと微笑んだステラに安心したのか力強く抱き締めて蕩けるような口付けをされて、ステラは胸に光る勲章の恐れ多さも忘れて溶かされた。




